日本神話に、磐長姫(イワナガヒメ)と木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という姉妹がいます。姉の磐長姫は二目と見られぬ醜女です。娶ればその子孫は岩のように長い寿命を授かると言います。いっぽう妹の木花咲耶姫は類稀な美女で、娶ればその子孫は木に咲く満開の花のように繁栄するそうです。
この姉妹は天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である邇邇芸命(ニニギノミコト)に嫁ぎますが、姉の磐長姫はぶさいくであるという身もふたもない理由から、ひとりだけ返品されてしまいます。すがすがしいほどの鬼畜ですね。その代償として、木花咲耶姫のみを娶った邇邇芸命の子孫はこののち、花のように短い寿命を授かることになります。
不遇きわまりないお姉さんはさておき、その美しさゆえになにごともなく妻となった木花咲耶姫を祀るのが、全国に1,000以上ある「浅間神社」です。
浅間神社は富士山信仰から生まれた神社で、富士山を望むことができる各地に点在していますが、基本的にそのどれもが木花咲耶姫を主祭神として祀っています。なぜなのかはよくわかりませんが、富士山と言えば木花咲耶姫である、とひとまずここではイコールで結んでおきましょう。浅間神社の総本宮とされている富士山本宮浅間大社で祀られているのも、もちろん木花咲耶姫です。他に父である大山祇神(オオヤマヅミノカミ)や夫である邇邇芸命も配神として祀られています。
しかしそうなると気になるのがあの不遇なお姉さんです。主神である木花咲耶姫は当然としても、父や夫を祀るのなら姉の磐長姫だっていっしょに祀ってよさそうなもんですが、そこに彼女はいません。1,000以上ある浅間神社のほとんどすべてで、磐長姫だけがみごとにスルーされています。何かやらかして除外されるならともかく、何ひとつわるいことをしていないのにこの扱いの差はいったい何なのだと、ぶさいくの同類である僕としても憤慨を禁じ得ません。握りこぶしで机を叩いて責任者出てこいと言いたい。
ところがそんな木花咲耶姫びいきの浅間神社にも、例外として、それはもう例外中の例外として、磐長姫を主祭神として祀っているところがあります。僕はその事実を知っただけでも目頭が熱くなりましたが、その例外中の例外のひとつ、個人的には文句なしに五つ星をつけたい最高の浅間神社が、伊豆半島の南西部、烏帽子山にある雲見浅間神社(くもみせんげんじんじゃ)です。
烏帽子山は海底火山だったころの冷え固まったマグマの名残なので、急峻な岩山です。傾斜が45度はある上に一段の幅が十数センチほどで足の半分くらいしか乗らないスリリングすぎる階段と、参道にはとても見えない岩道をがつがつと上っていくと、その頂上に雲見神社の本殿があります。
が、
ほかの土地とちがってここは主神が磐長姫であり、先にも書いたように美しい妹との確執があるため、ここから眺めた富士山(=木花咲耶姫)を讃えると海に突き落とされるという言い伝えがあるそうです。富士山信仰の神社なのに富士山をほめたら海に突き落とす、そのアンビバレントなふるまいに胸がアツくなります。この話だけでも星4つぶんくらいの価値があるとおもう。
ちなみにどのあたりに突き落とされるかというと、たぶんここです。
それにしても景色がいいだろうとはおもいながら、その想像をかるく飛び越える360度の圧倒的な景観には息を呑むほかありません。来る人を拒むようなハードすぎる参道と、その対価というにはあまりある眺望絶佳、これをツンデレと言わずになんと言いましょう。遠くに望む富士よりも、ここに鎮座する磐長姫をこそ最大の音量で讃えたい。
もちろん何も知らずに訪れてもその甲斐はあるとおもいます。でも磐長姫を知って訪れると、胸を満たす感慨はより忘れがたいものになるはずです。
そして磐長姫と木花咲耶姫が争うなら、僕は迷わず磐長姫の側に立ちます。美しいということの意味を問うて、全力で立ち向かいたい。なんとなれば目立たないし詣でる人も多くはないけれども、それゆえにこそ心にずっと留めておくべきだいじなことを、この神社は教えてくれる気がするのです。三が日で34万人もの参拝客が訪れる浅間大社が、いったい何を教えてくれるっていうんだ?磐長姫を祀った心ある先人にも、満腔の敬意を表したい。
と言って大きくて立派なものにケチをつけるわけでもないけれど、おもえば昔からずっとこっち寄りだった気がするじぶんの立ち位置を伊豆半島の西端であらためてしみじみと確認しつつ、よっこいせと足を踏み出す2018年です。
今年もこの調子でひとつよろしくおねがいします。
松崎の河口でみかけたカワセミ
4 件のコメント:
あけましておめでとうございます。
隅っこよりな立ち位置のこのブログには、隅っこ属同志のこころを柔らかくしてくれる素敵な力があります。どうか今年もぽつりぽつりと言葉を残して頂けると幸いです。
> フランク・フランカさん
あけましておめでとうございます。
こちらこそありがとう!
どうか今年もぽつりぽつりとお立ち寄りくださいませ。
素敵な記事に出会えて胸熱です。語彙の巧みさにも感服しました!
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベートの結婚を彷彿とさせる逸話ですね。そのエリザベートは残念ながらダイアナ妃のような末路を辿ってしまいましたが。
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