2024年8月2日金曜日

アグロー案内VOL.7 解説「コード四〇四/cannot be found」


さて、長らくご愛顧いただいた解説もいよいよ終着が近づいてまいりました。

最後は僕の中でもちょっと特異な位置付けにあり、御大のおかげで10年ぶりにとうとう正規リリースを果たした「コード四〇四/page cannot be found」についてです。

しかし改めて説明しなくてはなりますまい。「コード四〇四」はもともと、アルバム「小数点花手鑑」の特装版に付随していたミニアルバム、「パン屋の1ダース」に収録の1編です。あくまでオマケとしての収録だったのと、当時は限られた形でしか聴くことができなかったので、正規という位置付けにはなっていません。ある時点でYouTubeに公開したので今では誰でも聴くことができますが、言ってみればこれは放流みたいなことであって、リリースではなかった。

ぶっちゃけ大差ないと言えばないんだけど、少なくとも今回は僕自身が「リリースするぞ!」と意気込んでいたし、本人がそう言ってるんだからそうじゃなかったら何なんだ、ということで正真正銘、これが初めてのリリースとなります。

しかしまあ本当にしみじみと、その甲斐がありました。何と言ってもカズタケさんのビートはオリジナルよりも情感をたっぷり含んでいて、聴き返すたびに鳥肌が立ちます。何ならちょっといい話に聞こえるくらいです。まさかあの内容でグッと込み上げる着地があるなんて、夢にも思っていなかった。唖然とするほど細かなミックスも含めて、タケウチカズタケの今をすべて注ぎこんでくれています。

仮に10年前にこのビートがあっても、太刀打ちはできません。キングコングの上にチワワが乗るようなものです。一体どこにチワワがいるのか、みんな必死に探すことになるでしょう。今だからこそ可能になった作品だとすれば、10年寝かせただけの意味はあったとおもいます。


冒頭で僕にとって特異な位置付けであると書きましたが、それはこの一編が、どちらかといえば読むよりも喋ることに重心を置いているからです。

もともと僕がじぶんのスタイルをラップではないと明言している理由のひとつ(あくまで例としてのひとつです)に、発語の弾性があります。

ラップが多種多様に発展してきたことを考えると今ではあまりそう言い切れない気もするけれど、オーソドックスなラップにはほぼこの弾性があります。歌とは異なる形でリズムに同調して、言葉を伸び縮みさせていく、というようなことですね。だから当然、アカペラで聴いても会話や朗読にはない別種の聴感がある。

翻って、リーディングにはそれがほとんどありません。あってもすごく薄いし、何ならふつうの朗読として違和感がないケースもある。

そして僕自身は、会話や朗読と同等の聴感であってもぴたりとリズムに寄り添うことはできるし、一定に保つこともできると昔から考えていて、そこにこのスタイルのおもしろさを感じているのです。僕の作品に、リズムを無視したものはひとつもありません。

じつは「コード四〇四」にも明確な弾性が1箇所あります。フックの「型どおりコード四〇四、ことごとくこうだと目も回る」ことっごとくと発音していますが、この促音がつまり弾性です。普通に読んだらそんな促音いらないですからね。


「コード四〇四」は通常のリーディングでもほとんどないこの弾性をさらに削って、ふつうに喋るとか話す形でリズムと完璧に噛み合ってたらおもしろいのにな、と考えたことから生まれています。日本酒で言うところの精米歩合みたいなもんですね。

でも当時は、というのはつまり10年前ですが、やってみたらすごく難しかった。難しい理由はいろいろあるんだけど、まず単純に言葉が多いので、息が続かなかったのです。実際、オリジナルはヴァースとフックを分けて録音しています。とてもじゃないけど、ライブでできるものではなかった。正規リリースにしなかった理由のひとつがこれです。いくらライブをしないとはいえ、アルバムの収録曲となったらどこかのタイミングで必ずやらざるを得なくなります。お蔵入りもむべなるかなというものです。

そして今だからこそわかります。息が続かないのは、1を吸って1を吐くという単純な呼吸しかしていないからです。そのやり方では当然、常にどこかで「1を吸うための間」が必要になるし、言葉がみっちりと詰まっている場合、そんな隙間はどこにもない。詰むのが自然です。むしろ1ヴァースだけでもよくやったと言わねばなりますまい。

でも今は1吸うことを考えていません。そのときに必要な分だけを吸って吐いています。1を吸うための間はなくても、1/2とか1/4ならちょいちょいある。そうなるとヴァースとフックを分けることなく、最初から最後までワンテイクで録れるわけですね。先達がいれば教えを乞うこともできたかもしれないけど、誰もいないのでそれができると知るまでにすごく時間がかかってしまった。

ここがクリアできると、やり切ること自体には何の不安もなくなります。それはつまり、それ以外の部分に意識が割けるということです。喋る以上は情感をこめるとか、自ら設定したデリバリーにおけるフェイントその他のポイントを踏み外さないとか、そういう部分に対して、正面から安心して向き合えることになります。

フックはむしろ小休止ですと言ったらカズタケさんがのけぞっていたけれど、ここは立ち止まったり加速したりといったトラップ要素がないので、ブレスコントロールさえできれば問題ないどころかボーナスステージみたいなもんだし、気楽でうれしい。

なので最大の難関は、必要な情感を込められているか、すべての小さなデリバリートラップをクリアできているかの2点です。そして実際に、できていると思います。ここには確かに、リーディング、もしくはスポークンワーズとしての強度がある。今も日毎に進化をつづけるタケウチカズタケに一歩も引けを取らない、そんな作品に仕上がっていると、断言できます。スタイルを真似るどころか、まるっとコピーするのもおいそれとはできない、ささやかな金字塔のひとつです。初めて触れるならこれをと思える、僕にとっては名刺代わりの作品になりました。

アグロー案内なしにはどうあっても辿り着けなかったことを考えると、本当に頭が上がりません。カズタケさんありがとう…!

あ、プルクワパ霊苑にテキスト置いてあります。



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