2009年1月8日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その77


今年の冬はなんだかいつもよりさむくないので、雪なんか降りゃしないな、とおもっていたのに明朝の予報が雪ってまったく、手のひらを返すような気候の変わりように憮然としてしまう。


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ちょびヒゲ丸さんからの質問です(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)。どうもありがとう!ヒゲといっても味付けノリで代用するタイプのヒゲですね、これは。



Q: 好きなルパンは何世ですか?



カリオストロ派にはたいへんもうしわけないですが、僕はもう圧倒的に元祖アルセーヌ・ルパン派です。「813」と「続・813」ほどびっくりさせられた小説はない、と言い切ってしまいたい。とくに上巻となる「813」のラストは、事件そのものの解決とは直接関係がないにもかかわらず、超ド級のどんでん返しが待っていて、初めて読んだときは文字どおり椅子からひっくり返ったものです。まだ前菜だというのにメインディッシュ級の食材を惜しげもなくふるまうこの太っ腹ぶりはどうだ!物語としてただただ破天荒におもしろいし、それでいて下巻にはこの驚きを上回るビッグバン的結末が用意されているのだから、読み終えてしばらく開いた口がふさがりませんでした。呆れるほど大胆に大風呂敷を広げながら、最後にはキュッと美しく結いあげてしまうルブランの鮮やかな仕事ぶりといったら、それこそアルセーヌ・ルパンその人の手際とくらべても何ら遜色ないと僕はおもいます。熟練した名人芸とはこういうものかと、つくづく感じ入らずにはいられません。

いつの間にかルブランの賛辞になってしまった。

僕個人の印象で言うと、ルパンの魅力をより堪能できるのは、「バーネット探偵社」という短編集です。黒々とした闇を内に湛えて心理的にも容易にはとらえることのできない、アルセーヌ・ルパンという男の複雑な機微が見事なまでに描き出されています。「んもう、ルパンたら!」と身悶えすること必至です。軽妙洒脱なふるまいによって、一見するととてもそうは見えないところがポイント。どうしたらこんなふうに人物を描写することができるんだろう?


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世界の王になれる器を持ち、実際そういう野心も否定しないアルセーヌとくらべて、3世はむしろ徹底してアウトサイダーであること、より自由であることに信条を据えているように見えるけれど、どうでしょうね?権力に対する受け止めかた、向き合いかたが決定的にちがう気がするのです(少なくともアルセーヌにおいては、それがあることを自然として受け入れる準備ができている、ということです)。だとすれば、受け手の期待からしても後者がヒーローになりうるのに対し、権力を拒絶ではなく「内包」するという点で前者は決してヒーローになり得ない…つまりより悲劇的です。だからというか何というか、勝利の代償として失うものがいつもちょっと大きすぎるし、そのたびにアルセーヌときたら心底打ちのめされています。かわいそうに!そうしてたぶん、そこが好きなんだとおもう。まったく同じ理由で、だからこそ3世のほうがスキ!という人もいるでしょうね。僕はそもそもじぶんの人生において自由を至上の命題としてはいないのです。



A: 1世です。断固として。




とはいえ、おちこんだときに元気をくれるという意味ではもちろん僕もルパン3世を支持します(しかもそれは、見ようによってはルパンよりもはるかにアウトローな銭形警部の存在によってです)。しょげ返ったところにアルセーヌの傲岸不遜な知能を見せつけられても困るし、そんなのますますじぶんがいやになるだけですよ。



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dr.moule*gmail.com(*を@に替えてね)



その78につづく!

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