どなたもご存じないとおもいますが、世界中のありとあらゆる何かを片っ端からタイルするハイパーマルチほんわか企業としてその名を知られる安田タイル工業は、今年から本社が京都に移転しています。主任のいる東京は支店です。
加えてどたどたと雑事に追われていたせいもあり、年の瀬が迫るとなんとなく催されていたクリスマス慰安旅行は22日になっても日取りどころか行くことすら決まらずにおりました。ここだけの話、すくなくとも主任は半ばサジを投げていたと告白しなくてはなりますまい。
実際のところ行くとはっきりしたのは22日の午後で、きっぷを買ったのが23日、そして決行がみごとに24日のクリスマスイブです。24日といっても起床が午前3時なので決定から決行まで実質的には1日ちょっとしかありません。人間やろうとおもえば何だってやれるものだと、全然やらなくていいことでしみじみ実感させられるのだから、人生とはまったく異なものであると申せましょう。
世界に向けて遠吠えを!
あるかないかで言ったらないほうの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、安田タイル工業のクリスマスが2年ぶりに帰ってきた! 昨年は出張だったため2015年12月以来となる今回も、分刻みのスケジュールで望む癒しの旅に専務と社員、総勢2名の大所帯でくりだします。
※これまでの旅行については以下をご参照ください。
→2010年
→2011年
→2013年
→2014年
→2015年
→2016年
いつもは新宿あたりで待ち合わせてなかよくいっしょに出発していましたが、今年は京都と東京に分かれているので個別に出発、待ち合わせの中間地点を目指して主任はひとり西へと向かいます。
このあたりで専務から「関ヶ原を越えた」という連絡が入ります。専務が出発してなかったらどうすりゃいいんだこれと内心ハラハラしていたので一安心です。
主任が静岡を越えたころ、専務から名古屋を通過したとの連絡が入ります。逐一LINEで報告し合っているので、やりとりだけみれば再会を待ちきれなくてそわそわしている遠恋中のカップルです。
専務は「今回の慰安旅行は多くの遠恋カップルとそのクリスマスにとって格好のモデルケースになるだろう」と胸を張り、主任は「僕が遠恋中なら人生の折り返し地点を過ぎた中年男性2名の奇行を参考にしたりはしないですよ」と返しそうになったのを取り消して「有意義ですね」に置き換えます。
構図どころかそもそも何を撮ったのかも判然としないように見えますが、あわてて撮ったのはこれが大井川であることに気づいたからです。大井川といえば……
大井川本線だ!
大井川本線といえば遡ること4年前、湖上に浮かぶロマンチックな駅で他にすることもないからしかたなく専務と永遠の愛を誓い合った忘れがたい路線です。甘酸っぱいというよりはむしろ酸っぱい思い出が脳裏に蘇ります。
思い出さなくてもいいことを強制的に思い出させられてひとしきり物思いにぶくぶくと沈むなか、東海道本線はちゃくちゃくと進んで浜松を通過します。
話し相手もいないので読まずに溜めこんでいた新聞を始発からひたすら読みつづけて5時間余り……到着したのは専務と再会することになっている愛知県の豊橋駅です。
いた。
久しぶりに会ったわりには昨日も会っていたような気がするのでとくに感慨はありません。年をとると再会で感激するためには10年単位の無沙汰が必要になるのです。
挨拶もそこそこに、本日のメイン路線である飯田線にいそいそと乗り換えます。積もる話があるような気がしていましたが、実際会ってみるとそんな気がするだけでいつもと変わらぬやりとりです。しかしそこはそれ、弊社を参考にする遠恋カップルのために「胸がいっぱいでうまく言葉が出てこなかった」としたためておきましょう。
豊橋駅で買った知立名物あんまきも、消費期限の日付で聖なる夜のブッシュドノエル的な何かに見えてきます。
かつて中学校だったらしい建物
今も机がそのまま置かれています
胸がいっぱいでうまく言葉が出ないまま豊橋から列車に揺られて数時間、辿り着いたのは……
日本で秘境と呼ばれる駅のひとつ、小和田駅です。ウィキペディアには「駅前には何ら施設が無く、また道路が通じていないため自動車では訪問できない」ことはもちろん、「いかに何もない駅であるか」が若干前のめり気味に書かれていて好感が持てます。
ここで駅名標の前に立った専務がひさしぶりに言葉を発します。
「おい見ろ主任」
「どうしました専務」
「恋成就駅と書いてあるぞ」
「クリスマスイブにはうってつけの駅ですね」
「しかしどうも既視感がある」
「僕もめちゃあります」
「こんなのを前にもどこかで見たような……」
「見たどころか、永遠の愛を誓いましたよ」
「それにしてもなぜ恋なんだ」
「何かが成就するとしたら恋くらいだからじゃないですか」
「よし、あとは帰るだけだな」
「今ついたばかりですよ」
「20分後に上り列車がくる。それを逃すと……」
「帰れなくなる?」
「いや、2時間半後のでも帰れることは帰れる」
「じゃゆっくりできるじゃないですか」
「その代わり食事の時間がゼロになる」
「食事……」
「朝の5時に出て今が14時前だが途中で何か食ったか?」
「いえ、何も」
「ここらは店どころか家もない。というか何もない」
「それは覚悟してました」
「だから何か食うには戻らなくちゃならんわけだが……」
「2時間半後の電車にのると?」
「それが不可能になる」
「ということはつまり……」
「乗り継ぎがぎりぎりだから家に帰るまで何も食えない」
「家に着くのは……」
「午前1時だ」
「絶対に20分後の電車で帰ります」
自社のロゴを微妙にまちがえる専務
しかしまあそれはそれとして、20分はあることだし、景色もいいので近くを散策としゃれこむ安田タイル工業の面々。
何もないと書きましたが、廃屋はあります。
いまや見る影もない製茶工場の廃墟もあります。こんなところで……お茶をつくっていたのか……。
「あっ専務!」
「なんだ」
「水だ!水がありますよ!」
廃墟の先にあらわれた思いもよらぬ静謐かつ幽玄な情景に息を呑む安田タイル工業の面々。まるで湖のように見えますがこれ、天竜川です。
そばに川が流れていることは地図で知っていましたが、どちらかというと渓谷のようなイメージだったので言葉を失います。いまだかつてこれほど美しい川を見たことがあっただろうか……。今回ばかりはさすがに行って帰るだけのストレートな阿呆列車的旅程で特筆することは何ひとつない気がしていただけに、感動がよりつよく押し寄せてきます。これ……これだけのために来る価値あるんじゃないのか……。
それではここで、専務が世界に向けて放つ渾身の遠吠えをご覧ください。
当然のことながら、というかこんな景色に出くわしたらムリもありませんが、専務も主任も上り列車が20分後に来ることを完全に失念しています。
しかし幸運なことに遠くからかすかに踏切の鐘がカンカンと聞こえて、ハッと我に返る安田タイル工業の面々。
「踏切だ!」
「てか踏切なんてどこにあるんだ!」
「やばいかなり下まで降りてきちゃったぞ!」
「走れ!」
おもえば毎回こんなことばかりしているのでこれ以上の描写は控えますが、何しろ今回はちょっとした山道なのでサッと駆け出してどうにかなるものではありません。どちらかというと手も足も使いながらサルのように駆け上るかんじです。案の定到着していた電車からはおそらくこけつまろびつ向かってくるわれわれの姿が見えていたことでしょう。
この写真の距離感で間に合わなさを察していただきたい
速攻で昏睡する主任
ともあれぶじに目的を果たし、といってもいったい何が目的だったのか今もってさっぱりわかりませんがとにかく行けるところまでは行ったという充足感を抱いて帰路につく安田タイル工業の面々。
「よし、めしだ」
「やったー!」
「行くぞ、ついてこい」
「今日の食事はどんなかんじですか」
「さわやかなかんじに決まっている」
「さわやかな食事……」
「考えるな、感じろ!」
「使い方まちがってませんか」
かっこいい床屋
「ついたぞ!」
「さわやかっていうより爛熟ってかんじですけど……」
「そっちじゃない、こっちだ」
そう言って専務が指差したのは……
静岡がほこるさわやかなハンバーグレストラン、さわやかです。
意気揚々と入っていったらまだ17時なのにびっくりするほど混雑していて、待ち時間は50分であると告げられます。とはいえ終電まで2時間半の猶予があるので、駅までの徒歩20分をふくめても50分なら問題ありません。 こうしている間にも4人、5人、とがんがん客が入ってくるので整理券を受け取り、ひとまず店を出る安田タイル工業の面々。
近くのリサイクルショップにて
見つけたレトロなレコードプレイヤーを
まさかのお買い上げ
あっという間に50分がすぎ、ぶじさわやかに入店したところで主任がおもむろにごそごそと何かを取り出します。
「じつは専務にミス・スパンコールからクリスマスプレゼントを預かってるんです」
「ミス・スパンコールといえば弊社の……」
「秘書です」
「忘れてたな」
「あのころは常務もいましたからね」
「わくわくするな、なんだろう」
「専務の好きなものだって言ってましたよ」
らしからぬクリスマスっぽいやりとりに専務も頬がゆるみます。
餃子のZINE
大好物である餃子がずらずらと並ぶZINEをめくりながら目を細める専務。これからハンバーグが運ばれてくることなどおかまいなしです。
14時間ぶりのハンバーグに舌鼓を打ち、餃子のZINEをプレゼントにもらい、なぜかレコードプレイヤーを抱えて駅に向かう専務のたのもしい後ろ姿……きっと来年もすこぶるタイルな1年になるにちがいありません。
♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)
飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。
安田タイル工業プレゼンツ「聖夜のさわやかな過ごしかた」 終わり
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