2023年4月28日金曜日

悔いなく成仏させてもらった古い生き霊の話

そんなわけで早くも来週にリリースを控えたアグロー案内 VOL.5、そのトラックリストがこちらです。


言いたいことがいっぱいあって、僕としても端から端まで全部まとめて語り尽くしてしまいたいのですけれども、まずは古色蒼然の「棘/tweezers」からお話しましょう。普通に考えたら1つあればいいはずのリメイクがなぜ2つあるのか?


昔も今も、僕は一定のビートに合わせてリーディングをするスタイルです。ビートで現在地を確認しながら言葉を紡いでいくので、これがないと途端にタイム感をキープできなくなってしまいます(裏を返すとビートがあれば多少言葉を踏み外しても数秒以内に立て直せるということでもある)。要はピアノとかギターとかだけになるとリズムを失ってまともにリーディングができないボンクラだったわけですね。

実際、何かの機会にカズタケさんの演奏で初めてビートのないバージョンにトライしたときは帰路で首を括りたくなるほど惨憺たる有様で、半ベソになりながらもう二度とやるもんかと固く誓ったものです。

ところがそこからさらに数年たって悍ましい記憶も薄れてきたころ、改めてトライしてみたらビート無しでも思いのほか上手くやれることに気がつきました。その結実が「the 3」に収録された「処方箋(rebuilt)」です。


これに味を占めて、じゃあ次は「棘」をやりましょうという流れになります。そしてその結果、カズタケさんとステージに立つときは、というかそもそもライブ自体カズタケさんとしかしてないんだけど、ピアノだけの「棘」をときどき披露するようになりました。あれだけ忌避していたのに、われながら気が大きくなったものだと思う。

ビート無しではリーディングもままならなかった僕にとって、ビートがなくてもタイム感をキープできるというのはまさしくひとつの転換点だったので、できればこのリーディングを形として残しておきたかった。「処方箋」は残せたけれど、「棘」にはそのタイミングがなかなかなくて、ようやく巡ってきた機会がこの「アグロー案内」だったのです。今回のトラックリストで言うと、4曲目「棘 2018/tweezers (gently with) 」がこれに当たります。


一方でカズタケさんはオリジナルと同じビートのあるバージョンで、オリジナル以上のリメイクに仕上げることに挑んでくれていました。どっちが良いとか悪いとかそういうことでは全然なく、ただ古くからあって「これはこういうもの」と根付いている印象を上書きできるかどうか、ということですね。

僕自身の優先順位における最上位は最初から一貫して、ピアノだけのバージョンです。ところがオリジナルと同じバージョンの最終形は掛け値なく想像を絶する仕上がりで、それまでまったく揺るがなかった優先度がひっくり返りそうになります。

何しろオリジナルの印象そのままに、サウンドすべてがことごとく完璧に塗り替えられているのです。

僕に関係する他のどの曲よりも圧倒的に多くのミックスがあって、ひと昔前のPCならこの1曲だけでハードディスクがぱんぱんになりそうなほどだったけれど、最終的な到達点は本当にすごかった。十全十美と銘打つに相応しい、それが今作の2曲目に当たる「棘 2023/tweezers (as it was)」です。

御大タケウチカズタケが一体どんな魔術を施したのか、そして一体どれほどの労力を費やしたのか、想像もつきません。VOL.4から数ヶ月しか経っていないのでその間のプロセスのように思われるかもしれませんがさにあらず、こと「棘」のミックスに関してだけは、僕の記憶が確かならアグロー案内が始まるよりもずっと前、2021年の夏あたりから始まり、つい先月までずっと断続的に更新されていたのです。その驚異の工程については改めてカズタケさん自身が語り尽くしてくれるでしょう。

かれこれ20年もの昔、僕が世に残したかったのはこれだったと今では確信しています。嘘偽りなく、これこそが完全無欠の最終版です。個人的には油性ペンで金字塔と書いておきたい。

そしてもちろん「2023」「2018」は同じ曲でありながらミックスがかなり異なります。ぜひ聴き比べてみてください。

この一編に関する言及はたぶんこれが最後になるでしょう。思い遺したことは何ひとつありません。20年前の僕はきれいさっぱり跡形もなく成仏しました。安らかに眠ってほしい。

2023年4月21日金曜日

そして来る「アグロー案内 VOL.5」のこと

今週もまだかろうじて息があることをアピールすべく、またいつか発見されることを願って世界の果てから読まれぬあれこれをしたためていたわけですけれども、本当についさっき解禁のゴーサインをもらうことができたので急遽予定を変更してお知らせです。アグロー案内 VOL.5のリリースが決定いたしました。


配信スタートは5月5日(金)の午前0時です。ゴール!デン!ウィーク!

つまりあと2週間ということであり、何ならすでにカウントダウンが始まっていると申しても過言ではありません。それもこれも僕がおもちゃをガマンできない子供のようにしつこくせがんだからです。今になってやっと恥ずかしさと申し訳なさが噴き出して顔が真っ赤になっています。最終的におもちゃを買ってくれたお父さん広い度量でドンと受け止めてくれたカズタケさんには本当に感謝しかありません。

VOL.4はお互いにかなり挑戦的なアプローチで臨みましたが、今回はむしろそれを踏まえての新たな王道になっているのではないかと思います。僕が恥も外聞もかなぐり捨ててリリースをせがんだ所以です。とにかくシンプルに、すごく楽しんでもらえるはず。

なんと言っても、当シリーズのメインコンテンツである山本和男に最大の危機が迫ります

恒例のリメイク作品は、満を持してのあの一編です。

そして書き下ろしの新作があります。ぜひ一度聴いてみてほしいと僕が自ら胸を張る、ひょっとしたら初めての作品かもしれません。

来週はトラックリストと共にそのあれこれをまたすこしお話しいたしましょう。

どうかどうか、このお知らせが多くの人の目に留まりますように…!せめて30人くらい…!

2023年4月14日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その389


くるみ割り人魚さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 運動会の思い出を教えてください。


いったいなぜシーズンでもない年の瀬にこんな質問が思い浮かんだのか、この15年で一度ももらったことのない質問のひとつです。めちゃめちゃシンプルでどこにでも転がっていそうなのに、訊かれるまでまず考えることがない点で、そこはかとない趣があります。

とは言うものの、僕は昔から記憶を端から投げ捨てて完全に忘れ去るタイプの男なので、小学校のころの運動会はまったく記憶がありません。運動はべつに嫌いじゃなかったから苦痛だったとかでは全然ないはずだけど、本当に何ひとつ思い出せない。

ただ中学のころなら、ひとつだけ今も鮮明に覚えていることがあります。

同じ中学校の同じ学年に、ある著名なタレントの娘さんがいたのです。そのタレントさんもすっかりお年を召されたので今は通じにくいかもしれないけど、当時の子どもならみんな例外なく知っているくらいの人だった、とは言えると思います。娘さんは別のクラスだったので、顔も知りません。とにかく「そうらしい」という噂だけがふわふわ漂ってきたんでしょうね。

そこで運動会…というか、体育祭です。もしかして親御さんも来るんじゃないの、と期待する子らがいました。芸能人だよ、来れるわけないでしょと一蹴する子らもいました。そして実際に、来たのです。

正確に言うと、僕はその事実を確認してはいません。クラスごとに分けられた校庭の観覧エリアで誰かが「来てる!」と言ったとたん、導火線に火がついたみたいにその場にいた全員がものすごい勢いで駆け出し、本当に僕一人だけがポツンと取り残されたからです。この圧倒的な絵面がおわかりいただけるだろうか。何しろ本来なら生徒たちがひしめいているはずのエリアに、たった一人しか残っていないのです。

僕とてまったく興味がなかったわけではないし、あわよくば一目くらいは思ってたはずだけど、さすがに百人単位で押し寄せることを想像したら、ためらわれるものがありました。そしてためらっている間に、みんないなくなってしまった。いま思い出しても、なぜ全員がためらうことなく同じ行動を取ったのか、不思議でなりません。校庭をはさんだ正面を占める大勢の親御さんたちの視線を感じながら「あわわわ」とうろたえたことを覚えています。

しばらくしてぞろぞろと戻ってきたクラスメイトたちも、見ることは叶わなかったそうです。全員でワーッと駈け出して、そのまま全員で戻ってきただけだった。そのときの会の進行はどうしてたんだろう、何もなかったように続けていたのか、それともアナウンスで注意したりしたのか、それもぜんぜん記憶にない。

お気づきだとは思いますが、ここに書いたことはすべて伝聞です。著名人の娘が同じ学年にいることも僕は話でしか聞いていないし、著名人が学校を訪れたことも、やっぱり話でしか聞いていません。タレントどころかその娘すら実は存在しなかった可能性も、いまだにないとは言い切れない。見てないですからね。

ただ体育祭のとき、生徒たちがすごい勢いで全員いなくなってその場に僕だけひとり取り残されたことだけは、事実です。


A. 生徒たちがすごい勢いで全員いなくなってその場に僕だけひとり取り残されたことがあります。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その390につづく!

2023年4月7日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その388

すぐ上るならなぜ下りるのか

金属トンチキさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. いま、このメールを病院の待合室で打っています。あと1時間くらい待たされそうです。病院の待合などに限らず、時間を持て余した時(さりとて音楽をイヤホンで聞いたり、外に出る等の自由がなく、ただひたすら待つ他ない時)にしたらいいんじゃないか?という事を教えてください。


病院というのは本当にこう、じゃお呼びしますのでこれを消化しててください、という感じで時間を薬みたいに渡される印象があります。意味があるならまだいいけど、別に意味はないから困る。

欧米にはまさにこういう、本当にちょっとした時間を有効活用するための自販機があるそうです。と言っても無料なので正確には自販機じゃなくて供給機なんだけど、タッチすると数分で読める短い詩とか物語がランダムでレシートみたいな紙に印刷されて出てくるらしい。最初は空港に設置されていたそうなので、コンセプトや目的がどうあれ人生において最も不毛な、と言っても過言ではない「単なる待ち時間」に着目したのはまちがいありません。


待つ以外にどうすることもできないこの時間をスマホ以外でどうにかできないもんかなあ、という悩みは国を問わず共通である、ということですね。

しかし10分くらいならともかく、30分とか1時間となるとそういうわけにもいきません。何しろ1時間というのは、数をイーチ、ニーイ、サーン、と3600までゆっくり数えるだけの長さです。当たり前すぎてキーを打ちながら鼻水が出てしまったけど、いかに長くて退屈かわかるじゃないですか?

僕のおすすめは餃子です。

ちょっと言葉が足りなかった気もしますね。つまり、餃子をつくろうということです。

手順はそれほど複雑ではないけれども、やるとなったらそこそこ手間がかかるという点で、餃子はうってつけであると言えるでしょう。同様に時間を取られる煮物とかパンは大部分が火にかけたり発酵で結局手が空くのでいけません。とにかく手を動かし続けなくてはいけない餃子がベストです。4人分くらいがちょうどいいかな、と個人的には思います。とにかくせっせと包み続けてさえいれば、時間など矢のように飛び去っていくはずです。あとは持ち帰って焼いたり蒸したり茹でたりするだけでその日の夕飯はもうできたようなものだし、うれしいことに冷凍保存もできます。最終的にいったい一石何鳥になるのか、その恩恵は計り知れません。

病院の待合室で餃子なんか包めるわけない、と仰る気持ちはよくわかります。しかし病院の待合室で餃子を包んではいけないという法はありません。1回やったら禁止になるかもしれないにしても、まだやっていないなら大丈夫です。編みかけのセーターのようにカバンから餃子の皮とタネを取り出し、堂々と包んでいきましょう。編み物でもいいことにいま気づきましたが、とにかく餃子を包んでさえいれば、人生たいていのことはどうにかなります。

あと、これは僕もちょっと目からウロコでしたが、持て余した時間の冴えた使い方を真剣に(真剣にです)考えるだけで、1時間くらい平気で過ぎ去ります。まさに光陰矢の如しです。手ぶらでもまったく問題ないことを考えると、ひょっとしたらこれが最適解かもしれません。餃子とちがって夕飯はまた別に考える必要がありますけども。


A. 持て余した時間の冴えた使い方を持て余した時間で真剣に考えましょう。


真剣に考えた結果が餃子かよと言われるかもしれませんが、そのとおりです。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その389につづく!