2014年7月18日金曜日

「そして、きみが教えてくれたこと」のこと


さて、ここにひとくさりの物語がございます。

小説です。しいてジャンルで括るとするならば、徹頭徹尾ザ・アメリカンなラブ・ストーリーです。ここでアメリカンというのはつまり、気のある相手に「ベイビー」と呼びかけたり、アクティブな女子がちょっとイケてる男子を横目に見ながら「イイ男……(ごくり)」とのどを鳴らすような、たいへん偏ったイメージですが、しかしまあまあ、当たらずとも遠からずと言ってしまってよいでしょう。ゆえに訴求対象はヤングアダルト、そして主に女子です。ぴちぴちと若さの跳ねる音が響きわたる世界に、僕みたいな場末のおっさんが出る幕はありません。


そして、きみが教えてくれたこと
コリーン・フーヴァー著 鹿田昌美訳
ヴィレッジブックス [文庫]
2014年7月19日(土)発売

にもかかわらずこの一冊をここに持ち出したのは、これが詩と詩の朗読パフォーマンス、いわゆる「ポエトリー・スラム」をモチーフにした小説だからです(原題は「SLAMMED」)。

…とまあそんな建前はこの際早々にベリッとひっぺがしますけれども、作中で読まれる詩の翻訳監修、それから巻末の解説を僕が請け負っているからです。なんだ宣伝じゃねえかとおもわれる向きもありましょう。まったくもってそのとおりです。まあお待ちなさい。そう早合点するものでもありません。宣伝はまあ宣伝として、それ以上にここで筆を割く理由がこの作品にはあるのです。

僕も最初にこのお話をいただいたときは、「詩を題材にした女子高生のラブ&ライフ」的なざっくりした説明をうけたようにおもいます。もちろん今はまったくちがう印象を抱いているし、端的に要約すればどうしたってそうなることもよくわかってるんだけれど、でも率直に言ってですね、「詩を題材にした女子高生のラブ&ライフ」と聞いて間髪入れずに「むむ、そいつは聞き捨てなりませんな!」と前のめりなリアクションをとることのできる場末の中年男性がどれだけいるだろうか?いやそりゃこの青くて丸い土の球には70億もの人がひしめいているのだからきっと数えきれないくらいにはおりましょうが、でもさあ!というのがすくなくともこの時点における僕の印象です。まがりなりにも詩人を標榜するこの僕にしてこれなのだから、いわんや一般中年男性をや、と言わねばなりますまい。

といってもちろん読まないわけにもいきません。このときの僕は折しもアルバム作業の佳境も佳境、まだジャケットすら手をつけていなかったのですが、ひとまずその合間の気分転換にすこしずつ読み進めようとおもって、ほとんど何ごともなく通り過ぎてきてしまった在りし日のロマンス街道をとぼとぼと後戻りするような心持ちで読み始めたらこれがあなた…

よろしい、結論から先に言いましょう。すこしずつ、とおもってページをめくり始めたその手は結局最後まで止まることなく、その日のうちにはきれいに読み終わり、あまつさえ僕ときたら目も真っ赤にしくしく泣いていたのです。

いえ、誤解召されるな各々がた、泣けると申したいわけではありません。ちがいます。ちがくもないけど大事なのはそこではない。これは単純に僕の使い古した涙腺にいいかげんガタがきているというだけのことであり、うっちゃっておいて一向に差し支えありません。日ごろから新聞の投書ひとつで嗚咽をもらす男のリアクションを真に受けてはいけない。

僕が言いたいのは、とにかくこれがネガティブな第一印象をかるく吹き飛ばすくらいパワフルな物語だった、ということです。良い物語とはジャンルを問わずただそれだけで単純におもしろいものだ、というごくごく基本的な、それでいてどうもこう、忘れがちなことをあらためて思い知らせてくれます。シンプルにして外連味のない、しなやかな力強さが、ここにはある。ていうかこれ、マジでむちゃくちゃおもしろい。

ラブストーリーなのはたしかです。ただ、どちらかというと焦点はロマンスよりも「心の成長」に置かれているので、厳密には「色恋で濃いめの味付けをしたドラマ」と言ったほうがちかいかもしれません。そもそも後ろに遠く離れゆく青年期を振り返るより老境が視界に入る中年のおっさんとしては、主人公とそのお相手によるラブ展開なんかどうだっていいようなところもあるのですが、それを差し引いてもまわりの登場人物たちがじつに魅力的です。主人公の母親しかり、弟しかり、親友しかりと、ラブとは関係のないところでひとりひとりが語られるべき物語を持っています。言ってしまえば日常的な風景のつらなりでしかないのに、テンポが良くてぜんぜん飽きない。作中で読まれるいくつかの詩も痛快で、詩にこんな形があると若いころに教わっていたら僕なんか今とはだいぶ向き合いかたがちがっていたんじゃないかとおもう。

とりわけ個人的なハイライトとして挙げたいのは、主人公の弟がハロウィンのコンテストで「あるもの」に仮装するための準備を母親が手伝うシーンです。何に仮装するかというその発想自体ぶっ飛んでいて最高なのですが(最高です)、これを母親がためらいなく手伝うことにものすごく大きな意味があって、胸打たれずにはいられません。こう言っては鉄面皮な気もするけれど、僕がいつも詩の形で描き出したいと願うところのものは、まさしくこういう一コマにあります。ひょっとしたら著者が実際にピントを合わせていたのは、この母親なんじゃないだろうか?


重ねて申し上げましょう。もしこの本のあらすじを読み、「ふーん」というかんじでちっとも気を引かれなかったとしたら、それは僕もまったく同じです。そういう人こそ手に取って、同じようにびっくりしてほしい。いつぞやの「アスパンの恋文」につづいて、僕はこれも夏休みの課題図書につよくおすすめします。こういうのを若者にさらっと差し出せる大人でありたい。

また、スラムというカルチャーにより興味を持たれた向きには詩人ソウル・ウィリアムズ(Saul Williams)が主演した1998年の映画「SLAM」も入門にうってつけなのでぜひご覧あそばせ。しびれます。


ちなみに「そして、きみが…」の原著は、米アマゾンで2000以上(!)のレビューがついていて、かつ評価が☆4.5です。むべなるかなというかんじだけど、それにしたって圧倒的すぎるよ!



それからもうひとつ、この本、装丁が鈴木成一デザイン室です。ザ・リヴィングレジェンド!


4 件のコメント:

いくらのよしは さんのコメント...

都内の大きい本屋さんでは昨日から平積みされていて、さっそく買ってきて読みました!
明け方、読み終わるまで、本を閉じることができませんでした…。

ストーリーとしては、目新しくはないのかもしれない
けれど、登場人物の魅力がものすごいパワーを持っていて、一気に引っ張っていかれました。
詩が、こんなにエキサイティングに描かれているのも見たことがなく、面白かったです。

ウィルの詩は、ついついダイゴさんの声で脳内再生してしまいます(フフフ…)
それと、ママからの手紙も、私には詩のように思えました。

ピス田助手 さんのコメント...

> いくらのよしはさん

そうそう、これはもう「物語としての純粋な力強さ」
ということに尽きますよね。でしょー!と言いたい。
ウィルを僕の声で、とは考えもしませんでしたが
そう言ったら編集さんも「わたしもです」と仰ってました。
思いもよらないかたちでお役に立てて何よりです。

たのしんでもらえてよかった!

ソノトーリ さんのコメント...

買いました。
今読んでる本を終えるのが楽しみです。

今月の支払いを終えて余裕があれば新譜も手に入れたいです。

ピス田助手 さんのコメント...

> ソノトーリさん

どうもありがとう!と僕の本でもないのに言うのは
なんだかへんなかんじもしますが、でもありがとう!
掛け値なしにおもしろい、とおもうはずです、きっと!