2016年1月16日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その238


ボロは着ててもそぼろは2色さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q: 今までで一番「最悪」だった年越しについて教えて下さい。


年越しと言っていいのかどうかちょっと迷うところですが、最悪の正月なら記憶にあります。

僕はホンダのリトルカブに「水駒(みずこま)」と名付けてかれこれ十数年ぶいぶいと乗り回していますが、その前はヤマハのYB-1という50ccのバイクを愛車にしていました。スクーターともカブともちがう、普通のバイクと同じまたがって乗るネイキッドタイプの縮小版で、とても原付には見えないその立派な風采といい、デザインといい、僕はこれがすごくすごく好きでした。

そのころのお話です。

といっても元旦のことなので、活写できるようなことは何ひとつありません。アパートの部屋でひとり、実家にも帰らず、初詣にも行かず、こたつにもぐりこみ、テレビをつけっぱなしにして(このころはまだテレビがありました)、お腹が空いたら餅でも焼いて食いたいところだけれど買ってないから餅もない、のでしかたなしに源氏パイをかじったりしていただけです。部屋の隅にカメラを取り付けて朝から晩まで観察したとしても、トイレに立ったりコーヒーを淹れたりする以外はほぼ静止画のように見えたことでしょう。

しかしその年はすこし様子がちがいました。例年なら正月は水を打ったように静まり返っているのに、珍しく往来からわいわいと賑やかな声が聞こえてきます。中学生以上成人未満とおもわれる5、6人の少年がアパートの前でたむろしているような印象です。何だ何だうるさいやつらがいるなまったく、と眉間にしわを寄せたことを今でもよくおぼえています。

実際に彼らの姿を見たわけではありません。後になってから、そういえばそんなかんじだったと思い出しただけです。ひょっとしたら全然ちがうのかもしれない。というかそれ以前に、そもそも彼らはこの話に何の関係もないのかもしれない。僕に言えるのはただ、例年とはちょっと異なるこの小さなざわつきと、そのあとじぶんの身に降りかかったこととが、僕のなかで分かちがたく結びついているということだけです。

賑々しさはしばらくつづき、さすがに煩わしいな、と思い始めたころピタリとやみました。時間にするとたぶん15分くらいです。遠ざかっていくというよりはいきなり沈黙が訪れたようで、またわいわいとやりだす気配もありません。

とくに何かが気になったわけでもないけれど、なんとなくこたつから這い出して部屋の外に出てみました。部屋は2階で、目の前にはすっきりとしたきもちのよい青空が広がっています。アパートには隣接して車3台分の駐車場があり、階段の真下が駐輪スペースです。まだ午前中の清々しい空気を吸いこみながら階段を下りてみると、あたりは何ごともなかったようにしんとしています。

はて、と首をかしげながら階段のほうを振り返ったとき、あることに気づいて凍りつきました。

駐輪スペースにあるはずのバイクがないのです。


( ゚д゚)・・・


(つд⊂)ゴシゴシゴシ


( ゚д゚)


ここから先の記憶は、僕のなかでふっつりと途切れています。探し回ったのか、盗難届を出したのか、廃車手続きはしたのか、呆然と立ちすくんだ瞬間以降のことは何ひとつおぼえていません。そしてもちろん、と言っていいのかどうか、大好きだったYB-1の姿を見ることは二度とありませんでした。


A: 元旦にバイクが忽然と消え失せたことがあります。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その239につづく!

2016年1月13日水曜日

比喩として使われることのほうが圧倒的に多い言葉の話


なぜだか原因がさっぱりわからないまま、しばらく不完全燃焼がつづいていたのです。やるべきことはきちんとやり終えたはずなのに、どうもこう、ブスブスとくすぶりつづけています。何をどこでまちがえたんだろう?何か大事なことを忘れでもしただろうか?いや、そんなはずはない……冷静にじぶんの行いを振り返っても反省すべき点はとくに見当たらないし、手は尽くした……とするとこれはもうそういうものとしてただ受け入れるしかないんだろうか?

といってこのまま放置しておくわけにもいきません。精神的にもよくないし、だいいち身体にすごくわるい。知らんぷりして強引に日々を送れば、心身がともに蝕まれていくのはそうなるのを待たずとも明々白々です。下手をすると命にかかわります。人類の歴史はそれをすでにはっきりと証明しているのです。

何しろ不完全燃焼というからには大量の煤が出ます。それもちょっとではなくもくもくとまっくろくろすけが大挙して押し寄せそうな量です。火災報知器が絶句して報知を忘れるくらいの量です。

そしてまた言うまでもなく、無色無臭なことからゆるやかな死にはうってつけとその方面では絶大な人気を誇る一酸化炭素が発生します。身体にわるいどころかストレートに致死な毒性ガスであって、まあほどほどにね、とたしなめて済むレベルの話ではありません。そもそも安全のために必要なものを取り寄せて新しくしたのに、死との距離が遠ざかるどころかますます縮まってるじゃないか!

いったい何の話をしているのだとお尋ねかもしれませんが、心残りを表した比喩としての不完全燃焼ではなく、本当に不完全な燃焼の話です。ありていに言うとストーブの調子がわるい。

取り寄せたもの(腹巻きではない)

不要な部品を取っ払ってカスタマイズ

ある意味ではたしかに純正品なのにカスタマイズが必要なのは、型が古すぎてさすがに仕様が今のものとは異なるからです。でも基本的な構造は40年前のそれとほぼ同じなので問題ない。

セット

不完全燃焼がおきるということは(1)芯、(2)空気の循環、のどちらかに問題があることになります。(1)は新調したばかりでちょっと考えられないし、仮にそうだとしても煤の量がおかしい。したがって改めて検証すべきは(2)です。

しかたないからもういちど分解してぜんぶひっくり返してあれこれ点検してみたところ、燃焼筒の位置が単純にズレていただけだったことを発見、じぶんの粗忽ぶりに閉口しながらそそくさと直してぶじ事なきを得たのです。

なおった!


【結論】「不完全燃焼」は化学的な意味よりも比喩として使われるケースのほうが圧倒的に多い。


というか、本来の意味で使った記憶がそういえばない。

2016年1月10日日曜日

ドドメキはわかった、でも山の神がわからない


正月、30キロの道のりをバスに揺られてうとうとしていたら、「次はドドメキ、ドドメキ」とふしぎな停留所の名をアナウンスが読み上げたのです。

ドドメキ?ドドメキってなんだ?

停留所の名前なんだからなんだってこともないけど、耳にひっかかる響きです。アクセントとしては「ときめき」とか「どよめき」と同じで、「どどめく」の名詞形に聞こえます。でも動詞が地名になるなんてことがあるんだろうか?だってそれは「回し蹴り」とか「煮こごり」が地名として定着するようなものじゃないか?

どどめく、というのは「とどろく」と同じで、大きな音があたりに響くことですが、だとすると「どどめき」は「とどろき」と同じです。そして「とどろき」ならたしかに地名としてときどき見かけます。東京23区唯一の渓谷があることで知られる「等々力」なんかもそのひとつです。要は川、もっと言うとたぶん勢いのつよい川のそばをそう呼んだりするのですね。そういえば道は川沿いで、なぜここだけがという気もするけれど、ひょっとしたら他所よりも高低差のあるエリアだったのかもしれません。

次に気になるのは漢字です。「とどろき」には「等々力」とか「二十六木」といったちょっと意外な字が当てられているし、「どどめき」にもきっと思いもよらない漢字が


バスはきわどいカーブばかりの蛇行しまくった山道も平地とおなじ調子ですいすい走っていきます。いやさすがにこれはムリだろうと呆気にとられながらシートに腰を埋めていると、今度はさらに輪をかけて耳を疑う停留所の名が車内に響きわたるのです。

「次は山の神、山の神」

山の神!?いま山の神って言った!?と跳ね起きて前方の掲示板を確認すると



唖然としすぎたせいかブレまくりで信憑性がUFOとかUMA並みに引き下げられてしまっている気もしますが、本当に「山の神」と表示されています。

いや、わかります。わかるというのはつまり、ランドマークや地名が細かく分けられている町とちがって、山の中腹にある停留所には使えそうな名称がそう多くはありません。もし「中腹」とか適当につけられていても無理はないとおもう。

しかしそれにしてもこれはさすがにちょっとざっくりしすぎて部分というよりは全体な上に心理的な距離が近すぎるのではありますまいか。

ていうかこれ何のためにある停留所なの……?

一度こういう例を耳にしてしまうと「倶利迦羅紋々」とか「とっぴんぱらり」とか「ピンクとグレー」とか「ヒューストン応答せよ」とかそんな停留所があってももうそれほど驚かない気がする。

2016年1月7日木曜日

バニーズへようこそ!little red riding hood edition


そんなわけで、アルバム「小数点花手鑑」中、もっとも不毛な一編と申して差し支えない「バニーズへようこそ!/storm in a coffee cup」が、大胆不敵な胸キュンムービーへと華麗に生まれ変わりました。


小林大吾×やましたつぼみ
バニーズへようこそ!little red riding hood edition

やましたつぼみさんは主にテレビの方面でディレクターをされつつ、短編映画もお撮りになるたいへんキュートな映像作家です。ピエール・エルメによる展示会@東京大学総合研究博物館小石川分館のプロモーションムービーなんかも撮られていて、僕なんかはこれにギャー!となったんだけど(だいたい国の重要文化財で展示会をするパティシエってどういうことだ)(そして映像はウェブにない……)いざフタを開けてみたら思いもよらない愛くるしい世界が展開していたので目玉が転がり落ちました。バニーズの店員がバニーだけどバニーじゃない!というかまさか人形までおつくりになるなんて!

ではここであらためて、バニーズとはいったいどんな店なのか、アルバムをこちらでお求めいただくとおまけでついてくる取扱説明書に掲載された美食コラムから一部抜粋&訂正のうえ転載しましょう。


佐原ぷりあのB味礼賛!  Vol. 159>

 バニーズ Bunny’s @麦芽町 

味はひどいし、居心地は最低。なのに気づくと足が向く、ここはそういうダイナーだ。おまけにいつ行っても客がひとりしかいない。つまり自分しかいない。(略)メニューは分厚い。めくれば美味そうな料理がずらずらと並んでいる。ただし、実際にオーダーできるのはそのうち数えるほどしかない。3つか4つ、選択肢があればいいほうだ。それもただ迷う楽しみがあるというだけで、選べることを意味するわけではない。今日は湿気が強いとか、星の巡りがわるいとか、常人には計り知れない何らかの理由によって最後は必ずチキンバスケットパンケーキになっている。仮にナポリタンのオーダーに成功したとしても、出てくるナポリタンはチキンバスケットパンケーキの形をしていて、だからもちろんチキンバスケットパンケーキの味がする。(略)にもかかわらず、それでもやはり、あなたはまたここに来ることになるだろう。ここはそういうダイナーだ。いつかはチキンバスケットパンケーキ以外のものを口にできる日がくるかもしれないと、夢見ずにはいられない。

☆ バニーズ Bunny’s 栗千葉市麦芽町37-5-24
☎008-347-2××× 7:30~26:00 不定休


もみさんホントにありがとう!とりわけ「とげ抜き」のくだりが「そっちかよ!」のツッコミ必至で最高です。まじで。

2016年1月4日月曜日

乗って降りたはずのバスになぜかまた乗って帰る話


2016年です。

正月はある土地まで駅から30キロの道のりをバスに乗ってぶらぶらと出かけたその帰り、途中にある名高い神社で初詣をしていこうとおもったら渋滞に巻き込まれ、あと2キロだし歩いていこうとそこで降ろしてもらい、まったく動かない車の列を尻目にてくてく歩いてぶじ神社に到着、2時間くらいかけてのんびりと参拝を済ませたのち、じゃあ帰ろうとバスを待っていたらやって来たのが3時間前に乗って降りたはずのバスで、2キロの渋滞をやっと抜けてきたところだったばかりか、どうやら数時間を連続で運転してはいけない規則があるらしく、駅に向かう途中で運転手が交代するというたいへん希有な体験をいたしました。

帰るときにちょうどバスが来るなんてツイてるなあ、とおもってたけど、聞いたら長年やってて今日ほどひどかったことはないとぼやいていたからよほどタイミングが良かったらしい。抜け道のない川沿いの細い山道で拡幅もできないし、来年からどうなってしまうんだろう?というか、そんな道を車で行ったらそりゃどうしたってそうなるだろうとわかりそうなもんなのに、なぜみんな車で行こうとするんだろう?


恒例の年賀状キャンペーンには、トラックで次から次へとどしどし運ばれてきて、これ以上はもう部屋に入らないよ!と悲鳴を上げるくらい多数(当社比)のご応募をいただきありがとうございました。ぴったり1年前のエントリを見返してみたら「もっと早くに募集して早くに締め切って年内に出すことを目標にしたい」と書いてあったので、タイムマシンができたらまず「余計なことを言うな」と釘を刺しにいかねばなりますまい。

同じエントリにはまた、「今年はとくに大きな波のない、凪ばかりのおだやかな日々がふたたび戻ることになりましょう」とも書いてありました。この時点ではまったく、オントローロのオの字もなかったことがこの一文でよくわかります。言わずにいたのではなくて、構想もなかったのです。この年になってもまだ、箸でつまみ上げてもそれが何なのかよくわからない本当に闇鍋みたいな日々を送っていることにすこし慄然とさせられます。

だからといってこのまま勢いに乗るかと言ったらこれまでどんなときでもだいたい乗ってこなかったのがKBDGという男です。なんなら「あれはいったい何だったんだろうねえ」としみじみ思い返すようなことにもなりましょう。船を漕ぎ出せばふだんと何ら変わりなくそこに浮いているちいさな島として、よろしければ本年もゆるゆるとお付き合いくださいませ。


2015年12月29日火曜日

全裸はいいけど顔出しはNG的な線引きの話を歳末に


そんなわけでひとまず区切りとなる今年最後のオントローロも大盛況すぎて万雷の拍手が鳴りやまず、手だけでは足りないと足までどしどし踏み鳴らした結果2階の床がまるごと抜け落ち、ガレキと共に折り重なる出演者と聴衆の小競り合いからやがてアウト・オブ・コントロールな暴動に発展、タイヤを軋ませながら大慌てで駆けつけたパトカーと消防車と救急車とうっかり通りがかった帰省中の乗用車も容赦なく標的にされ、踏んづけられたり転がされたり胴上げよろしく担ぎ上げられたりしながら年の瀬の熱気も相まって徐々にその規模を拡大、広がりゆく破壊の爪痕を尻目に「いい夜だったね」「また来たいね」と微笑み合う大団円にてぶじその幕を閉じることができました。

本当にどうもありがとう!


「05」と「06」の目玉はやはり、一連のカッコいい靴シリーズということになりましょう。もちろん

1. 手漕ぎボート/helmsman says(2007)
2. 象を一撃で倒す文章の書き方/giant leap method(2010)
3. ダイヤモンド鉱/hot water pressure washer (2014)

の足掛け8年もの月日を要した3編です。今回はここにプロローグとして「歩く/stray sheep」が加わっています。

「ダイヤモンド鉱」がシリーズに連なる一編であることをこの日初めて知ったという人もちらほらといたようです。言われてみればシリーズと言っても本編とはまったく関係のない部分のことでしかありません。でもそれぞれ独立している3編を1本の線で結んだとき、それまでとは別の景色が浮かんでくる、そんなところにこそ僕の真骨頂はあります。というかそう受け止めてもらえるとうれしいです。

あとはおそるおそる、「犯人/paradox oh no」というごく短い、それでいてしょうもない、なので当然あとには何ものこらない詩を読みました。「06」でいちばん湧いたのはこのときだったかもしれません。僕にとってはこの一編、こうありたいと考える詩の完成形のひとつなので、楽しんでもらえてよかった。言葉と読むことのおもしろさを音源以外でお届けできたとしたら、それこそオントローロの甲斐あったというものです。


おかげさまで1年、どうにかこうにか遣り果せたと申せましょう……。2015年は僕にとってまさしくオントローロの年であり、10年以上にわたって避けつづけてきたライブアクトに自ら臨んだおそるべき年でもありました。CDを出してるんだからふつうのことじゃないのと言われそうだし、僕もまったく仰るとおりだとおもいますが、「撮ってもいいけど水着はNG、水着ならいいけど全裸はNG、全裸はいいけど顔出しはNG」みたいな線引きが僕にもあるのです。人にはできることとできないことがあるし、僕はどちらかというと着ぐるみに包まれるほうを好みます。

もちろんそれだけでもないんだけど、でもやると決めたし、ご満足いただけたかどうかはさておきやってよかったと心からおもいます。

詩をとくに気に留めない人でもちょっとそそられる詩のかたち」というのは、僕がペンと紙を手にしたときから追い求めているもののひとつです。今も昔も、そればかりをずっと考えています。詩を善だとおもったことは一度もないけれど、このフォーマットにはまだそれほど開かれていない娯楽としての可能性がたしかにある。「オーディオビジュアル」とくらべてある程度賛否が分かれるのを承知の上で、「小数点花手鑑」はそれまで思い描いていた解にいちばん近かったと今でもおもいます。僕が伝えたいのはメッセージというよりも、むしろ純粋に言葉が描き出す世界のおもしろさのほうなのです。そしてオントローロはそれがまちがいではなかったと実感させてくれました。

そしてリーディングの世界が、思っていたよりもはるかに広大だったということ。声にはやっぱりとんでもない力があるということ。1年やりとおして誰より僕がいちばんわかってなかったと痛感させられました。それにしたって遅々たる歩みすぎるな、もう10年早くできたらよかったのにとおもうけど、何度考えても「小数点〜」のあとでなければできなかったとおもうし、まあしかたがないと受け入れるほかありません。

地図にも載らないようなこんな離れ小島を、忘れずにいてくれてありがとう。温かく寄り添ってくれてありがとう。オントローロの閉演後にひとりひとりとお話するのは、人によっては迷惑だろうなとわかってはいるんだけれど、そんな身勝手にも付き合ってくれてありがとう。お目にかかれて、うれしかったです、本当に。どっさりといただいたお気持ちにお応えすることはできたのかどうか、今はそれだけが気がかりです。お応えできていますように!


あと忘れられてそうだけど、今年は、TRINCH!春あたりからは声のことばかり考えていたので、オントローロ前にグラフィックサイドをごそっと切り分けてまとめることができてよかった!ほんとは今の倍くらい用意するつもりだったんだけどぜんぜんできませんでした。オントローロでは身につけてきてくれた人がいっぱいいて、感涙です。ありがとう!ありがとう!僕がおもう最高傑作は「芥川鼻店の鼻トート」なんだけど(ウチでもめっちゃ使ってる)、ズッキュンの数がすごいことになってるわりにほとんど売れてません。なぜだろう。



ともあれ、個人的には例年にましてずいぶん実のある1年でした。考えようによっては出るはずのないアルバムが出た去年よりも実りが多かったような気さえします。何度でも言いますが、本当に本当にありがとう。お付き合いくださったみなさまが朗らかな新年を迎えられますように!そして願わくば来年も、ときどきこの寂れた離れ小島に足をお運びくださいますように。

よいお年を!!!!


あと、案の定というかなんというか、蟹江ウエスト商会の新製品、今のところ倍率はキャンペーン史上、圧倒的に最低です。さるまた、あったかいよ。

2015年12月27日日曜日

蟹江ウエスト商会から名状しがたい新製品のお知らせ


お客様各位

日頃から弊社製品に格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございます。腰回りのことならなんでもおまかせ、蟹江ウエスト商会でございます。

創業者である蟹江がナメくさったサル野郎に青柿を投げつけられた忌々しいあの日から早80余年、志を同じくした栗本、臼井、蜂須賀、糞村の4人とともに艱難に辛苦を重ねて一途に精進してまいりました結果、このたびついに、伸縮性、吸水性、防寒性、抗菌性、通気性、デザイン性、採光性、帯電性、耐火性、弱酸性、信憑性、必然性に将来性とすべてに優れてまさに一分の鋤もない、パーフェクトにしてスマート、かつエレガントな至高の猿股<SARUMATA>が完成いたしました。


とりわけ裂くことも貫くこともできない驚異の弾力性は、アメリカ航空宇宙局(NASA)からたびたび間違い電話がかかるほど国際的にも注目を浴びており、事実、北大西洋条約機構(NATO)が公式防弾パンツとしての採用を検討したらいいのにと夢見ずにはいられない鋼の強度を実現しております。

美にして華、暖にして快、柔にして剛のこのウルトラエクセレンスで第六感な穿き心地をこの機会にぜひ一度お試しくださいませ。


一字ずつ活字を拾って配置する芸の細かさ

また今回、弊社の歴史的偉業達成を記念いたしまして、ほんのわずかではございますが、もはや他の追随を許さぬ、というか誰も追随する気配のないこの最高級SARUMATAを20枚ほどご用意いたしました。

ご希望のかたは件名に「柿の葉マークの極上SARUMATA」係と入れ、

1. 氏名
2. 住所
3. わりとどうでもいい質問をひとつ

上記の3点をもれなくお書き添えの上、dr.moulegmail.com(*を@に替えてね)までメールでご応募くださいませ。応募多数の場合は抽選となりますが、競争率の低さは毎年折り紙つきな上に、ものがものなので今年はとくに少ないような予感がいたします。ご安心ください。(しんみり)

締め切りは例によって12月31日の大晦日です。(仮に抽選となった場合でも、いただいたメールには必ず返信しています)

あと毎年モチに関する質問がやたらと多いので、できればモチ以外でおねがいします。

今年もありがとうー!


こう見えて今日はオントローロです。