2022年10月28日金曜日

アグローと夜(AGLOE AND NIGHT)のお知らせ


さて、彼の地アグローでは早くも話題沸騰な気がしないでもないという、アグロー案内 VOL.3があと数時間で配信となります。

今後もまた折を見つけてはぽろぽろと更新されていくはずですけれども、まずは出る出る詐欺になることもなく無事にVOL.3までお届けできたことを祝して、ライブを催すことになりました。2人でひとつのプロジェクトなので、実質ワンマンです。


アグローと夜…
AGLOE AND NIGHT…
アグロー・アンド・ナイト…
アグロー・アン・ナイ…
アグローあんない…


平日ど真ん中で心苦しいかぎりですが、これは「やる?」という話になったのが本当についこないだのことであり、どう考えても今からでは12月の週末などどこも空いていないためです。ホントにすみません。もし誰も人が集まらなかったらふたりで忘年会をして帰ります。

場所は3年前のSoloSoloSoloTourでもお世話になった、元住吉のPOWERS2です。そして確か、僕が最後にライブをしたのも3年前のこのツアーだったんじゃないかとおもう。厳密にはアフター6ジャンクション@TBSラジオでの遠隔スタジオライブが最後だった気もするけど、それだって2年前の話です。僕がミュージシャンを標榜しない所以がこんなところにもよく表れています。

しかしそんな僕とは正反対に、今も第一線で活躍しない日はない生粋の弩級ミュージシャンである御大タケウチカズタケと共同でこのプロジェクトを始めてしまった以上、こんな日が来ることは容易に予測できたし、覚悟していたし、実際やると決まったらやるしかありません。何より、音源だけでは5割も伝えられないタケウチカズタケの狂った演奏っぷりをなるべく多くの人に堪能してもらいたい。そして普段は話し上手でめちゃめちゃおもしろいのにライブのMCになるとそうでもない彼の本領をこの機会にずるっと引き出して知らしめたい。僕としてはそんな思いで立ち向かうライブです。あといつものことではあるけど僕自身、次のライブが本当にいつになるかわかったもんじゃないので(何しろ最後が3年前です)、もし少しでも興味があって無理のない範囲であればぜひ足をお運びいただきたいと心から願う次第です。

それからこれは以前のツアー時にも言ったような、もしくは全然言ってない気もするけど、POWERS2はごはんがめちゃめちゃ美味いです。ここに来たら誰でも、否でも応でも何か食わねばならないし、食わなくては何も始まらないくらいなので、どうかどうか、そのつもりでいらしてください。

12月13日(火)の18:00オープンです。ライブ開始までたっぷりあるのでまずは美味しいごはんを食べよう!


タケウチカズタケ+小林大吾〜「アグローと夜(AGLOE AND NIGHT)」
2022/12/13(火)@元住吉POWERS2
OPEN 18:00/START 19:30 
ADV¥3000/DOOR¥3500 
※1ドリンク+1フードのオーダーをお願いします。

■LIVE
Key.及びtalk:タケウチカズタケ
Reading及びtalk:小林大吾

2022年、突然リリースされ始めた共同名義の新プロジェクト「アグロー案内」
既に3作品が世に放たれたとあって、2人のライブ&トークで、その真意が解き明かされる、かもしれない。
途中休憩を挟み、45分目処のステージ×2回、で開催する予定です。
素敵なお食事を楽しみながら、のんびりした気分で御参加下さい。

■TICKET&INFO
下記予約フォームから御予約可能(前売のご予約は前日の23時迄となります)
注)24時間以内に返信メールが届かない場合はお電話にて確認お願い致します。

〒211-0021
川崎市中原区 木月住吉町21-5
東急東横線元住吉駅より徒歩約8分
元住吉POWERS2
TEL 044-455-0007 

※席は御来場順となります。
※ライブチャージのカード決済には対応しておりません。
※お車でお越しの際は近隣のコインパーキングを御利用下さい。
営業時間 11:30-14:00/18:00-24:00

2022年10月21日金曜日

謎めく探偵についての補足をほんの少し

ヒモ解かれる

配信日とトラックリストを同時に公開してしまったので、あとはもうこれと言ってとくにお話しすることがない配信1週間前ですが、せっかくなので収録曲についてすこし言及しておきましょう。取り上げたいのは3曲目の「名探偵、走る/jump the gun」です。


実際に聴いてもらってから伝えたいこともあるのでそれはまだ控えておきますが、ここで言う「名探偵」とはもちろん、アグロー案内 VOL.2に登場した山本和男のことです。

山本和男については以前もすこし触れましたが、アグロー案内 VOL.1の制作時には全然、まったく、微塵も想定していませんでした。それもこれもすべて、僕がアグロー案内のために思いつきで適当にこしらえた告知画像、そしてそれを思いのほか喜んでくれたカズタケさんに勢いで「山本和男をモチーフにしたサントラみたいな曲があってもよくないですか?」と畳み掛けた僕の無責任な提案から始まっています。


そこに全力で乗っかってくれたカズタケさんの超絶スキルによってぽろりと生まれてしまったのがつまり、VOL.2収録の「名探偵山本和男 THE MOVIE(予告編)/the yamamoto kazuo movie (official teaser)」だったわけですね。

これがリリース前から全宇宙で大好評だったため、これはもうシリーズ化不可避ということで、急遽VOL.3にも1篇ねじ込んでもらった次第です。

そうなると実際にこうした映画が存在する体で進めるほかありません。満を持しての映画化みたいなことになっている以上、それに先んじてドラマなり何なりが存在している必要があります。またそれは当然、国民的支持を得ていなければならないはずだし、大人気であるならばテーマ曲もまた多くの人が口ずさんでいるはずです。

だとすれば劇中に挿入されるお馴染みのBGMもあるだろうし、名探偵である以上は事件が起きないわけはない、とまあそんな流れで今回は「行動開始」もしくは「追跡」がテーマになっています。


ところが無事めちゃめちゃカッコいい曲も仕上がり、あとはリリースを待つばかりとなったある日、山本和男について書かれた歴史的にも貴重な資料が唐突に発掘されたのです。え、何これ初めて見たんだけど…。


2008年とあるから、14年前です。すでにこの時点で「THE MOVIE」「走る」もはっきりと記されています。

この広告が発掘されるまで、僕はその存在をまったく知りませんでした。慌てて作者であるタケウチカズタケに確認したところ、描いた記憶もないと言います。何から何までここに予言されていたばかりか、なぜか作者の欄に小学校当時のクラスまで明記されているなんて、そんな不可解なことがあり得るものだろうか?


山本和男の人となりとその名探偵ぶりは、曲中にねじ込まれるセリフ(CV:小林大吾)によっても追々明らかになっていくでしょう。これまでに彼が一体どれほど多くの難事件を解決してきたのか、というかそもそも本当に事件は起きていたのか、何だかわからないなりに想像を膨らませながら、非実在コンテンツの超絶クールなBGMとして楽しんでもらえればとおもいます。

山本和男に関係すると思われる謎の怪人

そんなアグロー案内 VOL.3の配信開始はいよいよ来週末、10月29日(土)の0時です。

と同時に、もし間に合えばもうひとつ、これまたかれこれ数年ぶりのささやかなお知らせをします。する予定です。できたらいいな。

2022年10月14日金曜日

そして来る「アグロー案内 VOL.3」のこと

いつものように30行くらい書き連ねていた前置きを一刀両断で全削除して単刀直入に申しあげましょう。全宇宙が待ちあぐねた、仮にそうでなくとも僕という宇宙における全細胞37兆は確実に待ちあぐねたアグロー案内 VOL.3が、いよいよ今月末に配信です。


配信開始は10月29日(土)の午前0時です。

小分けにするほどのものでなし、ついでにトラックリストも置いておきましょう。


アグロー案内 VOL.3だと言っているのに、なぜかトラックリストに「アグロー案内 VOL.1」がしれっと紛れ込んでいます。ふつうは音楽作品でこんなフラクタル構造は発生しません。それもこれも小まめな配信リリースだからこそ、そして何よりアグロー案内 VOL.1があんなんであったればこそ、成せる技です。

VOL.2に収録されていた「間奏者たち/interluders」は、新作とはいえ元々ライブで披露したこともあったので、ご記憶の方も数人おられたと思いますが、今回の1曲目「ラストノート/quod erat demonstrandum」は100%このプロジェクトのために書き下ろしたものです。したがって「化野/ADASHINO of the dead」以来およそ2年半ぶり、シリーズ3作目にしてやっとこさ新作のお披露目となります。

これまでの世界観の延長線上にありつつ、一方では原点に回帰するような印象もある、そんな一編です。


そしてこれも一度ツイートしましたが、VOL.1のリリース前にこしらえた数ヶ月前の広告を、ここで再び思い出してください。この時点ですでにVOL.3の収録曲に関係する文言がねじ込まれています。


ちなみにプロジェクトの主体である肝心のタケウチカズタケはいまだにどれかわからないそうです。なんでよ!

とまあお話できそうなことはだいたい全部してしまったので、これから配信までの2週間をいったいどう過ごしたらよいのか、基本的にいつでも慢性的に告知が不足している僕には皆目見当がつきませんが、ともあれ今月、29日の配信を刮目してお待ちあそばせ。

2022年10月7日金曜日

間奏者たち/interluders


1

細い煙が白くたなびいている
その煙の行く先を見つめている
煙はちいさなドラマをいくつもからめて
せせらぎのように静かに流れる
ちいさなドラマにはちいさなブリッジと
ちいさなフックとちいさなコーラスがあった
おひらきになればそれもこれもぜんぶ
たなびく煙がどこかへ連れていく

ちいさなドラマはサーカスの一団にも似て
かなしみをすこしだけうすめてくれる
うすめたかなしみはかすかに甘くて
いつもどこかなつかしい味がする
もっとうすめたらたぶん水になるだろう
かなしみの欠片もない水はただの水で
コップに溜めた雨のほうがずっといい
酸性雨で喉の奥を灼かれたとしても

ここは通過点で
すべてが通り過ぎる
すべてが通過点で
つなぐと世界になる
世界にハッピーエンドが来ることはないが
そのかわり通過点にはときどき訪れる
ドラマとドラマの幕間にあって
ブリッジもフックもコーラスもない
in·​ter·​lude [ˈɪn.tə.luːd]と辞書には書いてある
誰もが幕間interludeに暮らしている

2

きけば眠れるようになると言って
やってきた医者がラジオを置いていった
言葉は毒にも薬にもなる
違いは効き目が長いか短いかだけで
すくなくともそれが必要なときには
眠りほど大事なものなどありはしない
ラジオからは大量の薬が流れてきた
過剰摂取overdoseで安らかに眠った

ここは通過点で
すべてが通り過ぎる
すべてが通過点で
つなぐと世界になる
世界にハッピーエンドが来ることはないが
そのかわり通過点にはときどき訪れる
ドラマとドラマの幕間にあって
ブリッジもフックもコーラスもない
in·​ter·​lude [ˈɪn.tə.luːd]と辞書には書いてある
誰もが幕間interludeに暮らしている

3

今このときが永遠になればいいのにと
やけに回り道をして帰る夜もある
そういう夜には孤独もほだされる
なんならまたあとで会おうと言って立ち去りもする
見ろ、入り組んだ路地が迷宮に変わる
誰もついてきてはならぬと厳かに命じて
大昔に絶滅した野良犬のあとを
帰還した王みたいな顔でついていく

ここは通過点で
すべてが通り過ぎる
すべてが通過点で
つなぐと世界になる
世界にハッピーエンドが来ることはないが
そのかわり通過点にはときどき訪れる
ドラマとドラマの幕間にあって
ブリッジもフックもコーラスもない
in·​ter·​lude [ˈɪn.tə.luːd]と辞書には書いてある
誰もが幕間interludeに暮らしている


2022年9月30日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その383


とある科学の正露丸さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. 私にはかれこれ10年以上の付き合いになる友達がいます。彼女は待ち合わせの時間を一度も守ったことがありません。私はもう慣れてしまって彼女を待つのは全く苦ではないのですが、1度でいいので彼女が時間どおりに待ち合わせ場所にくるのを見てみたいです。何かいい方法はありますか?


わかります。僕も昔からわりと時間にぴったり派です。

一方、常に遅刻する人というのは僕らが時間にきっちり合わせて来るのと同じくらい、きっちり遅れてきます。こちらからすると、たとえば毎回遅れてしまうなら、そのぶん早く行動すれば常にオンタイムになるじゃないか、と思うのだけれど、なぜかそうはなりません。ふしぎですね。

ただ僕自身は積年の経験から、時間を守る、もしくは守らないという認識をすこし改めるようになりました。具体的に言うと、僕らは決められた時間を守るべく意識的に行動しているつもりでいるけれど、じつは単に「時間を合わせることが苦にならない」だけなのではないのか、ということです。すくなくとも日ごろからそれほどの労なく時間を合わせることのできる僕らは、それをストレスに感じることはほとんどありません。

しかし時間を合わせることが苦手な人にとっては違います。自覚があろうとなかろうと、その必要があるたびにストレスが生じているはずです。

たとえば始業時間までにタイムカードを押す必要がある場合、彼らが毎日きっちり判を押したように遅刻するかと言ったら、意外とそうはなりません。そうはならないからこそ、じゃあ何で仕事以外ではいつも遅れてくるんだという話になるわけだけれど、そこはそれ、要は時間を合わせることが苦ではない人が普段まったく費やす必要のない労力を、毎朝せっせと費やしているだけのことなのです。

遅刻してもいいじゃないか、と擁護したいわけではありません。お互い同意の上で時間を決めているわけだから、僕としてもできればオンタイムであってほしい。ただここでは、「苦もなくできることをできて当たり前だと思いこみすぎてはいないか」と立ち止まってみたいのです。

もちろん僕らにとっては、待たされることがストレスになります。しかし相手が誰であろうと時間を決めるたびに無意識下でストレスが蓄積されることに比べたら、ぶっちゃけ大したことではありません。何となれば、すべての人が時間に遅れてくるわけでは全然ないからです。


とはいえ、もし本当に一度でいいというのであれば、考えられる方法がひとつあります。いくつかの手順を踏む必要はありますが、うまくいけば以前よりも友情が深まるはずです。

まず、約束の3日くらい前までに悪い王様を1人用意しましょう。適役なのは「走れメロス」で知られるディオニスですが、悪ければ誰でもかまいません。とにかく悪い王なので、暗殺する必要があります。その暗殺の役目を、友人に負わせましょう。慣れていないので、暗殺は失敗します。言うまでもなく、結果は死刑です。

しかし友人には妹がいて、彼女は結婚を控えています。もし妹がいなかったら妹になりそうな人を用意しましょう。結婚式を執り行うために、処刑を3日後まで猶予してもらう必要があります。そこでとある科学の正露丸さんの出番です。

気の毒な友人のために、結婚式を終えて帰ってくるまでの身代わりを申し出ましょう。磔になって友人の帰りを待ちます。その期限こそがたとえば映画を観に行こうと約束した日であり、約束の時間です。

おそらく友人はぶじ結婚式を終えた帰途、待ち合わせ場所にたどり着くまで散々な目に遭います。向こう岸へ渡るための橋が流されていたり山賊に襲われたりして、なんなら一瞬はあきらめもするでしょう。しかしやはり気を取り直し、最後まで駆け抜け、あわや処刑というまさにその瞬間、ボロ雑巾のような姿で待ち合わせ場所に現れます。時計を見ればぴったり約束の時間どおりです。とある科学の正露丸さんは解放され、悪い王様は改心し、処刑そのものがなくなります。絆も深まること請け合いだし、これ以上ない大団円です。あとは気兼ねなく王様と3人で約束の映画を観に行けばよろしい。

幸運を祈ります。よかったら僕も山賊役で呼んでください。


A. 友人をうまいことメロスに仕立て上げることです。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その384につづく! 

2022年9月23日金曜日

「間奏者たち/interluders」の制作における、通常ではあり得ない工程のこと


僕のスタイルは昔から今に至るまで一貫して、一定量の言葉をビートに乗せて朗読する、というものですけれども、朗読にムードとしてのBGMを添えるのとは違って、かなり厳密に言葉の位置が決まっています。方法論としては単なる朗読よりもやっぱりラップに近くて、リズムのほうに言葉を寄せていくイメージです。

その事実と想定外の形で向き合うことになった、おそらく最初で最後の一編が、アグロー案内 VOL.2に収録された「間奏者たち/interluders」でした。

この一編はもともと、タケウチカズタケ、椎名純平、そしてなぜか小林大吾という風変わりな組み合わせで巡った僕にとっては尊いこと極まりないツアー ”SoloSoloSoloTOUR 2019” のために書き下ろしたものです。完全に忘れていたけれど、ブログを遡ったらそう書いてあったので間違いありません。

僕が覚えているのはこれを音源にするつもりが毛頭なかったこと、その代わりにライブを重ねるごとに言葉を少しずつ入れ替えていく、何なら時間をかけて育てるような心算であったことくらいです。ライブなんかしないくせによくもまあ抜け抜けとそんな厚かましいことを考えたものだと僕もおもいます。

音源にするつもりがなかったのは、そもそもそういう積極性に欠けるところがある性分のせいでもあるけれど、最大の理由はトラックがレコードからサンプリングした大好きなフレーズを単純にただループしただけのものだったからです。”Rapper’s Delight”の時代じゃあるまいし、そんなものを今オリジナル作品として公にリリースするわけにはいきません。



それはまあそれとして僕の手元には、サンプリングをループしただけのそのトラックに、タイトルもまだ決まっていない詩のリーディングを乗せて録音したものがありました。つまりこの録音を元に、同じBPMで、カズタケさんが新たなトラックに作り換えてくれたわけですね。

完成した至高のトラックにはもちろん、先に僕が録音したリーディングが乗っていました。しかしそこに思わぬ落とし穴があったのです。

サンプリングをループしただけのトラックは、その元が生演奏であり、さらにそれを落とし込んだメディアがレコードであるという2つの特性上、BPMが厳密には一定になり得ません。サンプリングしたひとつのフレーズにおけるリズムの揺らぎが微小で感知できなくても、ループを繰り返せば繰り返すほど正しいBPMとのズレが大きくなっていきます。

要はサンプリングから抽出したBPMでトラックを作ったにもかかわらず、そのトラックとリーディングがきちんと合致していなかったのです。

言い換えるなら、基準となるBPMが同一であるにもかかわらず、もしこのトラックに合わせてリーディングをするとしたらこの言葉はこの位置に来ないという奇妙な状況が発生してしまったわけですね。

言うまでもなくこれは、新たなトラックに合わせてリーディングを新規に録り直せばそれで済む話です。 

しかしそれ以上に、「このリーディングをちょきちょき編集して、じぶんが思う正しい位置に置き直したらどうなるだろう」という、本来ならまず生じ得ない工程への好奇心がむくむくと頭をもたげました。

最低限不可欠な部分はかっちり合わせるので全体としては当然、違和感なく収まります。とはいえ1音ずつ配置するわけにはいかないのでそれ以外の数秒における揺らぎは保持されたままになる……裏を返せばそれは真っ当にリーディングをしたら決してそうはならない形に着地するということであり、自らの意志で再現することはできない仕上がりになるのです。

(ちょきちょき)
(ペタッ)
(ちょきちょき)
(ペタッ)

そうして自ら音声の編集をし、それをカズタケさんに再度パスして完成したのが、件の「間奏者たち/interluders」です。いま述べたような理由によって、もはやライブで忠実に再現することはできない小さな揺らぎが、ここにはそのままパッケージされています。

かれこれ20年以上、音楽家として第一線で活躍してきたタケウチカズタケでさえ経験したことのない(!)、稀有な道筋で完成に至った作品です。

一聴して特に違和感のないリーディングの一体どこがどう再現不能なのか、気が向いたら詮索してみてください。

2022年9月16日金曜日

「間奏者たち/interluders」について語るはずがフィル・コリンズに終始する話


もういいかげん書けそうなことが何もないので、かくなる上は腹掻っ捌いて浮世におさらばを…と白装束に正座で短刀を腹に翳したちょうどその折、カズタケさんが「間奏者たち/interluders」のことをブログに書いてくれたので、僕からもすこし補足をいたしましょう。切腹せずに済んでよかった。


「大吾と2人でしか出来ない、2人で作るソウルミュージックをやろう」とカズタケさんのブログにはあって、それは実際そのとおりです。ただ、そこで引き合いに出されたフィル・コリンズ(Phil Collins)はわりとストレートなポップ・ミュージシャンで、ソウル、R&B、ヒップホップと言ったブラックミュージック界隈のアーティストでは全然ありません

元々はジェネシスというこれまた超有名なロックバンドに途中で加入したドラマーだったのに気づいたらバンドのキーマンになり、並行してソロとしても活動し、シンガーソングライターとしてスターダムにのし上がっていくその過程で80年代を象徴するようなサウンドを生み出したとまで言われる、今となっては伝説的なアーティストの一人です。背景をろくすっぽ知らずに聴いていた子どものころ、エリック・クラプトンの後ろでフィル・コリンズがドラムを叩いているライブ映像を見たときは頭が混乱したものでした。

ちょっとややこしいけど、要は80年代の洋楽を語る上で絶対に欠かすことのできないスーパースターのひとり、ということです。

リアルタイムで聴いてたアルバム

ではなぜ「ソウル・ミュージックをつくろう」から偉大なポップ・スターであるフィル・コリンズが連想されるのかというと、彼の幼少期から愛してやまない最も馴染みのある音楽がソウル・ミュージックだったからです。僕はその事実に、いろいろあって彼が第一線から退き、もう二度とアルバムを作ることはないだろうと思われていた2010年に突如リリースされた、古き良きソウルのカバーアルバム("Going Back")でやっと気づきました。え!?あ、そうか、言われてみればあれも、そうだあれも、うわああ考えたこともなかった…!と30代も半ばになってひっくり返るんだから、われながら遅い。

このリリース自体も本当に驚きだったけど、それ以上に僕も大大大大大好きなマーサ・アンド・ザ・ヴァンデラス(Martha & the Vandellas)の大名曲 "Heatwave" のカバーがMVで公開されたときはちょっと信じられなくてじぶんの目と耳を疑ったし、息が止まるほどうれしくて涙が止まらなくなったことを覚えています。ここに至るまでの道のりとか、ファットなヴィンテージサウンドからひしひしと伝わる偏愛とか、そもそもこの曲がエモすぎるとか、とにかくいろんな感情がないまぜになって、いま観ても滂沱の涙を流してしまう。


カズタケさんのブログにもあったように、僕がフィル・コリンズを聴くようになったのは母親の影響で、今みたいにブラックミュージック一辺倒になるずっとずっと前です。あの頃はラップと言えばヴァニラ・アイスの "Ice Ice Baby"を思い浮かべるくらい、ヒップホップとも縁がなかった。

フィル・コリンズのソロキャリア初期におけるヒットのひとつ "You Can't Hurry Love(恋はあせらず)"シュープリームスのカバーとは知らずに聴いていたし、何ならだいぶ長いこと彼のオリジナルと勘違いしていたくらいです。(実際今でもこっちに反応してしまう…)


それから僕が彼のヒット曲で特に好きなのをいくつか挙げろと言われたら絶対にピックアップする "Two Hearts" も、今にしてみたら完全にモータウン愛丸出しの曲なんですよね。映画の主題歌だったからスタジオアルバムには収録されていなくて、そのためだけにサントラを探して買ったものです。


つまり僕にとっては、子どものころから大人になるまでいろいろな音楽に触れてきた長い遍歴の果てに、ソウル・ミュージックという安住の地にたどり着いたら、そこにまさかのフィル・コリンズがいた、ということなのです。え!?なんでここにいるの!?みたいな驚きですね。アース・ウィンド&ファイア(EWF)のフィリップ・ベイリーとのデュオ曲 "Easy Lover" もある意味では自然な組み合わせだったと今ならすごくよくわかる。


したがって、ソウル・ミュージックを作るのにフィル・コリンズをモチーフにするというアイデアは、おそらくカズタケさんが思うよりもはるかに深く、僕のアイデンティティに通じることだったと申せましょう。

とはいえ、そんな僕のバックグラウンドを知って「おれはフィル・コリンズと言ったらこれかなあ」とじぶんの引き出しから "One More Night" を取り出してくるのも、それはそれでちょっとしたことだと思うんですよね…。知り合ってもうだいぶ経っていた10年前ですらそういう話はほとんどしてなかった気がするから、今になってしみじみと縁を感じます。


そういう意味で「間奏者たち/interluders」は、長い年月をかけてゆっくりと発酵したこの関係性があったからこそ生まれた作品である、と言えるかもしれません。



本当はこの流れで、もともとあったオリジナルバージョンのために普通ならまずないような、音楽としてはちょっと変わった工程があった話をするつもりだったんだけど、もうフィル・コリンズでお腹いっぱいなので次回にいたしましょう。

どれくらいの人が興味を持ってくれるのか、ちょっとわからないですけど。