2015年7月19日日曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その218

バニーズ極楽鳥店


火事・オブ・ザ・対岸さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士が適当につけています)


Q: 得意な料理は何ですか?


ライブやアルバムリリースの有無と同じく、これもかなりの頻度でいただく質問のひとつです。

以前にもちょろりと申し上げたように得意と言えそうな料理はとくにないのですよね。その代わりと言っては何ですが、人が答えるのを聞いて「それだけはおやめなさい!」と全力で止めたい料理ならあります。

肉じゃがです。

肉じゃがと言えば材料もレシピもシンプルで、ストレートに庶民的だし、好感度も上がりこそすれ下がることはまずありません。じっさい日本の家庭料理を代表するような一品です。この種の回答としてはこれ以上ないくらい模範的と言ってよいでしょう。

しかし得意料理には「人にふるまう自信のある料理」という側面もあって、これが剣呑です。人にふるまう可能性を踏まえたとたん、肉じゃがという回答はむしろギャンブルの様相を呈してきます。日本人ならみんな大好き正統派のひと皿がなぜ賭けになるのか、順を追ってご説明しましょう。

レシピがシンプルと先に申し上げましたけれども、僕が食費を抑えるためにせっせと料理をするようになって気づき、そして面食らったのは、世間一般における肉じゃがのレシピがおもったよりも統一されていない、という意外な事実です。たとえば僕は肉じゃがをつくるときに「肉を炒めない」んだけど、これひとつとっても「あれっ炒めないの?」とおもう人がいるのではありますまいか。

また煮物でじゃがいもといったら煮崩れしにくいメークインが先に挙がるとおもいますが、崩して食うのが美味いんじゃないか!という理由で男爵を選ぶ人もいます。

僕がこれまでの人生でいちばんおいしかった肉じゃがは、20年くらい前に知人の奥さんがつくってくれたものですが、いまだにこれを超えるひと皿には出会えていません。つゆがコンソメみたいに澄んでいたからたぶん別々に煮た炊き合わせに近かったんじゃないかという気がするんだけど、離婚してしまったので真相は謎のままです。仕方がないからあれこれ試してはみたものの、ちっとも近づける気がしないので最近ではもうあきらめました。

シンプルなのにというべきか、あるいはまたそれゆえにと言うべきか、要は肉じゃがひとつとってもつくる人によってはチワワとゴールデンレトリバーほどの開きがあるのです。そしてそれはつまり、家庭ごとにまったく異なる味が存在するということでもあります。「すこしずつ異なる」ではなく「まったく異なる場合がある」というのがポイントです。

誰でも一度は食べたことのある一般的な家庭料理である以上、その基準は生まれ育った家庭です。そしてそれがごくごくありふれたひと皿であると広く認知されている以上、みな「他の家もだいたい似たようなものだろう」と無意識に思いこんでいるようなところがあります。じっさいの仕上がりがびっくりするくらい多様であるにもかかわらず、肉じゃがも他の料理と同じく実家を基準に「これが普通」だと知らぬ間に刷り込まれているのです。

つくる人が「普通」だとおもっていて、食べる人にもその人の「普通」があるなら、じぶんが知っている「普通」とのギャップに戸惑ったとしてもムリはありません。そして肉じゃがの場合、おそらくそのギャップはなんとなくイメージするよりもずっと大きい。何より、食べ慣れていれば食べ慣れているほど、おいしいおいしくないとはまた別に、「我が家の味」として無条件の愛着を抱いていたりするものです。どう考えても、気軽にふるまうにはリスクが高すぎます。

要は他のどの料理よりもガッカリされる可能性が高いのです。

もちろん「うわっ何これむちゃくちゃウマい!」となるかもしれないし、「家庭的」という理由で高ポイントを稼ぐのはまちがいありません。でもまったく同じ理由でのちのち獲得したポイントをまるまる失うどころかマイナスになる可能性まであるのだとしたら、これをギャンブルと言わずに何と言いましょう。

「得意料理に肉じゃがを挙げてはいけない」というのはつまり、そういう意味です。

僕なら味噌汁とかハンバーグみたいな出来上がりにそれほど大きな差のなさそうなものか、でなければムームーとかブイヤベースとかドネルケバブとかあまり家庭的でないものをすすめます。ドネルケバブはまた別の意味でちょっとアレかもしれないけど、肉じゃがも同じくらい避けたほうが無難です。婚活とか街コンでアピールする際にはくれぐれもお気をつけあそばせ!


A: すくなくとも肉じゃがではありません。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その219につづく!


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