以前にも申し上げたかもしれませんが、僕はさむさにめっぽう弱い男です。嗅覚に置き換えると麻薬犬にも匹敵するその過敏ぶりはどうも近年ますます拍車がかかっているようで、我ながらがっかりさせられます。世が世なら「さむい」の専門家としてテレビや新聞に引っ張りだこでも全然おかしくありません。
とにかくちょっとでも冷えをかんじるとクイズの早押し並みの反応でさむいと言いたくなるし、同時に脳内でビービーと警報がけたたましく鳴りひびきます。多くの人が「今日は冷えるね」と口にするころにはこちらはすでに心中のっぴきならないことになっており、雑踏であってもきもち的には冬山で遭難して猛吹雪のなか雪に埋もれながら遺書を書いておかなかったことが悔やまれるようなかんじです。今までに食べてきた温かくておいしいものが脳裏に浮かんではマッチの火のようにはかなく消えていきます。さむくて息絶えるというより、こんなにさむいならここでお別れしたほうがましだと思わせられるのです。それくらい弱い。
したがって春先に聞く「真冬並み」という一言ほど僕を文字どおり震撼させるものはありません。危機は去ったと認識して毛穴がゆるんでしまっているぶん、事態は真冬よりもはるかに深刻です。おまけに灯油も尽きています。ホラー映画よろしく絶叫したい。今もダウンを着込んでガタガタふるえながら半ベソでキーを叩くこのきもちがわかってもらえるだろうか?3℃ってなんだよ!もう4月だぞ!「アンコールにお応えして」みたいな顔でのこのこ舞い戻ってきやがって冬のやろう、散弾銃でハチの巣にされたいのか?
しかしそんなナイーブ極まりないさむいの専門家にもゆるせるというか、むしろ両手を広げて大らかに迎え入れることのできる「さむい」がひとつだけあります。
それが「サムイ島」です。
タイ南部のタイランド湾に浮かぶこの島は熱帯に位置するので1年を通じて気温が高く、25℃を下回ることがほとんどありません。いったいこれまでに何人の日本人がこの島を訪れて「さむくない!」と絶叫してきたのか、想像するだに寒い話ですが実際サムイ島の辞書に「さむい」の3文字はないのです。まさしく常夏の楽園であり、さむさとちがって暑さにはめっぽう強い冷房いらずの僕としても望むところであり、さむいの専門家にとってはエデンのような土地であると申せましょう。
今すぐにでも渡航と移住の準備に取りかかりたいところですが、しかしさむくない土地に移り住むということはさむいの専門家がもはや何の意味もなさないということでもあります。意味を成さないということはつまりこの島でなくてはならない理由がきれいさっぱり消え失せるということであって、だとするとはてそもそも何がしたいんだったかな……と毎回首をかしげることになるので、実現にはもうしばらく時間がかかるかもしれません。
だいたい春のやつがもっと毅然たる態度で冬を追い返してくれればこんなことにはならずにすむのです。ひとりで心細いならいっそ夏も連れてくりゃいいんだ。
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