2009年8月5日水曜日

告知はさておき、ハガさんとビリーパックのこと


先日、ちょっとした縁からとある女性とお近づきになる機会があって、いえもちろん合コンとかそういうのじゃなくて、あえて言うなら僕の母親とそう変わらない世代の人なんだけれど、この人がまた毎日オークション( 美術品、 工芸品、装飾品を扱うリアルオークション)に毎回欠かさず足を運ぶばかりか、ジャンルを問わずアグレッシブに入札もする、強者というかなんというか、文化的素養をたっぷりとたたえてなお品のある、とても素敵な女性なんですよね。

ありとあらゆる分野に精通しているし、彼女自身が話し好きということもあって、とにかく出てくる話がおもしろくておもしろくて、1日中でも話を聞いていたくなるのです。親戚になりたい。


そんな彼女と漫画の話をしていたとき(ここも驚いていい部分だとおもう)、会話のなかでふと「むかし、ビリーパックっていう漫画がありましてね…」というのです。(この話し方ひとつで、なんとなく彼女のもつ気品とか、やわらかな雰囲気がうかがえるでしょう?)


ビリーパック?なんか聞いたことあるな…とボンヤリおもって相槌を打っていたら「主人公がハーフで…」と言葉を継ぐのです。


「あれ、そんなかんじの設定、今の漫画にもありますよ」
「あ、やっぱりそうなの?」
「浦沢直樹の "Billy Bat" っていう漫画です」
「そう、いえね、こないだ電車の中吊りで似たようなタイトルを見かけたもんですから、これはひょっとして、とおもったんですよ」
「じゃそのビリーパックっていうのがモチーフになってるんですかね?」
「そうだとわたしはおもったんですけども」
「むかしってどれくらい昔です?」
「昭和30年前後じゃないかしら…少年画報が大好きでね」
「リアルタイムで読んでらしたってことですか?」
「ええ、ええ。わたしらなんかは漫画で育った世代でございますでしょ」
「(絶句)」
「河島光広って作家さんなんですけどね、このかた早くに亡くなってるんです」
「へー…」
「手塚治虫も河島の存在をだいぶ気にかけてたんだそうです」
「そうなんですか!」
「もうすこし長く生きてらしたらね、漫画もだいぶ変わってたとおもいますよ、もちろん手塚もふくめて」
「なんだか話がデカすぎて想像しづらい…」
「河島は手塚と並んで海外じゃすごく高く評価されてるんです」
「そうなんですか」
「でもなぜか日本じゃ全然そんなことありませんでしょ」
「僕もよく知らないのでなんとも言えないですけど」
「なんでもっとこう、スポットを当てないんだとわたしなんかはおもうんです」
「なるほど…」
「日本が誇るべき作家のひとりです、まちがいなく」


 *


昭和20〜30年代に活躍し、多くの読者を獲得しながら夭折した、河島光広という漫画家の作品をリアルタイムで愛読し、現代におけるその過小評価をなげくって、そりゃさすがにちょっとした話だと僕はおもうのです。彼女の深すぎる造詣の根幹にふれたようで、しびれました。

ちなみにそのあと、「いちどだけ漫画の原作を書く機会があった」とまたびっくりするような話をしてくれたんだけど、いったいどんな人生を歩むとそんな機会が巡ってくるんだ?

「でも、こんなの読む人いないって言われて、それっきりです」
「残念だな!どんな内容だったんですか」
「黒蜥蜴ってありますでしょ」
「江戸川乱歩のですか?」
「そうそう、それのね、登場人物の性別をそっくり入れ替えたんです」
「男女を逆転させたってことですか?」
「そう、性別だけ、ぜんぶね」


舞台もスケールもちがうけど、よしながふみの "大奥" と発想は同じだ…とまたびっくりしてそう話したら


「あらいやだ、考えることはおんなじね」
「何年前の話ですか?」
「もう20年以上前の話ですよ」
「(絶句)」
「むかしの話ですから」
「歴史が変わったかもしれないのに…」
「ハハハ」
「"大奥"は手塚治虫文化賞を受賞してるんです」
「時代とぴったり噛み合うこともだいじなんですよ」


だいたい、初めてお会いしたとき、僕はこの博覧たる女性を「香水瓶の蒐集家」として紹介されているのです。そもそもぜんぜん漫画は関係なかったというか、そんなのはもう、彼女のほんの一部でしかないんだから、呆れてしまう。(香水瓶の話もすごくて、僕は香水に対する見方が180度変わってしまったくらいです)

じぶんで書いててつくづく驚くべき女性だとあらためておもいました。すごすぎる。


 *


前置きくらいにして、告知のつづきを書こうと思っていたのにハガさんの話だけでこんなことになってしまった。再開したそばからいきなり脱線して戻ってこないのもどうかとおもうけど、線路なんか初めからなかったし…。

まあいいか。とても素敵な女性なんです、という話です。

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