2022年12月31日土曜日

1本1本、地道に心の草むしりをする話

ロゴを微妙に間違える主任

以前からそういう意識がないではなかったけれど、ここ数年はとくに「こうあって然るべきだし、そうあって当たり前」を心からなるべく減らすように努めています。

たとえば眠ること、歩くこと、食べること、笑うこと。本を読んだり、熱い湯につかること。言ってしまえば何でもないようなことです。実際のところいちいち立ち止まるようなことでもない。その上で、あんまり当たり前だとおもわないようにしているのです。

減らすと言っても気づかないうちに長い年月をかけて蔓延ってきたものだから、火炎放射器で焼き払うようにはいきません。焼き払えたように思えてもたぶん根が残ります。本当に1本1本、地道に草むしりをするような向き合い方です。

最近やっとわかるようになってきたけれど、世界はいつもすこしずつ変わります。たまに激変するように見えても、基本的にはやっぱりすこしずつです。いっぺんに変わることはまずありません。気づかないだけで、確実に助走がある。跳躍が大きければ大きいほど、それに見合った長い助走がある。

「当たり前」という感覚は跳躍前のありとあらゆる助走から意識を遠ざけてしまいがちです。だから突然現れたようにしか見えない変化につい身構えてしまう。受け入れられないことに尤もらしい理由をつけて正当化してしまうこともある。

ご多分にもれず僕も変化にあまり敏感ではないので、ときどき意識的に立ち止まる必要があります。あれ、まだここにいていいんだっけ?というふうにです。心の草むしりはまた、そう自問することでもあります。

実際今年はパンデミック以上に、多くの人がそうあって当然と認識することを根底から揺さぶられるような、それでいて本当のところ何が揺さぶられたのかピンときていないような、そんな年だったと言えるかもしれません。良し悪しや正しさはさておき、僕の価値観もゆっくりと変わりつつある。


一方で、こうしてささやかに発信することも、たとえば音源を発表することも、ライブをすることも、同じように草むしりの対象です。それでなくとも僕は昔から活動時の体温が異常に低いので、アクションを起こすときはいつも探り探りになります。明日が昨日と同じ世界とはかぎらないじゃないか?ということですね。

年賀状キャンペーンなんかはまさにその最たるもので、いつ静かに幕を引いてもいいような心算でいるのだけれど、どういうわけか今よりよっぽど活動していた時期よりもずっと多くの応募があって毎年ポロリと落涙しています。本当に本当にありがとう。

そして今年は去年の年末にも書いた音源をぶじ「アグロー案内」としてリリースすることができました。


あんな形で結実するとは正直思ってもみなかったし、当初は本当にリメイク集のイメージだったはずが、蓋を開けてみたら他に類を見ない無二の世界に仕上がって感無量です。特に山本和男がよかった。


amazonデジタルミュージックの「バラエティ・効果音部門」でNHKラジオ英会話を抑えて1位に輝いたあの瞬間最大風速は一生忘れません。履歴書に書きたい。


きわめつけは超久しぶりのライブです。2週間が過ぎた今も達成感より安堵感のほうが大きいけれど、どうにかこうにか果たせて本当によかった。それもこれも目をかけてくれるみなさまと、御大タケウチカズタケのおかげです。どうあれやると決めたら足を運んでもらうだけの甲斐がなければ意味はないのだし、やらないにしてもそのまま錆びつかせるのではなく、常に油を差していつでもきちんと始動できるように心がけたい。


手のひらで包めてしまうくらいささやかなこんな規模だからこそ、咲く花もあります。願わくばどうか来年も、地面すれすれの低空飛行にお付き合いくださいますように。

よいお年を!今年もありがとう!

2022年12月26日月曜日

安田タイル工業のクリスマス慰安旅行2022、その後


 世界に向けて遠吠えを!


いつまでたっても赤字にしかならない肥大化した会社を世界有数の大富豪にみごと売り渡し、晴れて自由の身となった旧ツイッター経営陣を見習うべく日々研鑽を重ねるおいしいヤミー感謝感謝またいっぱい食べたいなデリシャッシャッシャッシャッシャッシャッハッピースマイルカンパニー、安田タイル工業のいつものやつが今年もつつがなく開催され、2021年12月以来となる今回も専務と社員、総勢2名の大所帯で意気揚々と繰り出したことは先だってお伝えした通りです。

※これまでの年末興行については以下をご参照ください。
2010年
2011年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年 前編
2018年 後編
2019年
2020年

そしてまあ例によってあんなことやこんなことがあり、笑いあり涙あり、スリル、サスペンス、度重なる脱獄と忘れられた大量破壊兵器、果てはフードロス問題から一夜かぎりの甘いロマンスまで、息つく間もない波瀾の展開に巻き込まれた挙句ぶじに生きて帰ってこれたのが本当に奇跡だったわけですが、さらに今年はスペシャル企画としてその後日談をポッドキャストでお届けします。

弊社の全社員が命を賭して立ち向かった熱い冒険の一部始終、ぜひ大音量でお楽しみください。



♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)


飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。

安田タイル工業プレゼンツ「3つ並んだデカい階段みたいなものを見てきた話」 終わり

2022年12月25日日曜日

ある年のクリスマスがその後の人生を決定づけた話


たまにはクリスマスの話でもいたしましょう。

僕がまだ小学1年生だったころのことです。その年のダイゴ少年はクリスマスプレゼントに以前から欲しかったラジコンを希望していたのだけれど、クリスマス前に悪事が露見してしまい、サンタは来ないことを宣告されました。

悪事といっても7歳くらいのことなので、詐欺とか殺人とかインサイダー取引とかではもちろんなく、タチの悪い万引きだったようにおもいますがよくおぼえていません。ただ子どもにとってはすごく楽しみにしていたプレゼントを撤回されることほどダメージを負う懲罰もないから、少なくともそれに値するだけの悪さだったことだけは確かです。サンタなんか来るわけもない。イブの晩もしょんぼりして寝ただけです。

翌朝、というのはつまりクリスマス当日の朝ですが、目を覚ましたダイゴ少年は枕元に大きな平べったい箱が置いてあることに気がつきます。えっサンタは来ないはずだったのに…まさかこれは…でもこんな平べったい箱にラジコンが入るはずもないし…と困惑と期待が入り混じった気持ちで包みをガサガサと開けたら出てきたのがつまり


塗料です。

しかも30色(!)近くあって、筆も皿も、そして溶剤系塗料なのでそれを洗うためのうすめ液(要はシンナーです)が一式ぜんぶ揃っています。水性塗料とちがって薄めるのも洗うのにもうすめ液が必要な上に部屋にシンナー臭が充満するため、どう考えても小学校低学年向けとは言い難いことを除けば、プラモデルに色を塗りたいとなったときに必要なものがすべてそこにありました。

シンナー臭もどうかとおもうけど、最大の問題はうちにプラモデルなんかなかったことです。

何かプレゼントしてやりたいが、といって容認できない悪さをしでかした以上、純粋に喜んでしまうようでは困る、というややこしい条件を見事にクリアしていて驚かされますが、しかし塗るものがないのになぜ塗料なのか、そしてなぜ水性塗料ではなくよりによってシンナーまみれの溶剤系塗料なのか、当の両親が今も昔もホビー系に詳しいどころか完全に無知(だから謎なのです)な上にこの時のことをまったく覚えていないため、その理由は今もわかりません。

いずれにしてもダイゴ少年はここからこの溶剤系塗料「Mr.カラー」にどっぷりとハマっていきます。何しろそれまでは色を塗るといったら画用紙に絵の具とか色鉛筆くらいしか知らなかったのに、この塗料はゴムにも鉄にもプラスチックにもガラスにも塗ることができるのです。

先にも書いたように、プラモデルはありません。しかし当時、この塗料を使うのにうってつけのあるものがちょうど一世を風靡していました。それがガシャポンの「SDガンダム」です。3センチくらいの大きさで手のひらにちょこんと乗る、デフォルメされたガンダム人形ですね。

絵の具や色鉛筆では塗れなかったものが、この塗料なら好きに塗ることができる、というのはダイゴ少年に爆発的な刺激と興奮を与えました。想像力の可動域を飛躍的に広げてくれた点で、これがおそらく僕にとってものをつくることの原点です。何しろその後、小学校を卒業するまでの6年間ずっとこの「Mr.カラー」でひたすらSDガンダムとプラモデルに色を塗り続けています。しまいには法事の帰りの車の中でちまちま塗ってそのシンナーくささにひどく叱られたくらいです。無色の世界が彩られるのはそれだけで想像力に翼が生えるようなものであって、その楽しさといったらなかった。色それ自体というより、それまで存在しなかった何かを自らの手が生み出す喜びですね。

もしあのとき欲しがるどころかその存在も知らなかった謎の塗料セット一式を両親が用意していなかったら、今の僕にはなっていないはずです。それが良いことだったのかどうか、何ならもうちょいましな人生だった可能性のほうが圧倒的に高いとおもうけれども、どうあれ「Mr.カラー」がその後の歩みを決定づけてしまったのは間違いありません。

ここから導き出される教訓はひとつです。子どもに何だかよくわからないものを何だかよくわからないまま与えてはいけない。いつどこで何がその後の人生を決定づけてしまうかわかりません。良い結果を生むこともあるでしょうが、僕のような大人に育ってしまう取り返しのつかない危険性もあるのです。子を持つ親御さんはどうか気をつけてください。

2022年12月23日金曜日

博愛の超強力接着剤「モチダイン」のこと


さて、餅です。

今でこそ餅は日本を代表する白くて美味くてやわらかいもののひとつですが、昔はその如何ともしがたい凶暴性から人々にとって名状し難い畏怖の対象でもありました。

何しろその肌、その白さ、その味わい、温もり、やわらかさはまさしく天使のようでありながら、ぺたぺたくっついて取りづらいというたったひとつの小さな事実によって毎年必ず、人が死にます。人を死に至らしめるほどの粘着力となるとさすがに只事ではありません。天使は天使でもショットガンを小脇に抱えた天使と言うべきでしょう。

いつ牙を剥くとも知れぬ恐ろしさに打ち震えるほかなかった20世紀初頭、その圧倒的な粘着力に目をつけた一人の人物がいました。今ではぺたぺたくっついて取りづらいものの先駆的権威として世界にその名を知られる、宇佐木バニ一郎(うさぎ・ばにいちろう)です。

病弱だったバニ一郎は幼少時からどういうわけか正月の餅にひどく嫌われ、またしても死線をさまよっていたある年の三が日、夢に出てきた見上げるほど巨大な餅からこう告げられたと言います。

「お前は餅に嫌われていると信じているがそうではない。むしろその逆で、餅に愛されているのだ。ぺたっとくっついて離れぬとすればそれが愛でなくて何であろう。愛という名のこの類まれな粘着力を世のため人のために活かしなさい。」

天啓に打たれたバニ一郎は目が覚めるとすぐさまありったけの餅米を蒸し、病弱だったことも忘れてリズミカルに餅を搗きつつ粘着力の研究に取り掛かります。ぺたぺたくっついて取りづらい餅とはすなわち、人々の心を結びつける愛そのものであるという彼の、生涯揺らぐことがなかった信念はこのときに発露したものです。

一度くっついたら二度と引き剥がせない博愛の超強力接着剤、「モチダイン」はこうして誕生しました。その圧倒的な粘着力と汎用性は今なお他の追随を許さず、気づけば各国の軍事衛星から結婚式の引き出物まで、世界中のあらゆるシーンで活用されています。また餅なのでその安全性は言うに及ばず、チューブから吸い出せばそのまま宇宙食や非常食にもなることから、一触即発の剣呑な国際情勢にある現代ではその需要がより高まっていると言っても過言ではないでしょう。


そんなモチダインが誕生から今年で88周年を迎え、「世界を変えた発明1001」の1001位に見事ランクインしたことを記念して、若干名の方にプレゼントいたします。「搗き」「付き」「月」をかけたトリプルミーニングです。


ご希望のかたは件名に「博愛の超強力接着剤モチダイン」と記入し、

1. 氏名
2. 住所
3. わりとどうでもいい質問をひとつ

上記の3点をもれなくお書き添えの上、dr.moulegmail.com(*を@に替えてね)までメールでご応募ください。

締め切りは12月29日木曜日です。

応募多数の場合は抽選となります。とは言っても用意した分より1人でも多かったらという意味であって、実際のところてんやわんやの大多数だったためしはこの15年まったくありません。あえて抽選と釘を刺すことで応募が殺到するかのような印象をでっちあげる立つ瀬のなさを察しつつ、ふるってご応募くださいませ。

今年もありがとうー! 

2022年12月16日金曜日

アグローと夜、または「山本和男 THE MOVIE 完結編」試写会のこと


そんなわけで過日の「山本和男 THE MOVIE 完結編」試写会@元住吉POWERS2は鳴り止まぬ万雷の拍手とともにぶじ幕を閉じました。かねてから噂されていた、山本和男があの宿敵と対峙する大瀑布のシーンでは超弩級の没入感に館内のどよめきも凄まじく、文字どおり急転直下の展開に観客のみなさんも「これは絶対にIMAXで観たい…!」との思いを新たにされたのではないでしょうか。さらにこれまで延々と張り巡らされてきた伏線と謎のすべてが回収されて大団円かと思いきや、大して回収されない上に謎が深まるという解決編にあるまじき着地ぶりで早くもSNS上では賛否が渦巻いているようです。

かつて誰も想像したことがない、驚天動地の一大スペクタクル…ぜひ劇場で体験してください。鑑賞後の熱い感想にはハッシュタグ #山本和男 を添えて!



 





 



上映後のパネルディスカッション

…とまあ、「アグローと夜/AGLOE AND NIGHT」はまさしくこんな夜でございました。今回も僕が知るかぎりでは宮城、山形、福井、長野、静岡、京都、兵庫、奈良、福岡からわざわざ足を運んでもらって本当に面目ありません。ありがとうありがとうありがとう。

3年ぶりというのは、英気を養うために休養していた著名なミュージシャンでないかぎり、忘れ去られていてもおかしくないほどの年月です。僕がそんな人では初めから全然ない以上、初めましてレベルで改めて一から向き合う必要があります。であるならば、リーディングをする人がいて、演奏する人がいる、というだけでなく、兎にも角にも絶対にこの二人でないといけないという必然性のある形にしたい。そういう意味では見事にその通りの夜だったような気がします。

何しろ冒頭から挨拶抜きでいきなり延々と15分、紙芝居について語りだしたわけだし、音楽のライブを観にきてあんなものを体験させられるとは誰も思っていなかったはずです。お客さんが何を楽しみに来ているのか、なんとなくわかっていたので言わずにいましたが、ライブ前の1ヶ月はほとんど紙芝居に費やしていたと言っても過言ではありません。僕自身にとっても、そしてまたあるかどうかも定かではない今後にとっても、絶対にやらなければいけないことのひとつだったと、今ならしれっと申せましょう。

そして未だに謎しかない、山本和男です。中には「アグロー案内」の箸休め的なシリーズと受け止めている人もいるかもしれませんが、さにあらず、むしろこれなくして今後のアグロー案内は語れないことを周知する絶好の機会でもあって、それはもう本当に、カズタケさんが見事に知らしめてくれたとおもいます。多くの一流ミュージシャンと日々共演し続ける彼が素でしょうもないことをできるのはどう考えてもここしかないはずなので、それがピタリと嵌ったのはまさしく感無量と言うほかありません。

あと僕はそのスタイル上わりとこう、ピンと張った空気になりがちなので、せっかくだしできればいっぱい笑ってほしいといつもひそかに願ってきたのだけれど、それもカズタケさんのおかげでばっちりそのとおりになったような気がします。

人前に出ずに済むならそれに越したことはない性分は今も昔も変わらずです。一方で、もし出るならまた観たいと思ってもらわなくては意味がないという向き合い方もまた、「オントローロ」の頃から変わりません。なので今回は僕にとってもやはり、大事なマイルストーンのひとつです。いずれまたこんな機会が巡ってきたときには、やっぱり笑顔になってもらいたいと改めて思う夜でした。

本当にありがとう!



2022年12月9日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その384


かれこれ2ヶ月以上、あの手この手を駆使しながらただでさえ薄いスープをさらに薄めるようにしてどうにかこうにかこのブログを取り繕ってきたわけですが、月曜にあった数年ぶりのアトロク出演をぶじ楽しく終えた以上、さすがにもうすっからかんで何もありません。あの懐かしい、これと言って特に得るもののない通常運行に戻りましょう。

ちなみに4曲を披露したタケウチカズタケとのライブ@アトロク、radikoのタイムフリーならまだ間に合います。もしまだならお急ぎあそばせ!


ローマの振替休日さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)

Q. 世の中には奇妙なコレクションをしてる方がいらっしゃいますが(爪や鼻のゴミや猫のヒゲなど)、何か変なコレクションをしてる、あるいは過去にしていた、または未来集めてみたいなどお聞かせ頂けると幸いです。


しいて言うならタバスコの瓶ですね。何を言っているのかさっぱりわからないとおもうし、今となっては僕もさっぱりわからないのだけれど、わりと最近になって倉庫から大量のタバスコの瓶が出てきたのでまちがいありません。思い返してみれば20年ほど前の僕は確かに、タバスコの瓶を集めていました。

何しろまだスマホなどなかった時代の、画素数が異様に少ないしょぼいデジカメでその様子を撮っていたくらいだし


ポラロイドみたいなトイカメラでもわざわざオシャレな1枚を撮って悦に入っていたくらいなので、その思い入れの深さが窺えようというものです。


これには一応順番というかちゃんと成り行きがあって、初めから瓶だけを集めていたわけではもちろんありません。これは断言できるけど、中身も1滴残らず消費しています。むしろある理由から大量のタバスコを消費した結果として、残った瓶に愛着が湧いてしまったと言うほうが正しい。

1本を使い切り、きれいに洗ったら瓶が可愛く見えて、なんとなく捨てそびれているうちにまた1本が空になり、また洗い、可愛いから捨てそびれ、いつしかだんだん増えていくのが楽しみになり、サイズ違いがあれば買い、新しいフレーバーが発売になれば買い、気がついたらタバスコを買うときの目的と結果が逆になっていたのです。

これが単なる大量消費の結果ではなくれっきとしたコレクションであったと言い切れるのは、先にも書いたようについ最近まで手元にあったからです。必要なもの以外持っていかないはずの引っ越し先にまで大量のタバスコの瓶を持っていくというのは、さすがに常軌を逸しています。蒐集家の心理とその闇がいかにして醸成されていくのかを示した、愛らしくも端的な例であると申せましょう。


A. タバスコの瓶です。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その385につづく! 


2022年12月2日金曜日

「アグロー案内」を公共の電波に乗せてよいのか問題

うまく描けた

お話しできることと言ったらあとはもう今月に控えたライブくらいしかないし、ひとまず通常運行でパンドラ的質問箱に戻るか…と先週と寸分違わぬことを考えていましたが、そういえばひとつお知らせできることがありました。

来週5日(月)の夜は、御大タケウチカズタケとTBSラジオ「アフター6ジャンクション」のコーナー「LIVE & DIRECT」にお邪魔して、「アグロー案内」のライブバージョンをひと足お先にお届けします。


すでに「アグロー案内」を楽しんでくれているごく少数のみなさまには、まず確実に朗報であるとあえて申しましょう。

たとえば「間奏者たち/interluders」です。これはもともとリーディングの音声が先にあり、そこにトラックを当てたのち、さらに音声の配置を調整するという、通常とは真逆の工程で作られた曲なので、トラックに合わせてリーディングをするのはラジオで披露するこれが初めての機会ということになります。

また「アグロー案内」を象徴するあの作品も無茶なエディットが施されていたり、VOL.4に収録予定であるあの曲の別バージョンがあったりと、ライブであること以上に聴きどころの多いセットになっているはずです。何なら録音しておくべきなんじゃないかとおもう。

とはいえ実際のところ、てっきり歌や音楽が流れてくるとばかり思っているところに、歌どころかかつて聴いたことのない何かが流れてくるわけだから、その異物感は想像に難くありません。果たして本当にこれを公共の電波で不特定多数に聴かせてしまってよいのか、罪になるとしたら何罪になるんだという疑念と不安が募ります。うっかり耳にしてしまったリスナーのみなさんが健康を害さないことを心から祈るばかりです。

もし物議を醸すようなことになったら、ダイゴくんはわるくない!と擁護してあげてください。