3016年2月2日金曜日
2026年10月30日金曜日
やさぐれトワイライト番外地/rag, tag and bobtail
手合いは次から次へとひきもきらず、その都度あちこちもげたマネキンさながらに打ち棄てられ、折り重なり、今や累々として、踏み場もろくにない。割れた花瓶も砕けたレンガも、椅子や鉄パイプ、リボルバー、ボウガンなんかの使い切ったもの、使う前に済んだもの、転がればどれも憂いを帯びてもの悲しい。しんしんと冴えわたる冷たい束の間に、かぶりつく蕃茄 がはらわたにしみる。請け出してくれるあてもゆかりもなく、さりとて今さらに浮かぶ瀬もなく。
'Cause you are alone and the night wraps around...
血だまりに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。銃撃 は百代の過客にして、派手に行き交う弾もまた旅人なり。鈍器や暗器、刀剣、銃火器、責め具、飛び道具、建具、家具から家電まで、斬るも斬ったり、爆ぜも爆ぜたり、蜂の巣をつついたような大立ち回り。ジャベリン、手榴弾、トマホーク、マチェーテ、戦鎚、チェーンソー、野太刀、モーニングスターをぶん回すもゆかしい。鎖鎌、つるはし、ピッチフォークや釘バットなどを振るもおかし。一人散り、二人散り、ぽとりと落ちる魂が今際の際に閃くやるせなさ。散ったのは火花、下りるのは帷、佇むのは一輪のたおやかな芍薬。
'Cause you are alone and the night wraps around...
廓に悶着などめずらしくもなしとて、ほっとつく小さなため息ひとつ。「ぬしらとわっちと、どうでひとりのダルい夢でありんす。疾く逝きなんし。」
'Cause you are alone and the night wraps around...
Then you are aglow and the night turns around...
剃刀はなまくら、錆びたのはさらなり。芝刈り機、催涙ガス、ポップアップトースター、火炎放射器、九尾の猫 、スタンガン、丸太、ショッピングカート。ネットランチャー、吹き矢、スリング、投げ縄なんぞの、空を切る音もまた涼し。
ジャベリン、手榴弾、トマホーク、マチェーテ、戦鎚、チェーンソー、野太刀、モーニングスターをぶん回すもゆかしい。鎖鎌、つるはし、ピッチフォークや釘バットなどを振るもおかし。一人散り、二人散り、ぽとりと落ちる魂が今際の際に閃くやるせなさ。散ったのは火花、下りるのは帷、佇むのは一輪のたおやかな芍薬。
2026年10月23日金曜日
アグローと夜2026では会場限定販売となるCDがあること
さて、去年はある事情から事前にお知らせできませんでしたが、「アグローと夜2026」では今年も会場限定販売となるCDがございます。正直、これを作って見せびらかしたいがために開催していると言ってもあながち言い過ぎではないくらい、毎回たのしみな一枚です。
リリースを控えたアグロー案内 VOL.12の収録タイトルもちょうど含まれているので、ここでトラックリストを公開しておきましょう。
内容としては、配信曲のインスト、CM、提供クレジット、その他、となっており、とくに今回はトラックリストというにはあまりにも情報量が多い印象です。
「inst」とあるのが今年リリースの楽曲なわけですけれども、そのうち何を言ってるのかよくわからない3つがつまり、来週リリースのアグロー案内 VOL.12になります。個人的にはこんなタイトルをつけられる日がきたというだけで感無量です。なんと言っても長く続けてきたからこそできることでもありますからね。
上に太字でその他とあるのは、そのままでは再現できないので再現できるように整え直した、主に僕の事情による既発曲のバージョン違いです。曲もテキストも同じですが、乗せ方が異なります。ライブでしか披露されない、音源としてもこのCDのみの、ちょっとした例外です。
この日のためだけに制作された4つのCMにもまた、タイトルだけでは商品の宣伝なのか、いまいち判然としないものが含まれています。聴けばわかると言いたいところですが、聴いてもわからないかもしれません。
とりわけ今回は2曲目の「カドノミセ靴店」に注目していただきたい。というのもこれは、「カッコいい靴三部作」の第五部だからです。
「カッコいい靴三部作」とはアグロー案内以前の「手漕ぎボート」、「象を一撃でたおす文章の書きかた」、「ダイヤモンド鉱」の三作品を指しています。同じ店の同じ靴が出てくるからです。
そしてアグロー案内 VOL.9収録の「魚はスープで騎士の夢を見る」でも同じ店が出てきてしまったため、これが意図せず第四部になりました。
今回収録された第五部となるCMでは、とうとうその店名が明かされています。「手漕ぎボート」から数えるとなんと20年越しです。
この靴屋がそうではなかったのか?と首をかしげるところですが、宣伝文をよく読んでみると
「角の店で見たカッコいい靴まで(略)おつくりいたします」とあります。じぶんの店の靴なら、こんな書き方にはなりません。これはカドノミセ靴店の人気にあやかって同じような靴を作れるという、別の店の広告だったのです。長年回収したかった(けどまあいいやと放置していた)地味すぎる伏線を十数年ぶりにやっと回収できて、目頭が熱くなりました。
どんな店だったのか、そして当時どんなCMが流れていたのか、それを知ることができるのは今年のアグローと夜だけです。
チケットはおかげさまで多くの方にご購入いただいています。が、まだ若干は購入可能だそうなので、どうかどうか、この機会をお見逃しなく…!
チケットのご購入はこちら!
しかしCMのオファー、こないですかね、ほんとに。
2026年10月16日金曜日
アグロー案内 VOL.12 リリースのお知らせ
そんなわけでアグロー案内、VOL.12のお目見えです。1ヶ月前にはリリースの話など何ひとつしていなかったので、サーッと降ってからりと晴れ上がる、通り雨のような趣があります。こうしてぶじにお知らせができるのもカズタケさんの、ときどき腕が6本あるんじゃないかと思うくらい目にも止まらぬ手捌きのおかげです。
リリースは12日後、10月28日(水)0:00 になります。
そもそも足元に咲く小さな黄色い花、キツネノボタンくらいささやかなプロジェクトなので、そんなに焦らなくたっていいようなものですけれども、人生はいつでも、何があるかわかりません。このタイミングならレコーディングをしてまだ日がたっていないのでテキストが頭に入っているし、すぐ後に控えた「アグローと夜2026」でも披露できます。裏を返すとそれは仮にこの先またライブの機会が巡ってくるとしても、そのころにはすっかり忘れてしまっているということでもあるのです。是が非でもとカズタケさんにお願いした、きわめて身勝手な理由がここにあります。本当にすみません。
なんといっても今回は、アグロー案内史上最もアクロバティックなパッケージです。VOL.1からずっとそうだったじゃないかという気もするし、隙あらば楽曲の配信としてどこまで許容されるのかチャレンジみたいなことを(主に僕が)したがる傾向を踏まえてもなお、ちょっと他に類を見ないアプローチとなっております。後日公開するトラックリストからもそれは一目瞭然です。フィジカルリリースではまず不可能なことでもあるので、うれしいしたのしい。
そして新作、というかどれも新作なので、どう定義したらいいのかよくわからないなこれ、えーと僕がライブで披露できるほうの新作ですが、これは個人的にアグロー案内シリーズでも一、二を争うくらい好きなテキストです。少なくとも他の誰が書くんだこんな詩を、と自負できる内容になっています。
出てくるアイテム一覧(フェイクあり)
そしてこの一編、テキスト内では特に触れていませんが、リリース済みの過去作品とつながっています。気づいたら3つ目なので、結果的に三部作の第三部です。
よかったら想像してみてね。
楽しんでもらえますように!
2026年10月9日金曜日
「アグローと夜」に向けたちかごろのわたくし雑感
さて、年に一度の「アグローと夜」まで1ヶ月をきりました。日取りを決めたのはもうかれこれずいぶんと前のことで、まだ半年ある、まだ3ヶ月ある、と他人事のようにぼんやりしつつ、アグロー通信の収録時における打ち合わせという名の雑談で「あれをやりましょう」「ええやん。ところであれもやらん?」「やりましょう」などと楽しげなアイデア交換でキャッキャしているうちに気づいたら1ヶ月ありません。
今さら言うまでもないけれど、タケウチカズタケは多忙な男です。年々忙しくなっていると言っても過言ではない。早い段階で日取りが決まっていたのも、うっかりするとその他の予定がどんどん埋まってしまうためであり、そんなあれやこれやの合間をすばやく縫いながら、いつもフルスロットルでアグロー案内に取り組んでくれています。本当に頭が上がりません。
問題は僕です。今さら言うまでもないけれど、僕は昔も今もそんなに多忙な男ではありません。少なくとも半年後の予定を聞かれて「えーと、ちょっと待ってね」とか言いながらスケジュールを確認する必要がまずありません。そんな先の話ならいつでも余裕で空いています。
裏を返せばそれは、半年後なら半年後に向けて、この頃までにこれくらいのことをやっておく、といったロードマップを、かなり余裕を持って描くことができるはずである、ということでもあります。明日明後日の話ではないのだから、他の予定が埋まっていっても前倒しや後ろ倒しといった調整が十分に可能なはずです。
しかしそうはなりません。現実にはただ後ろ倒しにされていくだけであり、ハッと我に返ったときには残り1ヶ月を切っていたりするのです。
カズタケさんは違います。アイデアからそれを形にするまでが本当に早い。というか、捌けるものはすぐに捌いておかないと身動きが取れなくなってしまうからだとおもいますが、それをキャッチする当の僕は、熱々の焼き芋を両手でアチチチとかやるみたいにオロオロしてるうちに芋が冷めてしまい、身動きが取れなくなることもしょっちゅうです。
そして2週間前はまさにそんな感じだったと申せましょう。カズタケさんから渡されたいくつかのボールは、ぜんぶ僕の元にありました。というか今もあります。そんなときに限って日々が急激に慌ただしくなったりするのだから、手に負えません。それでなくともカズタケさんが自由に費やせる時間はめちゃめちゃ限られています。
しかしここにきて急激に視界がクリアになってまいりました。それもこれも100%カズタケさんのおかげなわけですが、うまくいけば「アグローと夜」の前にひとつお知らせができるかもしれません。2週間前にはぜんぜん予定になかった展開です。
また前述したように今年の「アグローと夜」ではちょっとした驚きというか、言われてみればなぜそこに思いが至らなかったのか不思議なくらいの提案もあり、今もひとえに僕次第という厳しい条件付きではあるものの、例年にまして足をはこぶ甲斐がある、と断言してもせいぜいちょっと言い過ぎなくらいでしょう。たぶん来年のアグロー案内に収録されるんじゃないだろうか?
配信された楽曲をライブで披露する、だけの夜ではぜんぜんありません。僕なんかはこの夜にこそアグロー案内の真髄がある、と感じているくらいです。
この機会にぜひ、おいでませ。
チケットはこちら!
2026年10月2日金曜日
ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その495
とおくのほそ道さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 大吾さんは子供のころ、縄跳びは得意でしたか?今、二重跳びってできますか?(私自身が得意だったはずなのに一度もできなくなっており、ショックのあまりいろいろな人に聞いて回っています……)
得意不得意で考えたことなかったけど、そうですね、よほど高等な技でないかぎりは二重跳びも含めてできてたとおもいます。どちらかといえば得意寄り、というかんじです。
ただ、記憶としては冬の朝に校庭で縄跳びをして足にピシッと当たるときの、あの鞭のような痛みのほうがはるかに鮮烈です。いま思い出してもヒエッとなります。文字どおりの縄ならいざ知らず、ポリ塩化ビニルの細いロープなど、実質的に鞭です。鞭に当たらないように避けて跳ぶとすればそれはもうロシアンルーレットと大差ないし、運動という名の刑罰にほかなりません。しかしまあ、昭和というのはうさぎ跳びとか竹刀でぶっ叩くとかが愛の鞭と都合よく解釈される最後の時代でもあったので、仮に本物の鞭であっても「教育熱心な先生ねえ」で済んでいた気もします。
今できるかどうかで言うと、ギリできる程度ですね。二重跳びは跳び方というより、むしろ手首のスナップだった気がするけど、昔とちがってとにかく手首がぜんぜんしなやかではないし、数十回数百回のジャンプに耐える体づくりをしてきたわけでもないので、もうむりかもしれません。最後に確認したのは数年前です。
できなくなるのは当然です。大人になれば子どものころのように全身を動かす機会が目に見えて減ります。体格も体重もちがうし、維持しようと務めないかぎり筋肉も衰えます。大人になっても問題なく二重跳びができるとすれば、それは日々の営みに運動が含まれているからです。実際のところ二重跳びができるかどうかというよりも、あのころと同じように体を動かし続けているか、という話なわけですね。
たとえば僕は3歳から10代まで水泳をつづけて、それこそ竹刀を愛用するようなコーチにみっちり叩きこまれたので、フォーム自体は今も体にしみついているけれど、昔のように水に乗るにはたぶん数週間かかります。水に乗る(=体力の消費を最小限に抑えていつまでも泳ぎつづける)ためには全身のあらゆる部分が同期する必要があるからです。そしてそれは、スキルとかテクニックの問題ではない。
裏を返すとそれは、いま二重跳びができないとしても、肉体の配線をつなぎ直す必要があるだけで、かつて身につけたスキルを失ったわけではない、ということです。ショックを受けることはありません。
ちなみに義母は僕が知る最もパワフルな人のひとりなので、70代の半ばでもエレガントにやすやすと縄跳びができます。目の当たりにしたときはさすがに度肝を抜かれました。たぶんだけど、二重跳びもできるんじゃないだろうか…?
A. どちらかといえば得意だったほうで、今もギリできます。
見栄を張ってたらすみません。
*
質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。
dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)
その496につづく!
2026年9月25日金曜日
ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その494
ダンス・ウィズ・カルピスさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 死ぬまでにやりたくないことをひとつあげてください
一般的な指向の裏をかく、いいアプローチです。人生においてはまず十中八九、やりたいことのほうに焦点が当たりますからね。どんな手を使ってでも逃げ切る強い意志が求められる点では、絶対にやりたくないこともまた前向きな気がしてきます。
それでいうと僕の場合はバンジージャンプですね。何しろ物心ついたときからずっと高所恐怖症を患っています。4階くらいの高さまでなら平常でいられるんだけれど、それ以上になると途端に怖くなるのです。
ただ、どこで恐怖が発動するのか、その線引きはいまだに判然としないところがあります。たとえば、高層ビルは問答無用でダメなのに、どういうわけか飛行機は平気です。ロープウェイとかリフトは昔から大好きなので斜面ならいけるかと思いきや、富士山くらいになると8合目あたりから急にめちゃめちゃ怖くなります。またちょっと意外なところでは、水深が5m以上あるプールも怖いです。そんなプールがどこにあるんだとお思いでしょうが、かつての代々木オリンピックプールがそうでした。浮いてるし、泳ぎも何なら人より得意なのに、なぜでしょうね?
言うまでもなく、絶叫マシンもダメです。少なくとも楽しいと感じたことはかつて一度もありません。僕にとってはその極北がバンジージャンプということになります。大金を積まれてもやりません。もし飛ぶことがあるとすれば、それを上回る恐怖と天秤にかけたときだけです。たとえば無慈悲な強盗に人質をとられて「飛ばないとこいつの頭をピストルで吹っ飛ばすぞ!」みたいな状況だったら、迷わず飛ぶとおもいます。どう考えても、大切な人の頭が吹っ飛ばされること、その後を生きることのほうが圧倒的に怖いからです。逆に言うと、それくらいの状況に追いこまれないかぎり、まずやらないとおもう。
そんなこともあって、いわゆるタワマンの高層階には1ミリも魅力を感じたことがありません。10階だって勇気がいるのに、30階とか本当に意味がわからない。百歩譲って所有することはできても、住むのはムリです。実家がそんなところに引っ越したら金輪際近寄らなくなるのはまちがいありません。森美術館だってすごくいい美術館なのに、53階にあるという理由で敬遠してるくらいなんだから。(なぜいい美術館であることを知っているのかといえば、一度だけ行って、あっやっぱむりだこれ、となったからです)
それでなくとも僕は裸足で土をふむ感覚が大好きなので、天空よりもむしろ地に足のついた暮らしでありたいものだと、つくづく思います(物理的な意味で)。ラピュタなんか住んでられんわ。
A. バンジージャンプです。
*
質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。
dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)
その495につづく!
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