山ほどあるキウイをリンゴといっしょに袋に詰めておいたのです。
リンゴにはエチレンガスをもやもやと放出する特性があります。くわしいことは僕もよく知らないし、あまり追求しすぎるとそのうちなぜエチレンガスでなくてはいけないのか、アスパラガスではダメなのか、LPガスはどうだとか、あげく人は何のために生まれて何ゆえ生きることを強いられるのかといったところまで考えさせられかねないのでうっちゃっておきますが、まあとにかくもやもやと放出することになっています。目に見えるわけではないから、もやもやはイメージです。シューシューかもしれない。ジョジョなら「ゴゴゴゴ」と描かれるでしょう。まあ、なんでもよろしい。
エチレンは植物の生長に関わるホルモンのひとつです。発芽を抑制したり、果実の熟成を促す作用があります。ストップなのかゴーなのかはっきりしない優柔不断な挙動にはひとこと言ってやりたいきもちもありますが、それはとりあえず問題ではありません。ここで大事なのは、ストップとゴーならゴーのほうです。リンゴが果実の熟成を促すガスを放出するということは、近くに置かれた別の果実も当然その影響を被ることになります。
とくにバナナは顕著です。バナナをリンゴのそばに置いておくとすぐに黒くなることについては知識よりむしろ経験則から、僕も宣誓の上「本当です」と申し上げましょう。あいつらだけは一緒にしてはいけません。何しろ人間で言ったらみるみる老化が進んであっという間にセカンドライフに突入するような話です。老いるのは別にかまわないけど、早送りされそうになったらそれはやっぱりちょっと待ってくれとおもう。
バナナほどではないにせよ、キウイも同じです。まだ熟れてない固いキウイは、リンゴと一緒にしておくとやわらかくなります。冒頭にセットで袋詰めにしたと書いたのはつまり、そういうわけです。
スーパーで見かける有名なゼスプリのキウイとは全然ちがいます。サルがうろうろするほど長閑な山で買ってきた、どちらかといえば野生に近いキウイです。サイズも小ぶりだし、育てたというよりは生ったからもいだような筋肉質のキウイです。よく言えば引きしまっているけれど、わるく言えば固い。とにかく固い。お手玉にちょうどいいばかりか、途中で床に落としても平気な顔をしています。このまま大きくしたら後頭部をかち割るための鈍器として警察に押収されそうな固さです。あらぬ疑いをかけられても困るし、とっととやわらかくなってもらわなくてはなりません。
それでまあ、リンゴといっしょにして一週間くらいたったころ、そろそろいいかしらとおもって皮を剥いてみたのです。
ところが剥いているそばから案の定「早まった」と後悔させられました。熟れていればするすると音もなく剥ける皮が、「ぞりぞりぞり」という聴いたことのない不審な音を立てるのだから、剥いているのか剥いでいるのかわかったものではありません。なぜ果物を食べるのにこんな猟奇的なきもちにさせられなければいけないのか、ちっともわからない。
背筋に冷たいものをかんじながらようやく剥き終えて、実に包丁を入れようとすればみしっと強い抵抗が伝わってきます。ここまで来てやめるわけにもいかないから腹を据えて力を入れると、あろうことか「ぼきん」と鳴るのです。これから食わんとするフルーツの出す音がそれか?ちゃんと熟れていればしずかになめらかにまっぷたつなのに、なぜよりにもよって骨か何かを折ったようなにぶい音を耳にしているのか?これは食えるのか?食うとしたら誰が食うんだ?他に誰かいないのか?なぜ誰もいないんだ?
といってそのまま捨てるのも忍びないし、据えたはずの腹をもう一度据え直してポイと口に放りこんだあとの絶望はまったく、言い表すことができません。キウイを食べてぼりぼりと噛み砕いたのは初めてです。あんな食感は他にたとえようもない気がする。
何よりすっぱい。とにかくすっぱい。何が困ると言って、僕はすっぱいものにすこぶる弱いのです。苦いものには人の10倍くらい耐性がある代わりに、すっぱいものには人の1/10くらいしか耐性がありません。キライではないし、ちょっと過敏なだけだからまあ猫舌みたいなものだけれど、ふつうの人には気にならない酸味でも、僕の場合はこうなります。↓
((((>×<))))
にもかかわらずこのキウイがレモンに匹敵するすっぱさなのだから、筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことです。失神してもおかしくありません。何から何までてんで話にならないじゃないか。ちょっとフルーツでも、とおもっただけなのに、こんな罰ゲームみたいな目に遭わされて卒倒しかけるなんてどう考えても釈然としない。
そういうわけでキウイはまたしばらく放置されることになりました。
<後編につづく>
次回予告:熟れるか熟れないかで言ったら結局キウイは最後まで熟れません。ところが……
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