2016年1月30日土曜日

帰ってきたUNDER THE WILLOW KITCHENのお知らせ


当日にそれを言ってどうするとおもわないでもないですが、当日だろうとオープン数時間前だろうと言ったと言わなかったでは雲と泥、月とスッポン、もしくはバナナとバナナの皮くらいの差がある気がするので咳払いをしつつあらためてしれっと申し上げますと、おばあちゃん家の縁側みたいにのどかで圧倒的にアットホームなライブ&DJイベント「UNDER THE WILLOW KITCHEN」が本日、だいじなことなので2度言いますが、本日、三軒茶屋でございます。


2016/1/30土曜深夜
深夜のUNDER THE WILLOW kitchen
@三軒茶屋32016三軒茶屋2-14-12三元ビル5F)
OPEN 23:00
MUSIC CHARGE 1,500
LIVE: タケウチカズタケ、ALI-KICK
DJs: ALI-KICK、小林大吾、古川耕

ヒップホップを初めとするブラックミュージックを下敷きに、もはや他の追随をゆるさない煌びやかでドス黒い音楽的王国をほとんどひとりで築きつつあるタケウチカズタケの、エフェクターとサンプラー搭載でもはやキーボードというよりコックピットに近いセットから繰り出される怒濤のライブパフォーマンス!


イベント中に生まれた曲

長い眠り、といってもそんなに長くはないお昼寝みたいな眠りからようやく醒め、いよいよ動き出した孤高の怪物、ALI-KICK(ex.ROMANCREW)のたぶんすごくいいかんじで胸がキュンとなるハートウォーミングかつラブリーな男塾的ソロアクトをおさわり可能なゼロ距離で!DJもかねていますが、ひょっとするとこちらが真骨頂かもしれないメロウドリーマーぶりは必見です!



さらに、話の流れで気づいたら今回からなんとなく参戦と相成った構成作家にしてブンボーグ(文房具+サイボーグ)である古川耕によるDJ!しかも今となってはなかなか他所ではお目にかかれない彼の往時を偲ばせる90's&00'sヒップホップMIXをアナログオンリーで!まじでめちゃくちゃ貴重です。ほんとに。そしてお気づきかもしれませんが、本日土曜はタマフル@TBSラジオなので、放送が終わり次第、赤坂から駆けつけてくれることになっています。タフだ……。


そういえばこのブログ、「古川耕+ブログ」でググって辿り着く人がときどきいるんだけど、何のお役にも立てませんでホントすみません。

あと、そうだ、僕もいます。僕は時間がなかったので手元にあった7インチをとくに選びもせず30枚ほどひっつかんで持っていきます。流れもなく、空気も読まず、1枚1枚じっくりと丁寧に針を落としてはひっくり返す、焼き鳥みたいなスタイルです。

スリル!サスペンス!そして愛!があって夢もある(睡魔的な意味で)!今日言うなよってかんじですけど、ぜひ。

2016年1月28日木曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その239


好評を博すとはおもわなかったけど、まさか水路橋の話でアクセスが1/3まで急減するとはさすがに想像もしてませんでした。このままいくと2月の終わりごろには10人くらいしか訪れなくなりそうなくらいのすがすがしい墜落ぶりです。つまらない話をして本当にもうしわけありません……。(布団をかぶっています)


山口さんちのツープラトンパワーボム君さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q: 好きな言葉(またはセリフ)は何ですか?ちなみに私は「日々とは気分にまで働く重力とのたたかいだ」というフレーズが好きです。


どうもありがとう!

僕はどちらかというとじぶんの名前よりも、じぶんの手から生まれたもののほうに重きを置くタイプなので、そう言ってもらえると冥利に尽きます。ことわざみたいに、いずれ出典がわからなくなっても言葉だけがなんとなく残ってる、ってことになったらうれしいけど、それはまあ、望むべくもないですわね。

好きなセリフもいろいろあるような気がしますが、最近で言うとここにもちょっと書いた「ストレイト・アウタ・コンプトン」のラストシーンでの

"What are you gonna call that bullshit?(なんてレーベルにすんだ?)"
"Aftermath. (「その後」だ)"

という直球のやりとりにしびれました。

「ストレイト・アウタ・コンプトン」はかんたんに言うと、ある伝説的グループの栄枯盛衰から見たヒップホップ史の光と影を、ドキュメンタリータッチで描いた映画です。

Aftermath」というのはヒップホップ好きならみんな古くから知ってるこれまた伝説的なレコードレーベルのひとつなのですが、そもそもなぜレーベルにこんな妙ちきりんな名前をつけたのか、それをこれ以上ないくらい単純かつ明快に示してくれるのがこのラストシーンなんですよね。

ひょっとしたら詳しい人は知ってたのかもしれないけど、僕はぜんぜん知らなかったので、いろいろあって、とにかくもう、ホントにいろいろあって、そうした過去すべてに区切りをつけて明日に進むために冠した名が「その後」だった、と知った瞬間の吹き出すようなカタルシス!そしてエンドロール!いやまったく、仮に「いや、あれ実はうそなんだ」と言われても別にかまわないくらいのド級のきもちよさです。いま思い返してもアドレナリンが吹き出ます。

あと、これは僕がこういうことをしているせいかもしれませんが、ジム・ジャームッシュ監督の「デッドマン」という映画のワンシーンにある

"Do you know my poetry?(これがおれの詩だ)"

という一言も昔から印象に残っていて忘れられません。若かりしころのジョニー・デップ扮する主人公が、同姓同名のせいで高名な詩人にまちがわれるんだけど、ある理由から追ってきた男をピストルでパンと撃つ直前のセリフがこれです。


まさかこの数十秒だけアップされてるとは……

観たのはもう20年くらい前のはずですが、まだ成人する前だった僕はスクリーンを前に「うわああああかあああっこええええええ」と顎がはずれそうになったものです。

ピヨピヨさえずりやがって、これでも食ってろとでも言わんばかりのこの姿勢は、とにかく当時の僕をして「この場面、この瞬間が一編の詩でなくて何だというのだ」と心理的に全面降伏せしめるものがありました。今も折にふれてはこの一丁のピストルとぶっ放された弾丸のことを思い出します。あれこれとひねくれたものばかり書いてるから説得力に欠けるかもしれないけれど、小理屈なんぞクソの役にも立たない、というシンプルで頑丈な真理を僕が今も忘れずにいられるのは、まさしくこのシーンのおかげなのです。

なんか文脈込みでないといろいろわかりづらくてすみません。


A: "Do you know my poetry?"




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その240につづく!


2016年1月25日月曜日

失われた古代都市みたいな重文を探して 後編


【前回までのあらすじ】あやうく川に落ちかけました。

前編はこちら
中編はこちら


みごと二号水路橋をものにして心も軽く、甲州街道をさらに東へと歩きます。すでに相当のカロリーを消費してある意味やりきったような気がしなくもないのですが、どのみち隣駅まではこの道をてくてく行くほかないのです。



ここでふと左に目をやると……

あっ



街道からわずか10メートルほどの近距離に横たわっていたまさかの三号水路橋。ここから先は前回を余裕で上回る壮麗な美にひたすら息を呑んでいただきましょう。胸を射抜かれてもいいように、防弾チョッキ着用でご覧じろ!









時間と空間を越えてもはや異国情緒しかない、神秘的すぎる光景に心を根こそぎわしづかみで奪われながら、荒くなった呼吸を整えるためにふと北側を振り返ると、おや……奥のほうで水面に反射した光が岩場にゆらめいています。



キセキレイ発見


そういえば空腹だったことを思い出し、ここでおもむろに遅めの昼食をとるわたくし。ケータイも地図もないけれど、おむすびなら2つ持ってきています。




正直ここまでとはまったくおもっていなかった、と申し上げなくてはなりますまい。二号にもそんな趣があったし発見までの過程も相まって心躍ったけれども、三号は完全に古代の王宮そのものの佇まいです。機能で言ったらまったく必要ないはずの華麗すぎる意匠の数々にはまったく、うっとりと嘆息するほかありません。何よりこれが現役の水路として今もどくどくと脈打っていることに名状しがたい畏敬の念をおぼえます。そしてそれが世間から完全に切り離されてひっそりと自然に溶けこんでいる様は、本当に本当にうつくしい。

もう十分です。これ以上の感動はむしろ体に障ります。いっそここに骨を埋めたい衝動を必死で宥めながら、茫然自失の体でよたよたと街道に這い出るわたくし。そういえばまだ四号水路橋がどこかにあるはずですが、すっかり忘れておりました。




しかしそれにしてもインディ・ジョーンズを地で行く一日であった。

2016年1月22日金曜日

失われた古代都市みたいな重文を探して 中編


【前回までのあらすじ】水路橋を真正面から見るべく、川から攻めるという野趣あふれる思いつきを実行するところです。

前編はこちら


意気揚々と河川敷に降り立ったのはいいものの、先に水路橋を見た位置からは200メートル以上下ってきているうえに目印も何もないので、川沿いをどこまで行けばいいのか皆目見当がつきません。



ひとまず上流へ、とおもったらはやくも河原が途切れています。岩にしがみつけばどうにかなりそうですが、足をすべらせればそのまま川にドボンです。というか手でつかめそうな出っ張りが思ったほど見当たらず、実際落ちかけてこの日一番の冷や汗をかきました。おまけにこのあたりだけ川底が見えない。

ぶじ突破


まだ100メートルも移動していない気もしますが、すでに岩場でものすごい汗をかいたためダウンとセーターを脱ぎ捨てます。まさか1月に河原でTシャツ1枚になるとはおもいませなんだ。


どれくらい歩いたのか、ひょっとしてもう通り過ぎてしまったのではないか、Tシャツ1枚のへっぴり腰できょろきょろしながら石を飛び越えて進むわたくし。挙動不審なのは誰より本人がいちばんよくわかっています。


どちらかというと確信よりも不安に傾きかけたころ、前方に茂みの切れ目らしきものが目に入ってハッとします。沢が流れているかどうか遠目では確認できないけれど、すごくあやしい。

ここのような気がする……


水量がささやかすぎる気はするものの、たしかに沢です。ふたたび希望の火が灯るのを感じながら、鬱蒼と生い茂る草木をかき分けてがしがしと踏み込みます。もともと猿がメガネをかけたような男なので、これくらいなら躊躇はありません。脇目も振らずに突き進み、ふとひらけた空間に顔を上げると

あった……



二号水路橋です。なんとなく想像していたよりもはるかに威風堂々たるその立ち姿に圧倒されて、おもわず感嘆のため息がもれます。発電施設の一部とはおもえないほど、凛々しくて美しい。失われた古代都市を発見したような気分です。まるで宮殿のようじゃないか……。


決して人には勧められない軽薄な思いつきをみごとクリアし、へっぴり腰でかき分けてきた茂みをまたへっぴり腰でかき分けて河原に戻ります。


すべてが手探りで心許なかった行きとはちがい、鼻歌まじりで花をパチリと撮るくらいにはきもちに余裕が生まれていたようです。

そしてもちろんこの勢いのまま、次は三号水路橋を目指します。しかしまさかこれ以上の驚きが待ち受けていようとは……の後編につづく。


2016年1月19日火曜日

失われた古代都市みたいな重文を探して 前編


山梨県大月市にあるJR中央本線猿橋駅から歩いてちょっと行ったところに、その名のとおり猿橋という国指定の名勝があります。甲州街道の一部として切り立つ峡谷の上に架かるめずらしい刎橋で、江戸時代には日本三奇橋として知られていたそうです。現在は木造ではなく、鋼材にヒノキを貼り付けたある種のサイボーグとしてたいへん頑丈に掛け替えられています。見た目からてっきりぜんぶ木造だとばかりおもっていたので、「わあ、すげえ!」と一度は驚きに飛び出したわたしの両の目玉をできれば返していただきたい。


それはまあそれとして、橋の上から東側の下方を見下ろすと、ふしぎなものが目に入ります。


橋ではありません。というか、橋ではあるのだけれど、人が通るものではありません。これは八ツ沢発電所という水力発電施設の一部で、この中を相当な量の水がどうどうと流れています。つまり水路橋です。




八ツ沢発電所は明治期につくられた日本最初期の大規模な水力発電施設で、歴史的・文化的価値が非常に高いことから施設のほぼ全体が国の重要文化財に指定されています。上に挙げた第一号水路橋ももちろんその一部です。そして何より100年ちかく前につくられたこの重要文化財、いまも現役でばりばりに稼働しているのです。




第一号水路橋、というからには当然二号も三号もあります。たしか四号まであったはずです。そして水門部分の瀟洒な赤レンガ造り(すてき)を見てしまったら、他のを見ずに帰るわけにはいきません。開渠とか隧道とかいろいろあるんだけども、せめて他の水路橋だけでも見て回りたい。

ところがそれにはひとつ問題があります。というのもこの重要文化財、地図に載っていないのです。いえ、正確に言うと発電所や貯水池、そして第一号水路橋は猿橋の目の前ということもあってどの地図にも載っています。しかし開渠や隧道、そしてもちろん他の水路橋といったこまごました施設には一切案内がありません。水路橋くらい一号と同じように見せてくれたっていいとおもうけど、とにかくない。したがって自らの足で探しにいかなくてはいけないのです。

何しろ、ここで訊けばわかるかもしれない、とおもって訪ねた郷土資料館で応対してくださった方が「水路橋……」とつぶやいたまま考えこんでしまったくらいです。この資料館の裏にたしか開渠があったはずなので合わせてそれも訊いてみましたが、やはり首をかしげておられます。

しかたなく自力で探すことにして、お礼とともにその場を後にしつつ、立ち去る前に念のため資料館の裏へ回ってみると




第一号開渠がでんとそこにあるのです。赤レンガ!

この重要文化財がいかに人々から見過ごされているか、これでおわかりいただけましょう。

この時点で僕の手元にある情報は2つです。施設は国道20号、つまり甲州街道沿いにあるということ。そして猿橋駅からとなりの鳥沢駅までの間にあるということ。したがって甲州街道をとなり駅までてくてく歩いていけば、そのそばを必ず通ることになります。

そしてもうひとつ、いちばん見たい水路橋については、その構造からして一号水路橋と同じく、川をまたいでいるはずです。だから甲州街道を歩いていて小さな川なり沢を越えることがあったら、そのちかくに水路橋はあると踏んでまちがいありません。

そんなたよりない情報だけでうろつかなくたってケータイひとつあればどうにかなりそうなもんじゃないか、とお思いでしょうが、それでは野生が鈍ります。人間、生きるとなったら手ぶらでも生きていかなくてはいけないのです。

そんなこんなで何のあてもないまま甲州街道を歩き始めたところ、案の定しばらくして沢らしきせせらぎを越えたのでここぞとばかりに辺りをうろつくわたくし。


こんなかんじでうろついています

あとで地図をみながら「ははあ、ここを歩いてたのか」とか「あっなんだよこんな道なかったぞ」とかしみじみ振り返ったものですが、このときの僕は地図もなく、周りの景色でだいたいの見当をつけてました。

水路発見

ということは、これとさっきの沢の交差する地点に二号水路橋があるはず……と鼻息荒くずんずん進んでいくと、公園で行き止まりです。とおもいきやその端っこから

二号水路橋だ!





何の案内もないままよく辿り着いたものだ……と感慨もひとしおです。コンクリ造りの一号とちがって側壁がレンガなことにもグッと来ます。しかしこんな角度からしか見えないのはあまりにも惜しい……待てよ、そういえばさっき桂川の河川敷に下りられそうな道があったな……ひょっとして沢との合流地点から薮をかき分けて遡れるんじゃないのか?

予想図

そしてこの周囲の木々の生い茂りっぷりからして、それを実行した人はさすがにそう多くはないはずだ……よし行こう。ここまで来たらずぶ濡れになってでも正面から見ないわけにはまいりますまい。


御託の多い前編よりはるかに楽しい中編につづく。