2011年11月2日水曜日

110番街交差点で角川文庫を読むボビー・W


<前回までのあらすじ>
ソウルとファンクとレアグルーヴが好きならみんな知ってる極上にして漆黒のサウンドトラック "Across 110th Street" 、一方で本体である肝心の映画についてはほとんどの人が気にしていません。LPを持ってる人でさえほぼ例外なく「知らない」と首を横に振るはずです。封切りから40年後の現在において "Across 110th Street" といったらそれはまっすぐ主題歌か、あるいLPのタイトルを指しているのであり、映画それ自体はどこか歴史のすみっこに置き去られています。DVDがあれば観てみたいような気もするけど、観ないからといって何かに欠けるわけでなし…


とまあそんな感じのお話だったのですが、

まさか文庫で邦訳が、しかも角川から出ていたとはまったく思いもよらなんだ



ブラックスプロイテーションと高を括ってうっかり早合点していた。ノベライズではなく、原作となる小説が先にあったのです。主演がアンソニー・クインという時点で通常のブラックスプロイテーションとはいささか立ち位置が異なることに気づいても良さそうなものだけれど、何しろ




ちっちゃくて気づきませんでした。主役のはずがまるで集合写真の欠席者扱いです。慎ましいにもほどがある。


聞けばそもそもこの小説の映画化をつよく望んで自ら製作に携わったのが彼だというじゃありませんか。色眼鏡がパリンと音を立てて割れるような思いです。先入観ほんとヨクナイ!

そしてそれは、裏を返せば「映画化がつよく望まれるような小説だった」ということでもあります。「110番街交差点」という作品はこの時点ですでにひとつのお墨付きを与えられていたのです。であれば角川から翻訳が出されていても一向にふしぎはありません。げにおそろしきは無知と蒙昧である、という思いがむくむくと頭をもたげてきてちぢこまるわたくし。

実際あとがきには「本書がたんなる、犯罪シンジケート"マフィア"の内幕暴露や、その内部抗争をえがいたギャング小説の域にとどまらず、『第一級の警察小説』としてニューヨーク・タイムズ紙で絶賛された」とあります。

いやまったく、その言にたがわず、濃密なプロットを脂ぎった情景描写で彩るじつに硬派な小説であったと、読後のぐったりしたきもちを思い返してしみじみ告白せねばなりますまい。汗をかく描写がやたらと多くて、しかもいやに力がこもっているものだから、読んでるこっちの額にまでじっとりと汗が浮かんでくる始末です。やりきれなさが先に立つ苦い結末もふくめて、「ハード」の3文字がいちばんしっくりきます。「110th Street」が何の境界線で、それをまたぐことが何を意味しているのか、考えさせられることが多すぎて、娯楽の「ご」の字もありゃしない。フーやれやれと文庫を閉じるころにはボビー・ウーマックのことなんてすっかり忘れていた。こうなると是が非でも映画を観なくてはなるまいとおもうけど…とおもったらちゃんとDVD化されてました。今まで訳知り顔で話してきたことはいったい何だったんだ。


でもこの作品の場合は、原作を読んでいるのとそうでないのとで色眼鏡の割れ方がちがってくるような気がしないでもありません。だって刺激的な映像とクールな音楽があったらそれだけで満足しちゃう可能性はじゅうぶんあるし、何も考えずに「イヤッホウ!ブラックスプロイテーションさいこう!」とか普通に言い出しかねない。それはそれで全然かまわないですけど。


それに、翻訳されてるってやっぱりちょっとしたことだと言いたい気持ちもあるのです。こんなものまで…と思わずにはいられないですよ、今からすればそりゃどうしたって!「DJ御用達」と書かれた扉から長い階段を地下に降りていくとやがて辿り着くのが「第一級の警察小説」なんだから、誰だって面食らうのが当たり前です。文化の根っこは思いもよらないところに伸びているとつくづく感心してしまう。それまで親しんでいたものが何かの拍子にぜんぜん別の顔でヒョイと現れるふしぎも、なかなか言葉にしづらいものがあります。





それはそうと、「Across 110th Street」という原題を直訳したら決してそうはならないのに、舞台となるエリアを指して「110番街」、種々の思惑が縦横に交錯する地点という意味で「交差点」としたのはさりげない和訳の妙だとおもいませんか。語呂もいいし。



2 件のコメント:

f,k さんのコメント...

前後篇にわたる110番街交差点、じつに興味深かったです。DVD化がなされてるとは…、私にも跨ぎやすい敷居です

110番街交差点というのは名訳だとおもいます。これ以上ないくらいに作品との「交差点」になっている表題のようですが、ところでテアトルパピヨンのBGMで数々のあまずっぱい美辞を連ねて私をにやにやとさせてくれたダイゴくんに…

読後感も新鮮なままでぜひ「Across 110th Street」に、訳をふってください!(むちゃぶりしました、すみません)(野暮ったくて、すみません)

ピス田助手 さんのコメント...

> f,kさん

またぎやすい敷居、だいじですよね。廃盤になる前にとっとと手に入れなくちゃとおもいます。

訳をふれとおっしゃられても、読み終えたら「汗」の印象ばっかりつよくて、どうにもなりません。全体的に湿度が高めというか…じんわりたまって玉になり、やがてぽたりと垂れるイメージです。サウナみたい。