甘く危険なカオリン(ケイ酸塩鉱物)さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q: 2012年、ダイゴさんにとって1番の事件は?
どう考えても2015年に引っぱり出してお答えする質問ではないとおもいますが、これにはわけがあります。というのもこの年、僕にとっていちばん大きな事件は、気持ちの整理に3年を費やさねばならないほどショッキングなものだったからです。ようやくこうしてぽつぽつとお話できるようにはなった気がするものの、それでもやはり、思い出すと頭を抱えてゴロゴロとのたうち回りたくなります。夢であってくれたらいいのにと今でもおもうし、記憶にうすく靄がかかっているからひょっとしたらこの年ではなくてもっと前だったかもしれないし、でなければ実際に夢だったかもしれません。すくなくとも若気の至りというにはちょっと薹が立っていたことはたしかです。ただ、僕は幼少時に「虹の上をすべる魔女をみた」というにわかには信じがたい記憶がはっきりとあるくらいなので(本当にそういう記憶がある)、そもそも体験が脳内で捏造されている可能性もあります。まあ、何でもよろしい。
あの日、僕はある町におりました。家から原付で30分ほどの距離です。大した用ではありません。小一時間で済ませて帰路についたのはたしか宵の口、日が暮れて間もないような時間だったとおもいます。寒かったのか暑かったのか、季節の記憶も曖昧ですが、とにかくそそくさと原付にまたがり、寄り道もせず、来たときと同じように30分かけてまっすぐ家に帰りました。マンションの駐輪場に原付を停めて、ヘルメットを脱ごうとしたそのときです。
ない。
ざわっと全身が総毛立ったのをよくおぼえています。状況が状況だけに、本当に頭を両手で抱えていたはずです。そしてふと原付のシート脇にあるヘルメットホルダーに目をやると、そこにはヘルメットがさも当たり前みたいな顔をしてぶら下がっています。「ずっとここにいたけど、よかったの?」というかんじです。ポンと飛び出したふたつの目玉が地面に落ちて排水溝に転がっていきます。お前まじでわかってたんなら言えよ!何で言わないんだ!ともの言わぬヘルメットを詰らずにはいられません。何となれば他に責める相手がいないからです。
先にも書きましたが、行きも帰りも30分の距離です。30分もこの尋常ならざる状態をキープしつづけていたなんて、そんなバカな話があるだろうか?何が信じられないといって、ちょっと思い返しただけでもその日の帰路にはすくなくとも3つの交番があるのです。そのうち1つは人の多い大きな駅前、もうひとつは街道と街道が交わる大きな交差点にあります。よほどのバカでないかぎりそんなところを頭髪むき出しで走り抜けたりしないはずですが、この日の僕はよほどのバカだったと認めなくてはなりません。だいたい、それを差し引いても30分は長すぎる。
念のためにお断りしておくと、ここまでみごとに人として欠くべからざる大きな義務をすっぽかしたのは、後にも先にもこのときだけです。だからなおのことなぜこのときだけこんなことになってしまったのか、いくら考えてもさっぱりわからない。恥ずかしいのと恐ろしいのとで、穴があったら頭から飛びこんだあとにコンクリを流しこんで何か社会のためになる建物の基礎にしてもらいたいくらいです。おもしろおかしい失敗談ならともかく、ぜんぜんおもしろくない上に危なすぎてシャレにもなりません。
誰にも言えず、といって忘れることもできず、すっかり打ちのめされました。体はともかく心は完全に暗くてじめじめした独房の中にあったと言っていいでしょう。ぶじ釈放されたのか、それともまだ服役中なのか、おそるおそる省みてもまだ判然としませんが、教訓というにはあまりにも大きいこれが僕にとっての事件です。生きているうちにタイムマシンが実用化されたら、この日の僕にドロップキックをお見舞いしにいこうとおもいます。
A: フィクションだとおもって忘れてください。
フィクションにしては虚しい気がしますけど。
*
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その207につづく!
4 件のコメント:
僕もバイクに乗りますが
同じ事をやったことがあります。さすがに5分くらいでしたが、すれ違う車の視線で気がつきました。やけに爽快感があって気持ちよかったのを覚えてます。
> tofumakerさん
爽快感……はどうだかおぼえてないけど
何か違和感があったのはおぼえてます。
今おもえばそれが視線だったんでしょうね……
あんまり関係ないんですけど海外旅行中レンズが外れたサングラスを通行人に笑われるまで全く気付かずにかけていたことがあります
しかしあの時は強い日差しがたしかに遮られていた気がしてならないのです……。
> 匿名さん
関係ないどころか!
そのサングラスと僕のヘルメットは
きっと仲良くなれるとおもいます。
しかしいい話だなあ。
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