2022年5月13日金曜日

ムール貝博士のパンドラ的質問箱 その374


前回は5年前の質問だったので、今回は4年前のにいたしましょう。とある科学の正露丸さんからの質問です。


Q. どうしたら好きな人と付き合えますか?


単刀直入にして深淵かつ究極の、それがわかりゃ誰も苦労はしない質問のひとつですね。「どうしたら世界は平和になるのか」に近いものがあります。決して当たり前のことではないし、なし得たとしてもいつまで続くのかもわからないことを考えると、両思いもまた争い続ける人類の、ごく個人的な停戦にすぎないのかもしれません。

これは常々おもっていたことだけれど、人は恋をする時点で、相手のことをほぼ何も知りません。外見と、表面上もしくは内面からにじむ性格のごく一部を知っているだけです。すでに20年連れ添っている僕ですら、いまだに知らなかったと驚かされるくらいだし、はじまりの時点で相手についてわかっていることなど爪先ほどにすぎない、と断言してよいでしょう。そしてまた爪先だけで相手のすべてを受け入れられる気になってしまうのだから、恋とは結局のところ何なのか、推して知るべしです。

また、好きな人と付き合ったからといって、その先も連れ添えるとは限りません。むしろそれはぜんぜん別種の問題であって、10年付き合うこととひとつ屋根の下に1年暮らすのとではそれこそ本マグロとツナ缶くらいの違いがあります。お互いの生活習慣を端から端まで丸ごと共有した上で、10年目も1年目と完全に同じ気持ちでいられるほうがはるかにレアケースです。人も羨む大恋愛の末に数年であっさり破綻とか、そんな例はわりと普通に転がっています。さもありなんと肩をすくめるほかありません。げに恋とは、相手のことを知らないときだけそれを養分にして咲く花でもあるのです。

さて、その上でとにかく付き合うというただその一点にすべてを賭けるなら、というのはつまりその先を100%度外視するならですが、方法はいろいろあります。

全財産を投げ打ったり、嘘八百を並べ立ててうまいこと丸めこんだり、ディープフェイクで別人になりすましたり、その合わせ技でもいいし、なんならもっとストレートに自分と相手以外の人類を滅ぼすとか、もうすこし現実的にいくなら独裁政権を打ち立てるとか、ちょっとテクニカルなところではストックホルム症候群なんかを活用するのもいいでしょう。個人的にオススメなのはやはり、地球上の人類を2人だけにすることですね。新世界の王にもなれて言うことありません。

その先に待ち受けるのが弩級の破滅であろうと、それは付き合ってから考えればよろしい。付き合うというのは多かれ少なかれ互いに自分を良く見せようとする鍔迫り合いなわけだし、だとすれば道徳や倫理などせいぜい程度の差に過ぎません。たとえ地獄に落ちるとしても、今さえよければどうあれよし、それが恋というものです。

率直に申し上げて、「どうすれば付き合えるか」と問う時点で先は見えています。なんとなればそれはゲームの攻略に似て、相手を慮る視点が致命的に欠けているからです。

自分を見てほしいという気持ちは痛いほどよくわかるし誰だってそうだと思いますが、できれば人にはその人にしかわからない幸せがあるという当たり前の現実を胸に刻んでおきましょう。その結果、ただ手に入れるのとは違ってできることがかなり限られてくるけれど、少なくとも大切な人を傷つけることだけは避けられるし、うまくいけばその先の安穏もある程度は保証されます。

そしてもし、相手を思いやる気持ちに達することができたら、じつはたったひとつだけ、チート級のすごい技があるのです。もちろん誰にでもできるわけではないし、そのハードルは火星のオリンポス山よりもはるかに高いですが、可能性で言えば決してゼロではありません。挑む甲斐は間違いなくあります。

それは、世界中の誰も太刀打ちできない全方位の魅力を身につけることです。誰よりも魅力的であれば、こちらが何もしなくとも、向こうから目をハートにして近づいてきます。世に並ぶ者のない天下無双とはすなわちこのことです。誰も傷つけず、何も失わず、生涯を通じて栄光に包まれ続けます。これ以上の完璧なプランが他にあるだろうか?

とりあえず「どうすれば付き合えるか」という一方的な思考回路を取り外すことから始めましょう。がんばってください。


A. 天下無双になることです。




質問はいつでも24時間無責任に受け付けています。

dr.moule*gmail.com(*の部分を@に替えてね)


その375につづく! 

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