2008年6月25日水曜日
ムール貝博士と米の研ぎ汁
ドコン
「うーむ」
「わりといい音しましたけど」
「響きがいまいちだな」
「あれ」
「どうしたピス田」
「あそこにだれか倒れてます」
「雑巾にしか見えん」
「あ、ダイゴくんだ」
「またあいつか!」
「巻きこまれたみたいですね」
「あいつはいつも実験の邪魔をするな」
「生きてるかな」
「死んでても困るが生きてても面倒だな」
「うーん」
「ああ、生きてた」
「そりゃまあ、そうだろう」
「お約束ですものね」
「いたた」
「こんなとこで何してるのダイゴくん」
「博士に話が…」
「こっちはべつに話すことなんてないぞ」
「だいじな話なんです」
「だいじなものは胸にそっとしまっておきなさい」
「さりげなく幕を引こうとしないでよ!」
「わりとぴんぴんしてるじゃないか」
「とりあえずお茶でも出してください」
「あつかましいやつだな」
「ケガはもういいの?」
「だいぶ改行したからもう平気です」
「ウチまだお茶あったかな、ピス田」
「高いのしかありません」
「しかたないな、じゃあ米の研ぎ汁」
「それ飲みものじゃないでしょう!」
「栄養満点なんだから文句を言うな」
「さっきお茶あるって言ってたじゃないですか」
「あれは客用なんだよ」
「ぼかぁ客ですよ」
「ちがうよ。君はまあ、家族みたいなものだ」
「なんてテクニカルな切り返しだ」
「遠慮はいらん。とっとと帰れ」
「ちょっと!」
「研ぎ汁持ってきましたよ」
「しかたない。ピス田のやさしさに免じてこれを飲め」
「さっきから微妙に言葉のつかいかたがズレてるな」
「われわれはアールグレイを」
「飲むならついでに入れてくれればいいのに!」
「アールグレイという名の研ぎ汁だよ」
「ものすごいイイ香りしてますけど」
「だからアールグレイなんだよ」
「それ紅茶でしょ」
「誰がコーちゃんだ」
「名前の話じゃないですよ」
「やれやれ。どうおもうピス田」
「そういう意見もあってしかるべきですよ」
「なるほど。民主的だ」
「ダイゴくん、ダイゴくん」
「なんですかピス田さん」
「飲んでみるといいよ、研ぎ汁」
「…」
「いいから。ひとくちだけ」
「なんだかかなしくなってきました」
「大丈夫だってば」
ゴクリ
「うわッ」
「どう?」
「これ…」
「おいしいでしょ」
「これ研ぎ汁ですか」
「研ぎ汁だよ」
「信じられない」
「すごく原始的な米の一種なんだ」
「原始的?」
「食べても美味くないし、まあほとんど野草だね」
「え、じゃあ食べないの?」
「食べないよ。研ぎ汁専用の米だもの」
「意味がさっぱりわからない」
「花を育てるのに使ってるんだよ」
「たしかに研ぎ汁は使えるって言うけど…」
「最初はだから、ふつうに食べる米の研ぎ汁を使ってたんだ」
「ああ、なるほど。なんとなくわかってきた」
「そのうち研ぎ汁の成分を博士が気にし出して」
「もっとも栄養価の高い研ぎ汁が得られる米を突き止めたわけだ」
「それがコレ。月白(つきしろ)」
「雑草にしか見えないですね」
「月白は食えないけど、研ぎ汁が美味いんだ」
「なんかちょっと甘酒みたい」
「濃厚で、甘味がつよいからね」
「ギャースカ騒いですみません」
「わかればいいんだ。で、話はどうした」
「なんか話が思いもよらぬ方向へ逸れていったから今日はいいです」
「何しに来たんだ結局?」
「また明日話します」
「いいから帰れ、もう」
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