2012年6月28日木曜日

ピス田助手の手記 33: わたしたちにできること







さて、語るべきことはもうさほど多くない。わたしは筆を割きすぎた。

結局これは、どこまでいってもアンジェリカ一人の問題でしかなかったのだ。仮にわたしたちがスワロフスキの奪還を目論んだところで、もとより帰される予定なのだからちっとも意味がない。かといってアンジェリカに加勢しようにも、建前上は何ひとつ起きていないのだからそもそも加勢のしようがない。これをもうちょっと突き詰めると、じぶんたちの奮闘が何から何まで全部まるごと一切合切ムダだったという、正面から受け止めるにはわりとショッキングな事実にぶち当たるのだが、その点についてはあまり触れないでおこう。ブログとしての体裁をかなぐり捨ててまで費やしてきたこの3ヶ月を「おおむね無意味でした」のひと言で片づけてしまうのは、わたしとしてもさすがに忍びない。

手記のはじめのほうでわたしは「缶切りがほしい」と言った。だがこれまで向き合ってきたのはどうも缶詰ではなく、瓶詰めだったらしい。スピーディ・ゴンザレスの登場によってようやく手にしたかにおもえた缶切りも、こうなると単なる鉄クズでしかない。さんざんな遠回りと全身全霊の空回りをこうして延々したためてきたのはつまり、気持ちのやり場がどこをどう探してもまったく見当たらないという、その腹いせのためだったことがこれでわかってもらえただろう。

わたしたちの出番は終わった。というか実際には出る幕など初めから1秒たりともなかったのだが、それでもすごすごとこのまま屋敷に戻り、あの阿片にも似た神秘の生ハムにふたたび耽溺することを選ばなかったのは、ひとつにはいつの間にかそばに来て話をきいていたみふゆが「ねえさまを迎えにいきたい」と言ったからだ。

できることは何もない。ことによると邪魔になるだけだ。ブッチが望む商いの交渉にしたって何も今このタイミングでなくてもかまわないだろうし、わたしにいたってはみふゆの引率という役目以外、もはやこれといった用向きも格別ないのだから、誰よりもお呼びでないことはわかりきっている。

だが、わたしとしてもアンジェリカが最終的にどんな判断を下すのか知りたいというきもちがやはりあった。誰だって隣り合わせで並んだ2つの部屋に、同時に入ることはできない。それを知ってもなお、アンジェリカはブルドーザー的な手腕で強引に入ろうとするんだろうか?

だからというわけでもないが、迎えにいく、というのはなかなか良いとおもった。役に立とうと立つまいと、アンジェリカとスワロフスキがそこにいるのなら、みふゆを連れていく意味はある。ブッチはついでだ。

「ふーん。ま、いいんじゃないの別に」とスピーディ・ゴンザレスは案外あっさり頷いた。「行ったところでどうにもならんてことを、承知の上で行くんだからな。要は野次馬だろ。見物だけならオレだってしたいとこなんだ。好きにすりゃいい」
「べつに許可は求めてないよ」
「次郎吉は置いていくんだろうな?」
「イゴール?いや、いっしょに行くよ、もちろん」
「おいおいおい。そりゃないぜ。オレが何のためにここに来たのか、忘れたわけじゃないだろ?コイツを足止めするためなんだぞ。お前らはもともと勘定に入ってないからどうしようと知ったこっちゃないが、次郎吉だけはダメだ。オレの立つ瀬がなくなっちまう」
「あんたの立つ瀬なんかそれこそ知ったこっちゃないよ」
「あのな、オレは感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはこれっぽっちもないんだ。その態度はいただけないね。ボコボコに殴られたのは誰だ?ことの次第を話してやったのは誰だ?オレはべつに脅かされたから話したわけじゃない。いい時間つぶしになるとおもったから話したんだ。あんまり図に乗ってほしくないね。ロープを断ってもこうして平和的に向き合ってやってるだろうが?もらうもんだけもらってとっととずらかるってんなら、そりゃ追いはぎと大差ないぜ」
「シュガーヒル・ギャングの一員がどの面下げてって感じだな、わたしからしたら」
「お前らにどう見えてるのか知らんが、オレはわりかし融通のきく立ち位置なんだ。シルヴィアの姐御に恩義はあっても、シュガーヒル・ギャングに義理はない。どっちにつくかと言われればそりゃ決まってるが、それも相対的な話さ。べつに忠誠を誓ってるわけじゃない。でなきゃこうしてぺらぺら喋るはずがないだろ?」
「単におしゃべりが大好きって感じにみえるけど」
「好きだとも。口と尻とフットワークが軽いって三点セットがオレの身上だ」
「どちらかというと迷惑な本領だな」
「その恩恵に与っといてよく言うね」
「けっきょく何もできないことがわかっただけじゃないか。聞かなくたって同じことさ」
「だいたい、何でお前が仕切ってるんだ?見たとこ、いちばん出しゃばってるお前が最大の部外者なんだぜ。ちっとはわきまえろと言いたいね、オレは」
「むむ」とわたしは言葉に詰まった。「それはわたしもうすうす感づいていたけども」
「ピス田さま」とここでイゴールが口をひらいた。「お気持ちはもう十分に頂戴いたしております」
「こんなやつの言い分を真に受ける必要はないよ、イゴール」
「いえ、もとより他にないと臍を固めておりました。わたくしは屋敷に戻ります」





<ピス田助手の手記 34: 手品師の気まぐれと意外な成り行き>につづく!

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