2018年12月31日月曜日

勢いよくアクセルを踏み込んだまま崖からスポンと飛び出して音もなく落下しながら見る走馬灯のように


これまでにも幾度となくここで記してきたように、大晦日は1年のうちでもっとも好きな日のひとつです。街から人の気配が消えて、しんと静まる時間と空気は、ふと迷い込んだ異世界にもおもわれて、昔も今も心をキュッとつかまれます。

しかしここ数年はどうも様子がおかしくて、土壇場まで読む字の音そのままにドタンバタンと転げ回っている印象が拭えません。昨日の晦日にいたっては甥っ子が所望しているというぶどう豆をせっせと煮ながら納めきれなかった仕事を同時進行で片付けている始末です。忙しいと言えば聞こえはいいけれど、どちらかといえば普段は時間を湯水のように使いながらじぶんの未来と孤独死の可能性について真剣に思いを馳せる日々なのだから腑に落ちません。こんなことならいつも忙しさをくれよとおもうし、くれないなら年の瀬もほっといてくれよとおもう。目を覚ましてまぶしい朝日を浴びながら今日が大晦日であることに気づいたときの呆然たる胸の内をまったく、何と言い表したらよいのだろう?


しかしまあそんなことを言っても詮無いのできもちをパチッと切り替えて今年を振り返ってみることにしたのです。何しろ今年はあんなことやこんなことが次から次へと押し寄せて、なんかもうとにかく激動だった気がするし、よしさっそくブログでずらりと並んだ主なニュースと出来事を確認だ!とおもったら

ブログの更新がほとんどない。

「ほとんど何もなかったのが2017年です」とちょうど1年前の今日に記したその2017年はブログの更新がそれまでの最少更新数を大幅に下回った非常に残念かつ記録的な年でしたが、あろうことか今年はそれをさらにまた大幅に下回っています。このペースでいくと来年はマイナスになる計算です。ブログの更新数がゼロより少ないとかいったいどういうことなのか見当もつかない。


結局いろいろ気のせいだったんだろうと急激に落ち着いて、というか勢いよくアクセルを踏み込んだまま崖からスポンと飛び出して音もなく落下しながら走馬灯よろしくしんみり振り返ってみれば、ツアー用にしつらえたアルバム「THE 3」と、僕にとっては身に余るくらい多くのみなさまとお目にかかれたことがしみじみありがたく思い出されます。


THE 3

わざわざ言うまでもないけれど、僕の役目は何かを啓蒙したり多くの人とともに正しくあろうと努めることではありません。言ってみれば僕はやりきれない思いを抱えてくすぶる人のそばで自ら率先してくすぶる背中を見せつける、そんな役回りです。

それじゃいっしょにくすぶりますか、と気楽に誘えるささやかなひとときを、ライブであれ音源であれ何の益もない道草みたいな話であれ、今年も共有してくれてありがとう。

くすぶりつづける僕らの日々が、やがて穏やかな燠火へと移ろうのを待つ、それくらいのゆるやかな調子で、来年もどうぞふわっとお付き合いくださいませ。

よいお年を!

2018年12月25日火曜日

傘とステッキ、またはそれに類する年賀状の話


いつだったか古書店で、イギリスにある百貨店の、それはそれは古いカタログを見たことがあります。たぶん、100年とかそれ以上前のものです。

帽子とか靴とか手袋とか、いかにも英国紳士が身につけそうなものが商品としてずらずら並んでいたのだけれど、今のじぶんには縁もなさそうだし、ふーんというかんじで見るともなくぼんやり見ていると、ある箇所でふと目が止まりました。

ステッキといっしょに雨傘が並んでいたのです。

ああ、そういえばステッキと同じ形だもんね、と思うかもしれませんが、ここで重要なのは、傘が雨具というよりむしろステッキの延長扱いだった、という点です。

いまは傘を買うのにステッキ屋に行くことはありません。雨具のコーナーか、でなければ傘の専門店です。ステッキのように使うことはあっても、それをステッキと認識して持ち歩くことはほとんどありません。

でもかつてそれはたしかにステッキの延長であり、身だしなみの一部としてその形状であることが大きな意味を持っていたのです。柄の湾曲が今でも便利かつ当たり前すぎてピンとこないかもしれませんが、イギリス紳士たちのウォントがなければ傘の柄は今も和傘と同じくまっすぐのままだったにちがいありません。

本来の意味が失われつつ、その名残が今もある、というのは物語として僕が大いに好むもののひとつです。

毎年のようにこの時期このブログでキャンペーンと銘打っている年賀状もまた、それに近いものがあります。

なんとなれば忘れもしない、元々は2枚目のアルバムリリースを機に展開した「聴いてくれてありがとうキャンペーン」だったはずが、気づいたら「ろくに活動してないのにそばにいてくれてありがとうキャンペーン」に切り替わっているからです。というかなんかもう、今となっては年賀状だけがぽつねんと残っている。

とまあそんなこんなで強引に話をねじ曲げつつ今年もまた、若干名の方に年賀状をお送りいたします。これといって得るものもない日々のあれこれにいつも付き合ってくれて、と去年も書いたしだいぶ以前からずっとそうなんだけど、ホントにホントにありがとう!



ご希望のかたは例によって例のごとく、件名に「昭和64年を語るヘビ係」と入れ、

1. 氏名
2. 住所
3. わりとどうでもいい質問をひとつ

上記の3点をもれなくお書き添えの上、dr.moulegmail.com(*を@に替えてね)までメールでご応募ください。

締め切りは12月29日の土曜日です。

応募多数の場合は抽選となりますが、実際のところ多数が来たためしはこの10年ほとんどありません。またいただいたメールには必ず返信しますので、気軽にお送りくださいませ。

今年もありがとうー!

2018年12月23日日曜日

安田タイル工業のグレゴール賞2018 後編


<前回までのあらすじ>
いつまでたっても煮え切らないルノーの態度に日産の首脳陣が業を煮やすなか、安田タイル工業の社員たちは一丸となって栄えある第1回グレゴール賞選考のため、どこにあるのか未だ判然としない会場へと急ぐのであった。

→前編はこちら


「海ですね」
「海だな」
「いくらなんでも過程を端折りすぎじゃないですか」
「出航時間ギリギリすぎてそれどころじゃなかったろうが」
「それはそうですけど、何がなんだか」
「ちなみに貸し切りだぞ」
「えっ」
この船には乗組員以外、われわれしかいない
「ええー!」

いつどの時点でそうなったのか、とにかくやぶからぼうに海で船ですが、たまたま乗客が他にいなかっただけとは言え、実質的に船を借り切ることなどしたくてもそうそうできることではありません。いつの間にか船の上にいるのと同じくらいやぶからぼうなサプライズにテンションだだ上がりな安田タイル工業の面々。

キャッホー!






ホントに誰もいない

「あっそうか」
「どうした」
「下田から船に乗ったってことはこれ、どっかに上陸するんですよね!わあー大島かな?新島かな?船は貸し切りだし、ゴージャスすぎてもう」
「おい浮かれるな」
「ハッ」
「われわれはグレゴール賞の選考にきてるんだぞ」
「そうでした」
「その使命を忘れてはいかん」
「あっ専務、写真撮りましょう写真」
「おい聞いてるのか」
「はい、チーズ!」
パシャリ

安田タイル工業の社員たち

緊張感漂う選考風景


選考中

正装する専務



正装する主任


そうこうしている間に神津島に到着。通常は島の表玄関とも言うべき前浜港なのですが、この日は海が荒れていたため、島の東側にある多幸湾に入港です。島にそびえる天上山は西側が豊かな緑、東側が岩むき出しの荒々しい山肌と劇的に異なる景観ながら、主に目にするのは前浜港のある西側なので、東側を望むことができる多幸湾から入港できたこの日はかなりラッキーだったと申せましょう。かく言う主任も山の東側から全体を眺めたのはこれが初めてです。



「わあー神津島だ!上陸?上陸ですか?」

上陸しない

式根島に到着。


「わあー式根島だ!上陸?上陸ですか?」

上陸しない

「てことは新島かな?やっぱり上陸するなら大きい島のほうが」



上陸しない

「あれ……じゃあ利島に……あっ富士山だ!」



と、今朝の雨模様からはとても想像できない空の爽快すぎる晴れ渡りぶりに心奪われているところへ、船内アナウンスが流れます。

利島は本日不良のため欠航となりましたので、これより下田港に帰港いたします
「最後まで上陸しなかった!」
「おい、いいから選考に集中しろ」
「だって目の前に島があるのに」
「何しにきたとおもってるんだまったく」

出航から瞬間的に沸騰したテンションもお湯のようにゆっくりと冷め、ようやくしょんぼり本腰を入れてグレゴール賞の選考に向き合う安田タイル工業の面々。




選考中


選考中

そうしておよそ7200秒にも及ぶ長時間の討議の結果、受賞したのは……


タイル賞:シャイニングマンデー

個々人で向き合うべき問題を全体で向き合おうとした結果「何言ってんだおまえ」と案の定こき下ろされながらも未だにくすぶりつづけているプレミアムフライデーという怪物に対し、「月末金曜は忙しい」という当たり前すぎる理由から経産省の職員向けに提唱されたもうひとつの怪物がシャイニングマンデーである。あくまで省内の職員向けであって一般に推奨するものではないというが、じぶんたちが実践できないプレミアムフライデーはそのままにじぶんたちだけ都合のいいシャイニングマンデーに置き換えたことで、みんなわかってたプレミアムフライデーの形骸化にあろうことか提唱者がお墨付きを与えたばかりか、どうも未だそのことに気づいてすらいないらしいという、やるせない事実こそまさしくタイル的であるといえよう。

しかしそうしてみると気の毒なのはプレミアムフライデーやシャイニングマンデーといった怪物的概念である。どう考えても責めを負うべきは怪物をつくりだした親であって、プレミアムフライデーやシャイニングマンデーそのものではない。後者にいたっては前者とちがって一般に推奨されたわけではないにもかかわらず、同じように叩かれる始末である。

生まれた怪物に罪はない。それでも人が愛せないというのなら、我々が愛さずにいったい誰が愛してやれるというのか?安田タイル工業としては心からの愛をこめて、シャイニングマンデーにタイル賞を贈りたい。


平和賞:同盟関係にある英国で発生した毒殺未遂事件を受け、ロシアのスパイを追放しようとしたらそもそもスパイがいなかったニュージーランド

それは言ってみれば「掃除しようとしたらゴミが落ちていなかった」というようなことであり、権謀術数という名のゴミにまみれた世界においてにわかには信じられないくらい、いい話である。



努力賞:106年ぶりに利尻島まで泳いで上陸したヒグマ

婚活のために北海道から20キロ泳いで島へとたどり着いたが、交際相手がみつからずにまた泳いで帰る、だいたい106年ぶりというのは明らかにその甲斐がないからだが、そんな些細なことは歯牙にもかけない愛すべき徒労ぶりは文句なくグレゴール賞に値する。


自然科学賞:自由浮遊惑星

公転するから惑星なのに公転しないなんて自由すぎるにもほどがある。スケールも圧倒的かつ文字どおり天文学的である。


ブザービーター賞:ギョウザがおいしい永田町の開化亭

他に選択肢がないのでやむを得ず半ば投げやりに入った店がめちゃめちゃ美味かったとき、もしくはあまりの好印象で心理的な逆転が起きたとき、安田タイル工業ではこれを「ブザービーター」と呼ぶ。本来はバスケットボール用語である。


ナイスミドル賞:ランク落ちのコシヒカリを選んだ石関事務長

討議による賞の選考が熱を帯びる中、「お仕事ですか」と話しかけてくれたあぜりあ丸の石関事務長は気さくでフレンドリーなナイスミドルである。事務長さんはコシヒカリが気になるとのことであった。


追記:事前予想で最有力候補と目されていた「いきなり!ステーキのステーキ提供システム」「築地場外市場に投じられた8669票」が受賞を逃したことについては、討議がおもいもよらない視点と結論をもたらすこともあると述べるに留めておきたい。


ぶじ賞が決定した安堵感からか、急に腹の虫がグーと鳴り出します。

「そういえば昨日の晩からなんですけど」
「ん?」
ずっとお腹がすいてるんです
「よしメシだ。パーッといくか!」

考えてみれば前夜、箱根のあたりで食事処を探すも丑三つ時で見当たらず、朝は朝でとるものもとりあえず飛び出してきたため食事をし損ない、そのまま港まで一直線でいつもどおり出航時間ほぼぴったりに船へと飛びこんだため食べるどころか買う暇もなく、気がついたらそのまま日が暮れようとしていたのです。

パーッといった結果





結局どの島にも上陸しないまま、美しい海を眺めながら船上でカップラーメンを食って帰ってきた安田タイル工業の面々。

「専務」
「なんだ」
「お腹がすきました」
「またか」
すくに決まってるでしょうが!
「そうキレるな。よし、パーッといくか!」




土曜の晩から月曜の晩までほとんど寝ていない専務


なんとなく見覚えのあるお店でなんとなく見覚えのあるものを食いながら、しみじみと選考会を振り返ります。世のため人のため、そして主にタイルのためにひたすら心のタイルを磨いてきた安田タイル工業が満を持して世界の知られざるタイル的精神に捧げるグレゴール賞の重みとたらふくつめこんだハンバーグが胃にずっしりともたれるようです。



「昨夜の専務のライブなんですけど」
「ああ、あれ昨日だったか」
常務もライブしてましたね
「数年ぶりの帰国だったからな」
「あの人じぶんが常務って知ってますかね」
「たぶん知らないだろう」

あのころはまさか10年後も会社が存続しているとは夢想だにしていなかったことを思い出して、感慨もひとしおの専務と主任。今やTシャツにマグカップ、スマホケースとグッズも豊富で、社会に賞を授与するほど存在感が増したのだから、考えてみればずいぶん遠くまできたものです。



♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)


飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。


安田タイル工業プレゼンツ「第1回グレゴール賞選考会」 終わり