2008年11月11日火曜日
たったそれだけのためにつくられた古道具の逸品
リアルタイムよりもむしろ、ほとぼりが冷めてからおもむろに話し出すことのほうが多いブログなので、いまさらことわりを入れることもないとおもいますけれど、えーと終了してから2週間以上たってようやく「Open House Market」の話です。マイペースにもほどがある。
ともあれ、思っていたよりもずっと多くのお客さまにお集まりいただいて、どうにかぶじ、ニコニコと笑顔でこの催しを終えることができました。どちらかといえばペシミスティックでありながら、老獪でときに大胆な賭けに出ることもある不敵な敏腕家、日月堂店主ですらこの先の展望に一筋の光を見たようだから、その手応えと達成感は推して知るべしと言えましょう。このブログをきっかけに足を運んでくれたみなさま、本当にありがとうございました。しかしこうして書いているとますます自分が何者なのか判然としなくなってくるな。
何しろ昭和初期に立てられた邸宅なので、そこで使われていた調度品にいたってはさらに古いものも多くあり、「これ何だ?」と首をかしげてしまう用途不明のキテレツな(と今の僕らの目には映る)道具が次々と出てくるのです。そのひとつひとつについて鈴木家当主が「これはね…」とていねいに歴史を紐解いてくださる愉しみといったらまったく、筆舌に尽くしがたいものがありました。
たとえばね、柄杓(ひしゃく)を想像してみてください。厚みがあって重たい金属のお椀に、木の棒が持ち手(柄)としてくっついているかんじです。と書けばどうしても柄杓になるし、実際そうとしか見えないんだけど、ただ水を汲むにしてはあまりにゴツいし、つくりが頑丈すぎる。柄杓が自転車なら、こっちの道具は戦車です。
「このがっちりした柄杓みたいなものは何ですか?」
「ああこれね、アイロン」
「アイロン?これアイロンなの!?」
「お椀のとこに炭を入れるでしょ」
「ふむふむ」
「でホラ、お椀の底が…」
「あ、すごい平べったい」
「そう、だからそこを押しつけて使うの」
おお…
とまあ万事が万事こんな具合だったのです。一方では部屋の奥から日に焼けて色褪せたイームズの椅子(!)が出てきたりするんだから、まったく、そわそわせずにいられるほうが絶対におかしい。
*
さて、そんな物語の尽きないユニークな調度品のなかにあって、ひときわ異彩を放つ指物がありました。指物というのは、釘を使わずに木材同士を嵌め合わせてつくる家具や道具のことですね。
↓それがこれ。冒頭の写真はこれをパタンと閉じた状態です。
木枠にガラス板を嵌めこんだだけのシンプル極まりない体裁なのに、なんとなく感興をそそるキュートなたたずまい。これ何だかわかりますか?
折りたたんで持ち歩くための把手もついています。
窓、ではもちろんないのです。
「スズキさん、これ何ですか?」
「あ、これはね、ハンカチはり」
「ハンカチって…あ、干すの!?」
「洗ったのをね、ここのガラスにこう、はりつけて乾かすの」
「ハンカチを干すためだけの道具ってことですか、ひょっとして?」
「そうそう、縁側に置いてね」
(絶句)
「…昔はそういう道具がふつうにあったんですか?」
「うーん。いや、どうかな。指物師につくってもらったんだとおもうけど」
「指物師って…じゃコレ特注!?」
「うちはホラ、子どもが多かったから…」
「……」
「これだと4枚いっぺんに干せるでしょ」
「たしかにそうですけど、でもこんな立派な…」
「ふふふ」
「それにしても」と僕らなら思うじゃないか!
けっきょくこの逸品はイベント終了まで誰の手にも渡らずにしまったため、最終的に僕が鈴木家からお譲りいただくことになりました。ユーモラスな趣と同時に、そのちいさな歴史を受け継いだようでとてもとてもうれしい。いつかまたこの奇妙な道具の来歴について、次の世代に話すことがあるだろうか?
*
すべての片付けを終えてがらんどうに静まり返った鈴木家を後にする際のしんみりとした感慨は、2週間たった今も僕のなかに仄かな余韻として残っています。さいごのさいごでささやかな花を咲かせてくれた鈴木邸は、今月にも取り壊される予定です。
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