2012年4月3日火曜日

ピス田助手の手記 5: キッチンにて


ピス田助手の手記 1: 部屋に扉のない理由
ピス田助手の手記 2: 男の様子についての補足
ピス田助手の手記 3: アンジェリカの部屋
ピス田助手の手記 4: やってきたふたりの客人



わたしの手記になってから、アクセスがとてもわかりやすく急減している。グラフでみるとカーブというより、きりもみをしながらの墜落に近い。おおむねそうなるだろうことはもちろん想像していた。長い上にややこしいとなればそれが当然だ。しかし何もいきなり半分になることはないじゃないか?かなり悲観的な観測をさらにやすやすと下回るなんて、それはちょっとつめたいというものだ。こうも劇的に結果で示されるとわたしもつらい。しかしまあ、話を先に進めよう。


「言いたくないけど、イゴール」とわたしはキッチンでとりあえずそのまま食べられそうな果実系の缶詰を片っ端からこじ開けながら言った。「こうしてる今もアンジェリカの部屋には誰だかわからない死体がひとつ転がったままなんだぜ」
「承知しております」落ち着きを取り戻したイゴールは力なく答えた。彼は今まさに巨大なクリームソーダをこしらえている最中だった。
「クリームソーダなんてつくってる場合じゃないんだ。もちろん飲んでる場合でもない」
「仰るとおりです」
「デカいな!」わたしはここで初めてちゃくちゃくと完成に近づくクリームソーダの巨大さに気がつき、目を丸くした。「まるで消化器だ」
「みふゆさまは以前にお出ししたこのサイズがことのほかお気に召したようで……」
「あの子はあの貴婦人の……」
「ご息女です。お嬢さまの妹君にあたります」
「妹?アンジェリカの?」
「はい」
「それは初耳だ」
「正式にはミルフィーユさまと仰います」
「ミルフィーユ……」
「みふゆさまというのは愛称といいますか、略称といいますか…」
「なるほど」わたしは缶の底に貼り付いた一切れの桃をフォークではがしながら頷いた。「あの脇差しは?」
「護身用でしょう」
「護身に脇差しを持つ女の子が世界に何人いるっていうんだ」
「みふゆさまはひとかどの剣客として知られる方ですから」
「剣客?」
「お強くていらっしゃいますよ」
「見かけによらないもんだね」
「正式な立ち会いではお嬢さまも敵いません」
「ほとんど天下無双じゃないか!」
「タイム誌の表紙を飾ったこともございます」
「天才肌なのはよくわかったよ」イゴールの話しぶりが軽やかになってきたので、わたしはそれを打ち切るように言った。「それより、問題は奥さまだ」
「奥さまが何か?」
「話さないならわたしが話す。なんとなく110番もしそびれたし、身内なら相談するのに絶好の機会じゃないか。キッチンで缶詰こじ開けてる場合じゃなかったよ」
イゴールは黙っていた。
「イゴールはいつもそばにいるからタフなアンジェリカの無事に確信を持つのもムリはないけど、可能性だけなら逆の場合だって十分あるんだ。……や、しまった」わたしは缶から取り出してボウルに山と積んだフルーツのシロップ漬に、タケノコの水煮が混ざっていることに気がついて舌打ちした。「まあいいや、わかりゃしない。つまりわたしが言いたいのは、彼女のことだから考えづらいけど、でももし連れ去られてたりしたらどうする?ってことなんだ。わたしたちにとっては第一にアンジェリカで、第二も第三もアンジェリカだ。そうだろう?小指の欠けた男の死体はこの際問題じゃない。……というのはちょっと言いすぎたようだから撤回してもいいけれど」
「いえ、仰るとおりです」
「撤回を取り消そう。それじゃ決まりだ。何ならわたしが……」
「いえ、わたくしからお話しいたします」
「うん、口がすべった。是非そうしてくれ」



<ピス田助手の手記 6: コンキスタドーレス夫人、演繹する>につづく!

4 件のコメント:

赤舌 さんのコメント...

なんででしょうね。超楽しいのに。
モモ缶食べたい。

柴田"Big-Dream"大夢 さんのコメント...

アクセスが急落しているのも事実ですが・・・(失礼!)
実際に僕のように楽しんでいる読者もいます!

・・・とピス田さんに伝えといてあげてください(笑)。

Yham! さんのコメント...

最近このブログをiPhoneで読もうとするとモバイル用とかそんな感じの仕様で背景真っ白の状態で読まなきゃいけなくなってしまい、何だか雰囲気が台無しだなーって思って全然アクセスしていませんでした。
多分同じ様な境遇の方が何名か居るのではないでしょうか?
手記、面白いです、楽しんで読んでいます!

ピス田助手 さんのコメント...

> 赤舌さん

たぶん、知らない人には何のことやらサッパリだからでしょうね。僕も冷えたモモ缶好きです。


> 柴田"Big-Dream"大夢さん

いつもありがとう!僕も他人事みたいにたのしんでいます。ぶじ着地できるとよいですねえ。


> Yham!さん

スマホならわざわざ仕様を変えなくてもよさそうだけど、そうもいかないんですね。気が向いたときにいらしてくだされば、僕としてはハッピーです。どうもありがとう!