2021年2月12日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その312



そう仰るネットワークさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)だいたいみなさん、そう仰ってますよね。


Q. 多様性を受け入れるということには多様性を受けいれない人を受け入れることも含まれますか?


もちろん含まれます。

仮に含まれないとするならば、多様性を受け入れることの中にはそれもまた多様性のひとつである多様性を受け入れない人を受け入れないことが含まれることになり、多様性を受け入れない人を受け入れないことが含まれる以上、多様性を受け入れない人を受け入れないことを受け入れないことも、また多様性を受け入れない人を受け入れないことを受け入れないことを受け入れないことを受け入れないことも含まれることになり、受け入れると言いながら受け入れないの数は目に余るほど多く、なんなら無限に増えつづけていきもするからです。多様性を受け入れない人を受け入れないということは、単にひとつの性質を排除するどころか、そこから無限に連なる多様性のすべてを受け入れないことにも繋がります。となるとそれはただ受け入れられるものを受け入れているだけで、多様性を受け入れていることにはなりません。

個人的には「多様性を受け入れる」という表現にはいくばくかの語弊があるとおもいます。なんとなれば多様性とは、何らかの意図によって生み出されたものではなく、そもそも抛っておけば自然と勝手にそうなるものだからです。すでにそうある世界に対して後から加わっておきながら「受け入れる」と考えるのは、部屋に入ってきた客が「いらっしゃい」と言うようなものであり、傲慢どころかポンコツと言う他ありません。創造主でないかぎり、誰であろうと僕らは多様性のひとつとしていつでも「受け入れられる」側なのです。

もちろん、全体としての多様性に対してはそうでも、個々の立場で具体的にある種の価値観がどうしても受け入れられないことは往々にしてあります。

ここで注意したいのは、受け入れるからと言って必ずしも認める、もしくは尊重することにはならないということです。ここで言う「受け入れる」とは「ただあると受け止める」くらいのことにすぎません。多様性に敬意を払うなら、そこに「排除しない」と付け加えてもいいでしょう。なぜなら排除には必ず「同じように排除される資格」が付随するからです。

ともあれ、多様性という概念をわざわざ持ち出さねばそれを維持できないほど排除が当たり前の生物は地球上でヒトだけである、という事実はいつもポッケに入れておきたいですね。


A. 含まれます。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)



その313につづく! 

2 件のコメント:

黄色い花 さんのコメント...

部屋に入って来た客が「いらっしゃい」と言う!www
さすが上手いことを仰るもんだ。

まず丸ごとの世界があって、そこに人がやって来て、名前を付けていくから多様になるのか。なんだか愛ですね。

ピス田助手 さんのコメント...

> 某さん

愛です。
KBDG