靴下とは、他のそれと比べていちじるしく穴ポコ率の高い衣服です。親指にぐいぐいと伸され、かかとにずりずりとこすられ、その生地はつねに引き裂かれる危険にさらされています。靴と足の板挟みにあって、防寒や保湿以外に緩衝の役割まで強いられる以上、どうしたって行き着く先は穴であると言わねばなりません。
このことについては僕も多年の経験からよくわかっているつもりです。なぜか片っぽだけが忽然と消失する靴下特有の不可解な現象と同じくらい、それは避けられない宿命であると理解しています。穴はいやでもあくのです。
しかしそう諦観していてもなお、ささやかな経験則をパリンと叩き割るイレギュラーな状況にぶち当たって、二の句が継げなくなることがあります。
たとえば車庫に入れた車を翌日見てみたら、知らないうちにキズがついていたとしましょう。これはそれほど珍しいことではありません。どこかでこすったかな、と首をかしげたり、ひどくガッカリすることはあっても、その次第はなんとなく想像がつきます。経験則によっておおむね受け入れることのできる事態です。
しかしその車が翌日、車庫の中で大破していたとしたらこれはもう話がぜんぜんちがいます。変化が劇的すぎて経験則もへったくれもない。大破したのを引き上げてきたならともかく、前日まで無事だったはずの車がなぜ翌朝いきなりペシャンコになっているのか?
こんな突拍子もない例を持ち出したのは、ある朝起きたらこれとだいたい同じようなことが僕の靴下に起きていたからです。
おい、どうした!しっかりしろ!何をどうしたらこんなことになるんだ!
*
そうだ 浄土、行こうさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q: ところで大吾さんはもう自分からは連絡しないと決めたんだけどいつか連絡をくれる気がして消せないアドレスはありますか?何のことかというとあまりプレッシャーをかけすぎるのもあれなのでそのくらいのそこはかとない期待を持って新しいアルバム待ってますということです(´ε`)
テクニカルな質問ですね。直接アルバムについての話だったら例によって知らんぷりできたのに、これではそうもいきません。腫れ物にはなるべくさわらないように細心の注意を払いながらお答えしましょう。それにしてもよくわかってらっしゃる。
僕はアドレスを消したことが今までに一度もありません。というか、入れたら入れっぱなしで整理をしたことがないのです。なぜと言われても困るけど、ひとつには整理をするとほとんど空っぽになってしまうことを内心うすうす察しているからだとおもわれます。いまケータイを見返してみたら、ぜんぜん覚えのない名前が思いのほかいっぱいあって眉間にしわが寄りました。向こうも同じようにおもっているとしたら、何だか奇妙なことですね。かつてここには本当に接点が存在していたんだろうか?
世間との没交渉が当たり前の暮らしをつづけてきたせいか、そもそも関係を保つことにそれほど頓着しないところがあります。たまーに疎遠だった人からコンタクトがあったりすると、わけもなくギクッとさせられるくらいです。知らないうちに寝た子なら、起こさずそのまま寝かせておくにかぎりま…
あれ?
待てよ、いただいた質問の真意からして、これこのまま進めていくと最終的に好ましくない状況に陥るのはけっきょく僕なのではないか?
というのはつまり、実際のところがどうであるかにかかわらず、不確定な未来のために保険をかける意味でも、「そういう期待、持っていたいですよね」というような同意と結論に持っていくべきなのではないのか?
……。
撤回します。それも全面的にです。消せないアドレス、めちゃめちゃあります。むしろそれしかないと言ってもいいくらいです。
僕がこれまでに登録したすべてのアドレスを消さずに残してあるのは、その全員からいつか音信があるかもしれないという淡い期待を湯たんぽのようにやさしく抱いているからです。名前に覚えがないと言ったらたしかに語弊があるけれど、それはただ心の奥のほうにある特別な引き出しのカギが今ちょっと見当たらないだけで、実際には今もペンタゴン並みのセキュリティによって厳重に保管されています。心のなかとはいえいつ空き巣に入られるかわかったものではないし、きちんと袱紗に包んで大事にしまっておくのは用心としてもまったく理にかなっていると申せましょう。決して忘却の彼方に打ち捨てたわけではありません。ちがうったらちがうのです。
A: ぜんぶ大事にとってあります。
よし、じゃあ今日はこれで解散!
寄り道しないでまっすぐ帰るように!
*
質問はいまも24時間無責任に受け付けています。
dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)
その132につづく!
5 件のコメント:
スタンド攻撃うけたみたいな靴下ですね。
アドレスはガンガン消す派です。自分からは使わないので。もし不意にメールとか来ても、そのとき登録すればいいかな、と。
あと僕は過去作を自分のなかでまだ消化しきれていないからか、不思議と「新作ちょーだい」とはなりません。独り言です。
靴下に一体何が…!!
いや、ほんとに何が起こったんですか!
私もアドレスを消すと電話帳がだんだん殺風景になって行くようでできません。
写真では小が大と中に挟まれていますね、何か下克上をほのめかす、、あ、地図ですね。
今日、電車のなかで向かいに座ってた男性が
ジーンズの内もも、それもかなり股に近いところが
ちょうどこの靴下と同じくらいの穴ぽこになってたんですが。
ちなみにダメージ加工ではなく、ふつうにあいたのを放置してるっぽかったんですが。
いやー、ヤバいもん見ちゃいました。
それにしてもこの靴下さん。
一晩で裂けたということは、その夜ダイゴさんに襲いかかるはずだった災難の身代わりになってくれたのでは?
> 赤舌さん
不意にメールがきてもそのとき登録すればいい、
というのは僕もだいたい同じです。
というかそのために重複したアドレスが
いくつかあってアレッとおもいました。
新作は今ちょっとずつ向き合ってるところです。
> もよよさん
何が起きたのかは今もって謎です。
靴下にこれほどびっくりさせられるとは
僕も思ってもみませんでした。
生きてるといろんなことがあるものですね。
> ひざのうらさん
そうそう、もはや穴があいたとか
そういうレベルじゃないんですよね。
地図でもいいけど、何も僕の靴下を破いてまで
描かなくたっていいじゃないかとおもいます。
> グリチルリチンさん
それはまたスリリングなものを見ましたね。
なぜそんなところに穴があいたのか気になります。
股に近い内ももに何があったんだろう?
災難の身代わり、というのは僕も考えました。
実際それがいちばんしっくりくる解答だとおもいます。
けなげな靴下に乾杯したいです。
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