塩化ナトリウム光線さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)ウルトラマンが怪獣を倒したあとにまく塩のことですね。
Q: アンジェリカの近況を教えて欲しいです。彼女のファンです。
------------------------<ピス田助手の手記>------------------------
結論から言うと、アンジェリカはそこにいなかった。
彼女の屋敷をたずねるのは久しぶりだった。使用人のイゴールがでてきて部屋まで案内してくれた。イゴールとはもうかれこれ5年の付き合いになる。わたしに対する応対もすっかり心得ていた。他愛のない世間話をしながらアンジェリカの部屋までくると、彼は扉をノックした。
返事はなかった。しばらく待ってみたけれど、静まり返って物音ひとつ聞こえない。三度くりかえしてみても同じだった。「留守ならまたくるよ」とわたしは言った。用があるというよりは、たまには顔を見ようと気まぐれに足を運んだだけだった。ひょっとしたら調子をくずして寝てるかもしれないじゃないか?
「そうですね」とイゴールは首をかしげた。今日はいらっしゃるはずですが、お体のぐあいが良くないとなると、それはそれでいけません。そう言ってどこからか大きなハンマーを持ち出してきた。「ノックも三度したし、ぶち破りましょう」
「ちょっと待ってくれ、カギはどうなんだ」とわたしはびっくりして彼を止めた。「もしカギが開いてたら、扉をこわす必要はないだろう」
「扉にカギはついていません」とイゴールはまたびっくりするようなことを言った。「初めからついていないんです」
「じゃなおさらこわさなくたっていいじゃないか!」
「ピス田さん、これは礼儀の問題なんです」
「そりゃこっちのせりふだよ」
「もしそっと扉を開けてお嬢さまがいらしたらどうするんです」
「むむ」とわたしは彼の神妙な面持ちに気後れしながら言い返した。「何の問題もなさそうだけど」
「大ありです」イゴールは振り上げたハンマーを足元にどすんと下ろした。「いらっしゃるのにお返事をなさらないということは、少なくともノックをお聞きになっていないということなんですよ」
「ふむ。そういうことになるね」
「つまりお嬢さまにとっては『ノックをせずに部屋に入ってきた』のと同じことなんです」
「でも、ノックはしたぜ」
「しましたとも」
「しかも三回」
「おっしゃるとおり」
「何が問題なのかさっぱりわからないよ」
「ノックをしたかどうかではなくて、『お嬢さまがノックをお聞きになったかどうか』が大事なんですよ。お聞きにならなかったとしたら、それは初めからノックをしていないのと同じなんです」
「わたしが証言しても?」
「ノックをしたという証拠にはなりますまい」
「それが扉をこわすことにどうつながってくるんだ?」
「扉をこわせば、よんどころない事情があったのだという証になります」
「なるほど」
「カギがないのに扉をこわすよんどころない事情があるとすれば、ノックに対して返事がなかったということ以外に考えられません」
「ふーむ」とわたしは絶句した。「しかしもし単なる留守だったらどうするんだい」
「お嬢さまが行き先を告げずに屋敷を空けることはありません」
「わかったよ」とついにわたしは同意した。「扉を壊そう」
イゴールはふたたびおもむろにハンマーを振り上げて、扉をたたき壊した。渾身の力をこめた彼の手慣れた一撃に、扉は景気よく砕け散った。そして初めにも言ったとおり、アンジェリカはそこにいなかった。しかしその代わりに、予想もしていなかった光景をわたしたちは見た。部屋の中央には男がひとり、倒れていた。
男の背中には短剣が垂直に突き刺さっていた。床には血だまりがあった。部屋にいるはずのアンジェリカが見当たらず、代わりに男が死んでいる。誰がどう見てもじつにわかりやすい構図で、つまりこれは名探偵の登場を必要とするたぐいの事件だった。よりにもよってこんな日に、用もなく屋敷を訪ねたことをわたしは悔やんだ。
A: 何かめんどうな事件の渦中にあるようです。
<ピス田助手の手記 その2>につづく!
2 件のコメント:
なんかこう、発売されてるのを知らなかった好きな小説の続編を本屋で偶然見つけてすごいテンション上がる、みたいな気分です。
ようするに、アンジェリカの話が聞けてすごいうれしいです。
> 赤舌さん
そう言ってもらえると僕もうれしいです。アンジェリカ、無事みつかるといいんですけど…(他人事)
コメントを投稿