スローな麦にしてくれさんからの質問です。(ペンネームはムール貝博士がてきとうにつけています)
Q. オーヘンリーの魔女のパン、大吾さんはどう読みますか?
「魔女のパン」とはまた、渋い一編をチョイスなさいますね。僕も好きです。
ご存知ない方のためにこの掌編をざっくり説明すると、パン屋を営む独身の中年女性が主人公です。店にはいつも古いパンだけを買う男性の常連客がいて、彼女は彼のことが気になっています。
彼女の見立てによるとその男性は芸術家で、食べるものにも困っているようです。日々の観察によって、彼女の妄想は捗ります。やがて彼のことを理解できるのは自分だけかもしれないと確信するようになるのです。そうだ!と彼女はある日ひらめきます。彼がいつも買う古いパンに、こっそりバターを挟んでおいたらどうだろう?思いがけない贈り物に、きっと彼はびっくりして、そして……と、彼女の胸はときめく一方です。何食わぬ顔でバター付きのパンを渡すという恋の電撃作戦を遂行した翌日、いつもより素敵な服を着て、いつもならしないお化粧をして、喜びに満ちた彼の来訪を待ちます。
ここまでくれば大体おわかりかと思いますが、話は考えうるかぎり、最悪の結末を迎えます。一体何が起きたのか、気になる人は青空文庫にもあってとても短いので読んでみてください。
はっきりしているのは、彼女が夢のような恋のために着ていた可愛いオシャレなブラウスを全力で脱ぎ捨て、自ら調合したスペシャルな化粧品を全力でゴミ箱に投げ捨てたことです。わかるわかる!そりゃ誰だってフルスイングでぜんぶゴミ箱にぶち込むことになるでしょう。
僕が好きなのはまさにこのシーンです。ここに彼女の彼女たる所以がすべて詰めこまれています。
実際のところ、この物語における被害者は、圧倒的に男性客です。店主である彼女の「思いやり」によって、彼は大きな仕事を失う羽目にもなっています。なぜ自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか彼にはさっぱりわからないし、気の毒すぎて目も当てられません。
にもかかわらず、店主である女性は「自らの行為が何の罪もない人の希望を奪った」とは、おそらく考えていません。この物語を読み終えて残る余韻は悲しみや反省よりも、むしろ忌々しさです。作中のどこにも書かれていないけれども、彼女の最後のセリフをあえて書き足すとしたら「紛らわしい!!」だと僕はおもいます。
男性の気持ちに寄り添うなら「ごめんなさい!そういうつもりじゃ全然なくて、わたしはただ…」とひたすら弁解して許しを乞うルートもあったはずですが、そんな印象は全然ありません。
つまりこれは徹頭徹尾、彼女による一人芝居なのです。一方的かつ身勝手で、何なら失望さえしています。念のためお断りしておくと、男性客は誤解されるようなことを一切していません。ただ古いパンを買っていただけです。
勝手に想像して勝手に思いこんで勝手に期待して勝手に失望する、これはそういう人を皮肉り一刀両断する物語です。
とくに中年以降になるとそういう人、いますよね?
したがって僕はこれを、オー・ヘンリーの中にある「いいかげんにしてくれよまじで」を形にした物語である、と解釈します。
その証拠に、原題は "Witches' Loaves"、つまり「魔女たちのパン」です。複数形であることに注意していただきたい。
この物語における「魔女」はもちろん、パンにバターを挟むことで恋の魔法をかけたつもりでいた彼女です。それなら単数形だって何の問題もないというかむしろそのほうが自然なのに、なぜわざわざ複数形にする必要があるのか?
皮肉の対象がある一人の人物ではなく、「そういう人々」だからです。
勝手に想像して、おせっかいを焼くのはやめてくれ、というわけですね。
もう、絶対そうでしょこれ、と個人的にはおもうけど、とはいえあくまで僕はこう読み解くというだけのことなので、あんまり真に受けないでください。
こうならないように気をつけたいものだなあ、としんみりする点で教訓はある……けど一方で別に救いがあるわけでもないあたりが、いかにも人生という感じで、そこが好きですね。僕はとんだ目に遭った男性客の味方です。そして好意も、なるべく相手に寄り添ったものでありたいといつもおもう。
A. 余計なおせっかいを焼く人々に対する皮肉だとおもいます。
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dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)
その393につづく!
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