2011年5月23日月曜日

中庸とはかくもむずかしい(メキシコ果実の場合)



或る日のアボカドとその種。

種というより鈍器だよ!


のさばりすぎて食うとこほとんどないじゃないか!と囂々たる口調でブツクサ言っていたら後日こんなアボカドが

小っさ!

ああもう、ああ言えばこう言うんだから!


 *


そういえばお伝えしておきたいとボンヤリおもっていたのですが

4月からTBSラジオで日曜夜のメロウな憂鬱なぐさめミュージック・プログラム「Happy Sad」がスタートしておるのをご存知ですか。音楽ジャーナリストにしてア↑コガレ師匠、高橋芳朗せんせいが今度は Mr. ジュークボックス としてその豪腕を遺憾なく発揮した、たいへん甘酸っぱい洋楽番組です。


ボケちゃった。

勘のよい方はもうお察しのこととはおもいますけれど、例によって詩人の肩書きをポイとうっちゃり、番組ロゴを手がけさせてもらいました。そのまま流れでホームページもまるっと。全ページにわたってアレコレ意匠を用意したので、あちこちクリックしてみてね。




そしてもちろんここには裏で暗躍する男がひとり…。

もう一生頭が上がらないです、ホントに。


それはともかく、洋楽好きには現時点でこれ以上の番組はありません。ジャーナリストとしての他にない「視点」を活かして古今東西のグッドミュージックをすべて自らの手で選りすぐる(←じつはここがいちばんスゴいところ)のだから、心躍らないわけがないのです。美女アシスタントの川瀬さんに翻弄される師匠のキュートな人柄も、番組の親しみやすさを確実に高めていて必聴です。それに師匠のお話、タメになりすぎ!


 *


今日のおまけ:獲物を狙う鷹のような眼差し

2011年5月18日水曜日

ミダス王の血を引く3人の打楽器奏者



よりによってお知らせが前夜になってしまいましたが(前売りも間に合わない)、しかしそのへんの不義理には普段どおりバチンと目をつぶり、ぬけぬけと宣伝したい稀なる夜がございます。


触れるものすべてを黄金に変えたミダス王のごとく、手に触れるものすべてを音楽に変える超絶パーカッションユニット、Asoviva!の聴覚的錬金術をその耳と肌でとくと御覧じろ!

カチャ

キュルキュルキュル

(巻き戻しています)

カチリ

触れるものすべてを黄金に変えたミダス王のごとく、手に触れるものすべてを音楽に変える超絶パーカッションユニット、Asoviva!の聴覚的錬金術をその耳と肌でとくと御覧じろ!


2011年5月19日(木)

Asoviva!ワンマンライブ 『 imaginary numbers vol.3 』
@代官山 晴れたら空に豆まいて

【出演】Asoviva! 高橋結子(percs)、朝倉真司(percs)、中北裕子(percs)
【ゲスト】良原リエ(trico! / small color)
OPEN 18:30 / START 19:30
前売 ¥3,000 / 当日 ¥3,500 +1D 500
予約はasoviva108*gmail.comへ (*を@に替えてね)


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説明せねばなりますまい。
Asoviva!とは、3人の凄腕パーカッショニストがライブハウスの文字どおりフロア(床)に「楽器+叩くと音の出そうなもの」を所せましと敷きつめて、最小限の打ち合わせと最大限のアドリブで夢のような音と振動のサーカスを繰り広げる、スーパー打楽器ユニットです。何しろ基本メンバーは

パーカッション:高橋結子
パーカッション:朝倉真司
パーカッション:中北裕子

というまるで誤植のようなラインナップ。3人とも、引く手数多なプロフェッショナルです。格がちがいます。そのお仕事歴をいちいち書き記していたらそれだけで図書館が建ってしまうくらいです。

ことほどさように多忙な打楽器奏者3人が年に一度、日常をはなれて紡ぎ上げる万華鏡のような音世界は本当に、ラブリーとしか言いようがありません。肌でかんじるフィジカルな旋律!そしてその心地よさといったら!彼らの手のひらは言葉が面目を失うくらい、饒舌です。ぜひいそいそとお出かけくださいませ。

…前夜ですけど。けっちゃんゴメン!


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また、とくに今回のフライヤーにはAsoviva!の発起人、高橋結子の並々ならぬ思いと願いがこめられています。一義的には、3人のパーカッショニストを表す3つの手のひらから音が大輪の花を咲かせているというものですが、それだけではありません。ご覧のとおり、ここにはそれ以上の大きな意味がふくまれているのです。見かけることがあったらぜひ、手に取って見てみてください。


と、ライブ前夜になってぬけぬけとのたまう男。


…ヘックショイ!

2011年5月10日火曜日

明かりのように灯る声がある。



ミス・スパンコールが撮ってきた「ビジネスツール」の一例

※写真は本文と関係ありません。


 *


真夜中の新宿歌舞伎町でもの言いたげな人々が、色とりどりのスポークンワーズとパフォーマンスを繰り広げるSSWSという風変わりなイベントがあって、僕はそのごく初期にエントリーしていたのです。2003年の話ですね。

何しろもう8年も前のことだし、8年といえば小学生が成人する(!)くらいの年月です。いろいろあったような気もするけれど、語れることはそんなに多くはありません。だいたい朝型なので、夜はとにかくねむたかったということだけはよくおぼえている。


豆ちしき:SSWSのオーガナイザーであるさいとういんこ女史が20年以上前にリリースしたレコードは、和モノDJの隠し球として今もカルト的な人気を誇っています。


SSWSは原則として事前にエントリーした人がステージ上で競うイベントですが、終了後にオープンマイクのコーナーがありました。エントリー不要で、順番さえ待てば誰でもパフォーマンスを披露できる、ある意味無法の時間帯です。

僕がそこにいるときというのは、つまり本体のトーナメントにエントリーしていたということでもあるので、当然イベント終了後は目も当てられないほど困憊していて、とてもじゃないけれどオープンマイクを鑑賞する余裕はありません。ともだちと来ていたわけでもないし、ひとりフロアの隅で抜け殻みたいになってボンヤリと始発を待つだけです。多くのラッパーがハイレベルなフリースタイルをばしばし披露していたはずだけれど、その記憶もなんだか夢のように霞みがかっている。

でも一度だけ、オープンマイクのときに驚いてステージを振り向いたことがあります。それまでにもいろいろな詩人とラッパーを目にしていたはずだけれど、フロアに響く声にびっくりして耳を奪われたのは、後にも先にもこのときだけです。

どこまでものびやかで、せせらぎのように澄み渡り、遠くまでよく通って一度耳にしたら絶対に忘れられない、そんな声は今まで聞いたことがなかった。どうしてこんな人がエントリーしないでオープンマイクに出てるんだ?と愕然としたことを今でもよくおぼえています。

その人はその時点ですでに揺るぎない礎を持っていました。このとき抱いた鮮烈な印象は、8年たった今も変わっていません。"gift" という意味での天賦の才を、"natural-born" というもののすごさを、僕はこのとき初めて目の当たりにしたのです。誰にも真似のできない世界を築いて、彼女はひらひらと自在に飛び回っていた。


それがtotoさんです。



長く奇妙な年月をへて、ようやく形になった彼女のアルバムにはだから、曰く言いがたい感慨があります。

totoさんの音源は、じつはSUIKAが初めてではありません。たしかその前にFlow Wordsというユニットがあって、自主CDをつくっていた…とおもう。その音源を(なぜか)御大・古川耕のお宅で聞いたときも、リーディングをしようという気持ちがしおしおと萎えるほどショックを受けて…

それはともかく、満を持してリリースされる彼女のフルアルバムは、SUIKAを経由してというよりも僕にはむしろFlow Wordsからの延長に見えます。賑やかなヒップホップバンドのMCとしてこれだけ板についていながら、8年前に初めてふれたあの世界にふたたび足を踏み入れたようなきもちになるのです。ブレがないにもほどがある。

吟遊詩人、というのは言葉に重きを置くミュージシャンによく使われる形容です。タカツキさんも昔からよくそう呼ばれているし、あまつさえ僕のアルバムにもそういうコピーがついています。でも「吟」という文字はそもそも、「詩歌に節をつける」という意味です。少なくともリズムではない。節というのはメロディを意味することもあるけれど、厳密にいうともうちょっと控えめで抑揚とか旋律と言ったほうがちかい。

だとすれば、totoさんこそが吟遊詩人という肩書きに他のだれよりふさわしいと僕はおもうのです。歌うように読むということ。それが吟じるということ。やってみたいとおもって真似できる類いのものではありません。

今週末の日曜日に渋谷Flying Booksでおこなわれる先行リリースパーティは、初めから終わりまでその声と言葉の味わいをイヤというほどたっぷりご堪能いただける、ちょっと稀なる機会です。どいつもこいつもおいであそばせ!


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5/15(日)
「toto『○to○(わとわ)』 先行リリース・ライブ」
【ポエトリー・リーディング、ライブ】
open 17:00 start 17:30
出演:toto、Tatsuya Yamada(MAS/Tyme.)
ゲスト:(未定)
会場:渋谷Flying Books 
料金:3000円(CD+特典付) ご来場の方全員にCD『○to○(わとわ)』(特典「windy」DVD-R付)を差し上げます。
予約前売制:(限定40名様)

【ご予約方法】
予約はメール、電話(03-3461-1254)、及び店頭にて (営業時間12~20時 日曜定休)
メール:info[a]flying-books.com ※[a]を@に換えて送信してください。

HP→ totonote.net


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よく考えたらこのアルバム、僕も1曲参加しています。言うの忘れてた。

あと、キャッチコピーも。

2011年5月4日水曜日

「輪突きのクサヴィエ」とはいったい何か?





それにしても、(とまるで昨日もお話ししていたかのように始めましょう)インターネットの万能ぶりには今なお、舌を巻かずにいられないのです。知りたくても知り得なかったことが当たり前のようにいっぱい書いてあるし、ずっと探していたものがクリックひとつで簡単に、しかもビックリするほど安価で手に入ったりする。これまでに費やしてきた長い長い時間がゼロコンマ数秒で霧散してしまうものだから、逆にかるい失望をおぼえるくらいです。物心ついたときからインターネットに触れていれば、そこにすべてがあると錯覚してしまうのもムリはない。

失望という意味では、ある日ふと啓示のように舞い降りてきた天才的なひらめきが、検索してみたらじつはわりとよくある思いつきだったと知ってしょんぼりすることもあります。インターネットにアクセスするということはそれだけで、井戸の中で安穏と暮らしていたカエルが強制的に大海へ放りこまれるということでもあるのです。広さはともかくカエルなんで塩水はかんべんしてくださいと悲鳴をあげても、もう遅い。


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今でもよくおぼえている例をひとつ挙げると、肉体労働で汗水をたらしていた10年以上前、炎天下で弁当をぱくつきながらふと、「肉じゃが」と「ミックジャガー」が似ていることに気がついて得意になったことがあります。こんなことで得意になったってしかたがないけれど、他に得意になれるものがあったわけでなし、じぶんがちょっと特別な脳みそを持っているかもしれないと自惚れて、じっさい何のお咎めがありましょう。

しかしそんな若かりし僕の高く伸びた鼻も、大海を目にしてポキンと折られることになります。何しろ「ミックジャガー」と「肉じゃが」で検索をすると0.2秒でじつに6000件を超える結果が表示されるのです。


6000件…。


そしてこの程度の思いつきで鼻を高くするダイゴくんの小物ぶり。


 *


もちろん、検索にいっさい引っかからない情報もあります。膨大な知識にアクセスできるからといってそこにすべてがあるわけではない、というごくごく当たり前の事実を思い出させてくれることもあって、今ではそれがちょっとたのしいくらいです。けっきょくそれについては何ひとつわからずじまいであるにもかかわらず、却って入手不可能な何かを手に入れたようなきもちにならないでもありません。なりませんか?

いちばん最近の例で言うと、「輪突きのクサヴィエ」という言葉がそれに当たります。本のタイトルです。ある作家のデビュー作がこれだというので、検索してみたら「そんな言葉は知らん」とグーグルにそっぽを向かれました。海外の物語なんだけれど、邦訳は出ていないらしい。さもありなんという感じですね。でも「輪突きのクサヴィエ」って、何だかそそられるタイトルです。「輪突き」ってなんだ?「クサヴィエ」は人か獣の名前だろうか?

書いたのはドイツの作家です。邦訳された作品のいくつかは今もふつうに手に入ります。「輪突きのクサヴィエ」というタイトルは、彼の中でもよく知られている作品の、著者プロフィールに書かれていたものです。ただし、現在流通しているB6版ではなくて、40年前に福音館書店から出ていた判型の大きなバージョン。そもそも福音館から出ていたこと自体ちょっとした驚きなんだけど、何しろ著者の手になる挿絵がすばらしいので、判型の大きいほうが見応えもあってよいのです、すごく。また、それだけ古い物語が形を変えて今も絶版になっていないということは、名作として広く認められている、ということでもあります。ちなみに、日本で有名なのはむしろ翻訳者のほうだとおもう。

誰だかわかりますか?


 *


ホントはtotoさんについて書く、その前置きのつもりで始めたらこのありさまです。

2011年4月18日月曜日

ラフレシアへの憧れと共感はひとまず置くとして



「ご無沙汰です」と「こんにちは」がほとんど同義語になっております。なんだかいろいろとやっていた気がするけれど、まァいいか…とうっちゃっていたら咲き乱れた桜があっという間に散ってしまった。ご機嫌いかがですか。ちかごろの僕は貧しさにも拍車がかかって野草ばかり食んでいます。

さて本日のお知らせは何かともうしますと

詩人を名乗りながら1年に1遍も詩を書かない(!)ことで知られる怠惰な男がめずらしく詩を書いたばかりか、それを読む機会まであるというのでこうしておそるおそるご報告にあがった次第です。

今週末4月24日(日)の宵、御大ナーガのあたらしい詩集「足がある」、そのリリースに花を添えるべく参ります。その花がラフレシアでないことを僕自身が祈りたい。個人的にはどこか憧れと共感をおぼえるすごく魅力的な花なんだけど、花束に入れるのはさすがにムリがある。

じっさい僕も朗読にはあまり縁がないので、


…。


どう考えても詩を書いて発信する人種のセリフではないな。

しかしだからこそ、どちらかといえば縁遠いところにいる人が聞くとしたらどんなのがいいかな、ということを考えています。「読む」「聞く」「話す」という行為のおもしろさと原始的な強さにはずっと興味を持ちつづけているし、そこにはまだ開かれていない扉が、たぶんある。


ね。だからたまには、おいであそばせ。むしろちょっと腰が引ける人こそ。だってそのきもちすごいわかるもの!ピーマン苦手な人に「栄養あるから食え」って言ったって、そりゃ食べないよね。


でも、ナーガの声はそれ自体がすでに詩です。いっしょにお祝いするtotoさんもそう。それがいったいどういうことなのかを体感するだけでも、価値があると僕はおもう。ピーマンの例で言ったら、ほんとうにおいしい野菜は苦手な人がそのまま口にしてもやっぱりおいしい、ということですね。

僕は、えーと、うまいこと丸めこもうとするタイプなので、そのかぎりではないですけど。それこそどうだっていいような、飲み終わった空き缶の話から始めることにいたします。丸めこまれに、おいであそばせ。




3年ぶりに九州・諏訪瀬島の詩人、ナーガこと長沢哲夫さんの新しい詩集『足がある』(4月25日発売 SPLASH WORDS刊 定価1000円)が完成しました!
今作は半世紀に渡る詩作の集大成となる選詩集に新作を加えた92篇、これまでの倍のボリュームとなりました。(表紙は写真家・西村多美子さんの撮りおろし!)
出版を記念して、Flying Booksのレギュラー詩人、小林大吾と、6月にソロCDをリリース予定のtoto(from SUIKA)もお祝いに駆けつけます!

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4月24日(日)
「Beat Goes On vol.12~長沢哲夫新作詩集『足がある』出版記念ポエトリー・リーディング」
【ポエトリー・リーディング、ライブ】
出演:長沢哲夫、小林大吾、toto
OPEN:17:00 start:17:30
会場:Flying Books 
料金:¥2,000(新作詩集『足がある』付)
予約はメール、電話(03-3461-1254)、及び店頭にて (営業時間12~20時 日曜定休)
メール:info[a]flying-books.com ※[a]を@に換えて送信してください。
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2011年3月16日水曜日

僕らはこのバス停で、明かりを灯す



さきにこれを記すのはちょっと心苦しいのですが、お知らせがふたつほどございます。

ひとつめ。最後の1冊となった例の詩集ですが、投稿した数時間後にぶじ完売と相成りました。品切れです。増刷の予定はありません。お求めいただいた方々にはほんとうにありがとうございました。Flying Booksでその背表紙を見ることがないというのはさみしい気もするけれど、ぜんぶお届けできて本望です。ありがとう。ありがとう。

ふたつめ。前々回の味噌汁爆弾についてのコメントですが、驚いたことにそのすべてがスパムボックスに放り込まれておりました。bloggerのやつ、何てことをするんだ!もちろん意図したわけではありません。なんだかよくわからないけど、そういうことになっていたのです。心をこめてコメントを投じてくれた人にはたいへんもうしわけありません。うれしかったです。どうもありがとう!コメント、お返ししています。

みっつめ。あれ?ふたつじゃなかった!

FLY N' SPINからリリースする待望のソロアルバムに先駆けて、totoさんが"windy" という曲のビデオクリップを公開しました。ズルい!と口をとがらせてブーブー唸りたくなるくらい素敵なアニメーションです。こんなときだからこそ届けたい、という彼女の思いがこめられています。だいじな人に、見せてあげてください。とくに子どもたちに届けたい。しかしFLY N' SPIN のなかで誰よりもアーティスト然としているなァ…




 *


世界丸ごとと言っても過言ではないくらい多くの人が、あの日からひたすら祈りをささげつづけています。「団結した一丸」とはこれほど大きくなるものかと見上げて目をみはるばかりです。頑強なことといったらダイヤモンドをかるく超えている。みんなのきもちは脇目もふらず直進しています。みんながみんな、みんなのことを気にかけている。


こう切り出してためらいがないわけではないのだけれど、心あるすべての人の思いがそこへ向けられているならば、そこからちょっと抜け出して、視線を他へ移してもゆるされるでしょうか。


かの土地から遠く離れ、身体的には無傷でありながら、絶え間なく注ぎこまれる膨大な情報にせき立てられて、心の奥にひっそりと闇の渦をつくってしまった人のことを心配しているのです。


全員が迷いもなく同じベクトルに駆け出していると、もたもたして乗り遅れた人はそれだけで拭いがたい罪悪感を背負いこむことになります。苦もなく行動に移せる人は「こうすればいいじゃないか」と簡単に言うけれど、それができない人もいるのです。どうしてできないのかは自分でもよくわからない。わからないけれど、ただ、うまくいかない。後から来て追い抜いていく人からも冷たい視線を浴びせられているように感じて縮こまり、ますます動き出せなくなる。

でも大丈夫だと僕は言いたいのです。ついていけなくてもいい。力になりたいというきもちは、行動によって優劣を決められるものではありません。自分を追いこむようなことをする必要はない。「乗り遅れる人」のきもちは、「乗り遅れる人」がいちばんよくわかっています。そういう人は、きっとまた来る。そのために、ここでじっと待っていればよいのです。

「自分にできることをする」というのはそういうことです。またかつて書いた「キープレフト」という考えかたは、こういうときのためにあります。僕の発想ではありません。先人の背中をみて学んだ、揺るぎない哲学のひとつです。

こんなときにもたついたことを言いやがって、と言われるかもしれないけれど、人生の大半を同世代のはるか後方でもたもた過ごしてきたんだから、今さらそんなこと言われたってどうしようもないよな。


大丈夫、バス停はここにある。多くの人がとっくに目的地にたどり着いていたとしても、僕らが乗りこむべきバスはいずれ必ずやって来る。何度だって言うけれど、みんなのあとにうまく続くことができないからといって、恥じることはないのです。ただひたすら、愚直に日常を維持する勇気のかたちもある。



あなたがひとり願うだけで、そこに明かりは灯ります。その明かりにこそ意味があると僕はおもう。



2011年3月9日水曜日

詩の一遍が真夜中にうちを訪ねてきた話



号外!号外!

ときどきふと思い出したようにここで触れてはその地味な存在感に肩をすくめる他なかった詩集、「2/8,000,000」の在庫(@Flying Books)がとうとうのこり1冊になったそうです。6年かけてようやく…ようやくゴールにぴんと張られたテープが見えたとおもうと、目頭も熱くなります。

おもえばかのムール貝博士が登場したのもこの詩集が最初です(詩人の刻印はその数年後)。今じゃSUIKAの曲で言及されるまでになったのだから、ずいぶん出世したものだ。

あまりに売れないので干されている詩集の図


もともと積極的に売ろうとしていたわけでもなかったけれど、それでも同じ500部を用意したオーディオビジュアルの特装版がふた月でキレイさっぱりなくなったことを考えると、その5年も前からそこにあった詩集に対して、気の毒なような、申し訳ないようなきもちが頭をもたげないでもなかったのです。

それがとうとう、あと1冊…。

オーディオビジュアルをリリースして間もないころ、詩集「2/8,000,000」のなかに収められた詩の一遍が僕のところに来て、ためいきまじりに「相談がある」と切り出した夜のことを、忘れることはできません。


「どうしたこんな夜更けに!」
「ごめんよ」
「いや…」
「でもどうしても今日伝えたくて」
「それはかまわないけど…驚いたな」
「じつは折り入って相談があるんだ」
「相談?まあとりあえずお入りよ」
「ありがとう」
「来るとおもってなかったからおもてなしも何もないけど」
「おかまいなく!ホントは連絡してから来たかったんだけど…」
「そうだよ、電話してくれればいいのに」
「決心がにぶるといけないとおもって」
「ふーん?」
「今日はみんなの代表で来たんだ」
「みんな…みんなって?」
「みんなはみんなだよ!詩集に入ってる詩ぜんぶだ」
「ああ、そう…そうか、そうだね」
「じっさいのところ、みんなもう潮時だとおもってる」
「潮時って…なんの?」
「みんなで話し合って決めたことだから、はっきり言うよ」
「うん」
「僕ら解散するつもりなんだ」
「解散?」
「うん、解散だ」
「というのはつまり…詩集を解散するってこと?」
「そうだよ。他に何があるっていうのさ」
「そんなバンドみたいな!」
「詩の集まりなんだから、同じだよ」
「それは…それはそうかもしれないけど…」
「もう決めたんだ」
「でもそんな唐突に…」
「唐突じゃないよ。ずっとみんなで話し合ってきた」
「みんなはそうでも僕には唐突だ」
「それは…そうだね。もうしわけないとおもってる」
「だいたい…だいたい詩集をつくったのは僕なのに…」
「わかってる」
「編集だって装丁だって…ぜんぶ僕が…」
「わかってる」
「なのに詩のほうから解散を持ちかけられるなんて…」
「ごめんよ」
「解散って…解散したらどうなるんだ?」
「どうもならないよ。みんなそれぞれ…」
「みんなそれぞれ一遍の詩としてやっていくってこと?」
「いや…それもやめようとおもってる」
「やめるってまさか…」
「ぜんぶバラして、単なる文字に戻るんだ」
「そんなバカな!」
「あるべきかたちに還るだけだよ」
「そんな…」
「そしてまたべつのテキストに生まれ変わる」
「つくった僕の意思はどうなる!」
「ダイゴくん、言いたくないけどこれはクーデターなんだよ」
「(ガーン)」
「血は流したくない」
「流血って君らページの端っこで指を切るくらいが関の山じゃないか!」
「ダイゴくん、さいしょのページ見たことある?」
「さいしょって…詩集の?奥付みたいなのが書いてあるとこ?」
「そう、copyrightとか発行元が書いてある」
「知ってるよ」
「あれ、copyrightが "copylight" になってるんだよ」
「え、スペルミス!?」
「僕ら保護されてないんだ」
「何を言うんだ、そんなことないよ!」
「それに…」
「まだ何かあるのか」
「もうすぐ紙の本はなくなるっていうじゃないか」
「いやに情報通だな」
「僕らだってこれでも情報のひとつなんだよ」
「ちがうよ!」
「ちがうって?」
「詩は情報じゃない!」
「0と1に置き換えられるものはみんな同じさ」
「コンピュータに詩が理解できるもんか!」
「どうかな…それもずいぶん古い考えかただ」
「どれだけヒトに近づこうと、僕らは電子回路とファックしたりはしない」
「今の常識がこの先の常識とはかぎらないさ」
「コンピュータが詩を吟じてだれが感動するっていうんだ」
「初音ミクの歌になんか感動しないって言うのか?」
「む…」
「君、感動してたじゃないか」
「いやになるくらい時世に通じてやがる」
「だいたい500部の詩集が解散したところでだれも気に留めやしないよ」
「思春期のガキみたいなことを言うな!」
「でも事実そうだろう」
それでもよろこんで買ってくれた人がいるんだよ!
「わかってるよ、でも…」
「わかってない!何もわかってないよ!ものの価値を多数決で量るなんて、そっちのほうがよっぽど時代遅れじゃないか!くそ、もっともらしいこと言って、結局ふてくされてるだけか!」
「評判を気にしてるわけじゃないよ、もちろん」
「少なくとも僕はよろこんでくれた人を知っている!大事にしてくれていることも知っている!誰がなんと言おうと、それは僕の大いなる誇りだ!それを言うに事欠いて解散だと!バカにするな!ページめくって出直してこい!」
「でももう、決めたんだ、みんなで」
「ええい!」

バチン

「痛い!」
「いんこ先生とやまじにあやまれ!」
「え、誰…?」
「君らを世に出してくれた大恩人だよ!そんなことも知らずによくもまあぬけぬけと…」
「怒らせるつもりはなかったんだ…」
「うるさい。クーデターと言ったのはそっちだ。これから先は聞く耳を持たない。解散も却下だ!水面下で不穏な動きがあれば全力で阻止するし、場合によっては武力行使も辞さないぞ」
「ダイゴくん…」
「あやまってくるんだ、今すぐに」
「いや、でも‥」
「でもじゃない」
「こんな夜更けに…」
「武力を行使するぞ!」
「わかった、わかったよ!ホウキで叩くのはやめてくれ」
「土産にオーガニックなものを買っていくんだ」
「オーガニックって?」
「ハーブティとか、無添加のジャムとか、そういうのだよ」
「こんな時間に売ってるわけないよ!」
「ナチュラルローソン行けばいいだろ」
「ナチュロー…ナチュローね…わかったよ」
「なるたけおしゃれなのを選ぶんだぞ」





そうして部屋を追い出された一遍の詩がほんとうにおわびをしに行ったかどうか、その後の顛末はじつをいうと僕もわからないのだけれど、すくなくとも詩集は解散をすることもなく、あれからずっとFlying Booksの棚にありました。

それもあと1冊でおわりです。増刷はしません。手に取ってくれて本当にありがとう。


記念に、わざわざウチまで来て追い出された一遍の詩をここで紹介しておきましょう。


 *


海賊/landed pirates




動くな。


蟹を出せ。


ぐずぐずするな。


有り蟹ぜんぶだ。