めぞんいっこく堂さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. 尊敬する道具はなんですか?私は圧力鍋と食洗機です!圧力鍋なんて四桁の安物なのに、いつもすばらしい仕事ぶりにどれだけ助けられていることか…。
そういえば僕、圧力鍋って使ったことないですね…。煮豆とかあっという間にできるんだろうな、と夢想しつつ、いまだに2時間くらいかけてコトコト煮ています。食洗機もいずれは迎えることになるんだろうか…?
ひとり暮らしを始めた30年前から、今も現役のものがいくつかあって、それはもう、ただそれだけで畏敬の念を抱かないわけにはいきません。具体的には、えーとアイロン、フライパン、煎り網、文化鍋です。
アイロンはデザインが統一された一人暮らし用の家電セットで、たしか洗濯機、冷蔵庫、掃除機なんかが一緒になってました。いまも残っているのはアイロンだけです。たぶん今はもっと軽かったり、予熱が早かったり、いろんな機能がついてたりするんだろうけど、ちょいちょい使うわりにぜんぜん壊れる気配がないので、今もふつうに使ってます。毎回通電するしいつ使えなくなってもおかしくないので、労いの気持ちがいちばん大きいのはこいつです。
家電ほどではないけれど、木と金属の組み合わせなのでそれなりに老朽するはずだったのが、煎り網です。本来は大豆を煎るためのものだけれど、昔からもっぱらコーヒー豆を焙煎するのに使い続けています。使用頻度もかなり高いのに、思いのほか頑丈で、もう真っ黒です。構造としてはシンプルなので、いずれ朽ちても自分で補修しながら一生使い続ける気がしないでもありません。
一方、放置するか意図的に破壊しようとしないかぎり半永久的に朽ちないのがフライパンと文化鍋です。前者が鉄、後者がアルミ合金なので、朽ちようがありません。たしか一度だけフッ素加工のフライパンを誰かにもらって、わ〜くっつかない〜!とよろこんで使っていたものの、強火力に向かないばかりかだんだん傷がついたり食材がくっつくようになったりして、また鉄のフライパンに戻りました。シンプルな道具には、人生における教訓とか哲学にも通じるものがあります。
そしてとりわけ、これまでもくりかえし話してきた気がするけれど、文化鍋にはほんとうに頭が上がりません。炊飯のために生まれた鍋でありながら、野菜やパスタを茹でるにも重宝するし、煮たり炒めたりの常備菜も大抵これひとつで済みます。そしてアルミ合金なので、鉄のフライパンよりも圧倒的に長寿です。実際、手元にあるのはもともと実家で使っていたものなので、おそらく50年以上使われていることになるでしょう。うちにはもうひとつ、亡き祖母の家にあって引き取った未使用の文化鍋があるのだけれど、よく考えたら交換する機会もこの先ありそうにないので、ついこないだ妹に譲ると伝えたくらいです。
便利という視点でいえば、はるかに便利な道具はもちろん数えきれないほどあります。しかし尊敬という視点からすると、長い長い年月をへても変わらずここにあって微動だにしない強度と一貫性は、80代90代の大先輩に学ぶのにも似た、すごく大事なことを教えてくれている気がするのです。
ただ人に勧めるとしたら、文化鍋よりも鉄のフライパンを選びます。保温ができない、もしくは専用の保温機を必要とする直火の炊飯に比べると、フライパンのほうが圧倒的にハードルは低いし、持ち手があるぶん、フルスイングで侵入者を撃退する鈍器としても有用だからです。
A. 鉄のフライパンです。
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その466につづく!