2013年9月24日火曜日

そこはかとない違和感にバチンと目をつぶる話



「そうそう、ダイゴくんと言えばね」
「ん?」
「こないだ冷やかしがてらちょっと家に寄ったんですけど」
「ちょっと待て」
「なんですか?」
「と言えば、って何だ」
「いまダイゴくんの話してませんでしたか?」
「してないだろう」
「してましたよ」
「いや、してない」
「そうでしたっけ?」
「訃報以外であいつを話題にすることはない」
「そういえばそうですね」
「逝ったのか?」
「いや、逝ってはいないとおもいますけど」
「そんなら話すことはない」
「へんだな、何で話してた気になったんだろう」
「知るか。胸クソわるい」
「そりゃちょっとあんまりじゃないですか」
「見ろ。さっきまで晴れてたのに」
「きゅうに暗雲がたれこめてきましたね」
「こりゃひと雨くるな」
「何の話をしてたんでしたっけ?」
ホノルルの海に流れ出した糖蜜の話だ」
「糖蜜って……シロップのこと?」
「サメが増えるらしいぞ」
「サメって甘党なんですか?」
「一見するとそう読めるからこのニュースは最高なんだ」
「あれ、博士。大学イモひとつ残ってますよ」
「見りゃわかる」
「食べないんですか?」
「わたしはもういらん」
「そうですか。じゃあ……あっ」
「何だ」
「このイモ見て思い出したんだった」
「何をだ」
「ダイゴくんですよ」
「思い出さんでいい」
「なんか皿にポツンとひとつ残ってるのを見たら、ふと」
「危うく手をつけるところだ」
「それがね、もぐもぐ」
「食ってから話せ」
「どうも変なんですよ」
「何がだ」
「ダイゴくんがです」
「今に始まったこっちゃないだろう」
「わかってます。それを踏まえた上で言うんです」
「ほう」
「話しかけてもまったく反応がないんですよ」
「べつにいいじゃないか」
「なんだか気味がわるいじゃないですか」
道ばたで死んでたときもあったろう」
「そういうのとはまたちがうんです、なんていうかこう……」
「同じだよ、いつだって同じだ」
悟りをひらいたような
「何だと」
「ね。ちょっと不愉快でしょ」
「それは不愉快だな」
「あと、シャリッとしてるんですよね」
「舎利?ブッダの骨か?」
「いえ、もっと単純に」
「話が見えん」
「でしょう?ちょっと行ってみませんか」
「よしピス田、案内しろ」
「博士も知ってる部屋ですよ」
「その記憶だけは常に取り除くようにしてるんだ」


トントン


「うわッ」
「何だピス田」
「博士いまノックしました?」
「したよ」
「前代未聞じゃないですか」
「まあな」
「初めて見ましたよ、そんな常識的な行動を」
「だからこそだ」
「?」
「アイツはイレギュラーな事態に敏感だからな」
「ああ、なるほど」
「飛び出してくるようなら、いつも通りだ」
「そうですね、たしかに」
「いつも通りなら、部屋に火をつけて帰るだけだ」
「でも無反応ですよ」
「ふむ」
「カギは空いてるから入りましょう」
「どのみち戸締まりに意味なんぞない」
「博士にはね」


がちゃり


「ホラ、いるでしょ」
「いるな、たしかに」
「いるんですよ。でも反応がない」
「何様のつもりだ、まったく」
「坊さんぽいでしょ」
「おい、客だぞこの唐変木」
「いつもなら博士が部屋にいるだけで大騒ぎなんですけどね」
「おや」
「どうしました」



「後頭部にかじられた跡がある」
「あ、そうそう。こないだね」
「ピス田がかじったのか」
「ちょっとだけですよ」
「それで?」
「それでって…甘かったですけど
「味の話をしとるんじゃない」
「無反応でしたよ、もちろん」
「たしかに妙だな」
「妙でしょ」
「死んでるかとおもったがそれにしちゃ顔色がいい」
「そうなんですよ」
「悟りきったようなツラがまた業腹だ」
「あれ?」
「なんだ」
「メモみたいな紙切れが」
「紙切れくらいどこにでもある」
探さないでくださいって書いてありますよ」
「寝言は寝て言え!」
「探すも何も、本人ここにいますからね」
「もういい。帰るぞピス田」
「いいんですか?」
「これ以上は時間のムダだ」
「たしかにこれ以上の徒労感はないですけど」
「愉快な不幸を期待したわたしが馬鹿だった」
「無視されてるだけですからねえ」
「わざわざ来たのにこんな無礼な話もない」
「勝手に入りこむ無礼さはさておいてもね」
「この世の終わりまで永遠に悟ってりゃいいんだ」
「ちょっと心配してたんだけど、杞憂でしたかね」
「ピンピンしとるじゃないか」
「これをピンピンと称していいのかは微妙なところですけど」
「ほっときゃそのうちかじられた頭で大騒ぎするだろう」
「そうですね。じゃ帰りますか」
「土産を持たずに来たのがせめてもの幸いだ」
「王ろじのとん丼でも食って帰りましょう」
「それだ!」
「これだけのために来たとおもうのもやりきれないですからね」
「いや、初めからとん丼を食いに来たんだ」
「ダイゴくんもまあ元気そうでよかった」
「重畳だ、重畳」


パタン



1 件のコメント:

はな@関西 さんのコメント...

書置きに従って探しはせずにただお待ちしています。
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