2018年2月4日日曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その288


乱取りチキンさんからの質問です。


Q. 無人島に何かひとつ置き忘れるとしたら何ですか?


膝を打たずにはいられない、いい質問です。「無人島に何を持っていくか」というのは言ってみれば食卓におけるカレーと同じで、バリエーションこそあれひまつぶしに最適な質問のデファクトスタンダードだとおもいますが、「何を置き忘れるか」というのはいまだかつて考えたこともありません。もう無人島にいる、というかなんならそこでけっこうな年月を過ごしているところから考えるじつにフレッシュな出発点は、無人島にひとり取り残されてしまったときだけでなく、日ごろから僕らを悩ます蚊の羽音のようなあれこれと向き合う上でこれまでにないアプローチを提示してくれているような気さえしてきます。具体的にどう役に立つのか見当もつかないのでたぶん気のせいだとはおもいますが、すくなくとも何かこう、するどい点を突いている気がしないでもないのはたしかです。

置き忘れると言っても、あらかじめ持っていったものとはかぎりません。長いこと暮らしているうちに手放せなくなった握り心地がすべすべの流木とか、よりどころがほしくてなんとなく祀ってみた石ころとか、探検してたら見つけたひとつなぎの財宝とか、島から持ち帰るはずだったものも含まれます。

ただ、見つけてもいない財宝を置き忘れてくやしがるというのはかなり高度な想像力を要する割にぜんぜん意味がわからないので、考えすぎて良さげにおもえてくる前に除外しておいたほうがよいでしょう。すべすべの流木あたりは僕なんか記念に持って帰りたがりそうだし実際置き忘れそうな気もしますが、それで小一時間考える甲斐はあったのかと言われるとこれもやっぱりぜんぜんないので、採用するわけにはいきません。

そんなこんなであれこれ想像を巡らせてみたのですが、つらつら考えるに無人島で暮らすのは生半なことではありません。暮らすというよりはむしろ生き延びるというべきです。身なりにかまってはいられないし、食えそうなものは何だって食う必要があります。楽園みたいな島ならよいけれど、未知の生物がうごめくロストワールドみたいな島である可能性もある以上、毎秒毎分が生きるか死ぬかであり、やるかやられるかです。気にするのは外敵の目であって人目ではありません。そもそもそこに人はいないのです。

そう考えると、かつては持っていたけれど無人島で生きるにはむしろ邪魔になりそうなもの、とはいえ捨てるのもアレだしまたいつか必要になるかもだからとりあえず脇に置いておこうとおもったらそのまま置き忘れてしまいそうなもの、がひとつだけあります。


A. 恥です。




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その289につづく!

2018年1月22日月曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その287

エヴ……エヴむ……?


ヴィンセントヴァン誤報さんからの質問です。


Q. 長年使ってたFacebookをやめようと思ってます。なにか挨拶的なものはいりますでしょうか。誰も気にしてないわと思われるのもなんですし。当方53歳。


いずれやって来るとうすうす感づいていたその日が、とうとうやってきたわけですね。フェイスブックにかぎらず「SNSをいつまでつづけるか問題」は今や人生においてかなりの高確率でまたぐことになる段差のひとつです。そしてこの段差をいかに切り抜けるかが人生の最終的なカギを握ると言っても過言ではありません。

僕もこれまで長いこと「フェイスブックは?」「やってないです」「なんでやらないの?」というやりとりをそれはもうげっぷが出るほどさんざん繰り返してきたので、今ではやってもいないのにそろそろやめるかというきもちに傾いています。

どうすれば始めてもいないことをやめられるのかという問題は単純に見えてなかなか一筋縄ではいきませんが、というのもやめるためにはまず始めなければならないし、始めたからにはある程度つづけないとやめたとは言いづらいからですが、それに比べれば話はずっとシンプルです。

挨拶については、そうですね、何かひとこと残しておいたほうが後腐れがなくてよさそうにおもわれます。なんとなればただやめただけなのか、それとも今までずっといたように見えて実は最初からどこにもいない架空の存在だったのか、傍目には判断がつかないからです。僕なんかは実際に面と向かって「架空の人だとおもってました」と言われたことがあるくらいなので別にどっちだっていいようなものですが、何かひとことあればすくなくとも存在自体が口裂け女みたいな都市伝説のひとつにされてしまう可能性はかなり減るはずです。

では実際にいくつか例を挙げてみましょう。

1)平素よりひとかたならぬお引き立てを賜りまして心より御礼を申し上げます。開設以来みなさまのご厚情をあずかりぽつぽつと雨垂れのように更新してまいりましたが、このたび新体制を含め存続か廃止か熟慮した結果、なくてもそんなに困らないなということで本日をもちまして終了することとなりました。永らくご指導ご鞭撻を賜りました関係各位の皆様には心から感謝申し上げますとともに、今後ともあの手この手でお引き立てくださいますよう、よろしくお願いいたします。

2)ご愛読ありがとうございました。ヴィンセントヴァン誤報先生の次回作にご期待ください。


3)バイバイキーン!

こんなことなら何も言わずにスッとアカウントを消したほうが100倍マシな気がしないでもないですが、それはまあそれとして案外(1)とかふつうにアリかもしれません。というかたぶん、僕はこれ使うことになると思います。いずれ。


A. スマートな離脱を祈ります。




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その288につづく!

2018年1月12日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その286


3年目の受話器さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 当方駆け出しのアクセサリー作家なのですが、スワロフスキービーズを扱うようになる前からかわいらしいスワロフスキのことのほうが親しみ深かったために、ビーズを扱うたびに思い出しています。いろいろなサイズや形のビーズがあるけれどどれに似ているかなと考えたりもします。そこで質問なのですが、スワロフスキがそのすてきな名前になった理由やビーズとの関係はあるのでしょうか?

A. そうですね、スワロフスキがスワロフスキなのは、ちまちましてコロコロしてきらきらな上にスワッとしてロフッとしてスキ!なかんじが、軽さと柔らかさと愛らしさを兼ね備えていたからです。

クリスタルガラスの老舗としてざっくり記憶していましたが、ビーズもあるんですね。ヴェルサイユ宮殿のネックレスみたいなシャンデリアが好きです。


風邪の又三郎さんからの質問です。

Q. 年末の大掃除が毎年とても嫌です。中掃除くらいなら自発的にやれる気もするので大掃除と中掃除の境界を教えてください。

A. とちゅうでマンガを読み始めたりして片付かなくなったらそれが大掃除です。


積み荷バラバラ……という感じさんからの質問です。

Q. 札幌はここ数日で笑うしかないくらい雪が降り積もったのですが、KBDGさんならどんな雪像を作りますか?

A. 重機の使用もふくめて、どこまでデカい雪玉がつくれるのかトライしてみたいですね。


サルバトールだるいさんからの質問です。

Q. 自分は学校関係を営業して回る仕事をしているのですが、その仕事の一つとしてグラウンドの遊具の交換修理などがあります。小林大吾さんは幼い頃、お気に入りの遊具などはございましたでしょうか?自分は滑り台です、滑り台の上から廃タイヤを転がすという、今にしてみたら中々に危険な遊びをしていたなと思います。何がしたかったんだろう……。

A. 僕が通っていた小学校には「ピラミッド」という、巨大な三角柱を寝かせたような切妻型の遊具がありました。何をするかといったら、助走をつけてその斜面を駈け登り、てっぺんをまたぎ、また滑り降りるだけです。滑り台から廃タイヤと本質的にはそんなに変わらない気もしますね。


毛皮を着た米茄子さんからの質問です。

Q. KBDGさんにとって2016年を漢字一文字で表すと何になりますか。

A. 「過」、もしくは「去」ですね。


EUだな(ハハハン)さんからの質問です。

Q. 誕生日にもらって一番嬉しかったものはなんですか?

A. ミス・スパンコールにもらった「手漕ぎボート」のMVです。これはもう、たぶんこの先ずっと変わらないとおもいます。


桶狭間のお茶会さんからの質問です。

Q. アイスには賞味期限がないって言うのは本当なんでしょうか?

A. ロッテのお客様相談室によると本当のようですが、だからといって冷凍庫に入れたまま10年くらい放置したアイスを食べるかといったら、食べないですよね、たぶん。


百人うぃっしゅ!さんからの質問です。

Q. すきなひらがなは何ですか?(わたしはむ、とかぬ、がだいすきです)

A. 僕もぬ、好きです。あとはゐなんかも、煮え切らなくて好きですね。


ラ・ラ・ランボー/怒りのダンスさんからの質問です。

Q. 「めんどくさい」を越えた先に達成感があるらしいというのは知っているのですが、何事も行動に移すまでにかなりの労力を要してしまいます。また、エイヤ!と意を決して行動に移しても、すぐ集中が切れてインターネットサーフィンをしてしまったり…。楽な方に流れず、きちんとすべきことをするにはどうすればいいか教えてください!

A. それができていたら僕もこんなところでこんなことをせずにもうすこしましな大人になっていたでしょう。僕に言えるのはただ、ぼんやりしているとこんなところでこんなことをするほか能のない大人になってしまうよということだけです。


脳天ハンカチ落としさんからの質問です。

Q. 頂き物の洋梨がダメになるタイミングがわかりません…。だいぶ柔らかくなってるんですけど、コレまだ食べれますか?

A. 切ってみましょう。


とりあえずビームさんからの質問です。

Q. 普段、曲を聴いていて、大吾さんのリリックは、整いながらも親しみやすい、綺麗な言葉遣いだなあと思っております。私自身、日本語の懐の深さのようなものが好きなのですが、言葉は良くも悪くも移ろいでしまいます。変化は歓迎すべきですが、その中でも変わらず残しておくべきこともあります。そのあたりの線引きは非常に難しく、気にいる・いらないの個人の視点に左右されがちです。大吾さんの中で、言葉に限らず、何か変化が起こる時、維持すべきもの・変えるものを判断する指標はありますか?

A. 有形と無形を問わず、1000年以上前から「意識的に」維持できているものはおそらくひとつもない、というのが僕の印象です。仮に維持できているように見えたとしても、くりかえし再発見されているにすぎません。よいものは自然とのこって受け継がれます。仮に途切れてもかならず再発見されます。何より僕が今こうして使っている言葉ですら山と積まれた変化の賜物であることを考えると、何であれ「変えずに維持すべき」とはちょっと言いにくいよな、というのが正直なところです。僕自身は変化という変化にものすごく弱いので、何も変わらずにいてくれるとすごくありがたいんですけど。


ローリング蕎麦党さんからの質問です。

Q. わりと同期・同年代の結婚ラッシュが続いた一年でしたが、先人の言葉にあるように「結婚は人生の墓場」とは本当なのでしょうか?

A. 仮にそうだとしても、自ら進んで墓穴をせっせと掘ったのは他ならぬその人自身なので、同情の余地はありません。


ヘリコバクター・ペロリさんからの質問です。

Q. 最近、お店探しに食べログを参考にすることが多いのですが、本当においしいと感じるお店に中々出会うことが出来ません。本当に美味しいお店の探し方をご存じであればご教授ください。

A. 金に糸目をつけないことです。


アジでコイ釣る5秒前さんからの質問です。

Q. 火星にいける権利が手にはいるなら、行きますか?ただし片道で、地球に帰ってこれません。行くとしたら、何を持って旅立ちますか?

A. 僕は寒いのが何より苦手なので、平均気温がマイナス43℃の火星なんかには死んでも行きません。仮に「温かくするから!」と言われても、「何もしないから!」と言ってホテルに誘うようなものなので、1ミリも信用なりません。それでもなお行かなくてはならないとしたら、そうですね、自害用のピストルを持って旅立ちたいとおもいます。




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その287につづく!

2018年1月5日金曜日

妹をほめたら海に突き落とすガッツな姉君に祝福を


日本神話に、磐長姫(イワナガヒメ)と木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という姉妹がいます。姉の磐長姫は二目と見られぬ醜女です。娶ればその子孫は岩のように長い寿命を授かると言います。いっぽう妹の木花咲耶姫は類稀な美女で、娶ればその子孫は木に咲く満開の花のように繁栄するそうです。

この姉妹は天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である邇邇芸命(ニニギノミコト)に嫁ぎますが、姉の磐長姫はぶさいくであるという身もふたもない理由から、ひとりだけ返品されてしまいます。すがすがしいほどの鬼畜ですね。その代償として、木花咲耶姫のみを娶った邇邇芸命の子孫はこののち、花のように短い寿命を授かることになります。

不遇きわまりないお姉さんはさておき、その美しさゆえになにごともなく妻となった木花咲耶姫を祀るのが、全国に1,000以上ある「浅間神社」です。

浅間神社は富士山信仰から生まれた神社で、富士山を望むことができる各地に点在していますが、基本的にそのどれもが木花咲耶姫を主祭神として祀っています。なぜなのかはよくわかりませんが、富士山と言えば木花咲耶姫である、とひとまずここではイコールで結んでおきましょう。浅間神社の総本宮とされている富士山本宮浅間大社で祀られているのも、もちろん木花咲耶姫です。他に父である大山祇神(オオヤマヅミノカミ)や夫である邇邇芸命も配神として祀られています。

しかしそうなると気になるのがあの不遇なお姉さんです。主神である木花咲耶姫は当然としても、父や夫を祀るのなら姉の磐長姫だっていっしょに祀ってよさそうなもんですが、そこに彼女はいません。1,000以上ある浅間神社のほとんどすべてで、磐長姫だけがみごとにスルーされています。何かやらかして除外されるならともかく、何ひとつわるいことをしていないのにこの扱いの差はいったい何なのだと、ぶさいくの同類である僕としても憤慨を禁じ得ません。握りこぶしで机を叩いて責任者出てこいと言いたい。

ところがそんな木花咲耶姫びいきの浅間神社にも、例外として、それはもう例外中の例外として、磐長姫を主祭神として祀っているところがあります。僕はその事実を知っただけでも目頭が熱くなりましたが、その例外中の例外のひとつ、個人的には文句なしに五つ星をつけたい最高の浅間神社が、伊豆半島の南西部、烏帽子山にある雲見浅間神社(くもみせんげんじんじゃ)です。













烏帽子山は海底火山だったころの冷え固まったマグマの名残なので、急峻な岩山です。傾斜が45度はある上に一段の幅が十数センチほどで足の半分くらいしか乗らないスリリングすぎる階段と、参道にはとても見えない岩道をがつがつと上っていくと、その頂上に雲見神社の本殿があります。






浅間神社は富士山信仰の神社なので、富士山を目視できる場所に多くあるわけですが、もちろんこの烏帽子山からも晴れた日はきれいな富士山を望むことができます。


が、

ほかの土地とちがってここは主神が磐長姫であり、先にも書いたように美しい妹との確執があるため、ここから眺めた富士山(=木花咲耶姫)を讃えると海に突き落とされるという言い伝えがあるそうです。富士山信仰の神社なのに富士山をほめたら海に突き落とす、そのアンビバレントなふるまいに胸がアツくなります。この話だけでも星4つぶんくらいの価値があるとおもう。

ちなみにどのあたりに突き落とされるかというと、たぶんここです。


それにしても景色がいいだろうとはおもいながら、その想像をかるく飛び越える360度の圧倒的な景観には息を呑むほかありません。来る人を拒むようなハードすぎる参道と、その対価というにはあまりある眺望絶佳、これをツンデレと言わずになんと言いましょう。遠くに望む富士よりも、ここに鎮座する磐長姫をこそ最大の音量で讃えたい。

もちろん何も知らずに訪れてもその甲斐はあるとおもいます。でも磐長姫を知って訪れると、胸を満たす感慨はより忘れがたいものになるはずです。

そして磐長姫と木花咲耶姫が争うなら、僕は迷わず磐長姫の側に立ちます。美しいということの意味を問うて、全力で立ち向かいたい。なんとなれば目立たないし詣でる人も多くはないけれども、それゆえにこそ心にずっと留めておくべきだいじなことを、この神社は教えてくれる気がするのです。三が日で34万人もの参拝客が訪れる浅間大社が、いったい何を教えてくれるっていうんだ?磐長姫を祀った心ある先人にも、満腔の敬意を表したい。

と言って大きくて立派なものにケチをつけるわけでもないけれど、おもえば昔からずっとこっち寄りだった気がするじぶんの立ち位置を伊豆半島の西端であらためてしみじみと確認しつつ、よっこいせと足を踏み出す2018年です。

今年もこの調子でひとつよろしくおねがいします。

松崎の河口でみかけたカワセミ

2017年12月31日日曜日

トロトロと弱火にかけた鍋を囲んでくれるみなさまに


2016年最後のブログを見返してみたら、なんというかこう、ワーッと盛り上がってまた来年!次はいったい何が起きるのか、刮目あそばせ!みたいなテンションで大団円に幕を閉じていたのだけれど、

ふたをあけてみたらほぼ何もなかったのが2017年です。

意図していたわけでは全然ないこの滝のような落差には誰が驚くと言って当の僕がいちばん驚かされます。お前まじでこれはいったいどういうことなんだと、相手が僕でなければフルスイングで突っこんでやりたいくらいです。まことに面目ありません。


しかし考えてみればこれまでの、目をこらしてもどこにあるのかわからないような活動の足跡からして、ガンガン攻めてパーンと弾けることのほうがよほど不自然です。気を持たせるだけ持たせておいて結局こたつでみかんを食っているくらいのこの按配がしっくりくるような気もするし、だとするとむしろこうあって然るべきであり、何ならぜんぶひっくるめて完璧な着地であったと解釈することもできましょう。らしさを貫いた、たいへんクールな1年だったというわけです。今かぞえてみたらブログの更新も1年で30回足らずと本当に何もしていないことをみごとに反映していますが、そんなちいさなことを気にしてはいけません。



それでまあ、なんだなんだ、何も心配することはなかったな、これでよかったんだ、やれやれ!フーと胸を撫で下ろしたところであらためて振り返ってみると

今年はあれだけ避けまくっていたライブをあちこちでやらかした希有な1年でありました。あちこちといったってもちろんせいぜい数えるほどですけれども、リーディングを始めてからの十数年がほぼゼロだったことを考えるとこれはもう、胸をはってあちこちと喧伝するほかありますまい。



そのせいか、香川に行けば千葉から来てくれたり、大阪に行けば大分から来てくれたり、名古屋に行けば東京から来てくれたり、群馬に行けば仙台から来てくれたり、東京に行けば兵庫から来てくれたりと、忝さにただただ身がちぢんだものです。毎年言っているけれど、というか毎年言ってるから今年も言いますが、本当にいつもありがとう!




最大の立役者は何と言っても御大、タケウチカズタケです。これだけ息をひそめているのにいったいなぜこんなに目をかけてくれるのか未だにさっぱりわからないのだけれど、おかげさまでカズタケさん、そして純平さんとのユニークとしか言いようのないセッションは僕にとって目を開かれるような驚きに満ちておりました。

とりわけ "Three" とデモでは仮タイトルがつけられていたセッションのための新曲は、音楽のなかにリーディングのあることがごくごく自然に感じられる初めての曲だったと、個人的にはおもいます。ツアー時だけとはいえ、聴いてもらえて、本当によかった。僕にはこれひとつで十分にお釣りのくる1年です。

うっかりいっしょになって歌ってる1枚

そんなこんなでまたひとつ、具材の増えた鍋をトロトロと弱火にかけていつものように保温したまま、2018年へとまいりましょう。世界の隅っこでそんな鍋をいっしょに囲んでくれるみなさまに、目一杯の愛と感謝をこめて。また来年、どうかよいお年をお迎えくださいませ。

今年もありがとう!


2017年12月25日月曜日

安田タイル工業のクリスマス慰安旅行2017


どなたもご存じないとおもいますが、世界中のありとあらゆる何かを片っ端からタイルするハイパーマルチほんわか企業としてその名を知られる安田タイル工業は、今年から本社が京都に移転しています。主任のいる東京は支店です。

加えてどたどたと雑事に追われていたせいもあり、年の瀬が迫るとなんとなく催されていたクリスマス慰安旅行は22日になっても日取りどころか行くことすら決まらずにおりました。ここだけの話、すくなくとも主任は半ばサジを投げていたと告白しなくてはなりますまい。

実際のところ行くとはっきりしたのは22日の午後で、きっぷを買ったのが23日、そして決行がみごとに24日のクリスマスイブです。24日といっても起床が午前3時なので決定から決行まで実質的には1日ちょっとしかありません。人間やろうとおもえば何だってやれるものだと、全然やらなくていいことでしみじみ実感させられるのだから、人生とはまったく異なものであると申せましょう。


世界に向けて遠吠えを!

あるかないかで言ったらないほうの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、安田タイル工業のクリスマスが2年ぶりに帰ってきた! 昨年は出張だったため2015年12月以来となる今回も、分刻みのスケジュールで望む癒しの旅に専務と社員、総勢2名の大所帯でくりだします。

※これまでの旅行については以下をご参照ください。
2010年
2011年
2013年
2014年
2015年
2016年

いつもは新宿あたりで待ち合わせてなかよくいっしょに出発していましたが、今年は京都と東京に分かれているので個別に出発、待ち合わせの中間地点を目指して主任はひとり西へと向かいます。






このあたりで専務から「関ヶ原を越えた」という連絡が入ります。専務が出発してなかったらどうすりゃいいんだこれと内心ハラハラしていたので一安心です。

 

主任が静岡を越えたころ、専務から名古屋を通過したとの連絡が入ります。逐一LINEで報告し合っているので、やりとりだけみれば再会を待ちきれなくてそわそわしている遠恋中のカップルです

専務は「今回の慰安旅行は多くの遠恋カップルとそのクリスマスにとって格好のモデルケースになるだろう」と胸を張り、主任は「僕が遠恋中なら人生の折り返し地点を過ぎた中年男性2名の奇行を参考にしたりはしないですよ」と返しそうになったのを取り消して「有意義ですね」に置き換えます。


構図どころかそもそも何を撮ったのかも判然としないように見えますが、あわてて撮ったのはこれが大井川であることに気づいたからです。大井川といえば……


大井川本線だ!


大井川本線といえば遡ること4年前、湖上に浮かぶロマンチックな駅で他にすることもないからしかたなく専務と永遠の愛を誓い合った忘れがたい路線です。甘酸っぱいというよりはむしろ酸っぱい思い出が脳裏に蘇ります。


思い出さなくてもいいことを強制的に思い出させられてひとしきり物思いにぶくぶくと沈むなか、東海道本線はちゃくちゃくと進んで浜松を通過します。


話し相手もいないので読まずに溜めこんでいた新聞を始発からひたすら読みつづけて5時間余り……到着したのは専務と再会することになっている愛知県の豊橋駅です。


いた。



久しぶりに会ったわりには昨日も会っていたような気がするのでとくに感慨はありません。年をとると再会で感激するためには10年単位の無沙汰が必要になるのです。


挨拶もそこそこに、本日のメイン路線である飯田線にいそいそと乗り換えます。積もる話があるような気がしていましたが、実際会ってみるとそんな気がするだけでいつもと変わらぬやりとりです。しかしそこはそれ、弊社を参考にする遠恋カップルのために「胸がいっぱいでうまく言葉が出てこなかった」としたためておきましょう。



豊橋駅で買った知立名物あんまきも、消費期限の日付で聖なる夜のブッシュドノエル的な何かに見えてきます。












かつて中学校だったらしい建物

今も机がそのまま置かれています




胸がいっぱいでうまく言葉が出ないまま豊橋から列車に揺られて数時間、辿り着いたのは……


日本で秘境と呼ばれる駅のひとつ、小和田駅です。ウィキペディアには「駅前には何ら施設が無く、また道路が通じていないため自動車では訪問できない」ことはもちろん、「いかに何もない駅であるか」が若干前のめり気味に書かれていて好感が持てます。



ここで駅名標の前に立った専務がひさしぶりに言葉を発します。
「おい見ろ主任」
「どうしました専務」


「恋成就駅と書いてあるぞ」
「クリスマスイブにはうってつけの駅ですね」
「しかしどうも既視感がある」
「僕もめちゃあります」
「こんなのを前にもどこかで見たような……」
「見たどころか、永遠の愛を誓いましたよ」
「それにしてもなぜ恋なんだ」
「何かが成就するとしたら恋くらいだからじゃないですか」


「よし、あとは帰るだけだな
「今ついたばかりですよ」
「20分後に上り列車がくる。それを逃すと……」
「帰れなくなる?」
「いや、2時間半後のでも帰れることは帰れる」
「じゃゆっくりできるじゃないですか」
「その代わり食事の時間がゼロになる」
「食事……」
「朝の5時に出て今が14時前だが途中で何か食ったか?」
「いえ、何も」
「ここらは店どころか家もない。というか何もない
「それは覚悟してました」
「だから何か食うには戻らなくちゃならんわけだが……」
「2時間半後の電車にのると?」
「それが不可能になる」
「ということはつまり……」
「乗り継ぎがぎりぎりだから家に帰るまで何も食えない」
「家に着くのは……」
午前1時だ
絶対に20分後の電車で帰ります





自社のロゴを微妙にまちがえる専務



しかしまあそれはそれとして、20分はあることだし、景色もいいので近くを散策としゃれこむ安田タイル工業の面々。



何もないと書きましたが、廃屋はあります。



 いまや見る影もない製茶工場の廃墟もあります。こんなところで……お茶をつくっていたのか……。




「あっ専務!」
「なんだ」
「水だ!水がありますよ!」



廃墟の先にあらわれた思いもよらぬ静謐かつ幽玄な情景に息を呑む安田タイル工業の面々。まるで湖のように見えますがこれ、天竜川です。


そばに川が流れていることは地図で知っていましたが、どちらかというと渓谷のようなイメージだったので言葉を失います。いまだかつてこれほど美しい川を見たことがあっただろうか……。今回ばかりはさすがに行って帰るだけのストレートな阿呆列車的旅程で特筆することは何ひとつない気がしていただけに、感動がよりつよく押し寄せてきます。これ……これだけのために来る価値あるんじゃないのか……。


それではここで、専務が世界に向けて放つ渾身の遠吠えをご覧ください。





当然のことながら、というかこんな景色に出くわしたらムリもありませんが、専務も主任も上り列車が20分後に来ることを完全に失念しています。

しかし幸運なことに遠くからかすかに踏切の鐘がカンカンと聞こえて、ハッと我に返る安田タイル工業の面々。

「踏切だ!」
てか踏切なんてどこにあるんだ!
「やばいかなり下まで降りてきちゃったぞ!」
「走れ!」

おもえば毎回こんなことばかりしているのでこれ以上の描写は控えますが、何しろ今回はちょっとした山道なのでサッと駆け出してどうにかなるものではありません。どちらかというと手も足も使いながらサルのように駆け上るかんじです。案の定到着していた電車からはおそらくこけつまろびつ向かってくるわれわれの姿が見えていたことでしょう。

この写真の距離感で間に合わなさを察していただきたい

速攻で昏睡する主任

ともあれぶじに目的を果たし、といってもいったい何が目的だったのか今もってさっぱりわかりませんがとにかく行けるところまでは行ったという充足感を抱いて帰路につく安田タイル工業の面々。

「よし、めしだ」
「やったー!」
「行くぞ、ついてこい」
「今日の食事はどんなかんじですか」
「さわやかなかんじに決まっている」
「さわやかな食事……」
考えるな、感じろ!
「使い方まちがってませんか」




かっこいい床屋



「ついたぞ!」
「さわやかっていうより爛熟ってかんじですけど……」
「そっちじゃない、こっちだ」

そう言って専務が指差したのは……



静岡がほこるさわやかなハンバーグレストラン、さわやかです。


意気揚々と入っていったらまだ17時なのにびっくりするほど混雑していて、待ち時間は50分であると告げられます。とはいえ終電まで2時間半の猶予があるので、駅までの徒歩20分をふくめても50分なら問題ありません。 こうしている間にも4人、5人、とがんがん客が入ってくるので整理券を受け取り、ひとまず店を出る安田タイル工業の面々。


近くのリサイクルショップにて

見つけたレトロなレコードプレイヤーを

まさかのお買い上げ

あっという間に50分がすぎ、ぶじさわやかに入店したところで主任がおもむろにごそごそと何かを取り出します。

「じつは専務にミス・スパンコールからクリスマスプレゼントを預かってるんです」
「ミス・スパンコールといえば弊社の……」
「秘書です」
「忘れてたな」
「あのころは常務もいましたからね」
「わくわくするな、なんだろう」
「専務の好きなものだって言ってましたよ」

らしからぬクリスマスっぽいやりとりに専務も頬がゆるみます。



餃子のZINE


大好物である餃子がずらずらと並ぶZINEをめくりながら目を細める専務。これからハンバーグが運ばれてくることなどおかまいなしです。



 14時間ぶりのハンバーグに舌鼓を打ち、餃子のZINEをプレゼントにもらい、なぜかレコードプレイヤーを抱えて駅に向かう専務のたのもしい後ろ姿……きっと来年もすこぶるタイルな1年になるにちがいありません。




♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)


飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。


安田タイル工業プレゼンツ「聖夜のさわやかな過ごしかた」 終わり