2008年11月21日金曜日
困ったときの決着のつけかた(内田さんの場合)
こないだ「オススメの本をおしえてください」という質問をいただいたときにいくつか候補を考えていて、けっきょく「最近のもの」と「知名度が高くて、なおかつ意外と知られていないもの」を選んだのだけれど、読み返したらだれかに話したくなったのでもう一冊ご紹介です。
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ダイゴくんはブログをがんばって更新してエラいなあ。
いえいえそんな!
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さて、読めばたぶん誰でもビリー・ワイルダーの「情婦」よろしく「この結末をだれにも話さないでください("you will not divulge to anyone the secret of the ending.")」と言いたくなるし、その意味ではミステリー小説とむりやり括れなくもない(ただし結果として相当アクロバティックな)一冊が、内田百閒の「居候匇々」です。
新聞の夕刊に連載された小説だったのだけれど、それに先がけて掲載された「作者の言葉」にはこうあります。
「(略)毎日書いて行く内に、作中の人物が勝手にあばれ出して、作者の云う事を聴かなくなったら困ると、今から心配している。どうにも手におえなくなれば登場人物を鏖殺(みなごろし)にして、結末をつける外はなかろうと考えている。」
いくらなんでもみなごろしにしちゃダメだよ!と飛び上がってびっくりするようではいけません。じっさいにはそれ以上に衝撃的な結末が待っているのです。そしておそらく、これ以上の破壊力をもつ結末は他に考えられない。インパクトだけなら後半部分をまるまる袋とじにして立ち読みを禁じた筒井康隆の「残像に口紅を」より大きいとおもう。
モンティ・パイソンが好きな人ならぜったい気に入るはず!
70年前の小説を紹介するのに、40年前のコメディ集団を引き合いに出すというのもなんだか困ったことだけど、でも読んだらわかります。ほんとに。前書きのはずだったのにいつの間にか本編に取って代わられている導入部もすごい。
内容はいわゆる大衆小説です。この本が持つインパクトはそれゆえにこそという気がする。どうでもいいようなところでモタモタしてなかなか先に進まないじれったさも好きです。レコードをいつまでもスクラッチするのに似ているとおもう。
そしてパイソンズでいうとテリー・ギリアムにあたるのが挿絵を担うキュール(シュールとクールにキュートを足した合成語)な版画家、谷中安規です。やむにやまれぬ事情があったとはいえ、みずからをサンプリングして使い回す手法はいまもめちゃめちゃ刺激的でかっこいいとおもいます。うらやましい。
おたのしみあそばせ!
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