2024年6月20日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その430


セロ弾きの喪主さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 大吾さんの好きな香りがあれば知りたいです。また、香りによって昔の記憶を思い出す事はありますか?


パッと思いつくのは挽きたてのコーヒー豆、柑橘、檜あたりですかねえ。あと香りと言っていいのかわからないけど、草いきれとか土の匂いも好きです。茂みの中で茣蓙にくるまって息を潜めるのが好きな子どもだったので、そのころのわくわくするような気持ちと結びついているところがあります。土の匂いは、死んだらそのまま穴を掘って埋めてもらって微生物に分解してほしいくらい好きなんだけど、これはもういろんな現実的な理由から、実際には叶わぬ願いでしょうねえ。

個人的に香り(というか嗅覚)は、他の五感よりも圧倒的に記憶と結びつきやすい印象です。上に書いた「茂みの中で茣蓙にくるまって息を潜めていた記憶」もそうだし、プルースト「失われた時を求めて」で過去の記憶を呼び覚ます「紅茶に浸したマドレーヌ」も本文ではたしか味覚を強調していた気がするけど、あれも実際には味覚というより鼻に抜ける香りだったんじゃないかなとおもいます。

見たことある、聞いたことある、食べたことある、触ったことある、は普通にあるけれど、どれも嗅覚ほど唐突に記憶が強制再生されるほど強烈なトリガーにはなりません。なぜでしょうね?香りと結びつく記憶の話は、僕も他の人に尋ねてまわりたいことのひとつです。

僕にもそういう香りがあります。どんな香りと言われても説明できないのが本当にもどかしいんだけど、小4くらいのころ、クラスの女子にもらった手紙についていた香りです。思い返してみると、そういえば女子から手紙をもらうなんて人生でこの時くらいしかなかった気がするな…としんみりしないでもありません。しかしもういい年こいたおっさんなのでそれはまあどうでもよろしい。

率直に言って、この同級生女子についてはほとんど何も覚えていません。名前は覚えているけれど、顔はぜんぜん思い出せない。他に覚えているのは走り方がちょっと独特だったことと、彼女の家の庭に金柑の木があったことくらいです。どんな話をしていたのか、なぜ手紙をもらったのか、そもそも仲が良かったのかどうかもまったく覚えていない。逆にリアルですね。

ただ、もらった手紙についていた香りだけは、いまだに、この年になっても、嗅いだとたんに瞬時かつ強制的に記憶の引き出しを全開にさせられます。甘酸っぱい青春の思い出とかそういう感じならまだしも、本当に「あ、あの手紙の」となるだけです。今さら小学生のころのイメージを持ち出されても困るので、むしろ記憶を抹消したいんだけども、条件反射とか不随意運動に近いものがあって本当にどうにもなりません。嗅覚がいかに記憶と強く結びつくかという、まさに典型例であると申せましょう。

頻度で言うと、数年に1度もありません。10年に1度くらいはあるような気がするけど、5年に1度はない気がする。でもあると言えば、今も確実にあります。忘れたころに不意打ちを喰らっては些細なダメージを負う人生です。

もちろん嫌な記憶ではありません。言うまでもなく、これはどちらかといえば甘酸っぱい、キュンとするはずの思い出です。でも正直、いい年ぶっこいたおっさんになってまで、小学生のころの記憶にキュンとなんかしたくない。何十年前の話だとおもってんだ!その後の人生に大きな影響を与えたわけでもなし、爺さんになってまでその些細な記憶を保持する意味なんてないだろうが!もし死んだ直後にこの香りが漂ってきたらブチギレて生き返るぞ!!!!

そんな香りです。本当に勘弁してほしい。


A. 小学生のころ女子にもらった手紙を思い出す香りがあります。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その431につづく!


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