2014年9月5日金曜日

新兵器、またはルパート王子の涙(大粒)について

<前回までのあらすじ>
7月にリリースの最新作「小数点花手鑑」に収録された「リップマン大災害/RIPman disaster」でムール貝博士についてうっかり口をすべらせたダイゴくんは、アンジェリカから「博士が何かをせっせとこしらえている」ことを漠然と聞き及び、それがどうも自分に向けたものらしいという意趣返しの予感から、ごはんもちょっとしかのどを通らない戦々恐々の日々を送っていた。



ジリリリン

はーいはいはーい!ダイゴちゃんでーす!」
「……」
「もしもーし!あれっ。もしもーし!」
「ダイゴくんさあ……」
「うわっアンジェリカ!……さん……」
「わかってるとはおもうけど……」
「はい」
「もうちょっとちゃんとしたほうがいいとおもうよ、ホント」
「はい、すみません」
「ホントに」
「ダメ押ししないでください」
「(ためいき)」
「すみません」
「じゃあね」
「え」
「まちがえた。ついいつものくせで」
「どどどどど」
「……何?」
「すみません。どどどんなご用件でしょうか」
「そんなに怯えなくたっていいでしょ」
「すみません」
「今日は耳寄りな話なんだから」
「ご親切に痛み入ります」
「なんだってそう卑屈になるの」
「すみません」
「ま、いいけど。あのね、こないだの話」
「と言いますと」
「きのうちょっと泳いできたの。プールで」
「はあ……え?」
「すっごい大きなプール。最近できたの。知らない?」
「いえ、全然」
「直径が50メートルで、深さも50メートルくらいあるの」
「はあ、そりゃまたキングサイズな」
まあ博士のなんだけど
「ギャー!」
「ちょっと何?」
「すみません、最近どうも過敏になってて」
「それでね、よくよく聞いたらそれプールじゃないんだって」
「はあ」
「泳いでもいいけど、泳ぐためのものじゃないって言うわけ」
「なるほど」
「じゃあ何なのって聞いたら……ルパート王子の涙は知ってる?」
「はあ……え?ルパ?」
「ルパート王子の涙」
「……ガラス?あの、雫みたいな形の?」
「そうそう。あれつくるための冷却装置なんだって」
「えーと、つまりさっきの巨大なプールが?」
「そうそう」
「デカすぎやしませんか」
「デカいよね」
「え、ちょっと待ってルパート王子の涙ってたしか……」
「それでピンときたわけ」
「待って待って待って、それって」
「それって?」
「こないだ話してた例の?」
「そう、それ」
「鼻歌まじりでつくってるって言ってたあれ?」
「とおもうんだよね、あたしも」
「え、でも関係……ないよね」
「何が?」
「それはぼくにかんけいがあるのですか」
「ないといいよね」
「ちょっと!」
「だからほら、一応知らせてあげようとおもって」
そんな水爆みたいな涙いらないよ!
「事前に知れてよかったじゃない」
「全然よくない」
「まあ、そういうことだから。元気でね!」
「待って待って待って!」
「お達者で」
「やめて!」

プツリ

ツーツーツー




説明せねばなりますまい。

ルパート王子の涙とは17世紀のヨーロッパで生まれた、文字どおり癇癪玉とも言うべき奇妙な性質をもつ愛らしいガラスのことです。

と言ってもつくるのはそんなにむずかしくありません。図解しましょう。

1. 高熱でとろとろに溶かしたガラスを…

2. 水の中にぽとんと落とします。

3. これが「ルパート王子の涙(Prince Rupert's Drop)」です。

なんて詩的なの!とときめくきもちはよくわかります。見た目は宝石そのものだし、ここまでなら実際メルヘンの世界です。しかし不用意に手をふれてはいけません。というのもこれ、

4. 滴の先っちょがポキンと折れると…

5. 一瞬ですべてが爆発的に砕け散ります。

こうなったら楽しいのにな、という空想ではありません。れっきとした科学のお話です。なかなか割れない分、ちょっとでも破損すると瞬時に全体が粉々になる強化ガラスと同じ原理ですね。

百聞は一見に如かず、この現象の不思議をじつに美しく、かつたいへんわかりやすく解き明かした動画があるのでそちらをご覧あそばせ。



なんて美しいの…!





ではここで話を元に戻し、ムール貝博士が直径50メートル、深さ50メートルのプールでこしらえたというルパート王子の涙(大粒)のサイズ感をインフォグラフィックで表してみましょう。



※注:プラグ氏をご存じない方は、彼の身に以前ふりかかった世にもスプラッタな災難(→前編/→後編)をご覧ください。


博士がこれを何のためにこしらえたのかは、博士が博士である以上、ここであらためてくどくど説明せずともわかりきっています。問題はその矛先が僕一人に向けられている、ということです。


「そうだルパート、ルパート王子に聞けば何か……」

プルルルル

「もしもし」
「あっ王子!あの、じつはですね」
「おや……」
「あ、もうしわけありません、あの緊急でお伺いしたくて」
「博士じゃないな」
「はい、あの博士はですね」
「この番号は博士しかご存じないはずだぞ」
「えーと、つまり僕です」
「君……」
「ダイゴです!」
「ダイゴくん、わるいが切らせてもらうよ」
「待って待って!」
「この番号が外に漏れるとは……」
「待って待って僕ですってば!」
「きもちはわかるが……」
つーか何でおれがおれの描く世界で無碍にされなくちゃなんねえんだよ!いいかげんお前らちょっとは敬意ってもんを払え!


ピー

~しばらくお待ちください~


「失礼した。話を聞こう」
「わかってもらえればいいんです」
「用件は何かね?」
「ことの趣は斯様々々で」
「?」
「あの、かくかくしかじかで」
「?」
「つまりこれこれこういう次第で」
「もういい、わかったことにしよう、それで?」
「ルパート王子の涙のですね……」
「涙?……ああ、あのガラス玉のことだな」
「エネルギーをゼロにする方法をご存知ではないかと……」
「いや、もちろん知らない」
「え?」
「知るわけないだろう、実験に立ち会っただけなんだから」
「いや、でも……」
「だいたい300年以上前の話なんだ、知っていたとしても覚えているわけがない」
「そんな!」
「役に立てなくて残念だよ」
「待っ」

プツリ

ツーツーツー

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ルパート王子の涙の説明分かり易い!プラグ氏の運命?(あっ、ダイゴさんの運命か)が気になりますね(≧∇≦)

ピス田助手 さんのコメント...

> 匿名さん

エキサイティングな涙ですよね。

ダイゴくんの運命についてはまあ、
いつものことなので放っておきましょう。