鳴かぬならわたしが鳴こうほととぎすさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 健康に気を付けて取り組んでいることはありますか?
そうですね、健康のためにと考えることはあまりないですが、そのかわり肉体の変化をなるべく些細なことでも自覚するようにはしています。姿勢とか、筋力とか、注意力、あとは歯とかですね。特に手や足を動かすときの軌道は日々、ミリ単位のごくわずかなレベルで少しずつズレていく実感があります。どのみち衰えていくんだから無理してそれに抗うつもりはないけど、そのペースが緩やかになるならそれに越したことはないし、その結果として健康の維持にもつながるなら御の字という感じです。
どちらかというと現時点の健康よりもずっと先の未来、気づいたときにはもうどうにもならないような肉体のカタストロフィに向けてすこしずつ心の準備を始めている、と言ったほうが近いかもしれません。
食についても同様です。
たとえば毎朝ヨーグルトを欠かさないとか、食品添加物なんかを避ける習慣があったとして、健康なのはあくまでこれのおかげであって他の要因によるものではないと言い切れる確かな根拠は実のところありません。どれだけ心血を注いでも、たぶんそうだろうというだけです。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だとすればそこにこだわる甲斐はあまりありません。健康云々とはぜんぜん関係なく好きでポリポリ食べていた落花生のおかげかもしれないじゃないか?そんな不確実なことよりも単純に、美味しいという喜びを大事にしたい。
また僕の曾祖母は、晩年に暮らしていた病室でも酒と煙草を欠かさない豪胆な女性でしたが、確か92まで生きています。そもそも入院している時点でどう考えても体にガタがきていたわけだから、不摂生の権化です。しかしそれにしても40年前で92歳というのは立派な長生きだし、一体どういうことなんだと今でも首をかしげるものがあります。単なる超人だったのかもしれないですけど。
これらのことを考え合わせると、「なるべく体を動かすようにして、なるべく明るい気持ちを保ちつつ、美味しいという気持ちを忘れず、なるべく無茶はしないでおこう」という、当たり前すぎてわざわざ口にする意味もないような結論になるわけですね。
というか、体にいいモノ、コトってけっきょくバランスよく、ほどほどにみたいな話になりませんか、昔も今も。そしてたぶん、この先も。
A. 肉体の変化を意識するようにしています。
*
質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。
dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)
その380につづく!
0 件のコメント:
コメントを投稿