2020年7月3日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その304


そういえば小林大吾の全アルバムが7月からサブスク解禁になるというお知らせを例によってまったくしていなかったので、いつものように事後報告としてここに記しておくつもりだったのですけれども、どうしても今答えておかなくてはいけない火急の質問をいただいてしまったので、サブスクのほうはどのみち事後報告なことでもあるしひとまず脇に置いておき、こちらを優先してお答えします。

さみだれチキンさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 先日、友人と話していたら同時に喋り出そうとして言いとどまるという一連のあれやこれやを連続で3回経験し、実は生き別れた双子かそれともわざとなのか、と悶々としながらも笑い合ったのですが、これは偶然なのでしょうか?それとも生き別れた双子なのでしょうか?歯の間に引っかかった魚の小骨ほどに気になって仕方ありません。

何を隠そう、僕は間野わる夫という二つ名を持つくらい、間の悪い男です。家を出るタイミングをぴったり見計らって雨が降り始めたり、バイクで走っているとかなりの頻度で死角から自転車が飛び出したり(いつもそうですが自転車の前後100メートルには誰もいません)、ベランダに出たそばから向かいの部屋の住人もベランダに出てきたり(向こうからしたら僕は常時ベランダにいる変質的な中年男性という認識になっているはずです)、トイレに入ってうんこをひねり出した瞬間に宅急便が来たり(これは本当にしょっちゅうです)と、枚挙にいとまがありません。

いいじゃないかそれくらいとお思いでしょうが、これがあなた、三度四度の話ではないのです。しかも例えば、む、便意が来た、でもたぶん今行くと呼び鈴が鳴りそうな気がするから10分待ってからにしよう、と先手を打って10分待ち、満を持してうんこをひねり出すと見事にそのタイミングで呼び鈴が鳴ります。すべてを録画していたら、本当にコントみたいなことになっているはずです。宅急便の人に罪はありませんが、この……このうんこ野郎……!と溜めに溜めて罵ってやりたい、いえもちろんうんこ野郎なのはその時まさにうんこをしている僕のほうなわけですけれども、言ってやらないと気が済まない。現実に言ったことはないけれども、すごく言いたい。今やうんこをするのにもいちいち二の足を踏むレベルです。だって宅急便がくるんだもの。宅急便の便はあれか、ひねり出すほうの便なのか?

さて、質問に対する答えですが、その程度で生き別れた双子ということになるのなら、僕のうんこと宅急便は疑いの余地なく生き別れた双子ということになります。人どころか生物ですらないのだから、前世からと言ってもいいほど深い縁、もしくは業であるとみてまず間違いありません。生まれ変わったら一緒になろうね、と見つめ合い固く誓い合ったその来世がうんこと宅急便であり、しかもそのせいで毎回受け取り損ねるのだから、気の毒すぎて言葉を失います。そんなことがあっていいものだろうか?

したがって、僕の答えは「偶然」です。でないと僕のうんこが報われません。おふたりでひとしきり笑い合えるだけマシだと受け止めてください。僕のうんこと宅急便はいまだかつて一度も笑い合えたことがないし、百歩譲って笑い合えたとしても、所詮うんこと宅急便でしかないのです。お互いに人であり、気の置けない友人であり、100%ハッピーであることに心から感謝しなくてはいけません。


A. 偶然でないと僕が困ります。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

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その305につづく!

2020年5月26日火曜日

数年ぶりに音源を公開した話、あるいは専務ではないタカツキについて



そんなわけで、ものすごく久しぶりとなる新しい一遍が公開になりました。

どうも2016年の「ジョシュア」が最後だったっぽいので、小林大吾の音源としてはじつに4年ぶりということになります。まさかこんな活動をしているとは夢にもおもわずにどこからか流れ着いたフォロワーのみなさまが異常を感知してばたばたとフォローを外していく、そんな年月です。

このタイミングにとくに意味はありません。あったような気もしますが、今となっては思い出せません。だいたい意味のあるタイミングで発信できるような抜け目のないタイプなら、そんなタイミングは今までにいくらでもあったはずなので、仮にあったとしても大した意味はありますまい。

何しろビートができたのは、確認したら2017年の前半です。詩を書いて乗せたのは、2018年の後半です。今が2020年の初夏なので、公開までにかれこれ3年以上を要していることになります。そりゃ「小林大吾を知ってから初めての新曲」という強烈なブローを、腹にも食らおうというものです。まことに面目ありません。見つけてくれてありがとう……!


もともと数少ないライブで披露はしていたものの、あらためて音源として整えるにあたり、新たにタカツキのラップをがっつりフィーチャーしています。言わずと知れた安田タイル工業の専務です。ただ、「小林大吾」の作品に「タカツキ」がラップで参加、というのはおそらく初めてのことであり、僕としてはかつてない大きな事件のひとつであると申せましょう。

聴いてもらえるとわかりますが、凡百のラッパーをしのぐスキルがイヤというほど堪能できます。語彙の選び方、声の使い方、言葉の乗せ方、グルーヴ、どれをとっても無二のスタイルで比較できる人が思い浮かびません。あまり知られていない、もしくはだんだん忘れられつつありますが、そもそもかつてひとりで西陣レコーズ(nrecords)という音楽レーベルを立ち上げ、曲を作るだけでなく当時それほど当たり前ではなかったCDのプレスを自ら手がけ、流通にも関わり、多くの仲間を集めて何枚ものアルバムを世に送り出してきた人です。

アドレスがHotmailだ……

余技ではなくこれこそが本領だとずっと言いたかった、まさにそのラップがここにあります。(ちなみに安田タイル工業は本領とか余技とかそういうアウトプットではなく、むしろ土台となる生き方の問題です)

また、曲中のラップでは陽気なゾンビを演じてくれていますが、これはタカツキ自らの判断で、僕はラップが上がってくるまでまったく知らなかった、ということも書き加えておきましょう。満額回答どころか倍額回答を受け取ったときの驚きは言葉にできません。

おかげで、数年ぶりに公開する音源としては本当に胸を張れる、そしてしみじみ、だいぶ遠くまできたなあとおもえる感慨深い出来映えになりました。

本当にごくごくささやかなものではあるけれど、日々を彩るあれこれの、ちょっとした足しになることを心から願って。

ていうかほとんどタカツキのことしか書いてないな。


2020年5月11日月曜日

化野/ADASHINO of the dead



1
はじまりは古い

ある日ぽとりとひとつそこに落ちて
しずかに降り積もり、ひとつまたひとつ
それが山になった

飴細工みたいにきれいで、骨みたいに軽い
踏みしめるとざりざりと苦い音を立てる
放り入れる籠を背負ってざりざりと歩く

飴細工みたいにきれいで、骨みたいに軽い
それはかつて人が耳を貸したり傾けたりしたもの

昼も陽は当たらず、ただ荒涼として広い
ここはでかい声にかき消された志の半ば
砕け散ってばらまかれた形なきものの墓場


2
墓場ではゾンビがしけもくを吹かしている
その足元で三つ足の猫がまるくなって眠る

魂をもつと昔きかされた文字と音が
フェイクや美辞麗句として捨てられていく
行き着く先がここなら、そのなれの果てがゾンビだ

飴細工みたいにきれいで、骨みたいに軽い
それはかつて人が耳を貸したり傾けたりしたもの

凹んでるとゾンビはポンと肩を叩いて
「生きてりゃいいことがある」と慰めてくる
お前が言うのかよって返すのがお約束
世界はこんなにもグロテスクでやさしい


3
そのうちまた甦る日がくるだろう
歌をうたい、詩をよむときがくるだろう
それは絶やさずにきた埋み火のように
冷えきった朝を温めるだろう

飴細工みたいにきれいで、骨みたいに軽い
それはかつて人が耳を貸したり傾けたりしたもの

スコップで掬い、平らにならし
そこへまた今日もぱらぱらと降る
砕け散ってばらまかれた形なきものの墓場で
その日を待っている

ひどく前向きなあのゾンビが笑いすぎてむせる

その足元で三つ足の猫が、大きく伸びをする


2020年3月1日日曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その303


新鮮グミさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)幕末に大暴れした浪士たちのおやつですね。


Q. 先日、バーで初めてお会いした男性とお話しした内容です。
しっくりくる表現を探し求めて私や友だち、バーテンダーも巻き込んで4人で考え込んだのですが、お力添えをいただきたくメールしました。

その男性自身も飲食店店主をされていて、そのお店に元交際相手の女性が男性を伴って来店するそうです。
私は女性は見せつけたい気持ちで来店していると思ったのですが、連れの男性も顔見知りで男女の仲を見せつけるようなことでは無いそうです。
店主は最初『なめくじに塩を振るような女性だな』と思ったそうです。意味としては“する必要のない事をする“だそうです。
でも、なめくじは塩をかけないと流しに流しただけではゴミ受けから這い出してくるので“必要のない事”ではないのです。それを言うなら『蟻の巣に砂を入れる小学生』じゃないですかと返すと。
「んー。もっと女性は良かれと思ってやってる感じ」と。

『雨の日に両手とも荷物持ってて、口に駐車券まで咥えてるのに傘を貸してくれる人』
『珍しくて喜ぶだろうと6千円のお釣りを二千円札3枚でくれる店員』
『居酒屋で同席者に聞かずに唐揚げにレモンを絞る女』
という例えが出たところで、時間も時間でお開きになりました。
当の店主は帰宅してしまったので、結局のところこれ以上しっくりくる表現の正解は分からないのですが、この表現を考えるのが楽しくなってしまいました。
長くなりましたが質問です。
他に何かありますか?


あまりにおもしろい話だったので、最後の一行までこれが質問箱宛であることに気づきませんでした。ちょっとした集まりでいっしょに考えてみたくなる、こういう話はいいですね。びっくり箱みたいにたのしい質問をありがとう!

いい具合に焦点がシフトしていく話の流れもさることながら、僕としてはなぜそこがそんなに気になるのか、という点にもそそられます。そこが、というのはつまり、元カノである女性の行動が、ですね。

意図が込められている可能性はもちろん、大いにあります。ありますが、じつは全然ない可能性もあるのです。ただ単に近しい人が営む気安い店をときどき訪ねているだけかもしれません。

連れの男性も店主の知人である点も見逃せません。というのも、とくに何の意図もないことを示すのにこれ以上最適な相手もないからです。考えられる他の連れとしては知人女性、初見の女性、初見の男性の3パターンになるとおもいますが、これらはどれも知人男性とくらべて何らかの意図を勘ぐられる余地が明らかに広くなります。なりませんか?

そして単なる友人として馴染みの店を訪ねているだけの場合、なぜという疑問はそのまま店主に跳ね返ります。なんとなれば、彼らがれっきとした客である以上、する必要も何も店にとっては明らかにプラスで意味があるはずだからです。その点からすると「良かれとおもってるかんじ」もそりゃそうだろうと言わざるを得ません。だってお客さんなんだもの。

したがって僕としては、ある種ウィンウィンの関係と言えなくもないにもかかわらず「する必要がない」と感じてしまう店主のナイーブな心の動きにむしろ興味が湧きます。湧きますが、客観的には僕みたいな人がその場にいなくてよかったです。ほんとに。

*前置きおわり*

さて回答ですが、そういえば僕は「する必要のないことをする」にかけては右に出る者のない権威中の権威を1人知っています。日ごろから返しようのない一言や返しようのない画像を良かれとムダに送りつけてくる安田タイル工業の専務です。

事例1

事例2


事例3

「安田タイル工業の専務みたいなやつ」はもう、これ以上ないくらいぴったりだと僕自身はおもいますが、しかしそれに腹を抱えて笑うのも僕ひとりなので、断腸の思いで別の表現を考えるなら、そうですね、「用を足したあとトイレットペーパーを三角に折る人」あたりになるでしょうか。

「清掃済」であることを示すしるしをなぜわざわざ偽装するのか、そしてなぜ手を洗う前にそれをするのか、さっぱりわかりませんが、こんなときにはうってつけの例だとおもいます。うちの専務ほどじゃないですけど。


A. 「用を足したあとトイレットペーパーを三角に折るような人」です。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

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その304につづく!

2020年2月25日火曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その302


心頭滅却すれば火もまた吹雪さんからの質問です。(ペンネームはご本人によるものです)


Q. オートロックの賃貸に住んでいるのですが、鍵を持たずにふらりと出かけては締め出しをくらうことが頻繁にあります。何か妙案はないものでしょうか…?



質問をいただいてそういえばと改めて思い出しましたが、僕には以前からずっと不思議に感じていたことがあるのです。そもそも解錠に物理的な鍵が必要なオートロックシステムは本当に意味があるんだろうか?

施錠機能はもちろん完璧です。かけ忘れるということがまず絶対にありません。扉が閉まればすなわちロックです。うむ、たしかにそのとおりだ、しかしだから何なんだという、あまり大きな声では言えそうもない印象を僕は常々抱いています。だって、出るときも入ったあとも、じぶんで鍵をかけたらいいじゃないですか?

というか、少なくとも僕はかつて一度も「ああ、鍵が自動でかかってくれたらいいのになあ」と思ったことがないし、ホテルなんかでお目にかかっても「うおおすげえめっちゃべんりだ!」と感動したこともありません。むしろ部屋を出てから「あっ鍵わすれた」「入れねえ!」という経験とその不便さのほうが確実に身にしみています。質問で仰っている状況もつまり、こういうことですよね?

オートロックなんか不要だ、と言いたいわけではありません。たとえば指紋とか虹彩による認証といった、物理的な鍵を必要とせずに解錠できるのなら、こんなに便利なことはないと僕もおもいます。なんとなればそれは施錠という概念を日常から完全に取り払うことにもなるからです。僕らが意識するのは常に解錠だけということになる。革命と言ってもいいでしょう。やぶさかではない。まったくもってやぶさかではない。

それはまあそれとして、しかし家を出るときに鍵をかける、というのは現在のところごくごく当然の日常的行為だし、ぼーっとしていても無意識に手が動くくらいにはかかるエネルギーも極めて微々たる動作です。そして多くの人にとっては習慣でもあります。たったこれだけのことをわざわざ省くだけの甲斐が一体どこにあるというのだろう?

言うまでもなく、締め忘れの可能性はあります。その点をカバーしてくれるのは確かにありがたいと言えるかもしれない。でもですね、締め忘れる可能性について言うのなら、そこには当然鍵そのものを家に置き忘れる可能性だって同じくらいの確率で厳然とあるわけですよ。

物忘れというのはある限られた状況下においてのみ起こるものではありません。ありとあらゆる方面にそれはもう見事なまでに平等に作用するオールラウンダーであって、忘れるときは何であれスコンと忘れるようにできています。

だいたい、「鍵を家に置き忘れないように」と言うのであれば、それは「鍵をかけ忘れないように」と言うのと同じことです。置き忘れずにいられるのであれば、鍵をかけ忘れずにいられるはずです。そして忘れるとすれば、どちらも公平に忘れる可能性があります。じぶんで書きながらなんでこんな当たり前のことを強調しなくちゃならんのだとおもわずにいられません。

然るに、鍵を家に置き忘れることはないけれども、鍵をかけ忘れることはある、という極めて都合のいい環境下においてのみ役に立つ、そんなシステムに意味はあるのか?そこで謳われる安心と安全は、本当に確かなものなのか?ひょっとするとそう思いこんでいるだけで、あるとないの間に実質的な差などないのではないか?

ない、というのが僕の結論です。改めて質問を読み返してみてそういう話じゃなかったことを思い出しましたが、せっかく結論が出たので書き留めておくと、物理的な鍵を必要とするオートロックに意味はありません。かりにあったとしても、大した意味はありません。安心は得られるかもしれませんが、奇妙なことにそれはオートロックでなかったとき以上の安全とセットになっているわけではないのです。

では前置きをおしまいにして回答にまいりましょう。

僕がおもうに、外出に欠かせないものと常にいっしょにしておくのがいちばんです。財布だろうか?外出には大抵のばあい財布が伴います。でも財布はうっかりどこかに置き忘れないとも限らないし、他人の手に渡るリスクも発生するので、と言っても拾ったところでそれがどこの鍵だかわかりゃしないとおもいますが、何となく躊躇われるものがあります。

では靴はどうだろう?靴をどこかに忘れてくることはまずありません。ときどき道に片方だけ落ちている現実もありますが、これはもうどう考えたって落ちているほうがおかしい。人の履いている靴だけを狙う物取りもないだろうし、失くすこともないでしょう。そのときどきで履く靴はちがうとおもいますが、サンダルだろうと革靴だろうとスニーカーだろうとパンプスだろうと、所有する履物すべてに埋めこんでおけば問題ありません。


A. 所有する履物すべてに合鍵を埋めこんでおきましょう。




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その303につづく!

2020年2月9日日曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その301

猥雑な銀座


ずいずいずっころマシンさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. おみくじに書かれていたコメントで印象に残っている言葉ってありますか?(私は友達とケンカした直後にたまたま立ち寄った花園神社でひいた「短気をなおしましょう」です。)


こうきれいに見透かされると、おみくじを引く甲斐もあっていいですね。

僕は毎度「ふむふむ」というかんじでほとんど印象にのこっていませんが、単純な結果だけなら昔ミス・スパンコールの引いた「半吉」が今も脳裏に深く刻みこまれています。

 半吉 

凶なら結んで厄払いもできそうだけど、半吉なんかどうしたらいいんだ、むしろ凶のほうが執り成しようもあったじゃないか、どういうきもちで向き合えというんだ、まさか「微吉」とか「塵吉」とか「弱吉」もぶっ込んであるんじゃないだろうな?

と、足下に抛られる小銭めいた忌々しい善意に当時は騒然としたものです。どこの神社だったかなあ、今なら絶対画像にのこしてSNSでシェアしてぶんぶんバズらせもしたのに、もったいないことだとおもいます。僕が引いたわけじゃないのに。



A. コメントじゃないけど、「半吉」です。




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その302につづく!

2020年2月6日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その300


満を持しての300回です。足かけ10年以上、通算300回という大台に乗りながら、結局のところ今も僕がどこかで生存しているくらいの意味しかないことを考え合わせると、その巨大な蜃気楼ぶりがしみじみと胸にしみ入ります。

それもこれもキャンペーンと称して年賀状と引き換えに質問を取り立てる僕のあこぎなやり方のおかげです。本当にありがとう!

そして栄えある300回目の質問は……ダラララララ(ドラムロール)、これだ!


ヒポポポポポポタマスさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)途中でバーストを挟んでしまったカバのことですね。


Q. 好きな四字熟語、ことわざがあれば、教えていただきたいです。


ことわざなら「泥棒を捕らえて縄を綯う」、略して泥縄が好きです。手遅れというその意味がではなく、捕まえた泥棒のそばで「待って、待ってて!」とか言いながらもたもたと縄をなう、その絵面が心に残ります。そんでその捕まえた人がまた不器用で、ちっともうまくいかずに途中でやり直したりして時間ばかりがムダに過ぎ、イライラしてきた泥棒が「じれってえな、ちょっと貸してみろ」とか言って器用にささっと縄を仕上げちゃったりする、そんなイメージが好きです。

ただ個人的には捕まえたあとではなく、今まさに逃亡中の泥棒を捕まえるための縄をもたもた綯うような意味合いで使っているところがあります。なんとなれば僕がそういう人生を送っているからです。

四字熟語なら「青椒肉絲」ですね。


A. 青椒肉絲です。




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その301につづく!


2020年2月1日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その299


更新する段になってあったいへんだとうとう300回の大台じゃないか、しまった何もしてなかった、せめて、せめて心のこもった祝福的なイラストだけでも!とあわてて描いたらまだ299回でした。

心のこもった祝福的なイラスト


時価アイドルさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 今日たった今うっかりミスにより悲しい現実とご対面してしまいました。こんな時はどういう風に気持ちを切り替えるのがおすすめですか?


奇遇なことに僕もたった今冒頭でうっかりミスをしでかしたばかりです。

それはさておきこれは、悲しい現実に直面したとき人はいかにして気持ちを切り替えるか、いわゆる「悲しい現実に直面したとき人はいかにして気持ちを切り替えるか」問題ですね。

浜辺の波打ち際を全力疾走したり、キャベツを一心不乱に刻んだり、空をふわふわ飛んでいくビニール袋を追跡したり、橋という橋に一休さんよろしく「このはし渡るべからず」と立て札を立てたり、1枚でいい写真を狂ったようにバーストしたり、月末のフライデーをプレミアムにしてみたり、コインランドリーで拾った紙くずから世界を巻きこむ恐るべき策略の片棒を担ぐ羽目に陥ったり、本人も半信半疑のまま大統領選に勝利してすったもんだのあげく弾劾裁判に突入したりとじつにさまざまな気持ちの切り替え方がありますが、大統領に当選からの弾劾裁判ルートはそれ自体に気持ちの切り替えが必要になってくるとおもうので、上書きという意味でもおそらくかなりの効果があるはずです。新たに切り替える必要が生じた気持ちについてはまた別の策を講じないといけませんが、すくなくともその時点で最初に切り替えたかった気持ちは忘却の彼方にあるとみて間違いありません。

あとはそうですね。ゴルフボールを垂直に3つ積み重ねるのもおすすめです。2つまではわりとすぐですが、3つとなると思いのほか強靭な集中力が求められます。僕自身が昔よくひまつぶしにやっていたので確かです。絶妙なバランスで3つ積み上がった瞬間の感動はちょっとしたものですよ。じーんとした静かなよろこびのあとにヌッと頭をもたげる虚無感も味わい深いものがあります。


A. 大統領になれる国の永住権を取得する、もしくはとりあえずゴルフショップに行きましょう。




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いよいよ大台です、大台ですがとくにどうなるわけでもない、その300につづく!



2020年1月31日金曜日

爛漫な色彩に満ちた、夜みたいに黒い絵本のこと

ここに一冊の黒い、そしてじつに美しい本があります。

「くろは おうさま」

文・メネナ・コティン
絵・ロサナ・ファリア
訳・うの かずみ
サウザンブックス社

黒い紙に特殊な黒で印刷された、徹頭徹尾、漆黒の本です。


と言いつつ表紙はふつうに銀色で描かれています。テキストも銀色です。でも言うなればこれらは、そのままでは読むことができない人のための気配りです。中面における本文は銀色のテキストの上部にあります。


本文が黒なら絵も黒く、目で見ただけではどこをめくっても黒一色です。黒についての絵本?とおもわれるのも無理はありません。もちろんそういう側面もあるのだけれど、実際のところこれは世界を彩る数多の色について描かれた、色彩の絵本なのです。


美しい本は数あれど、これほど教訓に富んだ美しい本にはそうそうお目にかかれない、と僕はおもいます。なんとなれば文字どおり世界の見え方が一変するし、その驚きたるや打ちのめされるほどです。

はっきりとはどこにも書いていませんが、主人公のトマスは視覚を持たずに生きる少年です。しかし彼は世界が多彩な色に溢れていることを全身で知っています。ここに描かれているのは彼がいる色の世界であり、僕たちもふくむ世界の色であり、そしてまた、漫然と見ているだけでは決してふれることのできない世界です。

トマスは言います。
「あかは イチゴみたいに すっぱくて、スイカみたいに あまい。
だけど すりむいた ひざこぞうから のぞいたときは いたい。」

五感で味わう色彩の話を、僕は以前にも目にしています。いつだったか忘れたけれど朝日新聞に寄せられた投書で、忘れがたく大好きな話です。まさかこんな形で引き合いに出す日がくるとはおもわなかったけど、ここにもまったく同じ、そして別の、それでいてすごくよくわかる「あか」があります。


40年も前の話です。絵本とは時代も国も言語もちがいます。にもかかわらず彼らの色が同じようにぴったり寄り添うものだとしたら、見ているだけではふれることのできない世界がたしかにある、と思わずにはいられません。そうして今一度、立ち止まって省みるに色彩とは、こんなにも活き活きと血の通うものだったろうか?


あらためて念を押しますが、美しい本です。なんかもうぜんぶひっくるめて、そうとしか言いようがないとおもう。絵を指先で感じる仕様になっているので、実際に触れてみないとその真価が伝わらないところもいい。

今まで見ていた色は何だったのか、そもそも色とは何なのか、美しいということの意味も含めて、考えもしなかった問いをドンと置かれて立ち尽くす人は僕と同じようにいっぱいいるはずです。

去年出たばかりの新刊ですが、アルスクモノイ(@arskumonoi)でも扱っているので、ぜひお店で手に取ってみてください。



2020年1月30日木曜日

ピギー・スモールズのはなしのスタンプの話

そういえばこれまでの足跡をきちんと残していなかったので唐突きわまりないかんじもしますが、ぶたのスタンプができました。


→LINEスタンプ「鶏肋印 参 ピギー・スモールズのはなし

ピギー・スモールズといって、あの手この手でおいしく食べようとする料理人たちをことごとく撃退する武闘派のぶたです。かわいいですね。


サブタイトルにもなっている「ピギー・スモールズのはなし」は、僕がツイッター(@p_p_pinkerton)でちょいちょい流している30秒〜1分くらいの絵本的なひとくちムービーです。現在のところエピソード24まで展開しています。何しろ毎回TLを流しソーメンのように流れていくだけなので、流れたらそれっきりどうにもならない気の毒な作品です。モーメントとかにしたらいいのかもしれないけど、してないのでハッシュタグをひたすらクリックで追跡してください。



スタンプの話に戻ると、基本的には「よし、やるぞ」とおもっても湧かした湯のようにゆっくりと冷めてまた水に戻るのが常なので、間髪入れずに欲しいと言ってくれたBOOKSHOP LOVERの和氣さん(@wakkyhr)がいなかったら、言うだけ言って今もつくっていなかったはずです。和氣さんありがとう!おかげで立派なスタンプができました!

せっかくなので審査ではねられて修正した画像も載せておきましょう。これからスタンプをつくる人は参考にしてください。


2020年1月27日月曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その298


簡潔な回答のほうが「よかったよ」と言われるのでこの12年がんばって書いてきたことは一体何だったのだろうと思わないでもありません。


機動戦士が生んだ無さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)親父にもぶたれたことがない少年を主人公とした、虚無の物語ですね。

Q. 猫は好きですか?
A. もちろん、郵便ポストの上でせっせと素振りするカマキリと同じくらい好きです。ただ最近はSNSでしょっちゅうバズって流れてくるネコちゃんかわいい動画にいいかげん閉口しているところがあります。いちいちかわいいので「くそ、ふざけやがって」とぷりぷり腹をたてる始末です。やんなります。


ブラッド・ぴとっさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. スター・ウォーズは観ましたか?
A. 今のところ最新作以外は観ています。しかしなぜ最初の三部作をエピソード4から始めて6で止めたのか、観れば観るほどその慧眼を思い知らされるばかりです。


名探偵コナイさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)できれば名探偵は来てほしいですよね。

Q. 一番好きなスター・ウォーズは帝国の逆襲ですか?
A. 帝国の逆襲ですね。しかしなぜ最初の三部作をエピソード4から始めて6で止めたのか、観れば観るほどその慧眼を思い知らされるばかりです。


ムーンライトよもすがらさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 4月から東京で働くことになりました。東京でおすすめの飲食店はありますか?
A. リンガーハットがおすすめです。長崎県民にも愛されているらしいので間違いありません。皿うどんの麺を2倍にすると目を疑うような異形の物体が皿に乗って出てきます。


電卓の騎士さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)アーサー王に仕える総務部経理課の担当職員ですね。

Q. 朝 昼 夜のどれが好きですか?
A. 昔から一貫して圧倒的に朝ですね。一日がぜんぶ朝だったらいいのにと小さいころからよく思っていましたが、いまだにそう思う朝があります。


ハレンチトーストさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. シチューはご飯にかける派ですか?
A. 市販のルーを溶かしてつくるタイプのシチュー、ということならそういえば一人暮らしのころは辛味とスパイスを抜いたカレー的なものとして食べていた気がしますね。ヨーロッパの人々からするとこれはパンを味噌汁にひたして食うようなことかなあ、とコタツでひとりぼんやり考えていた記憶があります。




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その299につづく!


2020年1月22日水曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その297


右ストレート果汁さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 音楽にハマったきっかけは何ですか?


シンプルだけれど考え始めるとあれこれ思い返される、味わい深い質問です。そうですね、少なくとも小学校くらいまでは自分の意志で音楽を聴くということをした記憶がありません。Bon Jovi について熱く語るクラスのませた女子を路傍の石みたいな顔で眺めていたし、「TRAIN-TRAINのブルーハーツって曲」としばらく勘違いしていたくらいなので、その何もわかってなさ加減たるや推して知るべしです。

音楽という広い大海原があると認識したのは中学生になってから、おそらく級友にPoisonというハードロックバンドを薦めてもらったときです。"Every Rose Has Its Thorn" に関してはもう一生分聴いたので、この先二度と聴かなくても差し支えないかなとおもいます。

同じころ、初めて自分の意志で買ったアルバムがBobby Brownの "Don't Be Cruel" です。とりわけ "Every Little Step" は一生分どころか二生分くらい聴いているはずですが、未だに心躍ります。なぜでしょうね?

当時リリースされていたすべてのアルバムを買い集める、というところまで初めて突き進んだのが、Level 42というフュージョングループです。あるマンガがきっかけで聴くようになったんだけれど、それこそCDが擦り切れるくらい聴いたので、もう好きとか嫌いとかの範疇からすでに外れているようなところがあります。Zeebraが "Something About You" をサンプリングしたときは「なぜよりによってこれを……」と複雑なきもちになったものです。

それまでの音楽に対する向き合い方が海辺の釣りみたいなものだとしたら、初めて自ら外洋へと漕ぎ出したそのタイミングがたぶんこのあたりだったとおもいます。ヒットチャートで目にすることもなかったし、「海の向こうにジパングって島があるらしいぜ」と聞いて航海に出るような、そんな期待があったのかもしれません。


A. Level 42のアルバムをせっせと買い集めたことです。




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その298につづく!

2020年1月18日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その296


咳をしてもイートインさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)自由律俳句の代表的な句のひとつですね。


Q. シンデレラも靴下の穴が一番最初に開くのはやはり、親指からでしょうか?


靴下の親指とその穴問題は僕にとって今もなお不可解な謎のひとつです。やろうとおもえば今すぐにでも解決できそうな話なのになぜ穴の発生を根本から防ごうとしないのか、シンギュラリティも間近に迫った21世紀になってもまだ放置されたままであるというのはまったく納得がいきません。あんなもん、どう考えたって親指から穴があくに決まってるじゃないかとおもう。

靴下もいちおう指の並びに合わせた形状ではあるけれども、言い換えてみれば並びだけです。親指と小指では肉まんと焼売くらいの明確な差があるのに、それをくるむ布が並びしか気にしていないというのはいかにも手抜かり、もとい足抜かりと断じるほかありません。親指付近はあきらかにもっと布が必要だし、足りてないから必然的にそこだけ伸ばされるし、伸びるから穴があきやすくなるのです。なぜこんな、雨が降ったら濡れるくらいの当たり前のことをわざわざ力説しないといけないのか全然意味がわからない。おい靴下聞いてるのか、お前の話だぞ

だいたい、穴があくという事態からしてそもそも解せない気もするのです。あくなよ!!21世紀でシンギュラリティだぞ!ロケットをこしらえて月に降り立って、じゃ次は火星行っちゃう?みたいなこのご時世でなぜ靴下にはまだ穴があかなければいけないのか?穴のあかない靴下より宇宙空間に飛び出すほうが簡単だとでも言うのか?そんなわけありません。そんなわけないだろうが!(靴下を床に叩きつけています)

考えてみれば僕のスウェットパンツにもよく尻に穴があきます。正確には尻というか臀部にですが、ひどいときには2つも3つも開くことがあります。

なぜ3つも開くまで穿きつづけているのかはこの際問題ではありません。肝心なのはなぜ穴があくんじゃいという点であって、僕がいつまでもだるだるした穴あきのスウェットパンツを着用していることではありません。

ここでつよく申し上げておきたいのは、スウェットパンツの臀部にあいた穴は靴下の親指部分よりもはるかに不可解であるという事実です。穴のあくような圧力が全体的にやわらかな臀部の一体どこから加わるというのか?念のため言い添えておくと僕の尻に布を突き破るような突起はありません。大抵の人と同じくつるんとしたものです。

そうなるとやはり、責めを負うべきは穴であり、その発生を防ぐのはこれから科学の技術的特異点を迎えようとする人類の、これ以上保留にはしておけない急務であることがはっきりしてきます。放っておけばどんどん穴はあくし、あいた穴はどんどん広がっていくし、その上シンギュラリティ後のAIに「穴のあかない靴下を編めばいいじゃない」と言われでもしたら、果たして人類に立つ瀬はあるのか?ありません。迫りくる穴とその侵略に対してわれわれはもはや一刻の猶予もありはしないのです。


A. もちろん親指からです。




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その297につづく!

2020年1月16日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その295


気がつくと質問箱を放置してしまうのは、毎回毎回一球入魂すぎて力尽きるからだ、もっとさくさく軽い歯ざわりでお答えすればいいじゃないか、とさも今ひらめいたかのように膝を打つことをたしか数年に一度くらいの感覚で繰り返しているのですが、今回がそれです。


プライベート大豆さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. コーヒーをいれる時に大切にしてるポイントってありますか?
A. しいて言うなら注ぐお湯の量を一定のペースで保つことですね。ただ、長いこと当たり前のように毎日入れているとほっといても手が勝手に入れてくれるようなところがあるので、個人的には「よそ見をしない」も大事なポイントになっています。何の参考にもならないとおもいますけども。


桜を見る貝さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. ほうとうはお好きですか?
A. 好きです、というか小麦粉が好きなんです。たぶん。


親ノドグロ子シラスさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 好きな車種はなんですか?
A. 土砂を運搬する一輪車、いわゆるネコが好きですね。扱いにくさと慣れたときの一体感で言ったら赤い跳ね馬にもひけをとらないとおもいます。


旅は靴ずれ夜は寝酒さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 朝寒すぎて布団から出たくありません。どうしたらうだうだせずにぱぱっ!と出られると思いますか?
A. 布団のなかでついうだうだしてしまうのは、いつ命を落とすかわからないような不安に苛まれることがない日々を過ごしている証でもあります。暗殺者を雇い、じぶんを標的に設定しましょう。そのギリギリの緊張感が、暮らしにリズムを与えてくれるはずです。


ジョーのカーさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 大吾さんはシンデレラでいうところの12時の鐘に間に合う側の人間ですか、間に合わない側の人間ですか
A. 間に合うも何も、そんな晴れ舞台には縁のない側の人間です。間に合わなくても予定があるだけマシじゃねえかとおもいます。


暴れん坊性分さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 5月ごろ「2月になったら安田タイル工業ぶちかますぞ」と専務が言ってた。とのツイートがあったのですが、2020年に実現されそうですかね?
A. どれくらいの規模を「ぶちかます」と表現するかによりますが、安田タイル工業では神社のお賽銭に100円入れるのもぶちかますの内に入るので、たぶんすでにもう何度かぶちかましてるはずです。そして今年も畳み掛けるようにぶちかましていくはずです。


シュレーディンガーのぬこさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 先日Twitterで呟いていた軽い気持ちで用意した餃子のレシピを教えてください!
A. 軽い気持ちだったので、食った時点でもう思い出せずに頭を抱えました。しかしまあ、そういうものです。人生というのは。


ウォーキング電動さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 葛飾区は好きですか?
A. 江東区と同じくらい好きです。


ニルスのふしぎな足袋さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. ポルトガルと聞いて思い浮かぶイメージは?
A. そりゃやっぱり、と言っていいのかわからないけど、カステラですよね。




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その296につづく!

2020年1月13日月曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その294



多孔質セラミックス・パさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)「パ」はおそらくパワーのことだとおもいますが、使いかけの消しゴムに書いてあった文字がそこで切れていたので実際のところは不明です。ひょっとしたらパンツだったかもしれません。


Q: 子どもが一歳5ヶ月になりました。まだ歩くのが出来ませんが、日々成長しております。周りの子と比べると遅めのようですが、彼のペースでいいと思っています。我が子には寛大な気持ちを持てるのに、自分の人生はつまづいてばかりです。なんでこんなにしんどいのかなと思っています。今週末は職場の忘年会行きたくない。と憂いています。すべて自分の思い通りになるようにするにはどうしたらよいでしょうか。


ほのぼのとしんみりに油断していたらやぶからぼうに野心が飛び出して腰を抜かす質問です。たしかにすべてを自分の思いどおりに、したいですよね。

すべてを思いどおりにするいちばんの近道は、紙幣で尻が拭けるほどの大富豪になることです。残念ながら僕は富豪だったことが一度もないのですべてと言い切ることはできませんが、ほぼすべてであることは間違いありません。能力だろうと時間だろうと、また愛でさえ自由自在です。(愛に関してはたぶん富豪になった時点で概念が変わるとおもいます)

お金がすべてではないはず、と仰りたいきもちはよくわかります。しかし端的に言ってこの世はお金がほぼすべてです。そもそも「価値」の2文字からして「お金に換算したら」という身もふたもない意味であり、しかもそれに取って代わるだけの力を持った言葉が未だにないことを改めて思い出さなくてはいけません。日ごろから僕が小銭しか入っていない財布を地面に叩き付けながら「人生に価値などない」と吐き捨てているのはこのためです。あるという人は今すぐそれだけのキャッシュに換えていただきたい。

大富豪までの道のりについてはまた別の問題なのでここではふれませんが、もし「なんだそんなことでいいのか」と思えるようであれば、わりとすぐにでもすべてが思いどおりになるでしょう。

ただし、すべてが思いどおりになるということは、それによって思いどおりにならない人が次々と新たに生まれうる、ということでもあります。

確実に、とは言いません。しかしその可能性がそうでなかったときに比べて飛躍的に高まるのは確かです。打ちのめされる彼らの屍をばきばきと踏み越えていく精神力だけは忘れずに携えていきましょう。健闘を祈ります。


A. 大富豪になりましょう。




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その295につづく!


2020年1月11日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その293、あるいはまだ明けない2019


2020年は昨年の更新頻度を上回るぞ、そのためにはまず季節の節目や行事を抜け目なく押さえることだ、正月とか成人式とか節分とかバレンタインとか桃の節句とか、と意気込んでいたのに気づけば松の内もすぎて、出だしから芳しくありません。

さて困ったぞ、今さらおめでとうもあるまいし、いやべつにおめでとうでもいいんだけれども、適切なタイミングで困っておかないと困った目で見られかねないというので積極的に困っていたところ、安田タイル工業の専務より「12月を延長する」との通達があり、2019年を続行することになりました。12月だけで100日を越える可能性もないとは言えないのでもういくつ寝るとお正月なのか判然としませんが、とりあえず今日は2019年の12月42日です。

でははりきって2019年を続けてまいりましょう。

カルロス・ゴーンさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)レバノンからわざわざありがとう!


Q. もっと時間を上手に使えるようになりたいです。ついつい二度寝してしまうとか、スキマ時間を全てSNSや動画サイトに捧げてしまうとか、毎日そんなのばっかりで自分にはもううんざり。どうしたらキビキビと、やりたいこと・やるべきことに取り組めるようになれますか?


とてもゴーンさんの質問とはおもえませんが、なるほどそうなんですね。ではやるべきことをキビキビ取り組みたいと夢見ることにかけては右に出る者のない僕がゴロゴロしながらお答えしましょう。

まず二度寝をしてしまうのは、布団がきもちいいからです。いっそ捨ててしまうのがベストですが、出なければ「ちょっとさむいな」くらいまで布団を薄くしましょう。そこそこ暖をとれるけれども決してポカポカにはならない新聞紙なんかもいいですね。二度寝もへったくれもありません。

SNSや動画を見てしまうのは、そこにスマホがあるからです。これも捨てましょう。それだと連絡がつかなくなるとお思いかもしれませんが、特定の受刑者に手紙を出し、ラジオに曲のリクエストをしてもらい、ニューヨークタイムズの広告を隈なくチェックするという七面倒くさい手順を踏まないとコンタクトが取れないゴルゴ13でさえ世界中から引き合いがあります。要はニーズを高めればよいのです。

それができりゃ苦労しねえんだよ、と椅子をお蹴りにもなるでしょうが、やるべきことをキビキビ取り組める人々というのは基本そういう連中です。僕としては「二度寝しようよ」というほかありません。

僕なんかはこれまで数十年、うんざりするほど自分にうんざりしてきたので、今さらうんざりが大挙してやってこようと痛くも痒くもありません。1が2や3になれば目立ちもするでしょうが、1億が2億や3億になったところで気づきようがないのです。

したがってうんざりに次ぐうんざりもまた、それ自体が巡り巡ってひとつの解法になり得ます。うんざりを受け入れ、うんざりと共に生きましょう。いずれうんざりなしでは何か欠けたようなきもちになるはずです。共生が尊ばれる今の時代にぴったりの生き方という気がしてきませんか?

ゴルゴか共生かなんて考えるまでもないと僕はおもいます。


A. もっと積極的にガンガンうんざりしていくことです。




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その294につづく!