2016年6月7日火曜日

ハイレゾと水素水、もしくは王様の新しい服のこと


ハイレゾリューション・オーディオ(ハイレゾ音源)についての説明を読んでいたら、データの圧縮によるロスがないこと、したがってこれまでになく高音質であることが、比較サンプル音源まで並べて、さらに何分何秒のクラップ音がリアルであるとかリムショットがシャープであるとか、それはもうこと細かに記してあるのです。

おお、なるほど……と頷きかけて、ふと何かに似ているような気がして首をかしげたあと、ポンと膝を打ちます。

あ、水素水だ。

水素水については僕もはっきりこうだと言えるほどの知識を持ち合わせているわけではないけれど、通常の水よりも水素が多くふくまれていて、ほにゃららがほにゃららでほにゃららなことから健康とか老化防止にたいへん効果がありますと謳われている水のことです。

いくらなんでもそれはちょっと乱暴なんじゃないの、というか全然ちがうよ!とびっくりされる向きもあるかもしれません。たしかに健康に寄与する耳慣れない科学的根拠はそれだけで鼻白むものがあったりするけれど、それはまあそれとして、僕も両者を否定したいわけではありません。ある点においてとても似たところがある、とひとまず言いたいのです。

明らかに異なる最も大きな点は、その場で比較検証ができるかどうかです。もちろんハイレゾ音源にはそれができます。実際に比較してみたわけではないけれど、サンプルでリムショットがシャープだと言うのならたぶんそうなのでしょう。裏を返せば、わざわざ検証しなくとも似ていると言い切れる点があるということです。

乱暴ついでにいろいろはしょってざっくりまとめると、相似点はこういうことになります。

ハイレゾ「☆☆が△△で**、だから音が良いんです」
水素水「☆☆が△△で**、だから体に良いんです」

前者には「ぜひその耳で確かめてみてください」と胸を張って(←ここ大事)付け加えることができる点で圧倒的に大きなアドバンテージがあるとおもいますが、問題はそこではありません。僕のひっかかりはむしろ「☆☆が△△で**」の部分にあります。いわゆる科学的根拠のことですね。

誰にとっても明らかに良いと判断できるはずのものなら、なぜ科学的根拠が必要なんだろう?

要は、実際にどうかよりも、説得力の強さが結果を大きく左右する点でこのふたつはとても似ていると言いたいのです。

水素水の肯定派に至っては、「パッキングの過程で水素が失われる可能性はたしかにあります(=水素水自体に効果がないわけではない)」と否定派の意見をある程度汲みながらさらにひっくり返す念の入れようです。ちいさな疑いなら軽く吹き飛ばしてくれそうなもっともらしさと言えましょう。

一方、ハイレゾの科学的根拠は客観的に見ても頑健で1ミリたりとも揺らぎません。なんとなれば、圧縮によって間引かれることのない情報量の多さが要なので、情報量が少ないものと比べて絶対に劣りようがないからです。すごく意地悪な言い方をすれば、情報量が多いと初めからわかっているなら、そのちがいを実感できないまま「すばらしい」と断言しても一向に差し支えがないことになります。多くのミュージシャンたちが絶賛したとしても、だから全然驚くにはあたらない。否定されてもぐらつかない強固な説得力が、ここにはあります。しかし、だからというかやはりというか、説得力の問題のような気がしてならないのです。

おまえまじでふざけんな、よく聴けよ!ぜんぜんちがうだろ!ほら!と目いっぱい叱られそうなのでもう一度念を押しておきますが、否定したいわけではありません。あくまで論理的に考えてそうなるというだけです。しかし能書きを知った上で正座しながらハンドクラップの部分に耳を傾けてようやくわかるその「良さ」に意味はあるのか?

うまい米はうまい理由を説明されなくても、食えばわかります。でももしそこにうまい理由を懇々と説いた能書きが付属していたら「ふーん、どれどれ」と身構えてしまう気がするから、ひょっとすると能書きそれ自体が却って攪乱の要因になっているのかもしれません。親切な人がババ抜きで「あの人のババは右から3枚目です。見てきましたから」と教えてくれるようなものですね。

ハイレゾも水素水も、果たして「能書きの説得力」なしに支持されるだろうか?

裸の王様とまでは言わないけれど、仕立て屋のみごとな口上あってのものなら、それはすくなくとも「王様の新しい服」ではある、と僕はおもうのです。

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ハイレゾが出た当初は凄くセンセーショナルな扱いだった記憶があるし素人ながらも凄いんだろうなぁ、、、などと思っていたのですが最近は何でもかんでも取り敢えずハイレゾにしとけばいいや。。感が出ている気がします。
ところでいつも大吾さんの日記を読んでいて整然とした文章に憧れているのですがどうやったこんな文章がかけるようになるのでしょうか?

ピス田助手 さんのコメント...

> 匿名さん

どうもありがとう!
うーんそうですね、
好きな文章をみつけたらそれをひたすらしゃぶり尽くす、
がいちばん手っ取り早いんじゃないかとおもいます。
僕もそんなこと言える立場じゃないですけども。

匿名 さんのコメント...

ご覧になった情報がそもそも間違っていたのか、それとも誤解をされたのか、ハイレゾの意味するところを正しく理解されていませんね。

ハイレゾかどうかはデータ圧縮の仕方で決まるのではなく、その前のアナログデータをデジタル化する際の方法で決まります。 (ウィキペディアにも「具体的にはサンプリング周波数および量子化ビット数のうちどちらかがCD-DAスペック(44.1kHz/16bit)もしくはDATスペック(48kHz/16bit)を超えていればハイレゾリューションであると見なされる。」とあります)

実際に、CDの音楽データは無圧縮ですが、ハイレゾとは呼ばれません。

簡単に言えば、CDをAM放送だとすると、FM放送に当たるものをハイレゾと呼びましょう、ということです。

で、ここからが本題なのですが、上記のような違いがあるので、通常(たとえばCD)の音楽データとハイレゾの音楽データは測定をすれば違いが明確に判定できます。

つまり、ハイレゾかどうかは貴方が書かれているように「説得力で決まる」ものではなく、客観的に定義され、かつ客観的に判断しうるものである、ということです。

一方水素水はメーカ自らが認めるように、実際に人の口に入る段階では、水と区別が付かないものになっています。

もちろんオーディオも最終的にはそれを聞く人によって評価されるものですから、「ハイレゾも通常のオーディオも何も違いがない」という人がいても不思議はありませんし、貴方が実際に聞き比べて違いが判らなかった、ということとは矛盾しません。
(元データが違っていても、聞く側の機材がチャチなので違いが判らないとか、聞く人が聞き分ける能力を持っていないということだってあり得ます)

ということで、ちょっと調べればわかることを調べもせず、間違った理解でいい加減な言説をされるのはお止めになったほうが良いと思いますよ。

ピス田助手 さんのコメント...

> 匿名さん


こんにちは。

うーん、そうですね、どうお答えしていいのかわかりませんが
僕に言えるのは「そういう話ではない」ということくらいですね。

とても詳しく説明していただいて助かりました。
どうもありがとう!

abstellraum さんのコメント...

 こんにちは。なんか面白かったのでコメントさせていただきます。
 ↑のコメントの人、記事をほとんど読まずにタイトルだけ見て書いたような内容ですね。これだけ長い文章書ける人でも根本的に読解力がないってことがあるんだなあと。
 普段、ハイレゾを聞いている身としては、水素水の件は笑えません。まったくもって、似たようなものだと思います(^^;)。ちょいとツイッターで「ハイレゾ」と検索してみたら、ハイレゾが何なのか知らない人のツイートばかり延々と表示されますからね。大々的に宣伝されているように見えて、その実、どういうものか知ってる人が全然いないのだから凄いことだと思います。
 その7割くらいは実際には聞いたことがない人、2割くらい、試聴だけしたことのある人。それも、比較試聴ではなくて、お店の人にこれがハイレゾだと言われて音を聞いてみた、というだけの人です。だったら、高価な装置で聞けばさぞや良い音が聞けるだろう、というもの。
 そして残りの1割は実際にハイレゾを聞いてみたけど、違いがわからない、これは自分の耳が悪いんだろうとか、装置が安物だから違いが出ないんだろうとかで、可哀想になってきます。それらの「知らない人」によって、ハイレゾが良い物である、という風説が維持されている。なんとも不思議です。本当のことは誰も知らないのに。

 もちろん、ちゃんとわかってる人も、まれに見かけますけどね。ハイレゾってのはフォーマットの規格なので、そのフォーマットで録音した方が良い結果になる"可能性"があります。CDのデータからフォーマットを変えるだけなら、CDと同じ音になります。良いマイク等、機材やレコーディング、マスタリングの質を上げれば、良い結果になります。まあ、ハイレゾだなんだと騒いでる人達は大抵、アニソンしか聞きませんから、そりゃ、違いなんてわからないでしょう。そういうものですね。

 特に意味のない話でした。では失礼します。