2013年8月17日土曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その168、あるいはトンカチで叩いて直す心の話



僕はメダルゲームが好きです。

かつて仕事が終わるとゲームセンターに向かい、日暮れから真夜中の閉店まで、煙草と缶コーヒーとカップ1杯のメダルを手元に置いて、勝つでもなく負けるでもなくただ無為にチャリンチャリンとひとりゲームに興じた、あのしょうもない日々がなつかしくおもいだされます。なんとなくお天道様に顔向けできないような後ろめたさをのぞけば、湖面に釣り糸を垂らすのに似ているかもしれません。パチンコはひと月の負けが10万ちかくなったときふと我に返ってすっぱり足を洗ったけれど、メダルはそんなことになりようがなかったから、とにかくしょっちゅう入り浸ってはひたすら時間を浪費していたものです。身を持ち崩すことがない代わりに、のちのち糧になりそうな教訓を得ることもない、したがって精神的にもすっからかんで何ひとつ身につかない、あの背徳的な心地よさといったらなかった。

今はもう通いません。通うどころか、足を運ぶこともなくなりました。なぜといって考えたこともないけれど、おそらくこの年になるとさすがにシャレでは済まなくなるからです。ひとりではもう10年以上行ってないとおもう。

それが先日、どういうわけか通りがかりにふと魔が差しました。池袋には見上げるくらい大きなゲームセンターがいくつかあって、その前を行き過ぎようとしていたのです。あのぐずぐずとして煮え切らない、それでいてガムシロップみたいに甘やかな日々がふわりと胸をよぎります。

しかしこんな僕にも面目はあって、やはり一瞬は立ち止まらないわけにはいきません。いい年したおっさんが平日の真っ昼間からゲーセンでぐだぐだするさまを想像してご覧なさい。と、じぶんをたしなめるつもりで脳内シミュレーションをしてみると、ふしぎなことにちっとも違和感がない。むしろその姿が自然にさえおもわれます。すこしは大人になったかとおもったら、別段そうでもなかったらしい。

そんなわけですっかりその気になり、意気揚々と足を踏み入れたのです。薄暗い店内に派手な蛍光色が氾濫する、この疑似近未来感!ポーカーにスロット、競馬にビンゴ、それにメダル落としと品揃えも昔とほぼ同じラインナップです。変わったのは機種くらいで、何年もこの淀んだ空気にずぶずぶ浸かっていた身からすれば、何もかもがなつかしい。

とおもったらここで、あることに気づきました。全体としてはかなりのにぎわいを見せているにもかかわらず、独り身が見当たらないのです。店内をくまなく見て歩いても、腰掛けているのはうら若き男女のつがいばかりで、どいつもこいつも肩を並べてウフフと顔をほころばせながらメダルを投入しています。

誤解のなきよう申し上げておくと、仲睦まじいふたりに目くじらを立てる年でもありません。どちらかといえば僕はこうした光景に目を細めて温かく見守るタイプです。誰かが楽しそうにしているのを見るのは、僕も楽しい。考えてみれば夏休みなのだし、そりゃそうかという気もする。けっこう、けっこう。気の済むまで愛を育んだらよろしい。おじちゃんはそんなこと一向意に介さない。

問題は僕と似た境遇のご同輩がひとりもいないということです。言い方を変えれば、そんな了見で来ている馬鹿は僕ひとりしかない、ということです。

誰が気にするわけでなし、かまわず堂々と乗りこめばいいようなものだけれど、それまでまったく心に留めていなかった、あるいは意図的に目を背けていた落伍感というか社会のつまはじき感みたいなものが、ここにきてゆくりなく頭をもたげます。背徳という意味ではいっそ望むところであると鼻息を荒くしてもおかしくないのに、どうも気後れして踏み出せない。というか、このためらいをうっちゃってしまったら、二度と現実には帰れなくなってしまう気がする。

けっきょく、蛍光色あふれるこの花園には入れないとあきらめて、踵を返しました。結果としてみれば開けなくていいパンドラの箱に手をふれずにすんだわけだし、どう考えても正しい決断を下して帰還したはずなのに、なぜこんなに打ちのめされたようなきもちになっているのか、よくわからない。

まさかこの年になってこんな折られかたをするとは思わなかった心をトンカチで叩いて直しながら、じりじりとベランダで日焼けする夏です。



胞子の王子様さんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)


Q. おせち料理の黒豆と白豆、どちらがお好きですか。


A. 黒豆です。




質問はいまも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その169につづく!


4 件のコメント:

もよよ さんのコメント...


メダルゲーム私も好きです。
もしお財布に余裕があったら、メダルの代わりにチョコが落ちてくる機械で、お金がなくなるまで遊んでみたいです。

先日は大吾さんとお話できてとてもとても嬉しかったです。あのあとしばらく手が震えておりました。

ピス田助手 さんのコメント...

> もよよさん

こちらこそ来てくれてどうもありがとう!
まさかお話しできるとおもっていなかったので
僕もうれしかったです、すごく。

ところでメダルの代わりにチョコって何?!
チョコが落ちてくるの!?メダルは?減るだけ?

もよよ さんのコメント...



調べてみたところ、正式名称はメダルゲームじゃないようでした。メダルゲームと同じ要領で、たくさん流れているチロルチョコをすくって落とす、ゲームセンターに置いてあるドーム型の機械のことです。説明下手ですいません。一回100円くらいします。

ピス田助手 さんのコメント...

> もよよさん

ああ、なるほど!
いわゆるクレーンゲームの亜種ですね。
メダルとちがってこれはホント
軍資金次第ってかんじだなあ。