どんぐり勘定さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 音楽で溢れかえった近未来。音が地球の許容量を超えることを危惧した地球省は「聴ける音楽は生涯ひとりひとつまで」という法令を発しました。死ぬまでこの曲しか聴けないとなったら、何を選びますか。
「音が地球の許容量を超える」という発想がいいですね。斬新でありながら詩的だし、このアイデアだけで壮大な物語が作れるんじゃないだろうか?
この法令の施行後に生まれた人はそもそも音楽を一切聴けなくなってしまうので、現実的にはおそらくある年齢、例えば30歳までに生涯の1曲を決めなくてはいけない、というようなことになりそうです。当然それ以降に生まれた曲を聴くことはできません。音楽家も一律で30歳が定年ということになるだろうし、考え始めるといろいろ妄想がふくらみます。
とはいえ質問の主旨としては「生涯にただ1曲を選ぶ」だけなのでシンプルといえばシンプルですが、そうは言ってもこれがまたとんでもない難問です。
自分がいちばん好きな曲ということであればまだ選びようがありそうな気もしますが、それしか聴けないとなると話がちょっと変わってきます。
たとえば僕の人生において欠かすことのできない重要な1曲として、Dred Scott の “Check The Vibe” を例に挙げましょう。17のときにCDショップの試聴機で聴いてぶっ飛んだので、いま聴いてもテンションが一瞬で沸点に達する曲ですが、今後死ぬまでこれしか聴けないとなったらたぶんこれを選ぶことはできません。どう考えても絶対に飽きるからです。
音楽経験としてはこのあたりからさらに深化していったので、自分の棺桶に入れてほしい曲となったらまた別の曲を選びますが、めちゃめちゃ好きな曲、もしくはめちゃめちゃ思い入れのある曲というのは、むしろそれゆえに「飽きたくない曲」でもあります。ですよね?本当に思い入れのある曲というのは、忘れたころに聴き返してグワーーーーと打ちのめされるのが良い。
したがって、今後それしか聴けないとなったら、そこまで思い入れが強くなく、かつ何度聴いても飽きないと思われるような曲をチョイスする必要があります。好きな曲は何万回聴いても飽きないという人もいると思うけど、少なくとも僕はそうではないので、別のアプローチを試みる必要があるのです。
となると僕はたぶん、ジャズを選ぶとおもいます。パッと思いつくのは John Wright の “Strut” です。
この1曲のためにLPを探しまくった記憶があるくらい好きなんだけど、音数が少なくてシンプルなのにリフがキャッチーで「飽きにくい」気がします。後になって、あの曲にすればよかった!とか後悔しないくらいには条件を満たしているとおもう。
そういう視点で言うと、Bud Powell の “The Amazing Bud Powell (Volume 1)” に収録されている “Un Poco Loco” の 2nd Take もいいですね。ジャズファンにはすげー怒られそうな気もするけど、門外漢すぎる僕にとって重要なのはむしろマックス・ローチで、1st Take に比べてカウベルのパターンが劇的に変わってるのがめちゃめちゃいい。何度聴き返しても「よくもまあ、こんなアプローチでやる気になったなあ!」と驚かされるし、 2nd Take を踏まえて完成度が格段に上がった 3rd Take よりも、まだ試行錯誤で不安定な 2nd Take のほうが飽きないんじゃないだろうか。
うーん、どっちがいいかなあ。Un Poco Loco、うるさいかなあ。そもそも「ちょっと変」って意味だしなあ。死ぬまで「ちょっと変」しか聴けないのもアレか…。
じゃ John Wright の “Strut” にします。明日にはまた気が変わってそうな気もしますけども。
A. John Wright の “Strut” です。
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その442につづく!