2021年9月10日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その342


支那そばみたいな恋をしたさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 最近、Hip Hopの流れから、少しずつSoulやFunk、Jazzを聞き始めるようになったのですが、初心者におすすめの一枚(もっと言うなれば、これだけは避けて通るな!な一枚)を教えて下さい。もしよろしければ、なぜそうなのかという解説付きで、是非!


これはときどきいただく質問のひとつなので、ひょっとしたら以前にもお答えしているかもしれません。ただ、僕自身が以前とはちょっと受け止め方が変わった気もするので、改めて考えてみましょう。

好きなアーティストが影響を受けたものや、たとえばヒップホップでサンプリングされた楽曲からソウルやジャズに興味が湧くのは僕もそうだったし、すごく自然なことですよね。

今が以前と決定的にちがうのは、ネットによって情報の収集がしやすく、かつ音楽の聴き方がサブスク中心である、という点です。

たとえば僕のケースで言うと、10代のころよく聴いていた Digable Planets の "Rebirth of Slick (Cool Like Dat)" という曲があります。


ここで聴かれる印象的なホーンのサンプルがジェイムス・ウィリアムズもしくはアート・ブレイキーの "Stretchin" という曲から取られている、ということまではアルバムのクレジットでわかるんだけど、そこから実際にその音源に辿り着くまでたぶん数年かかっています。

というのも、"Stretchin" という曲が彼らのどのアルバムに収録されているのか、まったくわからなかったからです。とくにアート・ブレイキーはぜんぶで一体何枚あるのか今でもわからないくらいとにかく大量のアルバムがあるので、なんというか、その時点であきらめるには十分だったんですよね。

もちろん今はちがいます。ちょっとググればどのアルバムに収録されているかなんてすぐにわかるし、なんなら Apple Music なんかで Digable Planets を聴くだけでオススメとして出てくる可能性もあるでしょう。もちろん YouTube も同様です。

かつての僕のように、まず何から聴いたらいいのか、しかもその手がかりがろくすっぽなかった時代には「初心者にオススメの一枚」がすごく重宝したものですが、今は実際のところその必要があまりありません。なんとなればソウルとかジャズをヒップホップと絡めて検索すればそれに準ずるプレイリストが山のように出てくるからです。

そして(ここがまた重要ですが)そこでオススメされるアルバム、もしくは楽曲は、おそらく僕個人がオススメするものとそう大きくは違いません。あるジャンルにおける名盤は、その筋の人に訊けば誰でも挙げるし、誰が聴いても良いとおもえるはずだからこそ名盤なわけです。

だとすると僕がここでたとえばカーティス・メイフィールドやドナルド・バードの1枚を挙げたりする意味は果たしてあるだろうか?いや、ないだろう、じゃ他ではあまり挙げられないような1枚を取り上げるべきだろうか?いや、それじゃそもそもの主旨とちょっとズレてしまうしな……という葛藤が生まれてしまうのですね。

再び僕個人のケースをお話しするなら、僕がソウルの沼に沈んで溺死するきっかけとなった1枚は、1977年にリリースされた Joneses のLPです。

同じように、ジャズの沼に爪先をちょっとだけ浸すきっかけとなったのは1956年にリリースされた Horace Silver And The Jazz Messengers のLPです。色が違うだけで同じジャケのLPがあるので一応補足しておくと、最初に出会ったのは水色のほうです。今の僕が好きなのはオレンジのほうなんですけども。

はっきりしているのは、興味がある方向でいろんなものを手当り次第に聴いていたらすごくしっくりくる1枚に出会った、ということです。そして今の時代は以前とちがって、それがもっと手軽にできる環境も過剰なほどに整っています。少なくとも以前のようにアルバム1枚だけのために対価を支払う必要はない…ですよね?

なので、今の僕に言えそうなのはとにかくその環境を最大限利用して、片っ端から聴いてみること、ということになります。聴けば聴くほどオススメの範囲も広がっていくし、とにかく何だかわからないなりに再生してみることがいちばんです。

その上でもうひとつ付け加えておくと、サブスクは無限にもおもえる音楽を楽しめるように見えるし、実際そうなんだけれども、過去にリリースされたすべての音源が配信されているわけではありません。これは何気にすごく重要なことで、権利関係とかアーティスト自身の意向といったもろもろの事情から、配信されていない音楽がこれも無限のように存在します。なぜこれが重要かというと、サブスクがデフォルトになるとそこに含まれない音楽が存在することに気づきにくいからです。

たとえば僕は Ledisi というアーティストの "Feeling Orange But Sometimes Blue" というアルバムが大好きだったのだけれど、たしかこれはApple Musicでは配信されていません。でもそれ以降のアルバムは配信されていたはずなので、新たに聴き始める人にとってはそれが何枚目のアルバムなのかという点でおそらく食い違いが生じます。実際僕が好きだったアルバムは、再生機器が消失しつつある今でも、CDやLPでしか聴く方法がないのです。

たかだか20年くらい前の音楽ですらそうなのだから、それ以前となればなおさらです。

この点に意識が向くと、音楽の世界は劇的に広がります。

なのでその前にまずはネットなりサブスクなりでオススメされるものを片っ端から聴いていきましょう。聴きまくれば聴きまくるほど、最初はあまりピンとこなかったものがピンとくるようになります。僕にとってはジャッキー・ウィルソンとかインプレッションズがそんな感じでした。

ソウルミュージックで検索のヒントになりそうなサブカテゴリを挙げるなら、ニューソウル、ノーザンソウル、ディープソウル、フィリーソウル、シカゴソウル、モダンソウル、グループソウル、クロスオーバーソウル、アーリーソウル、アーリーフィリー、ダンスクラシックス、Pファンク、エレガントファンク、ディープファンク、ブラコン、モータウン、スタックス、ブランズウィック、ソーラー、サルソウル、あたりでしょうか。

ちなみにこのサブカテゴリの半分以上を網羅してしまう、おそらく唯一といっても過言ではない空前絶後のスーパーグループが、Isley Brothers です。なので、アイズレーの60年代、モータウン時代(!)から70年代のファンク、80年代のメロウを通じて今の今に至るまで、数十枚のアルバムをひと通り聴いてみる、というのはソウルミュージックとサウンドの変遷を知る上で意外とアリな手のひとつかもしれません。初期と後期では本当に印象がまったく違うのでたぶん耳を疑います。もちろん僕はぜんぶ好きだし、サブスクでもぜんぶ配信されている…はずです、おそらく!


A. とりあえずソウルに関しては Isley Brothers のアルバムをぜんぶ聴いてみるのがオススメです。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その343につづく! 

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