2011年2月26日土曜日

その爆弾はどこに仕掛けられているのか?




ある朝、ごはんを食べようとしたらどこからともなく、奇妙な音が聞こえてくるのです。かすかにではあるけれど、どこか切迫したかんじの非日常的な音が耳に忍びこんできて居心地が悪いというか、落ち着かない。

何の音だろうとおもって食卓からあちこちに耳をちかづけてみるんだけれど、どうも判然としません。ひょっとして外かなとおもって窓を開けると、春を間近に控えた穏やかな日和で却ってしずかなくらいです。外ではない。不穏な空気は、部屋に満ちている。

不穏というのは、僕にはそれが時限爆弾のカウントダウンみたいな音に聞こえるからです。まったく不条理きわまりない。不憫なほどつつましく暮らす男の部屋にいきなり爆発物を持ちこむなんて横暴にもほどがあります。卵かけご飯に揚げ玉(天かす)をふりかけて食べることが数少ない贅沢のひとつであるような男の暮らしぶりが、つつましくないとでもいうのか?

たしかに善行と悪行を秤にかけられたら、微妙なバランスで揺れ動くだろうとは僕もおもいます。でもそれにしたって問答無用でバラバラに吹っ飛ばされる覚えはさすがにない。

気味がわるいし埒もあかないので、先入観を捨ててとにかくありとあらゆるものに耳をあて始めると、一瞬だけ音に近づいてハッとしたりもするのです。まちがいなく、手の届く範囲にその音はある。いったいどこから、そして何が何のために何を発信しつづけているのか?

何より、僕は朝ごはんをぶじ食べることができるのか?

これでもない、あれでもない、とひとつずつ可能性をつぶしていく消去法は、犯人を袋小路に追いつめていくような緊張感があります。だってもう、このへんにあるとわかっていて、そうでない無実のものを一個一個除外していくんだもの。真実が白日の下に曝け出されるのも時間の問題です。

そうして実際、辿り着いた真実はじつに驚くべきものだったと言わねばなりますまい。意外というなら、かの有名なモルグ街における殺人犯よりも意外です。ブルータスを呪ったカエサルのきもちがこの日ほど身にしみたことはありません。


(予想だにしていなかった音の出所に絶句しています)



豊島区在住Dさんからのご相談:
「うちの味噌汁から『チッチッチッチ…』という爆発前のそわそわした時限爆弾みたいな音がしてるんですけど、これはどうしたらいいですか?」



良識ある人なら「気にせずにお食べなさい」とか何とか言うでしょう。もうすこしつめたく「放っておきなさい」と言うかもしれない。真面目な人なら怒りだすかもしれません。僕だって人に突飛なことを言えばそれに見合った氷点下な反応が返ってくるくらい、何となく想像がつきます。そして、味噌汁から時限爆弾みたいな音がする、という話は実際たしかに突飛です。しかし今やありとあらゆる道が舗装されているこの文明社会で、「出口はあちら」みたいな選択肢しか示されないなんてちょっと信じられないし、第一あまりにも世知辛い。だれか救いの手を、もしくは(味噌汁だけに)掬いの手を差し伸べてくれたっていいじゃないですか?

問題は、数分後にこの味噌汁から未曾有の大爆発が起きて僕の身体が黒ヒゲ危機一髪みたいに吹っ飛んだら、いったい誰がその責任をとってくれるのか、ということです。どう考えたって味噌汁に爆弾がしかけられていることはないようにおもえるけれど、だからといってそれが爆弾でないという保証になるだろうか?いいえ、断じてなりません!だってすごく爆弾ぽい音がしてるし、すくなくともこの点だけは厳然として動かしがたい事実なのだから。大丈夫だと根拠もなしに請け負うなら今すぐここにきてこの味噌汁をひと息に飲み干していただきたい。そうして、飲んだら早急に、そして遠くに立ち去っていただきたい。この得体の知れない不安から逃れる術はもはやそれしかないのです。


ズズー


カタン(箸を置く音)


ふー


カチャカチャ(食器を片づける音)


ジャー(水を流す音)


ゴシゴシ(食器を洗う音)


ジャー

2011年2月23日水曜日

「オーディオビジュアル」の原材料を探る旅



折よく話の種をポイと投げてもらったので、御大タケウチカズタケのブログに取り上げられていた件についてお答えしておきましょう。僕もこの曲については当然、アルバムに先駆けて公開されていた去年の12月時点で鼻をぷーとふくらませていたのです。



ピンとこない方のために念のため書き添えておくと、今しようとしているのは「詩人の刻印」の最後に収められた「響宴/eureka」という一遍についての話です。もともとこれはこしらえたときからGhostfaceを意識していたトラックなので、驚きよりはむしろさもありなんというか、うまく的を射たような感慨のほうが大きいかもしれません。「しめしめ」というかね。

言われてみれば古川さんにさえあまり話したことがなかったような気もするけれど、3枚目の「オーディオビジュアル」になってようやく自分なりに「うーん、そうだな、だいたいこんなかんじだ」と嚥下できるようになった今の僕の方向性は、この「響宴」から始まっています。

そこから遡ること数年前にリリースされたGhostfaceの "Pretty Toney" は、僕にちょっとした閃きを、でなければ開き直りとも言えるちいさな確信を与えてくれたアルバムです。サンプリングどころかほぼ原曲そのままで歌も入ったまま上から強引にラップをかぶせた "Holla" や "Save Me Dear" の自由なこと!こんな荒技がまかりとおるなんてこれこそ Sugarhill Gang の "Rapper's delight" を想起させるヒップホップの真骨頂というものだし、それは目からウロコもぱらぱら落ちようというものです。

この "Pretty Toney" が僕にとって何より大きかったのは、アルバムそれ自体のキラキラした魅力とはまたべつの観点で、音楽というフォーマットに対する変な気負いや付け焼き刃の義務感みたいなものを取っ払ってくれた点にあります。それはもちろん、音楽的にすぐれたものを緻密に組み上げることができればいちばんだけれど、でも向き不向きということもあって僕にはやっぱり荷が勝ちすぎていたし、要は「無理をしない」ということですね。

こう書いてしまうと簡単なことのようにおもえるけれど、ものをつくる上で「無理をしない」というのはなかなか全身で理解できるものではないのです。どうしたって理想が先に立ってしまうし、第一それはともすれば全体の出来映えに直結して台無しになるようなことでもあります。ですよね?音楽に対する引け目みたいなものはこの際しれっと棚に上げておくとして、じぶんでせっせと用意しておきながらトラックメイカーを標榜することがないのも、そういう割り切りによるところが大きい。

ともあれ「響宴」のきっかけが "Pretty Toney" だとすれば(大胆な物言いだな)、「詩人の刻印」に収められている曲のなかでいちばん早くできたばかりか(2006年の最初です)、実際あれからビートとの向き合い方がはっきりと定まっていったわけだから、ひょっとするとじぶんで意識していた以上に意味のある邂逅だったのかもしれません。「あ、そうかこれでもいいんだ!」とたちこめていた霧がするすると晴れていくかんじ…1枚目と2枚目とでアルバムの雰囲気ががらっと変わったのもおそらくこのへんに理由のひとつがあるのです。(もちろんそれだけではないけれど)


 *


「響宴」ができてはじめてフラインスピンのボスに聴かせたとき、「ゴーストフェイスっぽいでしょ!」とふたりでキャッキャはしゃいだことをよくおぼえています。何しろ彼ときたら大のGhostface好きで、もっと言えば超のつくWu-Tang Clan好きで、さらに言うと狂のつくOl' Dirty Bastard好きで、いまだに冬になるといやにデカいウータンクラン仕様のダウンジャケットをもこもこと羽織っているくらいだから、僕としてもこのトラックはきっとよろこんでくれるはずと踏んでいたのです。(Flying Booksの3周年記念パーティーで初めて披露したときの店主の感想がまだここに残ってるんだけど、このときすでにGhostfaceについて触れています)

だから今回ゴーストの "2getha baby" が公開されたとき真っ先に話した相手もフラインスピンのボスでした。こんなに愉快なことはない、とふたりで悪そうな顔に微笑を浮かべたものです。


 *


しかしゴーストフェイスもまさか太平洋を隔てたちいさな島国のちいさな町でこんなふうにキャッキャ言われてるとは夢にもおもわないだろうな!


 *


そしてふと気づけばもうすこしでアルバムリリースから1年たってしまうというのに、この浦島気分はどういうことだろう。こないだ出たばっかじゃなかったのか?

2011年2月20日日曜日

僕がいかにブログを愛しているかということについて




どうやらブログの最長放置記録を更新したようです。

今さら何を切り出せばよいのだ、と投げ出した匙を数えるのもおっくうになってきました。アクセスもちゃくちゃくとゼロに近づいているのだから、何を期待されているわけでもないとはおもうけれども、そうなるとなおさら向こうが透けて見えるくらい動機がうすれてぺらぺらになり、鼻息でぴゅーと飛ばされたきり、戻ってこないということになります。


おもえば、こうして戻ってこなくなってしまったもののいかに多いことか…


(ためいき)


とりあえず山積みになったスプーンを洗って、それからえーと、カレーでもつくろう。


 *


誤解のないように申し添えておきますけれど、ブログがきらいなわけでは決してありません。それどころかブログを心から愛しているし、いっそ食べてしまいたいくらいだし、それなしで生きることなどかなわないときっぱり断言してもいい。むしろ好きすぎて手をふれることさえためらわれるから、うっかり汚してしまわないようにブログをていねいに折り畳んで、袱紗に包み、箪笥の奥へとだいじにしまって今やハレの日にしか取り出すことがないくらい、家宝級の扱いです。

これ以上わたくしに何ができましょう。


 *


ちなみに上の写真は女子大生がつくるLife Style Magazine 「VENUS」なのですが、これを読むとどういうわけか娘の言動に振り回される父親のようなきもちに苛まれます。


もくじ
・恋愛タイプ別診断
・全国のお鍋を知ろう!
・ケーキ屋さんとのコラボ
・冬のファッションはおまかせ!
・イケメン大図鑑


基本的には一昨年に惜しまれつつも休刊となった「小学六年生」の女子ページとつくりがだいたい同じなので、ちょっと背伸びをしたいローティーン女子はこれをお手本にするといいよ!


※参考資料

2011年1月15日土曜日

レコードの穴にピンを刺して壁に飾ればよいのです




いいかげん誰か訂正してくれたっていいのに、そこでもまた「オーディオヴィジュアルがヒット中の詩人…」と当たり前のように書いてあるものだから紹介する気がしおしおと萎えて放ったらかしにしていたのだけれど、2月の下旬にSUIKA初の12インチがリリースされるのです。


→詳細はこちら


リリースされるころに思い出すか気が向くかしたら書けばいいや、と告知する気ゼロで知らんぷりしていたらコレ、受注生産なのだそうです。それは知らなかった。いや、聞いたかもしれないけれど、いつものようにボンヤリしていた。受注生産ということは、予約の状況を見てからそれにちょっと上乗せして生産する感じなんだろうか?それとも予約だけで店頭にはいっさい並ばないってことなんだろうか?

いずれにしてもリリースされてからではほとんど手に入らないという状況になってしまうかもしれないし、さすがにそれは僕としても望むところではないので、いっそここでアートワークを全公開してしまい、あわよくばみんなに居ても立ってもいられないようなそわそわした気持ちになっていただきたい、というのが本日の趣旨であります。肝心の音源についてはSUIKAブログをご覧になるとよろしい。


ジャケット表


ジャケット裏



レーベル面(side A)

レーベル面(side B)
宝を探しに行く3MCズの図


そしてこれに加えてもうひとつ、未発表ライブ音源(!)が手に入る「ダウンロードカード」付き。(伏せ字の部分にDL情報が記載されています)

宝を探しに行って先を越された3MCズの図


単なる意匠にもちょっとした物語をまぶして仕上げる我ながらにくたらしい演出ぶり。こうなるとむしろこれらの印刷物を手に入れるついでに音楽も聴けるよ!という方向でいいじゃないかと思わないでもありません。プレイヤーをお持ちでない人も、レコードの穴にピンを刺して壁に飾ればよいのです。


だから何も心配はいりません。みんなこぞって予約してしまえ!



それにしてもA面が「タマキハル」1曲で15分って、12インチというよりもアイザックヘイズとかバリーホワイトのLPみたいだ。

2011年1月5日水曜日

年末に樹上を滑空して幹に激突する女の話



あけましておめでとうございます。

往来で人目もはばからずに裾をつかみながら追いすがり、「行かないで!」と懇願するわたくしを、振り払うようにして正月は今年も去っていきました。しばらくはまた寝てもさめてもこのことばかり、温かくあふれる恋慕の涙で枕をしとしとと濡らすことになりましょう。


 *


三が日は明治神宮でゴロゴロしてました。


その数300万人(!)とも言われる参拝客はみな拝殿にしか足をはこばないので、その裏というかもっと奥にたたずむ宝物殿そばの広場は三が日のほうがむしろ人気もすくないくらいなのです。灯台もと暗しのもっとも顕著な例というか、正月の東京においてここ以上の穴場は他にないとおもう。じっさいこのあと参道行ったら拝殿まで1時間かかるような賑わいで、並ぶ人の頭上にゆらゆらと陽炎がたちのぼっていた。


 *


年始にひとりで伯母の家までブーンと挨拶に行き、ついでにコスタリカの話を聞いてきたのです。世界の主要な国々はほとんど訪ねた旅の猛者なのでちょっとやそっとのことではもう全然驚かなくなっている人なのだけれど、"canopy" はさすがにスゴかったと珍しく興奮気味に話してくれました。

キャノピー?

「林冠、樹上」を意味するその言葉どおり、ハーネス(安全装具)を体につけて木と木の間をかなりの高度で滑空(!)するそうです。しかも一番手で颯爽と飛んだら到達点でいきなり木に激突してみんなに心配かけたと笑うんだから恐れ入る。

「木に激突って…姉ちゃん(未婚なので僕らは昔からずっとそう呼んでいるのです)今いくつだっけ?」
「68」
「ろく…。さすがにもういいトシだなァ…」
「アンタもいいおっさんでしょうよ」

そういえば去年だか一昨年はアフリカの大地溝帯でキャンプみたいな途方もない話をしていたような気がするけれど、あれはどうなったのか…。


 *


年末の「ジビエとしてのバニー・ガール」送りますキャンペーンにご応募ありがとうございました。いただいた感想は1通1通だいじに読んでいます。どれもゆっくりと丁寧に書かれたお便りばかりで、胸が熱くなりました。実際のところ、アートワークまで楽しんでくれる人というのはみんなが思うよりもはるかにマイノリティなので(本当です)、しみじみとよろこびを噛みしめています。いつもありがとう!

あと、1通のメールにさりげなく記されていた「ピンカートン先生の処女作じゃないらしいですよ」という一文に目を疑いました。気になって問いただしたピンカートン先生からはちっとも返信がないので真偽はいまだに不明です。いったいどこからそんな情報を?


 *


而して昨年はたいへん多くのみなさまからご愛顧をたまわりました。本年もフラインスピンレコーズと、たしか明日転居する予定の古川耕をどうぞよろしくおねがいします。


 *


おまけ:なんとなく聞き分けのない看板

2010年12月29日水曜日

幻の処女作「ジビエとしてのバニー・ガール」



なんだかずいぶんひさしぶりに甘鯛のポワレ教授が訪ねてきてこう言うのです。

「ダイゴくん、アレまちがってるよ」
「アレって何のことですか」
「あのーアレ、本、ピンキーの」
「ピンキー?」
「書いてたろ、説明書に」
「ちょっと待ってくださいよ、ピンキーって誰?」
「誰って…ピンクだよ」
「ピンカートン先生?」
「そうそう、他に誰がいるんだ」
「そんな呼び方されてるなんて知らないもの!」

※特装版をお持ちの方ならご存知かもしれませんが、甘鯛のポワレ教授は「象を一撃でたおす文章の書き方」の表紙に短い推薦文を寄稿しています。


「そうか、そりゃわるかったね」
「ピンカートン先生の本がどうかしましたか?」
「説明書に書いてある説明がまちがってるんだよ」
「ピンカートン先生のプロフィールってことですか?」
「あれ、3冊って書いてあったろ」
「『象を一撃でたおす文章の書き方』が3冊目ですよね?」
「いや、4冊目なんだよ」
「え、そうなの?」
「登場が1950年代ってあったけど、処女作はそれよりずっと前だよ」
「前ってどれくらいですか」
「1914年」
「大正時代じゃないですか!」
「ああ…そうかな?そうだね」
「いくら何でもそれはないですよ」
「いや、ホントなんだって」
「フーン」
「邦訳も出たんだよ、当時」
「邦訳!?」
「ふつうは考えられないよ、誰が読むかねあんな本を!」
「実物があるなら見てみたいですけど」
「だから持ってきたんだよ。うちの蔵からデッドストックが出てきた」
「わっホントだ、何コレ!」




いうわけで、ぶじアルバムをリリースすることができた今年もみなさまにはたいへんお世話になりましたの気持ちをこめて、ピンカートン先生による幻の処女作「ジビエとしてのバニー・ガール」を年賀状として抽選で15名の方に贈ります。

1. 氏名
2. 住所
3. アルバム「オーディオビジュアル」についての雑感

こんなんでもほしいと手を挙げてくれる物好きなかたは、上記の3点をもれなくお書き添えの上、dr.moule*gmail.com(*を@に替えてね)までメールをお送りください。

応募の締切は12月31日いっぱいまでです。あいかわらず、たた短期間ですみません。


 *


大袈裟でも何でもなく今年は、じぶんにできることのすべてをやり尽くした感があります。アルバムを手にしてくれて本当にありがとう!

個人的には、「オーディオビジュアル取扱説明書」(公式サイトからのダイレクト通販でおまけとして付いてきます)を作れたことが感慨深いし、詞を確認するためではなく、あくまで読むことに重点を置いたブックレットの書籍的アプローチにも満足しています。音さえあればという人には何の興味も持ってもらえないかもしれないけれど、実際にはあれこそ、僕が声を使って発信する以前からこつこつと培ってきた特質の最たるものだし、にもかかわらずそれを正面から自然に受け止めてもらえたことが心底うれしい。

それでなくとも僕のもつスキルは、ひとつひとつ個別に取り上げればどれもせいぜい二流どまりです。誰もやっていなかったことでは全然ないし、真似のできないことでもない。でもそれらをぜんぶ組み合わせたらそれなりになる、とは言っていいとおもう。「オーディオビジュアル」(とりわけ特装版)はその証明であり、そういう作品です。詩人と名のる人種のなかで、ここまで複合的におもしろいものをつくれるヤツがそうそういるものか!

 *

天狗になれるほどの規模では全然ないけれど、それでも地図に載らないちいさな無人島を地図に載せたというささやかな自負が、これまでやってきたことに対するいちばんの報酬です。

すくなくともフラインスピンレコーズ、ひいてはそのボス山路和広の株をちょっぴり上げることができたと胸を張って言えるし、充実度においては微塵もかなわない彼の人生に少しばかりの彩りを添えることができたというのは、僕にとって他とは比較にならない大きな自慢のひとつです。彼に「ダイゴ」と気安く呼ばれることの誇らしさ!

古川さんについては…どうかな、誰よりも僕のつくるものを理解して、期待もしてくれるぶん、株を上げるまでにはいたっていないような気もするけれど、でも心からよろこんでもらえたとおもうし、たのしんでくれました。大人になるということについて書いた「いまはまだねむるこどもに」は彼なくしては生まれなかった作品です。僕よりもずっと年配の人に「わかるよ」と頷いてもらえたときは僕が泣きそうになりました。

 *

そうしてもちろんこれらはすべて、あなたのおかげなのです。待っていてくれてありがとう。たのしんでくれてありがとう。

明日への活力がすこしでも満たされますように!

2010年12月25日土曜日

安田タイル工業のホワイトクリスマス2010




世界に向けて遠吠えを!

あるかなきかの零細企業、あの安田タイル工業の慰安旅行が数年ぶりに帰ってきた!

2008年5月以来となる今回は、ひとり1万円でなるべく遠くまで行き、かつ宿泊して帰ってくるというたいへん羽振りのよい旅行に専務と社員、総勢2名の大所帯でくりだします。

ローカル線の終点に行きたい、というタカツキ専務の意向によって白羽の矢が立てられたのは、群馬県は信越本線の端っこにある横川駅です。厳密に言うと終点ではないのだけれど、線路がそこで途切れているのはたしかだし、何より横川といえば駅弁「峠の釜めし」発祥の地として全国的に名の知れた駅でもあるので、期せずして目的ができたと満場一致で可決されたのです。よし、峠の釜めしを食べにいこう!


ただし、他に選択肢がなかったという絶望的な理由で、出発は12月24日の朝です。365日のうち、男ふたりで1泊するならこの日だけはなんとしても避けたいと誰もがおそれ、ことによると心がポキンと折れかねない危険な日取りだけれども、こればっかりはどうにもできません。この日しかないとなったらそれはもう、矢が降ろうと火の粉が舞おうとこの日しかないのです。メリークリスマス!


待ち合わせ場所に向かう途中の新宿駅構内



これからそれを食べにいこうというのに、集合する前からいきなり旅の目的を失う安田タイル工業


今しがた目にした重大な事実からは目をそらし、何ごともなかったかのように出発です。旅の予算としてひとり1万円の入った封筒が手わたされます。費用はすべて、ここからまかなわなくてはいけません。


新宿駅→横川駅 2,210円×2 残金15,580円(2人分)


乗りました。


着きました。


食べました。

峠の釜めし 900円 + 玄米弁当 500円 残金14,180円(2人分)


目的を果たしたあとはこれといってすることもないので、道すがら目にした柚子や金柑や柘榴を電光石火で口の中へと放りこみ、河原に降り立つカワセミを愛で、猛ダッシュで逃げるサルを追い、コウモリの変な鳴き声に驚きながら、地図もないままてくてくとあたりをうろついて回ります。


「む、あのカッコいい山は何だ」
「あれは妙義山です、専務」
「なんてカッコいいんだ。近くまでいこう」

道中見かけた看板(宿泊するのはここではありません)



(何の関係もないニューヨークを持ち出してきたばかりか、わざわざ和訳してあることに立腹して罵倒し始める安田タイル工業の面々)


山の中腹にある妙義神社



「おや、登山道入り口がある」
「いま15時半ですから、これから登ると下山は不可能です」
「うむ…」
「その証拠に僕ら以外誰も見当たりません」
「誰もいないな」
「夜は氷点下になるので野宿は死を意味します」
「うむ、死だ」
「でも登りましょう」
「登ろう」

装備と呼べる装備はほぼ皆無にかかわらず、何のためらいもなく上級者コースを行こうとする安田タイル工業(専務にいたっては家からここまでパーフェクトに手ぶらで来ています)


上級者コースは傾斜が急すぎるため、あちこちに鉄の鎖が打ちつけられているのです。

「専務」
「何だ」
「ちらほら降ってくるこの白いものは何ですか」
ケセランパサランだろう」
「専務は物知りだなあ」


この鎖を登ると




この状況からするとあんまり信じたくないので必死に現実から目を背けていたのだけれど、残念ながらここまで来てとうとう、さっきからちらほらしていた白いものが雪であると認めざるを得なくなりました。しかもみるみるうちに吹雪いてきて人生のカラータイマーがピコンピコンと点滅を始めています。果たしてぶじ下山できるのか、頼んでもいないホワイトクリスマスに文字どおり凍りつく安田タイル工業の面々。

(お忘れかもしれませんが、この日はクリスマスイブです)

それではここで、ふりしきる雪のなかタカツキ専務が世界に向けて放つ渾身の遠吠えをご覧ください。



このあと逃げるようにして山を降りたらいつの間にか雪もやんでいたので、ホッとして神社近くの道の駅に立ち寄り、おいしいおやつを買いました。

おやき(3個入) 130円 残金14,050円(2人分)

とは言うものの、この時点ですでに日はとっぷりと暮れており、道の駅の従業員にも「この時間になるとバスはありません」と気の毒そうに言われてしまったため、しかたなく街灯すらない真っ暗な山奥の国道を麓の駅に向かって約5キロ、ひたすらてくてく歩きつづけることになります。

松井田駅→北高崎駅(宿の最寄り駅) 400円×2
寒すぎて飲んだ缶コーヒーと缶スープ 120×2 残金13,010円

北高崎から宿に向かうとちゅうのマクドナルドでビッグマック 200円×2 残金12,610円(2人分)


 *


ようやくたどり着いたこの日の宿もまた、驚異的なコストパフォーマンスを誇るハイライトのひとつと言えましょう。何しろコーヒー飲み放題、天然温泉付き、朝食付きでひとり2,400円です。なぜそんなに安いのかというと


シングルベッドがひとつしかない、いかにもクリスマスのために設定されたカップル専用直球プランだからです


宿泊代 2,400円×2 残金7,810円(2人分)


しかし安田タイル工業の社員はみな恋人同士のように仲が良いので、そんなことは気にしません。温泉までついてそれ以上何を望むというのだ。

さっそくフロントに赴いて温泉のことを聞くと、地図を指で指しながら「こちらの国道を南にまっすぐですね、お車で10分ほど…」



車で10分?



隣接しているとばかり思いこんでいた温泉は2駅先、およそ5キロ南にあることが判明、徒歩なんですとは言えずに平静を装いながら「ありがとう」と礼を述べてホテルを後にする安田タイル工業の面々。15キロ以上歩いてヘトヘトにも関わらず、風呂のためにさらに5キロの道のりを歩く羽目になるとは誰に予想できたでしょう。(節約のため、おいそれと電車にのることもできないのです)


でもさすがに帰りは電車にのりました。

夕食(屋台のラーメン) 900円+870円
電車賃 140円×2
缶ビール2本、ワイン、肴3種 950円 残金4,810円(2人分)


このあとのことはあんまりおぼえていないのです。


クリスマス当日の朝、ホテルの部屋からみた景色


この日はとくにハイライトもないので、電車にのって下車せずにひたすら遠回りをして帰りました。(もうこのへんで書くのがいいかげんめんどくさくなっています)

群馬に行ったはずなのに、帰りの車窓から千葉にあるディズニーランドを眺めているのはなぜなのか…


立ち食いそば(昼食) 480円×2 
菓子パン(おやつ) 70円 残金3,780円(2人分)

高崎駅→新宿駅 1,890円×2 残金0円(2人分)

歩いた距離 約25km


そして新宿着


♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)


飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。


安田タイル工業プレゼンツ「聖夜の正しい過ごしかた」 終わり