2013年7月31日水曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その166


このところ毎晩のように、姿をあらわすものがあるのです。昼間はいません。夜になるとドアの向こうに音もなくあらわれて、何をするでもなくうろうろと長いことそこにいます。うっちゃっておけばいいようなことだけれど、前を横切ればどうしたってつい目をやらずにはいられません。話が通じそうな相手なら、「もしお前さん、どうかしましたかえ」と声をかけているところです。人目をはばかる様子もないから、客ではなく一種の住人であるとおもわれます。あるいは知らずにいただけで、よほどの古株かもしれません。それにしては挙動がいちいちためつすがめつで、どうも胡乱なのだけど。よくよく見ると、忘れっぽいような顔をしている。


「あれ?」


「これどこから入るんだっけ?」




うれしはずかしこむら返りさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. はじめましてこんにちは。今私のお腹にはもう一人人間が入っています。お腹から出てくるのはまだまだ先なんですが、今から頭を悩ませているのは名付けの事です。そこでアンジェリカやスワロフスキ、甘鯛のポワレ教授など可愛らしくともインパクトのある名前の名付け親、大吾さんに名付けの極意を教えていただきたいです。ちなみに出産予定日は終戦記念日です。


こんにちは。あたらしい家族を迎えることになる親御さんにとって、名前を付けることは生むより先にくる最初の大事業ですよね。かく言う僕もまだ子はありませんが、これはという言葉に出会うと何となく参考に書き留めておくことがあります。とくに古くからある日本語は人の名としてもうつくしくて魅力的な響きがいっぱいあるので、そんな趣をふくめて贈ることができたらいいなあとおもう。8月生まれなら「葉月」とかね。実際そんな名前の女の子がいました。

ネーミングセンスを磨くにはどうしたらよいか」ということについては、じつは5年くらい前にも一度お答えしたことがあります。名付けにかぎらずセンスの良い人というのは「じつのところ必ずしも百発百中のヒットメーカーではない」こと、そして「とにかく数をこなしている」ことを、このときは要旨として挙げました。でもこれから生まれてくる子の名となるとそんなにぽいぽい付けられるものでもないし、重みがぜんぜんちがいます。いくら可愛くても我が子にアンジェリカとかスワロフスキ、ましてや「甘鯛のポワレ」とつけるのはさすがにちょっと憚られる気がする。仮に人ではなく甘鯛が生まれてきたとしてもです。

いや、どうでしょうね?アンジェリカくらいなら、ひょっとして受け入れられたりするだろうか?子の名に関しては今や自由というより無法な印象もある時代なので、案外アリなのかもしれません。「天使花」とかてきとうに漢字をみつくろったりしてね。そのへんの情勢はさすがにちょっと判断がつかない。僕の甥は「以蔵」というじつに四角い名を与えられていて渋いなあとおもうんだけど、キラキラネームと呼ばれて今はまださのみ一般的ではない類いのネーミングに魅力を感じる人々からは「古めかしくてあり得ない」と一蹴されるかもしれないし、どこまでがアリでどこからがナシなのかは案外と曖昧なものです。「薄雲」「桐壺」「夕顔」といった源氏物語の各帖とか、「高尾」「綾衣(あやぎぬ)」「誰袖(たがそで)」といった往時の花魁の呼び名に良きものをみる僕も、まさかこれを本気でつけるわけにもいくまいなとおもうけれど、いざ子を持ったら制止を振り切ってぺたりと名付けてしまうかもしれない。それにいまはまだ何だかんだ言って漢字が主流ですが、そのうちアルファベットも参戦するようになったら「Snow」を「ゆき」とか、「High」を「たかし」とか読ませる時代が来ないともかぎらないですよ。「KFC」と書いて「けんた」とか。

とまあ、こういうことを考えているとだんだん前後の区別もわからなくなってくるのでひとまず脇に置きましょう。気がつくとどうもこうへんな路地に足を突っ込みがちで面目ないです。

おもしろおかしく愉快なネーミングはさておき、インパクトについてはあまり考えないほうがよいようにおもわれます。一方的に名付けて知らんぷりできるキャラクターとはちがい、現実世界における人の名は店先に掲げる看板というよりむしろお守りのようなものです。肌身離さず身につけて、いずれ苦楽を共にするものです。それをふまえた上でいくらかユニークなコツがあるとすれば、そうですね、人にかぎらず好きな草花とか色とか鳥の名前や言葉、響きのよい音を拾いあつめたりするのは有効かもしれません。せせらぎのように流れゆく日々の言葉のなかには、人の名に当てはめてもしっくりくるようなものもきっと多くあるはずです。以前よくライブに足を運んでくれたご家族の子どもたちはたしか姉が「桔梗(ききょう)」ちゃんで弟が「勇魚(いさな:鯨の古語)」くんと言ったはずだけれど、これなんか日本ならではの響きに風情もあって良い名ですよね、すごく。これで答えになっていますか?


A. 呼んで呼ばれて互いに顔のほころぶような名前がみつかりますように!




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その167につづく!


2 件のコメント:

赤舌 さんのコメント...

僕は変な名前ではないですが、漢字が読みづらい名前ではあるので、初対面の人にいちいち説明をするのが面倒だな、というストレスは少しあります。
少しある、程度ですが。
その代わり姓がアレなので、だいぶからかわれました。

たぶん、たぶんですけど、自分の名前で苦労した覚えのあるひとは、自分の子供には、突飛な名前はつけないんじゃないかな、と思います。
そう考えると、今の子供の子供の世代には、キラキラネームが減るんじゃなかろうか。

ピス田助手 さんのコメント...

> 赤舌さん

なるほど。
風変わりな名前には実際苦労している人もいるみたいだし、
そんな可能性もたしかに十分ありそうです。
そうなると20年後くらいがたのしみになってきますね。
うまくしたらさらにその次の世代も見届けられるかもしれない。
長生きしたいきもちがちょっと芽生えました。