あまり仕事熱心でない死神のおじさんと雲の上でオセロをしていると、万事OK(という名の鳥)といっしょにミス・スパンコールが空の向こうからパタパタやってきて、下界に行こうと無体を言うのです。
「いや、ムリだよ!」
「なんで?」
「なんでって…もうこっち来ちゃったし」
「こっちって何?」
「そっちとこっちに分けたときのこっちだよ」
「よくわかんないけど、どうせ成仏してないんでしょ」
「これからするんだよ」
「オセロしてるように見えますけど…」
「未練があったら成仏できないだろ」
「これが未練なの?オセロが?」
「そうじゃないけど、途中でやめたら未練になる」
「ヒマなんでしょ?」
「ヒマどころか!今まさに佳境だよ」
「ヒマのでしょ?」
「オセロのです!」
「また明日やれば?」
「ダメだってば」
「何がダメなの」
「今ちょうど角をとって逆転するとこなんだ」
「また勝てば?」
「宝くじだって買えば当たるってもんじゃないだろ」
「宝くじ並みの勝率なんだね、つまり」
「とにかく今はダメだ」
「でも、もうチケット買っちゃったよ」
「ようやく一矢報いるときが…何だって?」
「チケット」
「何の?」
「Betty Wright の」
「ベティライト…」
「行きたいでしょ」
「…というとあの…?」
「そうそう」
「60年代から今なお現役でフロアを揺らす…」
「そうそう」
「"Clean Up Woman" の?」
「そうそう」
「Joss Stone の発掘とプロデュースを手がけた?」
「そうそう」
「マイアミ・ソウルの女帝…?」
「そうそう」
「えー!それはうらやましい」
「だから誘いにきたってわけ」
「そりゃすごくうれしいけど…」
「何?」
「体がない」
「いいよ別に、なくても」
「でも透けてるよ」
「透けてるけど…別によくない?」
「それに一世一代の大勝負が…」
「オセロでしょ」
「でも、絶好の好機なんだ」
「うっちゃっておいたら?」
「そういうわけにはいかないよ!」
「どうして?」
「沽券にかかわる」
「こけんて何?」
そういうわけで首根っこをひっつかまれて、ずるずると引きずられながら Betty Wright@Billboard Tokyo に行ってきた(!)のですが、いざそのライブを目のあたりにしたらこれがもう、全身の毛穴がいっせいにひらいて「キャー」と叫びだすくらいの鳥肌モノで、あまりのすばらしさにうっかり甦りそうになりました。
フロアを震わすやさしくも骨太な歌声(からマライアばりのファルセット!)といい、ヒールで踊りまくる機関車なみのバイタリティといい、またそこから放たれる迫力と貫禄に満ちた圧巻のパフォーマンスといったら、円熟期どころか今が絶頂期とおもわれるほどです。ファンキーにもほどがあるし、46年(!)というキャリアの長さから想像されるような落ち着きは微塵もないのだから、呆気にとられるのもムリはありません。われながら魂を奪われすぎだとおもうけど、すくなくとも僕にはそれくらいすばらしかった。もう御年60に届こうという女帝のオールドスクールなラップ(!)を聴かされて、失神せずにいられるほうがおかしい。かっこよすぎて業腹です。
The Roots を従えた最新アルバム "The Movie" のなかでいちばん好きだった "In The Middle Of The Game" を生で聴けただけでも感涙なのに、Whitney Houston トリビュートとして披露された "Greatest Love Of All" はジャンルレスな曲のうつくしさを再認識させられてふつうに泣いてしまいました。ワーン!
この曲にかぎってはベティではなく、コーラスの女性3人がメインで歌っていたのだけれど、それはたぶんベティよりもはるかに若い彼女たちのほうが、直接ホイットニーに影響を受けているからです。とおもえばこそ気持ちがひしひしと伝わってきてよけいに泣けてしまう…ワーン!
また去りし日の "Shoorah Shoorah"、78年のライブ盤でも歌っていた "Tonight Is The Night" (どちらも1974年の "Danger High Voltage" というアルバムに収録されています)といったクラシックはもちろん、クライマックスでの "Clean Up Woman" にいたっては終盤からまさかのJBメドレー(!)に突入して度肝を抜かれる始末です。Betty Wright のシャウトが乗るJB'sの "Pass The Peas" …!
何しろキャリアがキャリアだからオーディエンスの年齢層もすごく高いんだけど(ちかくの席で初老の男性が「いやもう、さいきんトイレが近くてさ…」とかなしげに首を振っておりました)、ヒップホップ世代も間違いなく血圧ガン上がりです。おれ生まれ変わったらベティライトになりたい。
コーラスを娘(!)が担当していたり、ギターを弟(!)が担当していたり、まったくどこまで音楽びたりの一家なんだ!と感心しながらふと、そういえばボストンの地方裁判所で判事をしている(!)もうひとりの兄弟 Milton Wright はどうしてるんだろうとおもったら、
ちゃんと新譜のエグゼクティブプロデューサーにクレジットされてました。さすがにWrightファミリーは如才がない。
とにかく威厳がありすぎて、Betty Wright がアフロの巨人にみえました。それに…真っ赤な衣装がすごく可愛かった!
じゃ、オセロのつづきをしに常世へ帰ります。アデュー!