張り合う2枚
メトロノーム注意報さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 幼少期や若い頃の苦い経験や後悔を思い出す度に、反射的にこれを振り切るべく「ハッ!」と小さく声が出てしまいます。ザゼンボーイズの向井秀徳の演奏前の掛け声が最も近しいです。いつかは治るだろうと放置していましたが、歳を重ねた40歳でもなかなか治る気配がありません。人生の先輩であるムール貝博士も、この様な現象はありますでしょうか。また、この発作的な反射行動を治すにはどうしたら良いでしょうか。
ムール貝博士の、と銘打っておいてなんですが、博士は他人に対して微塵も興味がなく、また彼の辞書には苦い経験も後悔も一切存在しないので、助手である僕が代わりにお答えしましょう。
思い出したくないこと、僕も山ほどあります。いずれ減るものだとばかり思っていたのに、今では量産体制がすっかり整っていて、ベルトコンベアで等間隔にせっせと運ばれてくるイメージです。
それでいて未だに僕はこいつの対処法を知りません。人生の折り返し地点も過ぎたんだし、いいかげんどうにかできたらいいのに、全然できません。今日も先週と同じように、1年前と同じように、5年前と同じように、10年前と同じように、わああと塞ぎこむだけです。われながらかわいそうなことだとおもう。
なので反射的とはいえ、この手の心理的トラブルに対処すべく自然と身についたある種のルーティンは、むしろ効果的で何なら推奨されてもよいのではという印象があります。少なくとも僕は治す必要性をまったく感じません。それは自らの経験が培った立派な盾であり甲冑であり、財産のひとつであると言うべきでしょう。
向井秀徳の掛け声にしても、バド・パウエルの悪評高い唸り声にしても、それらはたぶん跳躍する前の助走みたいなものであって、比類ないパフォーマンスもそこから引き出されているのかもしれません。同じようにハッ!と小さく声を出すことで苦い記憶をどうにかこうにか飛び越えられているのだとしたら、それもやっぱり助走だし、明らかに有用な反応である、と後方で飛び越えられずに転倒して砂まみれの僕は考えます。
もちろん、不意に反応が出てしまって忸怩するきもちはよくわかります。でもそれはしゃっくりやくしゃみも同じです。すっかり忘れていた用事を思い出して思わず声が出ることもあります。大事なのはあくまで目の前に横たわる苦い記憶を飛び越えることであって、それに伴う望まぬ反応をなくすことではないはずです。それよりもサッと飛び越えて、またもや後方で砂まみれの僕に手を貸してください。
A. それはむしろ立派な防具です。
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その406につづく!
2 件のコメント:
回答頂き誠にありがとうございます。こんな足枷を引きずって生きているのは自分だけなんじゃないか、と考えていましたが、この甲冑と共に生きていこうと思います。
> メトロノーム注意報さん
よかった!そうしてください、ぜひ。
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