安田タイル工業の面々がセンター街を抜けてぞろぞろと大挙しながら集まり始めます。いつもなら集合は夜も明け切らぬ早朝のはずですが、今年はどうやらひと味ちがうようです。約束の場所にはキリリとした面持ちで佇む紳士がひとり。誰あろう、弊社の専務です。
「夜に集合とはまためずらしいですね」
「今年はひと味ちがうぞ」
「あら〜」
「まず映画を観る」
「はあ、なるほど……映画!?」
「この冬最高のラブストーリーを観る。そしてお泊まりだ!」
「ええー!なんか日本のクリスマスっぽい!」
世界に向けて遠吠えを!
あるかなきかの零細企業、もしくは世界のミスリーディングカンパニー、あの安田タイル工業のクリスマスが1年ぶりに帰ってきた! 2014年12月以来となる今回も、分刻みのスケジュールで望む癒しの旅に専務と社員、総勢2名の大所帯でくりだします。
※これまでの旅行については以下をご参照ください。
「で、どの映画を観るんですか?」
「めちゃラブだぞ、これだ!」
「専務、これはギャングスタ映画ですよ」
「ヒップホップの黄金期を無言で通過してきたわれわれにとってこれ以上のラブストーリーはない」
「専務がラッパーに見えてきました」
「NWAの自伝的フィクションだぞ!いざドープマン!」
「あふれる涙が抑えられません!」
「ラブすぎてキュン死にだ」
「麻薬の売人のアジトが重機で破壊されるシーン!」
「キレたアイスキューブがプライオリティのオフィスを破壊するシーン!」
「イージーEの濡れ濡れパーティ!」
「シュグナイトの噂にたがわぬ鬼畜っぷり!」
「What are you gonna call that bullshit?(で、レーベル名は?)」
「Aftermath.(”その後”だ)」
ラストシーンのクールすぎるやりとりにシビレて悶絶する安田タイル工業の面々。しかし大半の人には何がなんだかさっぱり要領を得ない話にいつまでも顔を泣き腫らしているわけにはいきません。気を強くもって夜の渋谷を後にします。
22:30 渋谷駅ホーム
23:00 新宿駅西口地下通路
見えてきたのは……
ホテルハイアットです。
「えっまさか専務……」
「そう、そのまさかだ」
「ええー!ちょちょ、ちょっと心の準備が……」
「あれ?」
「どうした」
「ハイアットってこんな護送車みたいなホテルでしたっけ?」
「6時間の辛抱だ」
「またそんな車中泊みたいなこと言って!」
「いいかげん現実を見ろ」
3度のトイレ休憩で文字どおり短い夢から醒めたばかりの安田タイル工業の面々。ここがいったいどこなのかもよくわからないまま、ぼんやりと眠い目をこすります。つい数時間前まで渋谷でストレイト・アウタ・コンプトンを観ていたはずなのに、どこからどこまでが夢なのか判然としません。
と、ここで専務が郵便局に気づき、「そうだ、手紙を出すんだった」と言ってポストに向かいます。気の利いたジョークかとおもいきや本当に手紙を投函する専務。
「ポストなら新宿にくさるほどあったじゃないですか!」
「忘れてたんだ……」
「高速で6時間かかる土地にきたことも忘れてませんか」
6:30 新潟駅に到着
「わざわざ夜行で来る必要ありました?」
「もちろん大アリだ」
そう言ってどこかに歩き出す安田タイル工業の面々。
くいはないように!
ざっくりした募集(委細面談にて)
「わっ、急にフランスっぽい景色になった!」
「万代橋だ」
かつては川幅が現在の3倍あったと言われる信濃川に、明治の中頃かけられた800メートル近い木橋(もちろん当時は日本一の長さ)がありました。それが万代橋です。今かかっているのは昭和初期に立て替えられた三代目で石造りですが、これまた風雅な趣を醸し出しています。
ここで前方に大きな米つぶを発見する安田タイル工業の面々。
「食べ残しにしては大きいですね」
「このサイズじゃ残すのもムリはないだろう」
「精米するのもたいへんだ」
とても大きな米つぶに触れたせいか、そういえば朝食がまだだった、というかよく考えたら昨日の夕食すら時間がなくて食べていなかったことに気づいて急にグーと腹が鳴り出す安田タイル工業の面々。
「専務、空腹です」
「まあ待て、すぐにありつける」
こういうときの専務の自信が期待通りだったことなどかつて一度もなかった事実をなるべく考えないようにしながら黙ってさらに歩みを進めます。
「ああ、あった。アレだアレだ」
「?ここが目的地ですか?」
「ここに食堂がある」
「助かった!」
「ないはずはない」
「当て推量で言わないでくださいよ!」
「ほら見ろ、あった」
「うわーいやったー」
「どうした、棒読みだぞ」
7:30 前日の昼以来ぶりの食事
クリスマスイブなのでツリーをバックにいただきます!
とおもいきやいきなり沈痛な面持ちで固まる専務
「どうしました?」
「ピーーーーー(自主規制)」
「聞かなかったことにしますからとっとと食べてください」
悲しみをビールで流しこむ専務(まだ朝8時前です)
「じゃここで2時間自由」
「え、ここで!?」
「好きにすごすといい」
「好きにって……周りに何もないですよ!」
「ブログなんだから早送りすればいいんだ」
ここまでひたすら移動してきたとおもったらいきなり空白になり、何をしたかといえば周りに何もないので特に何もせずまんじりと過ごすほかなかった不毛な2時間ののち、専務がおもむろに立ち上がります。
「よし、いくぞ!」
「(寝起きで目をこすりながら)どこにですか?」
「黙ってついてこい」
「わああー!VIP席みたい!」
「VIP席だからな」
「最高ですね!」
「VIP席に座るやつらはそうだろうな」
「え?」
「われわれはこっちだ」
9:45 万代島フェリーターミナルを出航
「あれっ……海だ!」
「海だぞ」
「Σ(゚Д゚)ハッ」
「気づいたかね」
「新潟から海といえば……」
「そのとおりだ」
「そういえば去年は……」
「足尾銅山だったな」
「ということはまさか今年は……佐渡金山……」
「シッ。それ以上言うな」
「専務!」
「すこし休んでおけ」
休んでおけと言いながら真っ先に休む専務
目的地が近づくにつれ、空がぐんぐんと晴れ渡っていきます。東京からずっと天をどんよりと覆っていた分厚い雨雲が嘘のようです。こんなことならカサなんか持ってくるんじゃなかったと悔やまずにはいられません。何より船室を出て驚いたのは……
「うわ、あったかい!」
「むむ、春のようだ」
「まさか上着がいらないなんて……」←本当
おけさ灯台
11:45 佐渡島に到着
初めて上陸する佐渡島に興奮を抑えきれない安田タイル工業の面々。期待するだけ後がつらいと経験則で知りながら、期待に胸が高鳴ります。
「今回は移動するための車を手配した」
「ハイヤーですね!」
「うむ、そんなかんじだ」
電動機つきの人力ハイヤーに颯爽とまたがり、意気揚々と駆け出す安田タイル工業の面々。徒歩ではないというだけで心が浮き立ちます。
片道4キロの道のりを息つく間もなくひたすら駆け抜けた安田タイル工業の面々。ようやく今年の目的地にたどり着いたようです。
「ついたぞ!」
「えっ金山ですか?」
「金山?」
「佐渡金山ですよね?」
「金の亡者みたいなことを言うんじゃない」
「いや、だって……」
「今日はクリスマスイブだぞ」
「そうですけど……」
「クリスマスと言ったらツリーだろうが!」
「見ろ、この雄々しい立ち姿を!」
「枯れてませんか?」
「バカを言うな!日本列島最古の大クワだぞ!」
「ええー!」
「樹齢1300年だ」
「ツリーってこれ直球で木じゃないですか」
「お前の目は節穴か」
「ガーン!」
「枝先の新芽がツリーの電飾そのものじゃないか!」
「新芽……」
「もっと想像力を働かせないと時代に乗り遅れるぞ」
「まだ乗り遅れてない気でいたんですね……」
それではここで、安田タイル工業の面々が列島最古のツリーに畏敬の念を抱きながら世界に向けて放つ渾身の遠吠えをお聞きください。
「よし、帰るぞ!」
「え、もうですか?」
「あと30分で出航なんだ」
「来るのに30分かかったのに!?」
「だから帰るんだろうが!」
あんまりのどかですっかり忘れていましたが、今日中に帰宅するためにはやむを得ません。そうかだから夜行だったのかと今さらながらに納得しつつ、一目散にその場を離れる安田タイル工業の面々。
と、ここで不意にルートを変更する専務。後方からダイゴ主任が声を張り上げて尋ねます。
「専務ー!どちらへー!」
「まだ日本海にさわってなかった!」
「たしかに海だけど日本海じゃないんじゃないですか?」
それではここで、専務が世界に向けて放つこの日2度目の遠吠えをお聞きください。
爽快な気分を味わったのち、ふと我に返りあわてて人力ハイヤーにまたがる安田タイル工業の面々。いつの間にか専務とはぐれてしまいましたが、どのみち目指すは港なので気にしません。ひたすらハイヤーを漕ぐダイゴ主任。
別の意味でサドっぽいサド急送
途中目につくものをひとりパシャパシャと写真に収めながら時計を見れば出航5分前で目玉が飛び出ます。死にものぐるいで駆け出すと港の手前でどこからかやってきた専務と合流、向こうは向こうで寄り道していたらしいと察して互いに目配せする安田タイル工業の面々。どうにかこうにか観光案内所にハイヤーを返却します。
「……さっきもおもったがなぜそんなに息切れしてるんだ?」
「いや……なんか僕の……ギヤが小さくて……」
「ギヤ?」
「むちゃくちゃ漕がないと全然走ってくれないんですよ……」
「変速機ついてただろうが」
「……え?(゚Д゚)」
「まさかいちばん小さなギヤで8キロ走ってたのか?」
しかし頭を鈍器のようなものでぶん殴られたようなショックを受けている場合ではありません。出航2分前です。とおもいきやフェリー乗り場の改札ではなく、売店へとまっしぐらに飛びこむ専務。こんな土壇場になっても「佐渡に来たら佐渡牛乳を買う」という個人的な使命を忘れない専務の乳製品フリークぶりには頭が下がります。
結局間に合いはしたものの、出航時刻ピッタリすぎて正直迷惑きわまりない安田タイル工業の面々。本当にもうしわけありません。
行きと同じように見えますが、専務の左手には牛乳が
13:00 両津港を出航
つい1時間前に上陸したばかりなのに、もう出航です。早すぎる別れを惜しまずにはいられません。
それではここで、名残惜しさ全開の専務による涙なくして聞けない挨拶の模様をご覧ください。
そしてこれが佐渡牛乳だ!かわいい!
開けると注ぎ口がくちばしになってるんだよ、と得意げに開封してみせる専務。むむ、ホントだ……そしてかわいい!
うれしそうにごくごくとノドを鳴らす専務・ザ・ミルクマン
コーヒーまで買ってた
「まだ昼過ぎなのに黄昏のようだ……」
「世のカップルは今ごろ何してるんでしょうねえ」
「彼らが熱々のスープなら我々は煮こごりみたいなものだな……」
と柄にもなくしんみりと黄昏れる煮こごりたち。
15:00 新潟港に到着
国道350号線の2/3は海でできているそうです。
「どうした」
「カメラの充電が切れました」
「おい、ここからが帰路だぞ」
「いちおう気を遣いながら撮ってたつもりなんですが……」
「安物だなんて!展示品の型落ちですよ」
「それを安物と言うんだ」
♪パ〜パラララ〜(エンディングテーマ)
飽くなき探究心と情熱を胸に、安田タイル工業は今後も逆風に向かって力強く邁進してまいります。ご期待ください。
安田タイル工業プレゼンツ「列島最古のクリスマス的ツリーを探して」 終わり
帰りの電車では佐渡島の観光案内をながめながら「うわーいいとこですね、行ってみたいなあ」と今しがた行ってきたばかりなのにまるでまだ行ったことがないかのような口ぶりで談笑していたことも申し添えておきましょう。
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