2016年12月30日金曜日

どこからも遠く離れて浮かぶ小さな島から


毎日必ず決まったテンポで止まることなくぱたぱたと、倒れてきた日々のドミノも今年は残すところあと2つです。


年賀状キャンペーンと余力をすべてつぎこんだ不毛な安田タイル工業の新潟出張でなんとなくまぎれてしまいましたが、さる(サルではない)25日は2016年最後のオントローロでした。来てくれたみんなホントにありがとう!いつもは2つ3つ、なんなら7つも8つも出ることがある空席がひとつも出なかったたいへん希有な回だったことも、ついでに付け加えておきましょう。

どういうわけだか常に2回ずつの開催がふつうになってしまったオントローロですが、通常はどちらも内容を一切変えずに100%同じです。しかし今回の11と12に限ってはとある事情から例外的に(例外です、もちろん)、演目がひとつだけちがいました。

11における最大のボムは、11月にセッションをさせてもらったMother Terecoのトラックによる「手漕ぎボート2016」です。これについては本当に、書きたいことが多すぎて言葉になりません。ちょっと振り返るだけでもいろいろな思いが波のように押し寄せてきます。Mother Terecoの片割れである佐藤さんがかつて学生時代にラジオで「手漕ぎボート」を耳にしてくれたこと、以来今にいたるまでずっと聴いてくれていたこと、そして9年たった今、きっかけとなった一編をセッションでやりたいと言ってくれたこと、そうして装いも新たに生まれ変わった「手漕ぎボート2016 feat. Mother Terecoのとにかく身震いするほどすばらしいこと、どれくらいすばらしいって、他ならぬ僕が声を乗せながら感極まってギャン泣きしてしまうくらいです。佐藤さん、難波さん、ありがとう……!

とにかくこれを披露したオントローロ11ではあまりの破壊力に失神者続出、端からばたんばたんとみんな倒れて死屍累々のありさまになってしまったため保安上の理由から12での披露を泣く泣く見送った、わけでは全然ないですが、いずれにしてもこれこそ多くの人に聴いてもらいたい仕上がりなので、これを目当てにぜひまたオントローロに足を運んでもらえればとおもいます。

12ではそんな聴き逃し厳禁のファンタスティックな一編がまさかの安田タイル工業のCMに置き換わっています。というのも急遽この日、安田タイル工業がオントローロのスポンサーになってしまったからです。スポンサーがついたからにはCMを流さねばなりません。まずCMをやり、「安田タイル工業のテーマ(昼の部)」が流れたとおもったら何食わぬ顔で専務登場、そのまま「貝楼」までやって、結局ひと言も喋らないまま専務そそくさと退場、CMが明けたあとは安田タイル工業に一切ふれることなく、何ごともなかったかのようにオントローロは再開されました。


どう考えても禁じ手なのでこの形ではおそらく二度とないとおもいますが、言ってみれば事故みたいなものなのであまり深く考えないでください。次回からはもちろん通常どおり、100%同じ内容に戻ります。ただ、専務とふたりで「そんなにわるくなかったですね」と自賛し合ったので、安田タイル工業単独での営業は以前よりも可能性が若干高まったようです。若干というのは文字どおり、気の毒なほど若干ですけど。


そんなこんなでオントローロもぶじ、2年目を終えることができました。それもこれもひとえに支えてくださるみなさまと、途中で投げ出さなかった他ならぬ僕自身のおかげです。どうもありがとう。いえいえそんな、何をおっしゃいますやら。

とかく涙腺がゆるみがちなお年頃なので、くどくど申すのはやめにしましょう。いったいどこからどう来てオントローロまで辿り着くのかふしぎでしかたないのですが、今年も多くの方に初めましてのご挨拶ができて感無量です。遠方から駆けつけてくれたり、入籍報告をもらったり(しかも複数)、TRINCHグッズを身につけてくれたり、大量の野菜をもらったりしました。そうして受け取ったこの抱えきれないよろこびと同じくらいのよろこびを、僕はちゃんと返せているだろうか?安田タイル工業なんかにかまけている場合ではないのではないか?

活動らしい活動をしているとはとても言えないのに、いつも聴いてくれてありがとう。まだお目にかからないみんなのきもちも、この広い空を越えてちゃんとここに届いています。初めから今に至るまでずっとこんな調子なのでこの先もたぶん一向に変わらずこんなかんじだとおもいますが、これまでと同じように保温だけはするように相務めますので、2017年もひとつよろしくおねがいします。

ありがとうありがとう!せっかくなのでなんだかじぶんがちょっとだけモテたような錯覚を抱いたまま、2016年はこれにてお開きです。どうかよいお年を!


2016年12月27日火曜日

鈍行で行く安田タイル工業の日帰り出張


「主任」
「どうしました専務」
「われわれはとても眠たい」
「無理もありません」
「クリスマスは過ぎた」
「過ぎました」
「クリスマスと言えば慰安旅行だ」
「仰るとおりです」
「なのにどこかのバカのせいでフイになった」
「許しがたいことです」
「…………」
「どうかしましたか」
「誰のせいだとおもってるんだ?」
「誰かのせいなんですか?」


「まあいい。おまけに今日も仕事だ」
「昨日のが今年の初仕事みたいなもんだった気もしますけど」
「なんなんだ今年は!働いてばかりだぞ!」
「専務、専務」
「なんだ」
「どこで乗り換えるんでしたっけ?」
「さいたま新都心だ」
いま大宮ですよ


世界に向けて遠吠えを!

あるかなきかの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、あの安田タイル工業のクリスマスが1年ぶりに帰ってきた!

【おわび】毎年「タイル観が変わりました」と多方面から好評をいただいているクリスマス慰安旅行ですが、諸事情によりクリスマスがすぎてしまったため、今年は予定を変更して安田タイル工業の格別おもしろくもない出張の様子をお送りいたします。ご了承ください。

※これまでの旅行については以下をご参照ください。
2010年
2011年
2013年
2014年
2015年

「スーツは着てきたんだろうな?」
ちゃんとよれよれのを着てきました
「アンビバレントなことを言うな」
「仕事なのにスーツを着てきたかって聞くのもおかしくないですか」


すっかりおなじみとなった高崎駅に到着する安田タイル工業の面々。来るたびにここで熱々のそばを手繰っていきたいとおもいながら時間がなくていつも入れない立ち食いそば屋を尻目に、また北へと向かいます。以前の慰安旅行と同じようなルートを辿っているのは、まさしくかつて慰安旅行で通過した土地へ向かう業務上の必要があるからです。


「専務」
「なんだ」
「これ出張ですよね?」
「そうだ、仕事だぞ」
「出張って鈍行で行くもんですか?」
「イヤなら自腹を切れ」
「こう言っちゃ何ですけど、基本ぜんぶ自腹ですよ」







駅前の廃墟ビルが今もきりりとそびえる水上駅で乗り換えて、さらに北へ。


席が空いているのをいいことに、あつかましくも新聞を広げ出す主任。しかし読んでいるのは忙しくて読めずにいた先週の新聞です。







およそ6時間かけて宮内駅に到着。諸事情によりふたりともほとんど寝ていないため、大半を泥のように眠って過ごしています。

「おい、起きろ」
「はッ」
「着いたぞ」
「ここはどこですか」
「宮内駅だ」
「宮内……あっ」
「おもいだしたか」
「青海川駅で死にかけたときの!」
「死にかけたな」
「猛吹雪で体の前面に雪が積もりました」
「あのとき通った駅だ。みろ」
「あっ」








写真を加工しているわけではありません。ゲリラ的なパフォーマンスでもありません。JRに依頼の上、正式に掲出された安田タイル工業のポスターです。いま現在、宮内駅の連絡通路に貼られています。掲出期間は12月26日から1月15日までの3週間です。


QRコードをチェックする専務

「よし、いくぞ」
「あれ?ここだけじゃないんですか?」
「本命の駅は別にある」
「本命?」
「安田タイル工業にとって大きな意味をもつ駅だ」

そう言って専務は颯爽と、上越線から信越本線に乗り換えます。目指すは安田タイル工業にとって忘れることのできない、心のふるさととも言うべきあの駅です。






「安田駅!」
「数年ぶりだ」
「ここに貼ってあるんですか?」
「じつは一度断られたんだ」
「そうなんですか?」
「貼る場所がないと言われた」
「でも貼ってあるんでしょ?」
「あとでもう一度連絡がきた」
「なんて?」
貼れそうです、と」
「JRの人も知らなかったんですね……」
「おい、待合室だ。みろ」







「独り占めじゃないですか……」
「もう思い残すことはないな」

もう一度念を押しておきますが、写真を加工しているわけではありません。ゲリラ的なパフォーマンスでもありません。JRに依頼の上、正式に掲出された安田タイル工業のポスターです。いま現在、安田駅の待合室内に貼られています。掲出期間はこちらも12月26日から1月15日までの3週間です。


「わざわざ出張してきた甲斐があった」
「鈍行ですけどね」
「飯でも食って帰るか」
「じつはおなかぺこぺこでした!」
「期待していいぞ」
「いいお店があるんですか?」
「あるとも。というか駅前に1軒しかない



「ちょっと……ちょっと待ってください」
「なんだ」
「ここですか?」
「ここだ」
「ここでいいんですか?」
いいも何もここしかないんだ


そう言ってためらうことなく暖簾をくぐる専務。専務の男らしさはいつもそこじゃなくていいという正確無比なタイミングで浪費されることになっているのです。そこはかとなく漂う不安を払いのけ、主任も腹をくくります。


「乾杯しよう。ビールください」
「いいんですか?」
「いいんだ。仕事は終わった」
「ポスター見ただけですけど」
「確認が大事なんだ。手違いで貼られてなかったりしたら困るから、ちゃんと予備も持ってきたんだぞ」
「ああ、その白い筒、ポスターだったんですね」
「すいません餃子とカニ玉定食を」
「じゃ僕はうま煮定食をおねがいします」



ともあれ出張も一段落、空腹だったこともあって運ばれてきた定食にさっそく箸をのばす安田タイル工業の面々。と、一口食べた主任がふるえながら箸をぽろりと落とします。

「せ、専務……」
「なんだ、とっとと食え」
「これ……」
「なんだうっとうしい」
む、むちゃくちゃ美味いです……
「なんだと!」

振り返ってみればある種の奇跡がここで起きたと申しても過言ではありません。遠目では肉野菜炒めにしか見えないし、近くで見ても肉野菜炒めに見えるのですが、これがまじでむちゃくちゃ美味いのです。ふだんはそんなことを言わない専務が取り分けたぶんを食べたあとで「もうすこしくれ」と言ったくらいだから、これはもう誰が食っても美味いと唸るに決まっています。びっくりした……本当にびっくりした……まさか安田タイル工業史上最高のひと皿を、安田で味わうことになるなんて!

【結論】安田駅で降りる機会があるときは必ず駅前の「美楽」でうま煮定食を注文すること。

おもいもよらない至福のひとときをすごしてお店の人に厚くお礼を申し上げ、奇跡の定食屋「美楽」をあとにする安田タイル工業の面々。アドレナリンがほとばしる過剰な幸福感で顔もほのかに赤らんでいます。

「電車の時間まであと20分くらいあるな」
「ちょっとぶらぶらしますか」
「うむ」
「あ、あそこにコンビニがありますよ」
「おもいだした。火災保険の払い込みをするんだった
「え、ここで?」
「忘れてたんだ」

冗談かとおもいきや、本当に保険の払い込みをするつもりらしい専務。家の近所でやればいいようなことをなぜわざわざ新潟でやらなくてはいけないのか理解に苦しみますが、そういえば去年も東京で出しときゃいいはずの手紙を新潟で投函していたことが思い出されます。




そうこうしているうちにいつもの華麗なぼんやりぶりでみごと電車に乗り遅れる安田タイル工業の面々。駅の前まできて発車を合図する車掌さんの笛が鳴り響きます。


「まあいい。次の電車でも帰れるんだから」
「次って何時ですか」
「1時間後だ」
「となりの駅まで歩きます?」
「歩くって……6キロ以上あるんだぞ」

侃々諤々と激論を交わしたのち、となりの駅に向かって歩き出します。「まあなんとかなるだろう」というのが歩くことを決めた理由です。





傍目にはそう見えないかもしれませんが、かなり必死にとなりの駅を目指しています。この空の明るさを覚えておいてください。

「もうかなり歩いたんじゃないですか」
「まだ3.5キロだ」
「あっ」




宮内駅で乗るはずだった次の電車を呆然と見送る安田タイル工業の面々。しかしふたたび電車に乗り損ねたからと言って、歩みを止めるわけには行きません。そうしている間にも日はどんどんと暮れていくのです。









どうにかこうにか辿り着いたときには完全に夜です。もうだいぶいい大人なのだから、なんとかならないこともあると身にしみてわかっているはずなのに、なぜなんとかなると考えてしまったのか、ひとしきり首をひねる安田タイル工業の面々。

さらに駅舎に貼られた時刻表をみて、専務が青ざめます。

「まずいぞ」
「まさかもう電車がない?」
「いや、ある。あるにはある」
「なんだ、よかった」
「あるにはあるが、行くのは水上の手前の駅までなんだ」
「水上まで行かない?」
「ところが『水上行きの日もあります』と書いてある」
「そんなアバウトな!」
「いずれにしても水上まで辿り着けないのはまずい」
「帰れなくなりますよね……」
「ちょっと待て、JRに電話して聞こう」

果たしてこの日の18時07分発の電車が水上まで行くのかどうか、緊張の面持ちで専務が電話をかけ始めます。

「水上まで行くそうだ」
「セーフ!!」

すっかり安心して朗らかな笑顔で談笑を始める安田タイル工業の面々。時間も次の電車まであと50分とくさるほどあるので自然と話もはずみます。

「専務、向こうに公園がありますよ」
「よし、行ってみよう」
「ブランコがあります。いや、ないです。ブランコがありません」
「支柱だけだな」
「すべり台があります。いや、ないです。すべり台もありません」
「階段だけだな」



肝心のアイデンティティ部分を取り払われた遊具の名残に囲まれて、なんとなく身につまされながら童心に返ってキャッキャとたわむれる安田タイル工業の面々。

エアブランコに興じる主任

さすがに第六感が働いたのか、電車の到着1分前にあわてて駆け出し、どうにかこうにか終電にすべりこみます。終わりよければすべてよし。ここからまた6時間かけて帰るとはいえ、あとは寝る以外にすることもありません。やたらと長いわりに終始うつろな一日はこうして終わりを告げたのです。




専務からのクリスマスプレゼント


というわけで、昨日から来年1月の15日まで、宮内駅の連絡通路安田駅の待合室に安田タイル工業のポスターが掲出されています。お近くにお越しの際はご笑覧の上、QRコードがどこにリンクされているのかぜひその目でお確かめくださいませ。