2012年6月13日水曜日

ピス田助手の手記 28: シュガーヒルの用心棒







わたしたちの対決は思いもよらない形でこうして決着をみた。失ったものの大きさについては計り知れない(でなければ計りづらい)ものがあるとおもうが、ともあれこれ以上なく重要なカードを手にしたことはまちがいない。

スピーディ・ゴンザレスは座席下の工具箱にあったロープでぐるぐる縛られて、今や力なく地面に胡座をかいていた。顔が3倍くらいに腫れ上がっているのは、ハンス号を降りたブッチにこっぴどく殴られたせいだ。初めて目にしたときはセーラー服を着たアヒルのようだとおもったが、こうして改めて向き合うとやはりセーラー服を着たアヒルに見える。正気を取り戻した立役者ブッチは膝を抱えてうずくまり、涙をはらはらこぼしていた。

「まいるね」とスピーディ・ゴンザレスはコブだらけの顔を息で冷やそうとフーフー吹きかけながら言った。「さすがにこうなるとは思ってなかった。死ぬぜ、ふつう」
「気の毒にね」とわたしは言った。「同情するよ。口先だけで良ければだけど」
「タバコをくれ」
「ないよ」
「ないはずないさ。オレのポケットにあるんだから。まァゆっくり話そうぜ。オレとしても用は済んだんだ」
「失敗を成功みたいに言うんだな」
「いや、顔がボコボコになったこと以外は、おおむね予定通りだよ」
「つかまって縛られることが?」
「お前らとここにいることがさ。オレは別に果たし状を突きつけたかったわけじゃないんだ」
「ひと言もなくいきなりドンパチ始めたくせに何を言うんだ」
「挨拶だよ。クラッカーみたいなもんだ。みんなやるだろ?」
「やらないよ!どこの国の風習だ」
「そう?そりゃわるいことしたな」とスピーディ・ゴンザレスは肩をすくめた。「クラッカーのひとつも鳴らないなんて、そんなさみしい人生を送ってるとはおもわなかったから」
「大きなお世話だ」
「命を狙われてるとでもおもったわけ?」
「おもったよ!当たり前じゃないか!」
「おいおい何だよ、呆れたな。ちょっとはユーモアのセンスを磨いたほうがいいぜ」
「軍事訓練の必要なユーモアなんてご免だよ」
「まどろっこしいとはおもわなかったのか?」
「何が?」
「命を狙うってのはそもそも、わりと積極的な行為だぜ。だろ?」
「積極的に仕掛けてきたじゃないか!」
「あんなのはただのコールアンドレスポンスだ。そうじゃなくて、本気で仕留めるつもりなら肉屋で待ち合わせなんかしないってことさ」
「待ち合わせなんてしたおぼえはないけど」
「片思いか。まあそれでもいいさ。考えてもみろよ、来るかどうかわからない相手が本当に来た時のきもちの昂りを!」
「ロマンチックにまとめられても困る」
「アイツならわかってるとおもうけどな」
「アイツ?」
「タバコをくれって言ったろ。手も足も出ないんだ。取ってくれてもいいじゃないか」

どうも相手のペースに持ち込まれているようにおもわれて気に入らなかったが、かといってここで張り合ってもしかたがない。わたしはスピーディ・ゴンザレスのポケットからタバコの箱を取り出してやった。

「ありがとう」と言いながらシュガーヒルの用心棒はさらに注文をつけた。「いや、2本だ。それでいい」
「2本いっぺんに吸うのか?」
「2回吸う手間が省けるだろ。火は?」
「ああ」とわたしは面倒になってため息をついた。「火ね。もうちょっと暑くて乾燥するようになったら自然発火することもあるんじゃないかな」
「おい、殺生なこと言うなよ。つれないぜ」
「待つのは得意なんだろ」
スピーディ・ゴンザレスは目を細めた。「ふむ。じゃあしかたがないな。先に言っとくけど、イヤな顔するなよ」
「イヤな顔?」

認めたくはないがそれはじつに、そしてあまりにも鮮やかな手際だった。すこし離れたところでうなだれるブッチを慰めていたみふゆまでがそれを見て「わ!」と驚いたくらいだ。スピーディ・ゴンザレスの体をキツく締め上げていたロープは、ぱらりとほどけて地面に落ちた。いくらかでももがく様子をみせるならともかく、首にかけていたチョーカーを外すような軽い動作であっさり縄を抜けるなんて、想定外にもほどがある。呆気にとられたわたしたちは、我に返って身構えた。

「待て待て!イヤな顔するなって言ったろ。頼みを断ったのはそっちじゃないか。これくらいなら何でもないんだ。挨拶は済んだし、今すぐ帰ろうってつもりもない。ゆっくり話そうぜって言ったのは誰だ?オレだろ?どうも調子が狂うな。聞いてなかったのか?」
「調子が狂うのはこっちだよ」とわたしはかろうじて言った。「手品もつかうんだな」
「まあね。ところでお前は誰なんだ?」
「何だって?」
「まさか4人もいるとは思ってなかった」スピーディ・ゴンザレスは自由になった手で2本のタバコに火をつけるともくもく煙を吐き出した。「オレはそっちでそっぽを向いてる奴に会いにきたんだ。なァ次郎吉」





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