2014年12月21日日曜日

種苗店の紙袋と告知前のエクスキューズ


年の瀬の慌ただしさとはまったく関係がないのだけれど、ここ数日の肌に刺さるような冷えこみと同じく、僕の心にも寒風が吹き荒れております。おなかに抱える湯たんぽのやさしさが身にしみる夜です。今宵はいかがおすごしですか。

日ごろの感謝をこめたいつものささやかな年賀状キャンペーン、今年もやります。やりますが、例によって告知はたぶんギリギリです。ギリギリというのは日にちというか心理的にというか、そのへんのあれこれを全部ひっくるめて、ギリギリです。と言っても例年のことなので、崖っぷちで玉乗りと皿回しを同時に軽々とこなすくらい熟練のギリギリではあるのですが、うっかりつるっと崖下に転がり落ちて消息が途絶えても気にしないでください。お呼びであろうとなかろうと、何食わぬ顔で戻ってきます。


過日のアルコールランプを手に入れたお店で「印刷物も好き」という話をしたら、ご主人が「じゃこれあげるよ」と種苗店の古いちいさな紙袋をおまけにつけてくれたのです。花の種とか、じゃがいもの苗とかを売っている園芸用のお店ですね。

その簡潔かつ力強いキャッチコピーが正論すぎて、ぐうの音も出ません。


植物のことだし、自分に直接の関係はないとわかっているのに、なぜ身につまされるような気がするんだろう。

そして裏には


単なる免責事項だし、自分に直接の関係はないとわかっているのに、なぜ身につまされるような気がするんだろう。

すごく正しい。すごく正しいのに、なんとなく居たたまれない。

2014年12月18日木曜日

ある日とつぜん発症するウェットな疾患について


ちかごろは行く先々で雨がふるのです。

何かだいじな用があって家を空ける日にかぎって、それを嗅ぎつけたねずみ色の雲が大群でいそいそと押し寄せてきます。電気的なネットワークがそれこそ毛細血管のように世界の隅々まで張り巡らされているご時世だし、僕の日々とその動向が雨雲に知られていたって別段ふしぎもないけれど、それにしてもちょっと露骨なのが業腹です。

とりわけ週に1度くらいの頻度で秋葉原に足を運ぶ日がひどくて、それはもう見事にピンポイントで雨がふります。どれくらいピンポイントかというと、行きがけは降らないのになぜか帰りしなになるとぽつりときて、自宅に辿り着くころにはきっちりとまんべんなくずぶ濡れになっているのです。この季節の濡れねずみは正直体にこたえます。

曜日は決まっていません。月曜だったり火曜だったり水曜だったり木曜だったりだし、帰宅する時間も昼すぎから宵の口までバラバラです。なのに秋葉原から帰路につこうとするとまるで送迎のように重たい雲がやってきて、「おまたせ!」と言わんばかりにハラハラハラと降りやがります。変だな、と思い始めてからはつとめて意識的に様子を窺っていたけれども、二ヶ月でだいたい7割くらいの確率です。

7割ですよ。

そんなに雨なんて降ってたっけ?とお思いかもしれません。しかし何よりそこが巧妙なところで、じっさいのところそんなに降ってはいないのです。何しろ僕が自宅に着くまでの1時間くらいしか降らないのだから、降水量としても多寡が知れています。むしろ気がつかない人のほうが多いかもしれません。はっきりしているのは、まちがいなく僕は濡れていたということだけです。雨雲の立場からみたらじつにいい仕事をしていると言わざるを得ない。

これまでの人生でじぶんを雨男と自覚したことはありません。でもこれはもう、どう控えめに見ても雨男の症状です。てっきり先天的なものだとばかり思い込んでいたけれど、どうやら花粉症と同じで、ある日突然発症することがあるらしい。すくなくとも僕は完全に罹患したとおもう。雨男の治療法や症状の緩和、そしてその改善について、もしくはそれを逆手にとって降雨ビジネスに発展させられないかどうか等、風呂につかりながらぼんやり考える今日このごろです。

2週間ほど前に秋葉原へ行ったときは、よく晴れました。すこんと抜けるような青空だったのでよくおぼえています。その日は直帰ではなく、そこから野暮用で長野に向かい一泊する予定だったのだけれど、同行者に「晴れてよかったですねえ」とニコニコしていたら案の定とちゅうからぼたぼたと降り出して、長野につくころには


晩秋の彩り豊かな林に囲まれて、正面にすっとそびえる山が美しい高原は、完膚なきまでにまっ白でした。「雪は毎年どっさり降るけど、この時期にこの量はちょっと珍しいね」と言われたので、原因はもちろん記すまでもありません。1日ずれていたら帰るどころかそもそも辿り着けなかっただろうし、レジャーというよりは半分仕事みたいなものだったから結果的にはたぶんオーケーなんだけど、それにしても何だかこう、釈然としないものがあります。取り立ててどうという話でもないから、余計に首をかしげてしまう。

というほどでもないんですけど。

2014年12月15日月曜日

へんな間取り図と戦前の金属製アルコールランプ


あんまりこってりした話ばかりつづくと胸やけするし胃もたれもするでしょうから、たまにはおやつというか、日曜の遅めの朝食というか、そんなかんじのさくっと軽い歯ざわりでまいりましょう。ふだんもなるべくそう心がけてるつもりなのに、なぜだかいつもそうならないからふしぎです。へんですね。


ツイートは急流に呑まれていずれ藻くずと消えてしまうし、このまま日の目を見ないのはちょっと忍びない出来映えの間取り図なので、改めて貼っておこうとおもうのです。


何ならじぶんでも使いたいくらいなのだけれど、それができないのはこの間取りと形状が、あるバンドの新譜タイトルとその収録曲を表している、100%オートクチュールなデザインだからです。

ファンならたぶん、わかってもらえる、はず。とおもう。


とても古い、そして身悶えするほど愛くるしいアルコールランプがやってきました。ガラスはともかく金属製はあまり見たことがなかったので、それだけでも目を引くものがあります。たぶん、真鍮とアルミかな?直径が6センチだから、ちょうど手のひらに乗る饅頭くらいのサイズ感ですね。何といってもそそられるのはデザインがめちゃキュートで今もぜんぜん色褪せないこと!

この何から何まで丸いころころしたシルエット!

デフォルメされた戦車みたい

か わ い す ぎ (*´ω`*)

しかも日本製(こういうラベル大好き)

もういい大人なのに、マッチを擦って火をつけたり、うっとり眺めてパタンと蓋を閉じたり、そんなことを延々と繰り返しているうちに夜が更けていきます。そもそも火が好きなのでほんとに全然、いつまでも飽きない。


あと、そうそう、ここだけの話、御大タケウチカズタケに「小数点〜」のうち数曲のリミックスをお願いしています。こないだ1曲だけまだ途中のデモを聴かせてもらったらあまりにイイかんじでじっとしていられなくなりました。見える情景が微妙に変わる!べつに急ぐ話でもないしのんびりおまかせしてたんだけど、聴きかじってしまった今は箸で茶碗をチキチキ叩きながらゴハンを待つちびっこのように落ち着きがありません。待ち遠しい。

2014年12月12日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その197


食ってうれしい腹八分目さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)「花いちもんめ」と「腹八分目」って全然似てないようでじつは相当似てるとおもうんだけど、そうでもないですか?


Q: 今年の7月末に会社を退職(して転職)したのですが、先週になって前の職場から、仕事の引継ぎをしてほしいという依頼が来て、ちょっと困惑しています。あまり重くなく、嫌味でなく、さらりと断るための、いい口実を教えてください。


パンドラ的質問箱の回答はいつも遅きに失して、濡れたトイレットペーパーより役に立たない、というのはおそらく衆目の一致するところだとおもいますが、これもまた数多あるそんな例のひとつです。ただまあ、基本的には解決するかどうかよりも溜飲が下がるかどうかに重きを置いているので、どうかあまり深刻に受け止めず、合気道よろしく右から左へと受け流し、梅昆布茶でもすすりながら、「HAHAHA」と軽快に笑い飛ばしてください。まちがっても「7月ってこれ去年の7月ですけど?」とかそういう正論を持ち出してはいけません。食ってうれしい腹八分目さんが引き継ぎに足を運んでいないことを祈ります。

それにしても面倒な問題です。社会の一般常識に照らしてこれがどういう意味をもつのか、常識をどこかに落としてきたままうっかり今日の今日まで歩いてきてしまった僕にはよくわかりませんが、とにかくものすごくめんどくさい問題であることだけはわかります。

何といってもいちばん面倒なのは「退社がそれなりに円満で、引き継ぎを依頼してきた人物にも悪気はない」場合です。むしろ横柄で傲慢な元上役からの一方的な要求とかのほうがよほど楽におもえます。門前払いで冷たくあしらう甲斐もあるし、最終的には「だが断る」の一言で済むからです。

外からは窺い知れないこまごまとした事情があるにせよ、退職した以上その先に生じるのは責任ではなく、あるとしてもせいぜい好意です。このふたつの線引きを曖昧にしたまま接触を図ってくるとすれば当然、あらぬ波風が立つ危険性も同時に頭をもたげます。控えめにみてもやはり、ものすごくめんどくさいと言うほかありません。要は好意にすがる形でありもしない責任をさりげなくちらつかせてくるブラマンジェみたいにやわらかな恫喝を、いかにしてノーサンキュー的にいなすか、ということですね。ひょっとしたらもっとずっと低姿勢で嘆願に近い形なのかもしれませんが、後腐れなくすんなり引き下がってもらうにこしたことはないのだから、結果としてはまあ同じことです。

ちょっとアクロバティックかもしれませんが、僕が考える有効打は、2つあります。ひとつはこれです。


・お気持ちはすごくうれしいんですけど……彼氏いるので……。


問題を引き継ぎの依頼ではなく、それにかこつけたアプローチと受け止めるわけですね。相手が否定すればするほどドツボにはまります。何しろ向こうの言い分すべてを「自分に会うための口実」に変換できるので、「ムキになって否定しなくてもいいんですよ」とか「ふふふ、わかってます」とかいくらでも追撃が可能です。人生においてお花畑のような頭脳を持つ人とのやりとりほど不毛なことはありません。まずまちがいなく、向こうが先に音を上げるでしょう。

しかしこれには欠点もあります。相手が異性であるときにしか使えません。べつに同性同士だって余裕で使えそうなものですが、相手に理解がないと不用な誤解が生まれたり、望まぬ方向へ話がこじれるリスクを孕んでいます。いずれこうしたある種の垣根が取っ払われる時代がくるのはまちがいないとおもいますが、ひとまず現在のところは避けておくほうがおそらく無難です。

その点、次の案は相手を選びません。すなわち……


・そうですよね。ご心配かけてすみません。でも大丈夫です。お気遣いありがとうございます!


これも基本的には先の例と同じです。同意して受け止めるそぶりをみせつつ、依頼だったはずの問題を途中から激励にすり替えています。「うん……あ、いや……え?」と相手が虚を衝かれているうちに朗らかに対話を終了してしまいましょう。満面の笑みを崩さずにいられればなお良しです。すべての鍵はどこまで堂々としていられるかにかかってはいるものの、全体の印象としてすごくポジティブだし、向こうは向こうでお礼を言われているし、うまくいけばこれほど後腐れのない対応もありません。対話を打ち切ったあとで相手に「まいったな」と頭をぽりぽりかかせることができればしめたものです。やや難があるとすれば先の案とちがってあきらめずに何度も連絡をしてくる可能性があることですが、「こんなに心配してくれるなんて、ホント申し訳ないです」というスタンスを貫き通せば、まず何とかなるでしょう。


A: さりげなく論点をすり替えるのがコツです。


どうでもいいけど、ここまで書いて「花いちもんめ」がいまの世代に通じるのか不安になってきました。通じるよね?




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

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その198につづく!

2014年12月8日月曜日

2つの物語が7年かけて渋谷の地下でつながる話

大盛況
(いつだったかのをそのままサンプリングしています)


イベント翌日の「こんなことあったよ」的なご報告エントリなのだから、その様子を臨場感たっぷりにとらえた写真がそれこそ10枚とか5枚とか、せめて数枚はここに貼られてよさそうなものですが、あいにく1枚もありません。なぜ1枚もないのかといえば、ちょうど前日にカメラが何の前触れもなくいきなり壊れたからであり、スマホでいいのになぜわざわざカメラかといえば一眼レフのイイやつ持ってるからではもちろんなく、ただ古色蒼然たる旧式の電話だからです。いまどきテキストのみでイベントの報告をする人もそうはいないとさすがに僕もおもいますが、といってない袖は振れないのだからどうにもしかたがありません。ここは裸の王様方式で、心にけがれのない人だけが見ることのできる写真を貼ってあることにしておきましょう。

ともあれ御大タケウチカズタケを囲んで宵の口から大勢が延々わいわいとやらかすたいへん気前のよいイベント「仏CORE SHOW 外伝」はぶじ終了いたしました。通勤ラッシュ並みの人口密度で酸欠になるほど薄い空気のなか、お集りいただいたみなさまにはまこと感謝に堪えません。ホントにありがとう!ふだんクラブにはあまり縁がなくて居たたまれない人は僕をみつけてそのそばにいればよろしいとお伝えしていた手前、近寄るどころか見つけることさえ難儀な賑わいぶりに、一晩明けてもまだ肝を冷やしております。初めての人は、大丈夫でしたか。お側にいられなくてごめんなさい。きっとお楽しみいただけたとおもうけど、じっさいにそうであることをひたすら願うばかりです。

ステージに立つといちじるしく老化が早まる体質のため、「これ以上は命にかかわる」と神様に固く止められているにもかかわらず、「それでもやらなくちゃいけないときがあるんだ」とその腕を振りほどいた決死の、というにはささやかすぎる刹那のライブアクトも終えることができてホッと息をついております。

<セットリスト>
1. ダイヤモンド鉱
2. 水蜜桃
3. あとがきにかえて
4. リップマン大災害
5. 三角バミューダの大脱走 with タケウチカズタケ
6. 処方箋 with タケウチカズタケ

なかでもタケウチカズタケとの「三角バミューダ」はライブそれ自体よりもはるかに希有なこともあって、僕としてもちょっと言葉にできないくらい感無量の数分間でした。「リップマン」と「三角バミューダ」、7年かけてつながった2つの話をその時系列で披露できたことにもなんだか感慨深いものがあります。じつはこれもタケウチカズタケのアイデアだったんだけれど、これも多くのことを言わずともわかってくれる距離感だからこそです。いやまったく、いい冥土の土産ができた。

出演者はみな心安い人たちばかりだったので、たのしかったです。声をかけてくれたベラマツくん、ひいてはSTERUSS、totoさん、なのるなもない、 imaginion、MOROHA、DEEPSAWER、みんなありがとう。言うことなしの夜でした。

そして個人的には、この人の尽力なくしてこんなイベントの実現はまずあり得なかった縁の下の巨人、渋谷familyのTKYMさんにビッグバン級のありがとうを。

またいつか、こんな夜がやってきますように。


ちなみに我がプロデューサー古川耕はこの日わざわざ足を運んでくれたにもかかわらず、これから僕の出番が始まろうというこれ以上ない見事なタイミングでやむなき事情のため離脱、一切合切をまるごと見逃すという惨事に見舞われました。ライブの様子がどんなだったか、誰か彼に教えてあげてください。


2014年12月5日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その196


えー、先だってお伝えしておりましたとおり、今週末の日曜は小林大吾の今世紀最後とおぼしきささやかなライブアクトがございます。出たとおもったらすぐに引っこむモグラたたきのように、まことに刹那的なものではございますけれども、やるとなったらそれはもうやるほかないので、どいつもこいつも万障お繰り合わせの上、何なら通りすがりの紳士淑女の首根っこも2、3本引っ掴んでずるずるとご来場くださいませ。

詳細はこちらです。

あ、そうそう!

ポン(と膝を打つ)

せっかく御大タケウチカズタケがいるのでいっしょに「処方箋」をひとつ、というところまではお話ししましたけれども、「他のも何かやろうや」と言ってくれたのでもう1曲、2人でやることになりました。これはこれでまたやるのが5年来という無沙汰ぶりです。急な変更にめっぽう弱い僕としては胃袋を雑巾みたいにぎりぎりと絞られるようなきもちもありつつ、機会と言うならこれほどの好機も本当にないので、奮い立たせて参ります。たのしめますように……(僕がですけど)

イベントはすんごい長丁場になりそうなので、体調を整えていらしてね。演者はみんな猛者ばっかりなんだけど、プロデューサー古川耕的にはDEEPSAWERがおすすめだそうですよ!

しかし5年ぶりって……やっぱりちょっとくらっときますね。事実として。




マリリン問答さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q: もし朝起きて、カーテンを開けたら外一面が雪で真っ白に覆われていたら大吾さんはどのような行動にうつりますか?




A: ご覧のように、最近はいつもミス・スパンコールに先を越されて、僕の出る幕がありません。




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その197につづく!

2014年12月2日火曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その195


マリンブルーのハゼに抱かれてさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)僕らの世代で矢沢あいと言えばこれです。これじゃないですけど。


Q: コタツから抜け出す画期的な方法はご存知でしょうか?


コタツを持ち出すにはまだちょっと時季的に早い気がするし、抜け出すとなるともっと早い、とおもわれましょうがこれには大人の事情があるのです。どのみちイヤでも冬はやってくるのだし、なんなら今ご覧のディスプレイをちょきちょきと切り抜いてトイレの壁かなんかにピンで留めといたりするとよいかとおもいます。ウチにもそういう、役に立ったのか立たなかったのか、そもそもいつから貼られているのかわからないメモが貼ってあって折々にハッとさせられるものです。

冬に質問を募集するとこれに類するものが必ず3つは入っているので、すでに何度かお答えしているかもしれません。5年以上かけて200回ちかくもこんなことをつづけていれば、そりゃまあそういうこともありましょう。なかには回答の前に「解決しました!」とお便りくださる方もおられるくらいだし、もうスルーでいいかとおもわなくもないのですが、ここまで書き出しておいて今さら「しまった他のにすりゃよかった」と悔いても詮無いことです。あきらめてこのまま参ります。次こそは事前に気づいてスルーしたい。

もうだいぶ昔のことですが、電気代を滞納して数日間、原始的な暮らしを余儀なくされたことがありました。それも冬です。真っ暗な部屋のなか、ガスコンロで手を炙ったりしながら暖をとったことをよくおぼえています。

このときに得た教訓のひとつは、「電気の通っていないコタツほど薄情なものはない」ということです。バラ色だった楽園が急激にその色彩を失ってモノクロに沈みゆくあの感じ、マッチ売りの少女から買ったマッチが燃え尽きたかのようなあの感じは、忘れたくても忘れることができません。

ここに至るともはや抜け出すべきはコタツではなく、逼迫したこの暮らしそのものです。何しろ暗くなったら寝るしかないし、寒かったら寒かったでやっぱり布団をかぶるしかないし、布団をかぶったらかぶったで知らぬ間にこぼれて枕を濡らす涙の温かさがまた身に応えます。画期的かどうかはちょっと判断に悩むところですが、否が応でも強制的に優先順位が入れ替わるという点で、その効果はまず劇的であると申せましょう。


A: 電気代を滞納すると、コタツが不用になります。


なんかでも最近はコタツ、あんまり使われてないみたいですね。そういえばウチもありません。またそれに伴ってミカンの消費量がいちじるしく減っていると聞いたのですが、ことほどさようにミカンが特定の家具に依存する果物だったのだとしたら、僕ら日本人は本来そこまで欲していない果物をほとんど惰性で、しかもさんざん腹に詰めこんできたことになります。なりませんか。僕がミカンだったら「愛されてると信じてたのに実はそうでもなかったと知る」不倫の末路みたいな心情で、国民相手に最高裁まで争わずにはいられない話です。みんな一度ミカンに謝っておいたほうがいいとおもう。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

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その196につづく!