2012年6月16日土曜日

ピス田助手の手記 29: シュガーヒルの用心棒 その2







一瞬わたしはドキリとした。聞き違えたかともおもったが、考えてみればわたしはスピーディ・ゴンザレスの顔を知らないのだ。勝手にそう思いこんでいただけで、目の前にいる相手は全然関係のない別の誰かなのかもしれない。ひょっとすると互いに何かとんでもないまちがいをしでかしているのではないかという思いがよぎったのもムリはなかった。

「えーと」とわたしは戸惑いながら確認した。「スピーディ・ゴンザレス?」
シュガーヒルの用心棒はあっさり認めた。「そうだけど?」
「ジロキチというのは?」
「というのはと言われてもね」とスピーディ・ゴンザレスは訝しむように眉間にしわを寄せた。「何なんだお前ら?どういうつながりなんだ?」
「彼の名前はイゴールだよ。アンジェリカの執事で、次郎吉じゃない」
「イゴールね。どっちでもいいけど、オレにはあまりピンとこない名前だな。なぜ黙ってる?」
「べつに黙ってないよ」
「お前じゃない。アイツに言ってるんだ」
わたしは振り返って問題の人物に目をやった。「イゴール?」
「何でございましょう?」
「友だちなわけ?」
「いえ」とイゴールはきっぱり否定した。「たしかに古い顔馴染みでないとは言えないかもしれませんが」
「知り合いではあるわけだ」とわたしはまとめた。「そのへんすごく気になるけど、スワロフスキを探さなくちゃいけないんだ。掘り下げるのはやめておこう。アンジェリカはどこで何してる?」
「さァ。オレに聞いてるわけ?」
「さァってことはないとおもうよ、さすがに」
「知るわけないよ。さっきも言ったろ?オレはアイツに会いにきたんだ」
「今さら温め直せる旧交があったようにはみえないけど」
「こうギャラリーが多くちゃ照れくさくもなるさ」
「しらを切ってもしかたがないぜ」
「いやいやいや」とスピーディ・ゴンザレスは驚いたように言った。「そんなつもりはまったくないよ。ぜんぶ正直に話してる。オレはアイツと腹を割って話をしにきた。それだけさ」
「話というのは?」
「もうちょっと具体的に言うと、まァちょっとは落ち着けよって感じかな」
「ぜんぜん具体的じゃないぞ」
「あのな」とスピーディ・ゴンザレスはもくもく煙を吐き出しながら苛立たしげに言った。「オレからしちゃ、ここにぞろぞろと4人もいることのほうがよっぽど謎なんだ。そろいもそろって、アンジェリカに何の用がある?」
「アンジェリカを知ってる?」
「知ってるよ、もちろん」
「さっき知らないって言ったじゃないか」
「アンジェリカを知らないとは言ってない。どこで何をしてるかは知らないと言ったんだ。何しろオレは今ここで顔をボコボコに腫らしながらのんびりタバコをふかしてるんだからな。知りようがないだろ」
「わたしたちがこんな目に遭わなくちゃならない理由を知りたいんだよ」
「おいよく見ろ。こんな目って言えるような目に遭ってるのはむしろオレのほうだろ」
「自業自得だね」
「アンジェリカが心配だってんなら、そいつは保証できるよ。その心配はぜんぜん無用だ」
「いや、心配はしてない」
「じゃなぜ後を追う?家で待ってりゃいいじゃないか?」
「行きがかりってものがあるんだよ。何度帰ろうとおもったかわからないけど、途中でハードな鬼ごっこが始まったんだ。帰りたくても追われてたんじゃおちおちお茶も飲んでられない」
「帰るってんなら、止めないよ。オレも追わない。こっちとしても歓迎できる決着だね」
「あとはアンジェリカを家で待てばいい?」
「そういうこと」
「じゃ帰ってくるんだな?」
「知るかよ。子どもじゃないんだから、そんなことはじぶんで決めるだろうさ。これはオレがここにいることとも関係がないわけじゃないんだ。つまり……」
「つまり?」
「ほっとけよってこと。付け加えて良ければ、オレとここでつもる話に花を咲かせようぜってとこだ」
「つもる話なんか別にないよ」
「お前じゃないって言ってるだろ。何度も言わせるな」
「スワロフスキさまについては?」とここで初めてイゴールが口をひらいた。もちろんスピーディ・ゴンザレスに対してだ。ふだんからは想像できないような冷たい物言いに、わたしも少なからず驚きながらイゴールをみた。
「よう、やっと口をきいてくれたな!その声、なつかしすぎるぜ」
「どうかと訊いてるんだ」
「そんなよそよそしい顔すんなよ」
「ゴンザレス」
「お前にそう呼ばれるとギョッとするな。さっきからちょいちょい出てくるそのスワ何とかってのは誰なんだ?」
「甘鯛のポワレ教授のひとり娘だよ」と代わりにわたしが答えた。「ちっちゃな女の子だ。探してほしいとたのまれてる」
「あ」スピーディ・ゴンザレスはしまったというような顔をした。「あのチビか」





<ピス田助手の手記 30: スワロフスキの行方>につづく!

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