2016年6月16日木曜日

たった数ミリの空間に隠された小粋な金属片の話


「はー、よっこいしょういち」と今や多くの人にとって何がおもしろいのかさっぱりわからない昭和のギャグがしみじみと五臓六腑にしみわたるお年頃のわたくしがどこをどう切っても所帯じみたお話をしますけれども、洗濯ネットのファスナーがこわれたのです。

洗濯ネットってあんた、行き交う車にさんざん轢かれた路上のボロ切れみたいな服しか持ってないじゃないのとお思いかもしれませんが、まあとにかくあるのです。老境に向かって坂道を転げ落ちる中年がネットに入れてだいじに洗う、抱きしめてTONIGHT的なキラッキラの勝負下着を持ってたってべつにいいじゃないですか?持ってないですけど。

話を戻してもうすこし正確に言うと、ファスナーを上げ下げするときのつまみ部分がどこかに消え失せています。折れたのか、吹っ飛んだのか、授業を早退してゲーセンにしけこんだのかそれはわかりませんが、とにかくない。

ただ、つまみといっても構造的にはしっぽみたいなものです。ちょっとやりにくいだけでファスナー本体の上げ下げはできるようになっています。人に見られるものでなし、とりあえずそのまま使おうと本体をつまんで動かそうとしたら豈図らんや、がっちり噛んで動こうとしません。

ネットにかぎらず、服でもファスナーが噛むことはよくあります。男性諸君なら巻き込んではいけないものを巻き込んで「○@%☆&π#ー!」と声にならない叫びをあげた経験が一度くらいはありましょう。そんなときはただただひたすら心を落ち着けて、そろそろと解いてやるほかありません。

それでまあ、しかたなくおちついてそろそろやってたんだけど、ファスナーときたら「お前なんかに動かされてたまるか」とでも言いたげな様子でうんともすんとも言わず、一向に動く気配がないのです。さすがに15分くらい指先でちまちまやりつづけて埒が明かないと、力任せに引きちぎって窓から放り出したあげく、ぜんぶ忘れてYouTubeでも観るかという気になってきます。なんで動かないんだ?

とおもってなんとなく本体に目をこらすと、つまみとの連結部分、せいぜい3ミリくらいしかない空間に一片の金具が見えるのです。


穴さえあればつまみは連結できるわけだし、ふつうに考えたらこんなのは必要ないはずです。それでなくともミリ単位のちいさな部品に、もっとちいさな部品らしきものがあるように見えるなら、そこにはやはり意味があると考えなくてはなりません。

もしやこれは……と針金を持ち出して穴に通し、間に合わせのつまみをこしらえて引いてみると、これがもう、呆気にとられるほど簡単に、するするっと動きます。なんてことだ!

要は動かなかったのではなく、逆に洗濯で振り回されても動かないようロックがかかっていたのです。穴の内側にある金具を持ち上げるとロックがはずれる仕組みになっていたわけですね。

金具を持ち上げると言っても、つまみを引けば自動的にそうなります。そして何がすごいって、自然な動作でロックと解除を繰り返しているのに、言われなければ気づかないところです。しかも直径数ミリの空間に収められたたった一片の金具で!こんな粋な構造が他にあるだろうか?

どうやら洗濯ネットのファスナーにおけるロック構造はそんなに珍しいものでもなくて、つまみを倒すことでロックされるとかいろんなパターンがあるようなのだけれど、でも言われなければ気づかないほどさりげないという点で、いま僕の手にあるこのファスナーは群を抜いている気がする。

どうもこう、発想が日本ぽい気がするのだけど、世界的にはわりと標準的な仕様なんだろうか?

粋だ。じつに粋だ。

たぶんパッケージにはちゃんと書いてあったんだとおもいますけど。

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